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カーマ王国物語  作者: 喜佐一
血脈を守る者
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血脈を守る者-8-

 十八人。

 それは負傷のない完全な状態で戦闘が可能で、かつ、カーシュラードを隊長として死力を尽くすことに疑問を抱かない者の数だ。奇しくも処刑場で死亡した数と同じだった。

 加えて、M3の前言のとおり魔梟師団から戦魔導師が五人派遣されてくる。合わせても通常の部隊数には足りないが、カーシュラードはそもそもこれほど集まると思っていなかったので、内心驚いていた。

 カーシュラードが率いている特殊部隊は師団の掃き溜めのような隊だ。隊長職からあぶれた剣位持ちや特殊技能を持った者が集められ、カーシュラードを筆頭に日夜訓練に明け暮れている。だからこそ、処刑場での怪我は浅く、数日で復帰した者がほとんどだった。

 部隊単位で対戦できる隊はないので自ずと個人戦にばかり特化してしまうが、カーシュラードはこと戦闘において、部隊全員の意見を忌憚なく取り入れていた。それは、前任の隊長の方針だ。

 カーシュラードが最年少にして部隊長に祭り上げられたのは一年ほど前のことで、若すぎると反発して出て行った者もいる。残った者は、金剛位の戦闘能力に惚れ込んだ者だ。

 部隊を招集したカーシュラードは、レグナヴィーダ殿下の件を簡潔に伝えた。処刑場での一件で不信感を抱いていた者は考えを改めはしたけれど、命を預けられないのなら作戦参加を辞退するよう命令した。

 事前情報では敵の数は二百五十前後で、素人の集団ではない。数では圧倒的に負けている。普通に考えれば死にに行くようなものだ。だから、迷いがある者を連れてはいけない。

 減った隊員の数を補ったのは、別の部隊を率いていた剣位持ちの部隊長たちだった。剣位持ちは、ギュスタロッサの魔具に認められているからこそ実力を把握している。金剛位のカーシュラードが出るのなら、追随しようと自薦しての参加だった。まさかそんな志願者が出るなんて考えてもいなかった。嬉しい誤算だ。

「新たに入った情報ですが、現在両軍とも一時陣営まで退却しています。我が黒羆師団の負傷は、重傷八、軽傷二十四です。目標への援軍は今のところ発見できません」

 副官の報告を黙って聞きながら、カーシュラードは籠手の感触を確かめた。黒羆(バラム)師団の小会議室に集まって、ブリーフィングと武装確認を同時に行っていた。

 戦闘用の軍服は支給品だが、剣位持ちは己の武器種によってカスタマイズが可能だ。今回は行軍するわけではないので、身軽になることを優先し不要な装備は取り外した。刀で立ち回るのに甲冑は邪魔だ。

 鎖帷子の上にサーコートと胸当て。装甲のついた籠手と軍靴。あとは頑丈は剣帯。刀の手入れは怠っていない。腕や腿にガーターとホルスターを巻いて、短刀や聖霊石の攻撃補助具を装備する。

「立地的に迂回と奇襲は望めない。ミネッドが横隊ならばこちらは切り込みで行くしかない。魔梟の戦力が助っ人に入ります。攻撃魔術はあちらに任せて結構。必要なら補助魔術をかけてもらってください。各個撃破される前に叩き潰します。一騎当千の突破になるが、貴君らの実力は信頼しています」

 カーシュラード声は静かなものだった。緊張にうわずったり焦りを見せることもない、それだけでも、隊長として立派なものだ。

「指揮は僕が陣頭で行います。ですが、これは公式の戦闘ではない。スタンドプレーは認めましょう。その場合の援護は行いませんが、まあ、そもそも援護を期待するような者はこの場にいないでしょう?」

