第583話 傷は肉体より心に刻まれる
「ナルカミ様」
「どうした?」
無辜の民が遠慮がちに話しかける。
要望があるのなら、この俺が責任を持って叶えなくては。
それが、生まれ育った村を捨てさせた責任というものだからな。
「なんでも言うが良い。衣食住、あるいは労働環境、すべての待遇への不満を受け止めよう!」
「い、いえ……。私たちは恵まれています」
む、そうか?
……ふむ、たしかに嘘はついていない気がする。
であれば、遠慮がちに何かを言いたそうにしている理由は……。
「私たちは救われました。ですが、あの方たちは大丈夫でしょうか?」
「あの方」
……ああ、アルメナたちか。
なるほど、こいつらが心配するのもわかる。
死に行く村のために大した献身だった。
可能であれば、彼女たちも救おうとは思ったのだが、残念ながら断られてしまったからな。
「まあ、彼女たちであれば問題ないだろう。芯の強い者たちだったからな!」
「そうですが……それが却って心配ですね」
「む……」
たしかに、危うくもあったな。
度を過ぎた献身で、自らの体を犠牲に人々を救っていた。
彼女たちが再び似たような被害者を救済しているというのであれば、また自身の身体を傷つけることになるだろう。
「救いの声を上げたら、俺がいつでも駆けつけよう。なんせ俺は、ダークヒーローだからな!」
……それで、良いのか?
あの時のように、救いを求める声さえ上げられないということはないか?
……宰相様に、相談してみるか。
◇
「ということだ!」
「なるほど、教会の者たちも魔王軍に引き込みたいと」
「端的に言えばそうなるな」
鳴神の提案を聞き入れるかどうか……。
そりゃあ俺だって、人材が得られるなら喜んで動く。
だけど、切羽詰まった村人たちですら、最初は鳴神を非難していた。
なら、そこまで追い詰められていない教会の者たちが、魔王軍に降るなんて余計に難しいんじゃないか?
「何か考えはあるのか?」
「彼女たちもまた救うべき存在だ!」
「いや、そういうのじゃなくて、彼女たちがこちらに素直に降る方法とか」
「む……俺は馬鹿だからわからん! なので、宰相様とロペスを頼ろう!」
いっそ清々しいな。
だが、ロペスを頼るという気持ちはわからんでもない。
「ロペスは、何か案はあるか?」
「そうだなあ……。要するに、人類を救いたいってことだろ? なら、すでに救われたうちの従業員たちでも見せてやれば良いんじゃねえか?」
見せたところでなあ……。
外出もできずに地底魔界で労働させられているって、なんか余計に心証が悪くなりそうなんだけど。
「ピルカヤ」
「どしたの?」
「アルメナたちを探れるか?」
「ちょっと待ってね~。え~と」
鳴神の言うとおり、きっと彼女たちは今日もどこかで人助けをしているのだろう。
そして、自分たちを傷つけているのだろう。
なにもアルメナだけではない。他の者たちも、自分の疲労を気にせずに他者を救おうとあがいている。
正直なところ、やりすぎだと思う。
自分たちの手に余る者たちさえも、なんとかして救おうというのが彼女たちだ。
「お待たせ~。なんか、別の似たような村人たちを治療してるね。アルメナとかいう人間は、また傷だらけで倒れてたよ」
ピルカヤは、ケラケラと笑いながら報告してくれた。
嘲笑というよりは、アルメナの異常なまでの献身に感心しているようだ。
ワーカーホリック同士だし、ある意味で仲間意識を持ったのかもしれないな。
「怪我人がそれだけいるってことは、またモンスター被害か?」
「らしいねえ。これはこれで、潰しても潰しても湧いてきてうざいよね。……本格的に燃やす?」
「いや、その場合は情報を集めてから、元凶をまとめてだな」
半端に燃やしたところでまた湧いてくる。
なら、ピルカヤの力を無駄に使うのは控えたい。
「ならば俺が救いに行こう!」
「鳴神か……」
こいつなら問題ないかな?
