第608話 不運の女神アップデート中
「さて、今日もガシャをしましょうかね」
「どうぞ。宝箱です」
「ええ、それでは……」
フィオナ様のデイリーミッションが、今朝も始まった。
朝の内にこなすことによって、その日一日を円滑に進めるライフハックなのだろう。
だが、俺は夜にやるべきだと思っている。
「さあ、開けてください」
「はい。ええと、商店の在庫行きですね」
「……はぁ」
フィオナ様は、俺にしなだれかかってきた。
ほら。朝からガシャなんてすると、外れたときに、根気が根こそぎ持っていかれるじゃないですか。
朝からそのテンションで、一日もつんですか?
「あ~……。今日も不運ですねえ。レイに甘えるしかありませんね~」
「別に、空いている時間はかまいませんけど、仕事中はかまえませんよ?」
「あ~。不運ですね~」
聞いてください。時間になったら、魔王さえも置いていけますからね。俺は。
かまえとアピールされていますけど、今だけですからね。
「落ち込んだ魔王を甘やかすのを、宰相の最優先の仕事にするのは、いかがでしょうか?」
「とんだ暴君ですね」
私利私欲のために、魔王軍を動かそうというのか。
普段は、むしろ自分を殺してまで、魔王軍を思っているというのに、ガシャが絡むと、どうしてここまでポンコツになるんだ。
「仕方ありません。では、仕事まで私にかまってください」
「はいはい」
そうして、しばらくフィオナ様の言うとおりに、抱きしめたり頭をなで続けることで、なんとかショックから立ち直ったようだ。
そのまま時間になったため、ダンジョンへと向かうと、フィオナ様は快く見送ってくれた。
◇
「ふう。さすがに、モンスターや罠の補充も、それなりに時間がかかるようになってきたな」
「お前が、しれっと罠とモンスターを増やそうとしなければ、もっと省略できたと思うけどなぁ」
減ったのだから、その箇所はもっと難易度を上げていいってことじゃないか。
そんな俺の完璧な判断は、アナンタにあっさりと却下されるのだった。
「この後は、各従業員の管理か」
「そっちは、ダスカロスと一緒にやってくれ。何かしでかす心配もないからなぁ」
……オーガたち、ダンジョンに配置してやろうか。
いや、そんな意趣返しのような真似で、今の配置や作業を勝手に変えると、俺にしっぺ返しがくる。
「……何か企んでない?」
「命拾いしたな」
「何を企んでたんだよぉ……」
アナンタに不安の種を植え付けることが成功したので、そのまま別れることにする。
さて、ダスカロスに会いに行って……。
「あ、レイ。休憩ですか? 休憩しますか?」
と思ったら、フィオナ様がやってきた。
まあ、まだいいか。幸い、普段よりも早めに作業が進んでいるし、ちょっと休憩するくらいなら問題ないだろう。
「いいですよ。それじゃあ」
「おや?」
軽く地面が揺れた。地震か? 日本と違って、ここで地震なんてめったにないのに、珍しいな。
あまり大きな地震ではないし、このまま揺れが収まるのを待ってから……。
「うえぇ!?」
「フィオナ様!?」
なんか、一瞬で天井が崩落して、フィオナ様が巻き込まれたんだけど!
やばい! まずは、あの岩を除けて、すぐに助け出して……。
「なんの!」
俺が助ける必要もなかった。
フィオナ様は、軽く腕を振るうだけで、瓦礫を吹き飛ばしてしまったからだ。
すごいパワーだな。いや、あのくらいならリピアネムにもできるし、まだまだ序の口だろう。
「危なかったですねえ。レイは大丈夫ですか? 怪我とかありませんか?」
「俺は、大丈夫です。というか、なんかピンポイントにフィオナ様にだけ、降り注いできましたね」
天井を見ると、完全にそこ一点だけが崩れている。
さっきまでフィオナ様が立っていた位置以外は、見事なほど何事もない。
「まあ、良いでしょう。では、休憩といきましょう」
「いえ、それより先に、ダンジョンの被害状況を、ピルカヤに確認しないといけません」
「おっと、そうでしたね。では、それを待ってから休憩しましょうね」
さすがに、この状況で休憩を優先しろとは言わない。
フィオナ様は、俺の作業を待つために、近くにあった岩の上に腰かけた。
「きゃっ!」
「フィオナ様!?」
悲鳴が上がるので、急ぎそちらを確認すると、フィオナ様は岩の上から転がり落ちていた。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「怪我はありません。おのれ、思ったよりもつるつるした岩め……」
そんなに滑りやすい岩だったのか?