 かすかに唇の端を上げれば、隊員の数人がにやりと笑った。

「勲章も戦歴も残らない。僕等に求められているのはただ殲滅のみ。こちらの武器は早さと剣技。己に流れる血と誇り。貴君らに敬意を」

 石の床に、カーシュラードは魔刀のこじりを打ち付けた。血に飢えた鋼の音が響く。

 隊員たちが己の武器を掲げ、隊長の声に応えた。

 鬨の声はなく、ただ静かに。



 魔梟(ストラ)師団の大規模転送門には、戦魔導師とM3が待機していた。王城に設置されている転送門は警備の問題で移動先が限定されているし、多人数を一度に転送することはできない。その点、王都の端に位置する魔梟師団ならば、門の起動に必要な魔導師や魔術士に事欠かないので、大規模な転送を行える。

「休廷から六十五分。及第点はやれないな、坊や」

 非常時特例により襲歩で軍馬を走らせて王都を縦断してきたカーシュラードに、M3は片眉を上げてニヤニヤ笑いを浮かべていた。

「そうですね。移動時間を考えてもあと十分は短縮できるでしょう」

「……嫌味も通じねぇかよ」

「事実ですから。先遣隊は行きましたか」

「ああ、きっちり十五分前に」

「結構です」

 軍馬のいななきを聞きながら、カーシュラードは簡潔に答える。M3と嫌味の応酬をしている暇はない。

 先遣隊はカーシュラードの特別部隊とは別の隊だ。オベロアン防衛軍の立て直しや現地調査などの兵站は、輜重科の精鋭が行うことになっている。

 カーシュラードは馬を休ませるあいだに戦魔導師たちと最後のブリーフィングを行った。魔導師たちは技術があっても本格的な戦闘訓練を受けているわけではないので、使い方は限定的なものになるだろう。魔導攻撃に巻き込まれるのだけは勘弁したいと感じる程度に、彼らの実力を信じ切れない。だが、信じるしかないのだ。

 それに、実戦が未経験なのはカーシュラードも同じだった。小競り合いに介入したことはあるが、近接戦闘を行うほど敵と肉薄したことはない。

「では、行きましょう――」

 しんがりに声をかけたその時、見知った気配に気を取られた。視線を向けると、葡萄色の礼装を纏った騎士が黒馬で駆けてくる。ヴァリアンテだ。

 彼の姿は議場の席から確認していた。ヴァマカーラ姫付きの親衛隊員として、その役目を見事にまっとうしていた。王女の安全を確保するためにも、魔神の元へ同行しているのかと思ったが何事だろうか。

「よかった、間に合って」

「何かありましたか」

「お前も行くとか言うなよ。俺は全力で止めるぜ」

「まさか、自分の役目くらいわかっているよ。M3、君と同じくね」

 わずかに息を弾ませたヴァリアンテは、馬から下りてカーシュラードの隣に立った。

「ヴァマカーラ殿下が助言をくださったんだ。私はそれを伝えにきた」

 混乱に乗じて議事堂を抜け出したヴァリアンテと王女は、馬車を急がせて王城に戻った。転送門からレグナヴィーダの居城となった谷に戻っても、ヴァマカーラは不安そうにしていた。彼女が居間のバルコニーに出ると、影のように魔神が隣に立った。

 琥珀色の瞳が輝き、瞳孔が絞られる。ヴァマカーラが遙か彼方を見透すのを、魔神が補助した。王女は己が見た情報を騎士に伝え、伝令として送り返した。だからヴァリアンテ本人が駆けてきたのだ。

 千里眼はヴァマカーラが持つ高魔力が発現させた異能のひとつだ。その力が正しく利用されたのは、きっと今回が初めてだろう。

「敵の数は歩兵が二百八十六。魔剣士と魔術士が多いけど、魔導師レベルはいない。さらにずっと後方に五十。これは重装の騎兵。投石機なんかの兵器はないし、陣を張っているわけでもないらしい。もっとも、姫は千里眼で見ることができるけど、軍事には明るくないからね。装備の勘違いで齟齬があるかもしれないから、判断は君に任せるよ」

