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カーマ王国物語  作者: 喜佐一
血脈を守る者
6/11

血脈を守る者-5-


 ヴァリアンテが目覚めたのは、処刑場壊滅から六日後のことだった。

 政治家や軍の重鎮を巻き込んだ大惨事を、そうそう隠したままではいられない。真実を求める国民に、原因を調査中だと告げ続けるにも限界がある。

 どこまでの真実を公開し、どこまでを闇に葬るのか。それを決めるための会議は紛糾していた。何より、ヴァマカーラ姫の親書が問題だ。偽造でないことは国王が認めている。

 おかげで、カーシュラードがドナに頼んだ調査は、内々で済ませる範囲を超えた。あらゆる偽造を許さず、隠滅された証拠まで復元しようと試みている。

「乳母と家庭教師の墓を掘り起こしたワ」

「……なんだって?」

 ドナの冷淡な声音に、ヴァリアンテは上着のボタンを留めながら振り返った。

 医師の精密検査を拒否し、目覚めたことの口止めをしたのは今朝のことだ。時間稼ぎも一日二日が限度だろう。朝の検診が始まる前に窓から抜け出していったカーシュラードは、着替えと、起き抜けのドナを連れて戻った。

 状況は聞いた。いくつかの問題はすでにカーシュラードの手を離れている。捜査となれば黒羆(バラム)師団の特殊部隊の部隊長に出る幕はない。

 ドナ・デヴァナは身体のラインを際立たせる橙色のコート姿で早朝の寒さをしのいでいたが、その中はほとんど下着のようなものだ。下着は下着でチラりと見えてしまっているので、いちおう下着姿ではないのかもしれない。なんにせよ、いつものドナだ。彼女は回復を喜んでヴァリアンテをきつく抱きしめた。

 対するカーシュラードは黒のセーターとズボンという、素っ気なさ過ぎる私服だ。派手さは皆無でも質のよさは一目瞭然。ヴァリアンテが持ってきてもらった着替えはきっと、師団の備品ではなくてクセルクス邸で用意していたものだろう。肌触りが段違いだ。

「よく親族の許可がおりましたね」

 カーシュラードは扉の横で佇んでいた。こちらへ向かう気配があればすぐに対処できるように。結界を侵すものがあれば気づけるようにと警戒態勢だ。

「いないのよ、親族。乳母のほうは両親がいたけど、それもずいぶん昔に亡くなってる。家庭教師は孤児よ」

 ドナの報告に、ヴァリアンテがかすかに眉を動かしたが、それだけだった。

「火葬じゃなかったのは助かったワ。共同墓地だから心配したけど、墓守が覚えてた。証拠隠滅をしたいなら、焦っちゃだめネ。気温のおかげで保存状態も良好。完全監視で検屍をしたわ」

 着替え終わったヴァリアンテは肩や腰を回して身体の具合を確かめた。ずっと眠っていたせいで筋力は落ちているし、不快感を覚えるほど反応が鈍っている。感覚を戻すために、カーシュラードを引っ張り出して調整をしたいけれど、いまはそんな余裕すらない。

「それで?」

 ドナの言葉の先を求めるカーシュラードは、放電でも起こしそうな緊張を孕んでいた。落ち着けとなだめるのは簡単だが、彼が刺々しくなる理由もわかる。魔神の求めに応えたいのに力になれない無力感のせいだ。

 さいわいにも、ドナは殺気立つカーシュラードの気配に怖じ気づくこともなかった。自分より魔力や剣技が上でも、感情ひとつ制御できない雛を諫める筋合いはないのだ。軍人としても剣士としてもドナは精神的に安定している。

「結果から先に言うと、家庭教師は肩から腰まで、乳母は背中から心臓をひと突きにされてたワ。王子は剣の素養があったかしらン?」

「ないだろうね。彼に鋼など必要ない。身に纏う魔力だけで触れることすら叶わないんだから」

 実際に体験しているからこそ、ヴァリアンテは断言した。

「証拠にはなりません」

「ええ。でも、朗報がひとつ。魔梟(ストラ)の研究者を引きずり出して調べさせたら、傷跡に魔力残留があった。解析結果は内務大臣ニーガス・ネディエールのものと一致したわ。王族って全員が魔力波形を保存してるのね。知らなかったワ」

「血統の鑑定のために必要なんですよ」

 クセルクス家の王族であるカーシュラードはドナの感想に補足した。ヴァリアンテもクセルクスの血をついではいるが、公式上の認知はされていないので記録はつけられていない。

