第607話 定期的にこうしないと忘れてしまうから
「……すさまじい強さだな」
「そりゃあ、あのリウィナというドラゴンのことかい?」
ナルカミが冷や汗を流している様子に尋ねると、彼は首を横に振った。
「たしかにそちらも俺よりはるかに強い。だが、俺が言っているのは宰相様のことだ」
「ああ、それは間違いない」
ナルカミや俺だけではなく、あの場にいた者たちは思い知っただろう。
そういえば、ボスが全力で侵入者を仕留めたのは久しぶりか。
ならば、テラペイアの旦那の部下たちやアルメナたちも、あそこまで本気のボスは見たことがなかったな。
どうりで静まり返っているわけだ。
「嘉神は決して弱い男ではなかったのだがな」
「そりゃあ見ればわかるさ。あいつ、粗暴な男ではあるけど実際相当厄介だったろ」
「戦いにおいて実力差を知ることは大切だ。あの男はそれにかなり長けているように見えた」
オーガの族長のお墨付きがもらえるほどか。
だが納得もいく。徹底して自分が勝てる戦いだけを続けていたからな。
下手したら、がむしゃらに真っ直ぐ戦いを挑むナルカミよりも厄介だったかもしれない。
それも、転移という逃亡と仕切り直しの手段まであるのだからなおさらだ。
「寒く感じないのに体温だけ奪うって……。知らなかったら、私たちでも動けなくなりそうね」
魔族でもあれはきついか。まあ当然だよなあ。
言われたら霧の存在に気付けたが、戦闘中にさりげなく発生させられると発見も遅れるだろう。
しかも視覚以外から気付くことも困難となれば、カガミのように気付いたときには手遅れになることもありうる話だ。
「イピレティス様が言ってたことほんとだったね~」
「ね~。レイ様、本気を出したらすっごいねえ」
「でも、いつもは加減してるみたいだから、毎回ああじゃないみたい」
「アナンタ様が止めてるんだよね? 私たちでアナンタ様の気を引いておいて、その間にレイ様に好き放題やってもらうのは?」
少女に見える者たちが無邪気にはしゃいでいるが、物騒だなあんたら。
あと、アナンタの旦那を足止めしてボスに好きにダンジョンなんて作らせたら、プリミラの姐御やダスカロスの旦那に叱られるぞ。
「あの霧って、トキトウの提案で作れるようになったんだよな」
「もしかして、トキトウって獣人やばいんじゃないの?」
「たしかに、魔王様や宰相様相手でも物おじせずに話しているよな……」
テクニティスの旦那の部下たちは、なんか変な勘違いをしている。
いや、他の者たちも納得しているし、魔王軍の中でのトキトウの立場も変なことになっているな。
まあ訂正しなくて良いか。トキトウがスキーをしたいと言ったことから、あの霧が作られたのも事実だし。
「とりあえず。宰相様とトキトウには逆らわないほうが良いわね。もとよりそのつもりもなかったけど」
「ああ。魔王様が認めているだけあり、とんでもない力を持っている」
「魔王軍の宰相になるのも納得だねえ」
俺も忘れないでおこう。
ボスは定期的に恐ろしさを前面に出していく。
さすがに普段の身内に優しいボスが嘘だとは思わないが、カガミを容赦なく殺したボスも本物だ。
姿を見せることもなく、侵入者たちを操って最低限の労力で敵を始末する姿を忘れてはいけない。
やっぱり、恐ろしい人だよなあ……。
◇
「う~ん……」
「どしたの? レイくん。カガミは倒せたし、リウィナもマルコスも帰ったというのに、浮かない顔じゃねえか」
リグマの問いに、俺は想像以上に残念に思っているのだと思い知る。
たしかに成果としてはこれ以上ないほどの成功だった。
ただ、そうなると今度は喜びよりも惜しいという気持ちが湧いてくる。
「寒くない凍結霧がなあ。思ったより有用だったから、ここでリウィナに知られたのが惜しいと思って」
「はい。非常に悪辣な罠でした」
悪辣というプリミラの評価はさておき、気付かれにくいデバフとしては思っていた以上に有効だった。
もしかしたら、勇者一行にも通用したかもと思うとここで切るのは惜しかったか?