 かいつまんで事情を説明するヴァリアンテは、主の異能を証明できて誇らしげだった。指南役ではなく、すっかり親衛隊員の顔をしている。

「ありがとうございます。ヴァマカーラ殿下に感謝を」

「……将来が楽しみな姫さんだな」

 堂々と盗み聞きをするM3がつぶやいて顎をなでた。

「サムハイン、現地に到着後の伝令はまかせます」

「了解しました」

 非戦闘員の副官に命令を下したカーシュラードは、十八人の隊員たちに向き直る。

「敵の想定は変わらないが、魔術にだけは気をつけるように。発動動作を見逃すな。『魔術士殺し』の技を存分にふるってください」

 焦りもみせない冷静な隊長に、隊員たちは短い敬礼を返した。魔梟師団の戦魔導師が鼻に皺を寄せているが、そもそもコツを教えたのはM3だ。

「カーシュ、ちょっといい?」

 時間の余裕がないことは理解している。それでも呼び止めるのだから、何かあるのかもしれない。真剣な朱殷(しゅあん)色の瞳を見つめ返し、カーシュラードはうなずいた。副官に馬の手綱を任せて距離を取る。

 相当耳のいい者なら盗み聞きができるかもしれないが、それほど礼儀のなっていない者はM3くらいだろう。

「人を殺したことは有りますか?」

 誘ったのはヴァリアンテだが、先に口を開いたのはカーシュラードだった。

「あるよ。演習の補佐として学生を率いてたときに、山賊に出くわした。学生にやらせるわけにいかないだろう」

「では、誰かを守ったことは?」

「……まだ、ないね」

 ヴァリアンテは逡巡のあとで答えた。

「あれだけの兵士を守っておいて『ない』ですって? ずいぶん傲慢なことを言いますね」

「だって、義務だからね。命を削ってしまうのは、本能だろうけど」

「……では、忠誠は?」

「誓ったよ。魔神と姫と、……この国に」

 迷いのない兄の声を聞くと安心する。カーシュラードは自然と張っていた肩の力を抜いた。

「大丈夫。カーマの礎は私が守る」

「……はい。あなたがいるなら、気兼ねなく戦える」

「君は剣だ。血に濡れても、輝きは変わらない。私は朗報を待つよ」

 これから人間を殺しに行く。国にとっての創世からの宿敵でも、人は人だ。殺人が罪に問われる国に生きていながら、敵であれば殺しても許される。その矛盾と葛藤を御す覚悟は、ギュスタロッサの剱を得たときには決めていた。

 だが、愛する師であり兄の言葉を聞いているだけで、ささくれた恐れが消えるのも事実だ。

「期待して待っていてください」

 穏やかな笑みを浮かべるカーシュラードに、ヴァリアンテも安堵を浮かべた。握った拳を胸の甲冑にぶつけ、鼓舞してくれる。

「熱烈なキスで送り出してくれてもいいんですよ?」

「そこの甘ったれ! いつまで待たせるつもりだ!」

 やはり礼儀知らずに聞き耳を立てていたらしいM3が、石でも投げそうな表情でセプターを振り上げていた。

「だ、そうなので。行ってきます」

「武運を」

「あなたも」

 短く締めくくったカーシュラードは、ヴァリアンテに背を向けて隊の元へ戻った。

 出発が整ったことを確認し、隊員たちと魔術師と馬が転送門の方陣に乗る。転送術を発動させるのはM3だ。これだけの人数を一度に正確に送り届けるには、彼ほどの大魔導師でなければ不可能だった。

「これは私からの餞別だ。治癒魔術が少しだけ効きにくくなるかもしれないけれど、その辺の力加減は魔梟(ストラ)の魔導師に任せるといい。彼らはエキスパートだから」

 華麗に微笑んだヴァリアンテが、魔剣士としての感性で選んだ補助魔術を十八人に向けて解き放つ。同行の魔導師たちの負担を引き受けたのは、攻撃に使う魔力を温存させる気遣いだろう。