 魔は指紋より痕跡を残しやすい。魔力値の高い者であれば、何らかの魔法や魔術を発動していなくとも、残り香のように痕を残すことがある。特殊な訓練を受けて制御の仕方を学べば別だが、諜報員でもなければ不要な技術だ。

 残留魔力から個人の魔力波形を取り出すことができるのは、限られた研究者だけが持つ高度な技術だった。一般には流布していないし、実用化は難しい。

「よく穴蔵のフクロウたちを動かせましたね」

 魔梟(ストラ)師団は軍属ではあるが研究者の集団だ。ヴァリアンテは数年前から剣術を教えにいっているが、なかなか逸材は発見できていない。そもそも魔導師に類する者たちには剣などいらないのだ。魔神のように。

「……さすがにアタシの一存じゃ無理ヨ。コネもないし。むしろちょっと遠巻きにされてるっていうか」

「刺激が強すぎるからじゃないかな……」

 ヴァリアンテは思わず本音を漏らしてしまった。ドナは意味がわからないという顔で溜め息をこぼす。真冬だって彼女の胸の谷間はすばらしい。

「口添えしたのはクリスよ」

「オクサイド赤狼(マルコ)師団長? どうして彼が? 師団まるごと王家と敵対したいんですか」

「その辺はうまくやるでショ。あの狸親父はしたたかだもの。それに、あいつだって紅玉位よ」

 ギュスタロッサに選ばれし剣位持ちたちはそれぞれ思うところがある。カーシュラードのように膝を折る相手が誰かを、本能的に理解している。だが、なりふり構わず全てを捨てられるわけじゃない。

 毎日のように情勢が変化していて、最近ではついに国王派と魔神派に分かれようとしていた。けれど、内部分裂は国力を減らすだけだ。それは避けなければならない。

「レグナヴィーダ様にかけられた容疑は冤罪だった。首謀者はネディエール公そのひとで、それは殿下にとって有利な情報だ。なんだったら正当防衛って線でごり押ししつつ、情状酌量か恩赦を出してもらうよう働きかけはできる」

「……これ、公開したらネディエール家が取り潰しにならない?」

「議題には上がるだろうけど、最終的に判断するのは国王陛下だろう。彼は王家の取り潰しには反対するはずだ」

「『紅蓮の魔神(インフェルニア)』が復活したんですから、王家のひとつやふたつ断絶したところで問題ないんじゃないですか?」

 カーシュラードの過激な発言に、ヴァリアンテとドナがそろって半眼を向けた。

「……問題発言だってわかってますよ。他の誰も聞いていないんだから、本音くらい吐き出させてください」

「わかってるなら、いいよ」

 ヴァリアンテの苦笑に、カーシュラードはただ肩をすくめるだけだ。神経質そうに警戒しているが、拗ねているようだった。腹を割って話を聞いてやりたいけれど、そんな状況にないことが悔しい。

「あとは、巻き添えになった十七人についてだけれど、それこそアタシたちがどうこう決める話じゃないわ」

「そうだね。それを決めるのは国王と司法院だ。でも、その件について少し思うところがあってね。……査問会議はいつの予定だっけ?」

「二日後よ」

 ギリギリかな、とヴァリアンテは独り言のように囁いた。それから、確固たる意志をもってふたりを見つめる。

「私は囁きの谷(ウィスパタール)に行ってくる」

「……は?」

 壁に預けていた背を浮かせ、カーシュラードは不穏な声音を発した。ドナでさえ瞳を見開いている。

「病み上がりなんですよ? 魔力が戻っても体力は落ちている。損傷が快癒していても、痛みがないわけじゃない。その身体で囁きの谷へ行くなんて自殺行為です。僕は許しませんよ」

「君の許可は必要ないだろう、カーシュ」

「……あんたね」

 ぴしゃりとはねのければ、カーシュラードに手首をつかまれた。どこへも行かせないとでも言わんばかりに強い力だ。きっと痕が残るだろう。目尻をつり上げて怒っているが、増悪からではない。彼はただ、ひたすらに心配なだけだ。心の底からヴァリアンテの身を案じている。