村人を救って教会の者たちを救って、さらなる従業員を増やせるのならそれも良い。
ピルカヤが報告していない以上は、モンスターたちもいつも通りなのだろう。
特殊個体ではあるものの、うちに被害を及ぼすほどではないということだ。
「必要なら、タイラーたちも連れて行ってくれ」
「ふむ……。俺一人では取りこぼすか。では、タイラーたちに協力を仰ごう!」
「あ……」
鳴神は走り去ってしまった。
ピルカヤがいるんだから、連絡はピルカヤに任せれば良いのに。
「今回のモンスターは何だった?」
「特別なスライムだね。魔法以外の攻撃は効かないから、村人たちも苦戦してるみたいだよ」
「特別なスライム……。リグマみたいな?」
「リグマさんの集団なんて出たら、さすがに報告するよ。リグマさんの足元にも及ばない連中さ」
「それもそうか」
だが、村人はおろか、教会の者たちも太刀打ちできないということだ。
きっと、教会の中でも戦闘力が乏しい集団なんだろうな。
戦闘もできず、癒すこともできない。
肩身が狭い思いをしているというのなら、うちに転職してもらいたいところだ。
うちの場合、何かしらの仕事はあるだろうし、なければ適性は後から身につけさせるからな。
◇
「さあ、傷を請け負いましょう」
「し、しかしアルメナ様……。それ以上はあなたが」
「問題ありません。私は痛みにも傷にも慣れていますから」
現に、これだけの傷だらけの身体でも動けます。
この頑丈な体も、治癒能力の高さも、他者の傷を請け負える力も、全てはこのためにあるのでしょう。
私はいくら出来損ないと言われようとも、必ず人々を救ってみせます。
「……ここまでですね」
これ以上はまた動けなくなる。傷まみれの私は、その塩梅を正確に理解できるようになりました。
ですが、目の前には擦り傷を負った男の子が……。
あのくらいであれば、きっと大丈夫ですよね?
「さあ、傷を見せてください。あなたの傷もしっかりと請け負いましょう」
「いや、それは見過ごせんぞ!」
な、何ごとですか!?
自信に満ちた大きな声と、それに相応しい大げさなポーズで、私たちの前に彼は現れました。
「ナ、ナルカミ様?」
「ヒーロー見参! さあ、もう安心するがいい。少年よ」
「だ、誰!?」
「ヒーローだ! む、怪我をしているな」
そ、そうでした。まずはあのこの怪我を。
「少年よ。お前は、そのくらいなら我慢できる強い子と見た! どうだ。ヒーローの言葉は正しいだろう!」
「えっと……。うん! 僕強いから」
「はっはっは! そうだろう。そうだろう! 一目見てわかったぞ。お前は強い子だ」
あ、あの……。その子の傷も私が……。
癒そうとしたのですが、ナルカミ様と男の子は、すっかりと意気投合したように楽しそうにしています。
……痛みで泣きそうだった顔は、まるで本当に傷なんて気にしていないかのようですね。
「回復薬とまではいかんが、消毒薬だ。これでお前は助かったぞ、少年!」
「うん、ありがとうひーろー!」
て、手懐けるの上手ですね……。
あの子、怪我しているのにあんなに元気に走っていますけど……。
「さて、次はお前だアルメナよ」
「わ、私ですか? 私は別に……」
「いや、お前が一番の重症だ。それに、あの少年の傷を請け負うつもりだったろう。自分が倒れることも厭わずにだ」
「そうですが……いけませんか?」
私にはこれしかできません。
私に唯一できることはこれだけなのだから、何も言わないでください。
役立たずの力と言われるのは慣れました。
ですが、私の行動に憐憫の目を向けられるのは、悪意がない分辛いのです。
私はこの力で人々を救います。私は……かわいそうではありません。
「いや、相変わらず実に献身的で素晴らしい! だが、お前が倒れては、お前が救えたはずの者たちを救えなくなるかもしれん」
「……」
否定の言葉ではなく、それは本心からの敬意を含んだ言葉でした。
「であれば、まずはお前自身が治れ! そして、その後に民を癒せ!」
「……また傷だらけになりますが、良いのですか?」
「その覚悟を持った女だろう。お前は」
……本当に変な人ですね。
ですが、この人の言う通りです。
これ以上意固地になって私が倒れたら、その間の怪我人たちは癒せなくなる。
なら、少しだけ休ませてもらいましょう。
頼りになるひーろーも来たことなのですから……。