 魔力の大盤振る舞いだ。無茶はするなと言っているのに聞いてくれない兄を睨みつけたが、ヴァリアンテはどこ吹く風という表情だった。

 ああもう、戻ったら思い知らせてやる。

 カーシュラードは内心で悪態を吐き出して、腹の底に力を入れた。

「カーマに栄光あれ!」

 鬨の声を響かせる。それを合図に方陣が輝いた。

 一瞬後には、淡い光を残して兵たちが戦地へ消えた。



◇◇◇



「余計なことをしてくれる」

 地面に描いた方陣の処理を部下に任せたM3が、顰め面でヴァリアンテに近寄った。茶化すのではないあからさまな怒りを向けるのは珍しい。

「これで戦術が変わったらどうするつもりなんだお前」

「この程度、君の部下たちが修正するだろう?」

「その部下たちの仕事を取り上げてくれるんじゃねぇ、と言ってる」

 確かに彼の言うとおりだ。どの術をどの場面で使用するか、綿密なブリーフィングをしていただろう。

「私はね、M3。議場で君が、あの子のことを好き勝手言ったのが気になってね」

「……遠回しな嫌がらせか」

「さあ、どう思う?」

 M3は、カーシュラードの出自を野次ったあげく、死んでもいいと言ったも同然だ。クセルクス家の誰がそれを認めようとも、ヴァリアンテは許せなかった。

「あれは詭弁だとわかってんだろ?」

「本心だったら殴ってるよ、マグナス」

「その名で呼ぶんじゃねぇ」

 王族録にも載せていない名称で呼ばれて、M3は本気で怒った。なぜそこまで真名を呼ばれることを嫌うのかはわからないが、少しでも怒ってくれなければこちらも気が済まない。殴りつけないだけありがたいと思ってほしい。

 M3の狙いはヴァリアンテにも薄々わかっている。多分、当人であるカーシュラードも理解しているだろう。

 議員の誰かが槍玉に挙げようとしたのは渡りに船だった。レグナヴィーダの冤罪が証されて、『紅蓮の魔神(インフェルニア)』顕現が示されたいま、カーシュラードの扱いは百八十度変わってくる。それでも、難癖をつけようと思えば、どんな角度からだってつけられる。

 だがここで、カーシュラードが圧倒的な戦歴を残すことができれば、正面切って批難することができなくなるだろう。力ばかりがもてはやされて実績のない青年軍人から、国土を守った英雄に仕立てることもできる。M3の狙いはそこだ。

 彼もカーシュラードの実力を正しく評価している。この襲撃が侵略ではないことも予想している。停戦条約が破棄されて開戦するとは思っていない。だから、カーシュラードの敵ではないと踏んでいる。

 きっと彼の中では、未来のカーマ王国の青写真が描かれているのだ。そこに、カーシュラードは必要不可欠なのだろう。手柄を立てさせたいのは、M3本人の意向だ。

 そのM3は、ふいに怒りを鎮火させた。

「……まあ、なんだ。お前のイロを侮辱したことは謝る」

「イロって……」

 情人という意味なら否定したいが、血縁関係を告げる気はないし、そもそも定期的に愛を交わしていることもあるので見当違いでもない。カーシュラードとセックスをするようになって五年は経過しているが、自分たちの関係を的確に表す単語がみつからないことに気づいて、ヴァリアンテは柄にもなくうめいた。

「愛ってやつは人を狂わせるんだろ。ニーガスしかり、魔神しかり。今回はいい勉強になったからな。ここでお前を敵にまわすのは得策じゃねえ」

 長嘆するM3は、遠くの空を見上げていた。

「そういうことで、王城に戻るぞ。やることは腐るほどある。今できることはやった」

「……そうだね。責任問題の後始末か。カーシュラードが戻る頃には決着がついてるといいなぁ」

 撤収作業が終了した魔梟師団の者たちは、M3の指示でそれぞれの仕事へ戻ったようだ。しんがりを歩くヴァリアンテは、馬を引きながら溜め息をついた。歩くのが嫌そうなM3には気付いていたが、乗せてやる気はない。

「魔神に責任を求めるなんざナンセンスなんだが、上はわからねぇんだろうな。責任が生じるのは同じ人間関係においてだけだ。魔神は人間じゃない。指先ひとつで俺たちを殺せる。神を引きずり下ろしたところで、理解しあえるわけがねぇ」