 弟の気持ちはわかるけれど、だからといって、うなずけるものでもない。ヴァリアンテができることは、憤りを受け止めてやることだけだった。

「いまから馬を飛ばせば充分間に合う。私なら大丈夫だって、わかるだろう?」

 役職も権力もないヴァリアンテに唯一許されているものといえば、捨て身の自由だ。親衛隊入りの話が出ていたので、指南役としても諸々の調整中だったことが幸いだ。いまのヴァリアンテはどの組織にも責任を負う立場にない。

 それに、遭難しない勝算がある。魔神が居城としている地はたしかに過酷な場所ではあるが、ダークエルフが哨戒しているはずだ。彼らに見つけてもらえさえすれば、あとは魔神の城へ案内してもらえばいい。カーシュラードにも予想はつくだろう。

「……それでも無謀です」

「君が私なら、そう言われてうなずける?」

 できないとわかっていて問いかけると、カーシュラードは悔しそうに唇を歪めた。ごめんね、ひどい兄で。ヴァリアンテは胸中で独りごちた。

「……ちょっと、こんなときに痴話喧嘩してる場合じゃないでショ」

 そろそろ止めるべきだと割って入ったドナは、一歩も足を踏み出さないうちに動きを止めた。視線が扉へ向く。同時に、ノックの音が響いた。

 結界を張っていたカーシュラードが、他者の接近に気づかなかったことに舌打ちをする。誰何をする前に扉が開いた。返事を待たずに入室するのは医者くらいなものだが、そこにいたのは剣聖イラーブルブ・ゼフォンだった。

「おお、ヴァリアンテ、目が覚めたのか」

「イラー様!?」

 思わぬ相手の出現に、この場の誰もが驚いた。イラーブルブはヴァリアンテの養父だが、それ以前に剣聖として多忙の身だ。見舞いにくる暇などないだろうし、厳重警戒を敷いているだろう王城から離れるのは難しいはずだ。

 軽装の甲冑は朝の鍛錬でよくみるものだ。大きな体躯に似合いの長剣を背負った剣聖は、髭を震わせて笑顔を浮かべていた。その後ろからもうひとり、長身の男性が続いた。

「……オクサイド赤狼(マルコ)師団長?」

「や。ヴァリアンテ、顔色よさそうだね」

 ひらひらと手を振りながら、濃紅のマントが翻る。大柄の男性がふたり入室すると、特別個室も狭く感じた。

「修羅場中だったかな」

「いいえ、別に」

 おどけた口調のクリストローゼ・オクサイドは、ばつが悪そうに視線をそらすカーシュラードを楽しそうに見つめた。さすがに顔をつきあわせてはいられず、カーシュラードは握ったままの手首を離して壁際へ戻った。感情が高ぶって彼らの接近を気づけなかったことが悔しいのだろう。ヴァリアンテは弟の心中を察して内心で苦笑を浮かべた。

「おや、うちの『女王様』じゃないか。夜遊びの帰りかな?」

 黒髪は艶やかで赤の混じる瞳は少年のように楽しげだ。目尻にうかぶわずかな皺がクリストローゼの年齢を示しているが、高魔力を持つもの特有の老化の遅さで年齢不詳さを際立たせていた。

「……お見舞いヨ。お見舞い」

「面会時間でもないのに?」

「そういうアンタだって同じでショ」

「私はきちんと受付を通してきたよ。イラー様と一緒にね。不正を取り締まる側が不法侵入はいただけないけれど、今回は目をつむってあげるから、この後、朝食デートはどうかな」

「……おごりなら付き合ってあげてもいいワ」

「じゃあ、決まりだ」

 幾分後ろめたい思いがあるのか、ドナは大人しく引き下がっていた。まさか赤狼(マルコ)師団を束ねるその人がやってくるとは思わない。場合によっては全員拘束されてもおかしくない状況だ。ふたりの仲が仕事上のものだけでなくとも、場合によっては切り捨てる非情さがあるからこそ、クリストローゼが若くして師団長に抜擢されたことを、ヴァリアンテは知っていた。

 一応の礼儀として国家の重鎮ふたりに椅子を勧めるカーシュラードも、態度だけは大人しい。赤狼(マルコ)師団所属ではないから命令を聞く謂れはないけれど、反発してどうなるかくらいは想像ができる。

「密談に病室か。結界に綻びもない。クセルクスの末っ子はずいぶん気が張っているな。――安心しろ、我々に殺気は必要ない。結界の維持はクリスに任せて、気を緩めるといい」