でも、嘉神は絶対殺しておきたかったしなあ……。
奥居のときも思ったが、転移だの透過だのでダンジョンを無視できる転生者なんて危険極まりない。
懐柔するか始末するか、そのどちらかが必要な相手だ。
「手札を晒さずに始末できればというのは、さすがに贅沢か」
「だろうねえ。転移の力、だいぶ面倒だったと思うよ~?」
ピルカヤみたいに世界中を監視できてワープできるなら話は別だが、それ以外の相手には相当厄介だったのには違いないだろう。
なら、ピルカヤに任せるべきだった? いや、あいついつも誰かしらを襲うかしているし、そこでピルカヤが見られてしまうのもなあ。
「せめてリウィナがいなければなあ。そうすれば、勇者たちにこの罠を知られることもなかったのに」
いや、その場合嘉神にとどめを刺す者もいなくなるから、結局逃がすことになっていたか。
「それはどうだろうか。たしかにあの罠は凶悪だった。が、それが勇者に効くかと言われると……すまないが微妙なところだと思う」
「駄目か? たしかに、リウィナには効かなかったけど」
ただ、それはリウィナが氷の古竜だからだと思っていた。
古竜たちの肉体は頑丈なので通じないが、他の種族には通じるのではという考えは甘かったか?
少なくとも、リピアネムの見解では他の勇者にも通じないみたいだな。
「勇者も勇者のパーティも強いからねえ。特に毒だの麻痺だのは通じないのさ。冷気による動きの阻害も、体感できるほどの効果は見えないだろうねえ」
だとしたら、ここであの手札を切ったのは結果的に最適な行動だったかな?
しかしあれすら通じないというのは厄介だなあ……。
嘉神なんかよりもずっと戦いにくい相手じゃないか。
やはり、直接的な攻撃で対処するほかないのか。
「つまり、もっと罠を凶悪なものにする必要があるってことだな」
「今よりも!?」
なんだ、いたのかアナンタ。
だけど仕方ないだろう。凍結霧はわりと自信作だった。
嘉神を倒せたところまでは良いが、それが勇者に通じないのならさらに強力な罠が必要になる。
ということでダンジョンマスターさん。なにか良い罠を今後もよろしくお願いします。
そんな俺のお願いはしっかりとダンジョンマスターさんに届いたらしいが、残念ながらこの子また無茶言ってるみたいな反応だけが返ってくるのだった。
「……ダンジョンマスターさん的には、まだあれ以上は無理っぽいな」
「もう普通に加護と対話していますねえ」
「いえ、まだなんとなく言いたいことが分かる程度です。普通に会話できるようになるまで、今後もダンジョンマスターさんには語りかけます」
何その複雑な反応。
ダンジョンマスターさんからは、嬉しそうでもあり厄介そうでもある感情が返ってきた。
だけど、少なくとも嫌われていないのであれば問題ないか。
◇
「ということで、転生者はリウィナの協力もあって狩ることができた」
「そうですか……。あなたたちがそこまで手こずるとは、やはり奇跡の力が悪しき者に渡るのは問題ですね」
単に力を悪用するだけならまだいいが、今回の男はそれを使いこなしていたからなあ。
教会の戦士として、そして狩人として恥ずべきことが多かった。
あの粗暴な男の力に敵わず、良いようにやられてしまったのは事実だからね。
「……鍛え直すか」
「あなたにそう思わせるほどでしたか」
「まあねえ。奇跡さえなければなんて泣き言は言っていられない。なんせ、こちらも奇跡を使ったうえでしてやられたんだ。もっと私自身の実力が高ければ対応できたかもしれない」
これでは教会の戦士としての名折れだ。
鍛え直そう。このままでは今後の仕事にも支障をきたす。
なんせ大転生の直後なのだ。今後もあの手の凶悪な転生者が人類を脅かすことは、往々にしてあり得るのだから。