「誰もが君のような考えかたはできないよ」

「わかってる」

 M3のぼやきは、彼なりの弱音だろうか。

 哲学的な論理で導き出す理論には感情がない。ひとは感情なしでは生きられない動物だ。それは、魔族の血が混じるカーマ人であっても同じ。

 これからやらなければならないことは、国防を固めることと、正しい人選で空いた席を埋めること。そして、国民への情報提供だ。

 どこまでの真実を公開し、隠すのか、その判断は宰相と評議会の議員たちに託される。魔神顕現に関する顛末だけは、隠さず伝えさせなければならない。そのためにやれる根回しは全てやろう。

 このカーマ王国は、ついに神祖を顕現させたのだ。象徴でも言い伝えの存在でも、文化の一部でもない、『紅蓮の魔神(インフェルニア)』こそが真実だ。それを、国民は思い出させなければならない。

 そして、カーシュラードが戻れる場所を作りたい。

 ――君が剣なら私は盾になる。

 ヴァリアンテは空を見上げた。この空は確かに、戦場へと続いている。



◇◇◇



 オヴェロアン辺境、黒羆(バラム)師団国境基地は国内で唯一の国境検問所も兼ねている。

 カーマ王国のある大陸は隣国ミネディエンスと等分され、その中央には巨大湖が横たわっていた。まるで歪なドーナッツのような形の大陸だ。巨大湖が自然国境として機能しており、繋がった両端のひとつは踏破不能な山脈で塞がれている。山脈側の麓を切り開いたのが王都カーマだ。

 隣国の神聖ミネディエンス国は、正反対の場所にある漁港都市を首都としている。唯一の接点である陸地は山もなくなだらかな土地で、何百年も国境線争いの舞台となっていた。二千年以上国境は決まらず、いまでは徒歩で丸一日歩く程度の距離がまるごと緩衝地帯だ。

 緩衝地帯での戦闘は侵略とはみなされない。どれだけの損害が出ようと保障はしない。それが停戦条約の例外事項だ。少し掘り起こすだけで人骨が埋まっていることから、カーマではそこを骸骨平原と呼んでいた。

 国境基地は検問所のある砦から、片方は海へ、もう片方は湖へと、分厚く高い石壁を築いて物理的に土地を分断していた。越境者を出さないように警護魔術が施されているから、密入国を企てる者がいればすぐに警備隊が飛んでくる。

 カーシュラード隊が転送門を通って送られたのは、砦から少し離れた基地の端だった。待機していた警備兵に案内され、騎乗のまま検問所を抜け、砦の外に設置された天蓋陣営へ移動する。歩兵隊が次の襲撃に備えて並んでいたが、数は百かそこらだった。

「オベロアン国境基地の司令官、マレフィカルムです。到着をお待ちしておりました」

 天幕の前で司令官が待っていた。黒髪に白いものが混じりはじめた、四角い顎の中年男性だった。

「第十五連隊特殊剣撃部隊、隊長のカーシュラード・クセルクスです。騎乗のままで失礼します。状況に変わりは?」

「敵集団が第二波攻撃の構えをとりはじめました。平原中部に展開、目視で二百五十以上といったところですな。迎撃の準備は整っていますが、……指示通り、兵は下がらせたままです」

「結構です。歩兵隊は基地防衛を任せます。我らの扱いや王都からの情報については、副部隊長のサムハインから聞いてください。私たちはこのまま出ます」

「貴殿もか!?」

「私が出なければ話にならない」

 司令官があげた驚愕の声を、カーシュラードは無表情で切って捨てた。金剛位を持っていようが、若い王族の部隊長が地方で舐められていることは知っていた。実際目の当たりにすると虚しくなる。けれど、それこそ、いまさらだ。

「目標は殲滅。時間ではない分の勝負です」

 簡単に言ってのけたカーシュラードに、マレフィカルム司令官の眉間に谷ができた。

 後に知ったことではあるが、マレフィカルムはカーシュラードのことを詳しく知らなかった。士官学校を出て王都ではなく地方でのし上がった男だ。国境の緊迫を知らぬ王都のお坊ちゃんが派遣されてきたのだと侮っていた。