「紅玉位の魔剣士を信用してくれるなら、だけどね」

 剣聖に諫められ、クリストローゼにウィンクを送られ、カーシュラードは唇を噛んだ。それでも、無駄な反発はせずに結界を移譲した。

 空気が和らいだ気がする。どうやら、カーシュラードの緊張感は魔力にも顕れていたらしい。慣れきっていて感じなかったヴァリアンテの唇に苦笑が浮かんだ。

「さて、どこまで話が進んでいる?」

 椅子に座ったイラーブルブが、ぐるりと三人の男女に視線をむけた。表情は柔らかい。シラを切るべきか、正直に答えるべきか。まさか剣聖に嘘をつき通せるわけもないのだが、どこから話を切り出すべきか迷ってしまう。

 それでも、カーシュラードやドナよりも、ヴァリアンテが一番剣聖を知っていた。義父は厳しいが、偏屈な頑固者ではない。

「……イラー様は、どうしてこちらへ?」

「お前の見舞いにきたのだが、ついでに世間話をするくらいはかまわんだろう」

「世間話、ですか……」

「そう。あくまでも、お見舞いだよ。私も剣聖も、君の事が心配で顔を見にきたんだ。不法侵入者は見つけていないし、ここでかわした世間話は、きっと部屋を出たら忘れてしまう。同じように、うっかり私が重要なことを話してしまうかもしれないけれど、まあ、君は昏睡状態だし、他に誰もいないんだから、外には漏れないだろう?」

「……なるほど。覚えておきます」

 ヴァリアンテは続くクリストローゼの詭弁を聞いて肩の力を抜いた。病み上がりのお前も座れと剣聖に告げられ、大人しく従う。彼らは目的を同じくしているのだ。

「さて、レグナヴィーダ殿下が冤罪であったことはわしの耳にも入っている。ヴァマカーラ姫の嘆願どおり、公開するのか」

「……口が軽い上司って、やーネ」

「剣聖に情報開示を拒むほど馬鹿じゃないつもりだよ、私は」

 ドナが漏らした悪態に、クリストローゼは笑って応えた。

「我ら赤狼(マルコ)は、レグナヴィーダ殿下にかけられた容疑の調査結果を開示する予定だ。そもそも調査は我々の管轄だからね。内務大臣は赤狼(マルコ)を噛ませずに勝手に押し通してしまった。非難はすれど擁護する気にはなれないよ」

 師団の長その人が方針を暴露してくれるのはありがたかった。どうりで処刑場に赤狼(マルコ)師団長の姿がなかったわけだ。

「ただし、するのはそこまで。陛下が国璽を捺された件には一切触れる気はない」

 クリストローゼはきっぱりと言い放った。敵にはならないが、味方でもない。それが赤狼(マルコ)師団の選んだ立場だった。剣聖はあごひげをこすってうなる。

黒羆(バラム)師団は空中分解寸前だが、カーシュラードよ、お前の主観を聞かせてくれ」

「……誰が師団長の席に座るか、椅子取りゲームの真っ最中ですよ。権力の座は欲しいけど、責任は取りたくない。責任を取るにしても、前師団長の方針を受け継ぐのか、別の路線を主張するのか決めあぐねている。下っ端の僕らは有事対応で部隊編成にかかりきりです」

「ふむ。しばらくはわしが師団長を代行するしかないか」

 剣聖は全ての師団を従える権限を与えられている。実際にその威をふるうことはないが、できないわけではない。反対できる者がほとんど死んでいるのだから、誰が止められるだろう。

「生き残った連隊長は輜重科ですからね。師団長にまつり上げるのは酷でしょうし、僕ら部隊長の誰もが勘弁してくれと思ってますよ」

「……膿を出し切ったという意味では、巻き込まれて幸いだったかもしれんな」

「熊のくせに群れるのはどうかと思ってたけど、こういうときに裏目に出るよね」

 剣聖と赤狼(マルコ)師団の追撃に、黒羆(バラム)師団に所属しているカーシュラードは眉間の皺をおおいに深めた。黒羆(バラム)師団の紋章は確かに羆ではあるけれど、そこを持ち出して揶揄されるのは気に食わない。お互いに『ワンちゃん』だ『クマちゃん』だと罵り合って、年に一度は殴り合いの喧嘩に発展する程度には、師団間の仲は悪い。