そちらを見ると、岩はわずかに魔力を帯びていることがわかった。
おかしいな? さっきまで、普通の岩に見えていたんだけど、魔石か? これ。
表面の汚れがなかったら、きっとそれなりにつるつるとなめらかな、岩になっているはず。
そのせいで、油断して腰かけたフィオナ様が、そのまま滑り落ちたのか。
「手をどうぞ」
「ええ、ありがとうございます」
手と言ったでしょう。なんで、胴体に抱きつくんですか。
その状況では、こちらから引っ張って立ち上げることは、無理だろう。
支えになって、フィオナ様自身に立ち上がってもらうとするか。
「……つめたっ」
なんか、頭に水滴が垂れましたね。
見上げると、天井から地下水みたいなものが、フィオナ様の頭を狙っていた。
「……な、なんなんですか? なんか、さっきから不運なんですけど!」
「ですねえ」
「はっ! 今なら逆に、宝箱が当たるのでは!? レイ、宝箱を用意しなさい」
「良いですけど」
宝箱を作成する。魔力五くらいなら、余裕で余っているしな。
なので、言われるがままに反射的に作ったが、そこで気が付いた。
「あれ、宝箱なら何個も予備を作っておきましたよね? というかガシャなら、今朝回したばかりなので、まだ魔力が回復していないのでは?」
「大丈夫です」
そっか。多少なら回復しているか。
あくまでも、運試しに開けるだけだし、九千も費やさないで済むってわけだ。
自己完結した俺は、どのくらい回復しているのか、ステータスを見ることにした。
「……あの、フィオナ様?」
「なんですか? 今から、ガシャを回そうとしているのですが」
「なんで、魔力が全快しているんですか?」
「……黙秘します」
もう、その時点で絶対悪いことしてるじゃん。
プリミラか? プリミラの畑から、魔力の実を収穫して、魔力回復薬を勝手に作って飲んだのか?
それとも、まさかまた、玉座の魔力を……。
「謝りましょう。プリミラには、俺も頭を下げますから」
「プ、プリミラには、悪いことをしていませんよ?」
じゃあ、なんだというんだ。
黙秘しようとした時点で、絶対悪事を働いているはずだ。
他に可能性があるとすれば……。
「影冠樹?」
「ぎくっ!」
余裕ありますね。わざわざ、そんな言葉を自分で言う程度には。
「う~ん……。たしかに、あれはある程度自由に使って良い魔力ですけど」
「で、ですよね! いやあ、私も悪いとは思っていたんですよ? でも、一人で暇だったのでついつい、影冠樹から魔力を吸い取ってしまいまして」
「それでも、遊び半分で魔力を吸っちゃ駄目ですよ」
「いやあ、面目ない」
俺に怒られずにすんだためか、フィオナ様は安心したように微笑んだ。
う~ん。こんな笑顔を見てしまったら、どの道、俺が怒るなんて不可能だったろうな。
「では、改めて宝箱を回しましょう」
そう言って、再び宝箱と向き合うと、フィオナ様は魔力を注入し始めた。
ってことは、今回もいつも通りの九千ガシャだな。
何が出るんだろう。商店の在庫は、さっき補充してもらったし、今度は食料が良いな。
「さあ、開けてください」
「はい、それでは……」
え?
宝箱を開けた。開けたのはいいけれど、そこには薬が一つだけ。
これが、万能薬とか、蘇生薬ならわかる。
レアだから、その分数が少ないっていうのは、理解できる。
だけど、今回入っていた薬は。
「……回復薬ですね。それも、普通の」
「な、なぜ……。ついに、私の運が、ここまでどん底に落ちましたか!?」
いや、さすがにおかしいだろ。
……なんか、問題が起こっている気がする。
これは、本格的に対処にあたるべきことかもしれない。