「私たちの背中は、誇り高いカーマの国境警備隊にお任せします」

 カーシュラードは瞳に怜悧な笑みをのせ、司令官を射抜いた。鋭い視線に己の魔力の片鱗をちらつかせる。背筋に冷たいものが走った司令官は、二の句が継げずに大人しく黙った。

「サムハイン、後は任せる。ケレス魔導師は基地防衛の布陣を」

「お任せください」

「承知した」

 短い応えにうなずいたカーシュラードは、馬上から地平線を見つめる。目視では点にしか見えないが、あれが敵だ。心地よい緊張と武者震いに身を任せ、手綱を握りなおした。

「それでは、作戦を開始します」

 ハンドサインで後ろに従えた部下に指示し、カーシュラードは馬の腹を蹴った。



 時間ではない分だ。

 そう言い切ったカーシュラードは、部下を引き連れて平原を駆け抜けた。本来彼は騎兵ではないし、騎馬戦闘を重要視していない。たしかに馬の巨体でぶつかられて無傷ではいられないが、ギュスタロッサの剱であれば馬ごと一刀に斬り捨ててしまえる。騎馬兵などいいカモだ。だから彼にとって、馬はあくまでも機動力を重視した移動手段でしかなかった。

 先陣を切って全力で駆けるカーシュラードの赤毛は、戦場でよく目立つ。旗印など必要ない。

 障害物などない平地で、敵目標は少数で突撃してきたカーマ兵たちを囲み込もうと横隊で挑んでくる。二百八十人の歩兵と十七人の騎兵では勝負にならないと気を緩めてくれるなら重畳だ。

「放てッ!」

 二人乗りで最後尾にいた魔梟(ストラ)師団の魔導師が、基地を出た直後から唱えていた攻撃魔導を敵中央に打ち込んだ。強襲は初撃にのみ通用すると読んでいたカーシュラードは、持てる最大の攻撃魔導の使用を指示していた。

 しかし敵も馬鹿ではない。魔術防御結界を張っている。けれど、まさか魔導師を前線に投入するとは思っていなかったのか、結界の強度はそれほど強くなかった。地面がえぐれるほどの威力で放たれた魔導攻撃に、敵の横隊が中央で分断される。二撃目がないと見誤った隊が挟み込もうと動きを変えるが、闇の爆発をくらって散り散りになった。

 せっかく戦魔導師を四人も組み込んだのだ。一斉に術を解き放つより時間差で弾幕として使った方が効果が高いに決まっている。

 敵は目の色を変えて魔導師を潰そうと動きを変えた。戦場において魔術士を先に潰すのは定石だ。作戦通り彼らは後方に下がらせなくてはならない。魔導師を守るために剣位持ちを四人つけるのは惜しいが、それだけの価値がある。

「取りこぼしはこちらで潰すぞ」

 魔導師のひとりが吠え、兵士たちに魔反射と物理軽減の補助魔術をかけた。ヴァリアンテがかけてくれたものと併せると、しばらくは防御を無視して戦えそうだ。

「さあ、始めましょうか」

 カーシュラードは魔導師たちから離れるように駆け抜け、敵陣の中心で馬を乗り捨てた。軍馬は賢い。戦場を離れて勝手に基地へ戻るだろう。

 与えられた役割は敵を敗走させること。深追いはしないが、向かってくる相手を生きて帰す気はない。ようやく加減をせずに、力を使えるのだ。期待と興奮に暗い笑みが浮かんだ。

 片足を引いて重心を落とす。左手は鞘を握り、右手が柄を横に倒す。逸った敵のひとりがロングソードを振り上げて切り込んできた。カーシュラードは柔らかく柄を握り込んだ。

「――ッ!」

 声のない悲鳴を聞いた気がした。

 一瞬の抜刀に魔力を乗せる。ギュスタロッサの黒い魔刀が主の魔に応え、強烈な衝撃波となってあたりをなぎ払った。

 自分は兵器だ。その力を、正しく奮おう。

 甲冑や剱ごと真っ二つになった身体が、血と臓物を飛び散らしながら地に転がった。左から攻撃してきた相手に蹴りで転がし、背後を取ろうとした相手を視界に入れず突き刺して、刀を抜く反動で転んだ相手にとどめを刺す。

 カーシュラードの部隊にいる者は戦い方を知っているから、凶暴な刀の前には絶対に出なかった。一歩進むたびに欠損した四肢が増え、乾いた地面が赤く染まる。

 開戦から数分で乱戦に持ち込まれた敵兵たちは、ようやく相手の異常さを悟った。力量を試すための小競り合いでどうにかできる相手ではない。聖騎士団の精鋭でもなければ止められない、これは戦争で投入される戦力だ。

 二百八十余人に突撃してきた十数人は、ひとりひとりが一騎当千の強さだった。捨て身で向かってきているのかという誤解は、彼らから一切の悲壮感がないことから瞬時に訂正されてしまう。

 剣位を持つ者たちは、多かれ少なかれカーシュラードと同じだった。手加減をせず、相手の生死など考えず、持てる能力を全てぶつけていい。そんな機会は戦でもなければありえないのだ。だから、悲壮感や焦りなど微塵もない。戦場を駆けられることが楽しくてたまらない。

 そして、先陣を切って敵を屠っていく男の強さに震えた。初陣の動揺も、戦闘昂揚で判断力が鈍ることもない。魔族の血が混じるというそのままに、黒い刀が血を吸って輝いている。

 薙ぎ、切り上げ、突き刺す。相手の隙を確実に突いて戦闘不能に持ち込んでいく。剣術でかなわないならと魔術攻撃を投げつけているのだろうが、低レベルの魔術では刀で弾き返せてしまう。

「隊長、深追いするな。誘い込まれるぞ」

 背中をあずけた仲間の助言を、カーシュラードは大人しく受け入れた。魔剣士の厄介さは、いつも手合わせをしている相手のおかげで、身に染みて知っている。

 真っ先に潰しておきたかったのだが、何人か獲り逃したらしい。舌打ちをこぼしたくなる幼さを腹の奥に沈め、怯えた顔の敵兵の首を切り飛ばした。

「くそ、くそっ! 穢れたカーマ人め!」

 金髪を赤く染めて叫ぶ声に、カーシュラードの唇が弓なりにつり上がる。魔族の血というものを、今ほど実感したことはないだろう。

 怨嗟や恐怖や憎悪を向けられると、精神が高揚して血が沸き立った。他者の恐怖が美味なのだと、生まれて初めて知った。

 一矢報いることもできずに倒れる敵兵たちの士気が崩れていく。撤退の気配を感じ取って、逃がすものかと闇属性の呪術を織り上げた。

 この世界には十二の聖霊がいて、人間は聖霊の祝福を受けて生まれる。カーマ人は魔神の血を継いでいるので、すべからく闇の聖霊に愛されていた。対する隣国は闇属性を禁忌としているので、その特性すら学んでいないはずだ。

 カーシュラードは魔剣士ではないので攻撃魔術の手数は少ないが、愛刀の属性と相性のいい闇呪術が得意だった。味方識別方法は魔梟師団に通って身体にたたき込んである。

 闇と光の属性は相剋関係にあるので、防御を講じていなければミネディエンス人に効くだろう。カーシュラードはしっかりと敵兵だけを選んで術を放った。キャストタイムは完全な無防備になるが、五秒間を剣技だけで保たせるなど造作もない。柄頭で敵の装甲を割り、黒い刃が腕を切り落とす。

 瞬きひとつの間、血臭に瘴気が混じって消えた。吸い込んだ敵兵たちの動きが鈍る。凶悪な毒と呪いが人体に悪影響を及ぼす呪術(マルベノ)だ。即死はしないが苦痛は与えられる。人体に使ったのは初めてだが、きちんと想定の効果が発現していて何よりだ。

「……えげつねぇ」

「褒めてますよね?」

「もちろんだ、大将。その調子で頼む」

 仲間のつぶやきを耳ざとく聞いたカーシュラードは、半数以下に減った敵兵を睥睨しながら味方と拳を打ちつけた。お互いに血と泥に汚れた顔をしていた。

 カーシュラードが余裕だ。それだけでも味方の士気が高まる。スタンドプレーを許していながら、視界に入った仲間は守り、返す刀で敵を屠る。混戦で入り乱れ、魔術の爆音が響き、鋼同士がぶつかり合っていても、仲間の気配を読み違えることはない。背中に目でもついているかのように、背後から斬りかかってくる敵を持ち替えた刀で穿つ。

 年若い金剛位の剣豪は、この少人数で圧倒的な勝利を勝ち取るつもりだった。目標は殲滅。時間ではない、分の勝負。それが現実味を帯びてきた。

 だが、そもそも、その宣言は大見得や啖呵を切ったわけではない。実際問題、この人数では長期戦になれば全滅するとわかっていた。数時間にわたる戦闘はできないのだ。それを敵に悟られるのだけは回避しなければならない。

 数の減った敵兵が一か所に集まろうとしていた。カーシュラードの呪術をくらった者は黒い鋼の餌食になるが、逃げ延びた者もいる。魔剣士を中心に幾重にも防御結界を重ね、魔力の壁を築こうとしていた。

「あれが見えるか!?」

 馬を捨てずに後衛に徹していた魔梟師団のひとりが、駆け寄ってきて怒鳴った。

「確認しています。破れますか」

「やるなら確実に一人は戦線離脱だ」

「では僕が手伝います」

「何だと?」

 顔にかかった返り血を籠手でぬぐったカーシュラードは、その手に握った己の魔刀をちらと掲げる。

「避雷針代わり、か?」

「僕の術に上乗せしてください。威力の程は任せます」

「壊れても魔梟は責任を取らんぞ」

 同じく馬上の別の魔導師が冷静に告げたが、カーシュラードは皮肉げな笑みを返すだけだった。

儀卿傲鋒妃ぎけいごうほうのきさき、――號仭(ごうじん)

 ギュスタロッサの鍛え上げた黒刀の銘を呼ぶ。愛を囁くように情熱的な声で。けれどただ愛せばいいわけじゃない。誰が主なのかをわからせる、支配的な響きが必要だ。

 血を滴らせる鋒両刃造(きっさきもろはづくり)の太刀が応えて啼いた。耳障りな、甲高い女の悲鳴に似た音だ。カーシュラードの魔力を吸って漆黒の光を帯びる。

 魔術発動の動作や呪文を練り上げている暇はない。省略できるものは全て省力して、抜刀の構えをとる。

「喚き叫びなさいッ!」

 術の完成と同時に命令を下し、防御結界へ黒刀を投擲した。悲鳴が風を引き裂く音は、まるで死を叫ぶ魔物の声のようだ。結界を砕くことはできないが、その切っ先が障壁に突き刺さった。

 魔力が高いからこそ聞こえる音に耳を塞ぎたくなるが、魔梟師団の魔導師達は顔を歪めるだけで耐えた。精度高く練り込んだ魔力をこめ、黒刀めがけて攻撃魔導を解き放つ。四筋の闇が一本の綱となって魔刀を穿った。

 ガラスに罅が入るような音が響く。ビシリ、パキパキ、音はどんどん種類を増やし、やがて何重にもかけられた防御結界が砕け散った。

號仭(ごうじん)、戻れ」

 役目を終えて地へ落ちる愛刀を呼んでやれば、それは一瞬でカーシュラードの手の中に姿を現した。ギュスタロッサの魔武具は、それ自体が召喚された使い魔のようなものだ。魔神が生きて眠ったこの地でのみ、特殊な力を発揮できる。

「さあ、守りはなくなった」

 カーシュラードは腹の底から震えるような笑みを浮かべた。

 防御結界を失った敵兵が、撤退か死ぬ気で挑むか迷いで狼狽えている。隙を見せた先は死だ。殲滅を目指す部隊に欠ける者はなく、魔力も尽きていない。

「仕上げといきましょう」

 殺戮宣言にしてはお上品な物言いに、血塗れの仲間は静かな声で応じた。


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