 だが、彼らの言い分も一理あるのだ。ヴァリアンテは外側にいるからこそ、黒羆(バラム)師団の歪さがわかる。停戦状態が長く続いているので危機感がないのだ。

 長になる者のほとんどは剣技よりも政治に長けている者で埋められ、実力ある者は部隊長として死蔵する。金剛位のカーシュラードに特別部隊を宛がったのもそのためだ。

 いまのカーマは内に寄りすぎている。外務大臣は国防に関知せず貿易を重視しているし、国防を担う黒羆(バラム)師団長は内務大臣との距離が近すぎた。

「一応、遺族には補償金を出すでしょうが、国葬にすると師団に対する攻撃と認めることになるので、事故死で処理してもらえることを願っています。ただ、命令に従っただけの一般兵が憐れでなりませんけど、それが軍人というものでしょう。何にせよ、そういうことを決められる人物がいないんですよ……」

 カーシュラードはうんざりした態度を隠しもしなかった。決定権を持つ者が誰ひとりいない状態で組織を維持するのは、並大抵のことではない。あらゆる事柄を後回しにし、現場を保持するだけで精一杯だ。

「お前は、レグナヴィーダ様の凶行を恨んでおらんのか」

「凶行? 恨む?」

 剣聖の問いに対して、カーシュラードは吐き捨てるような態度で笑みを浮かべた。弟の態度に冷や汗が出るが、止めようがない。

「平和に生きてるから忘れているみたいですが、そもそも僕らは魔神の血を引いてるんですよ。本質を思い出してください。力でのし上がり、邪魔な相手はねじ伏せ、欲望を優先する。『紅蓮の魔神(インフェルニア)』が生贄を望むなら捧げるのがカーマ人の勤めでしょう。人間の枠組みに押し込んでどうするんです。疑問を持っても仕方がない。嫌だというのなら、魔神に挑めばいい。返り討ちにあって文句を言うなんて、ナンセンスにもほどがある。凶行ですって? むしろ、国土の全てを更地にされなかっただけ、ありがたいってもんでしょう」

 淡々と、静かな怒りすらまとわせて、カーシュラードは語った。黙って聞いている面々の表情は一様に沈痛だ。ヴァリアンテも頭を抱えたくなった。けれど、彼が羨ましいと思うのも事実だ。そして、放っておけない。

「おふたりとも、大丈夫です。カーシュラードは狂ったわけじゃない。わかっていて、私たちに喧嘩を売っている」

「……よほどタチが悪い」

「……まったくだ」

 クリストローゼと剣聖は、警戒と緊張に凝り固まった意識をわずかに緩めた。カーシュラードはどこ吹く風という表情でそっぽを向いている。

「だが、まあ、お前の気持ちはわからんでもない。おぬしがレグナヴィーダ殿下に膝を折ったことは知れ渡っておる。彼が冤罪であったこと、魔神であることを知る者は、ほとんどおらんのだ。おぬしも罪人のように言われておるだろう。孤立無援の中で、よく師団を捨てずにとどまっておるよ」

「……剣聖様のお立場はどうなんですか」

「わしか? わしもおぬしと似たようなものだ。そも陛下とは昔から仲が悪くてな。いまではヴァマカーラ姫をみすみす行かせたと恨まれておる。実際にレグナヴィーダ殿下と対峙して、膝を折らずにいたことが信じられん」

 さすがのヴァリアンテも、義父の暴露には驚いた。剣聖は全ての剣士達の師であり、国防を担う象徴で、何より生まれに関係なく国王に助言することを許されている。公式行事では常に国王の横に立ち、談笑をかわす姿も珍しくない。

 それが、不仲だったとは考えたこともなかった。だが、思い返してみると、国事以外で陛下と懇意にしている姿をみたことはない。なるほど、人というものは見たいものしか見ないのだ。

「アタシは何も聞いてないわよ。スキャンダルに巻き込むのは勘弁して」

 ドナが呻きながら耳を塞いでいるが、きっと正しい反応だ。イラーブルブは溜めていた鬱憤を晴らせたのか満足そうに髭を揺らして笑っているが、カーシュラードの啖呵に触発されたのだろうか。

「さて、私たちは反逆を企てているわけじゃない。陛下をやり玉にあげる気はないし、それだけは避けたいと思っている。ネディエール家には泥を被ってもらうことになるけど、ニーガスの凶状は隠しようがないからな」

「そもそもどうして、ネディエール公は息子を幽閉して、今になって処刑しようなんて考えたんですか?」

 レグナヴィーダ殿下の処遇ばかりが先に立っていて、動機についてまで思い至っていなかった。カーシュラードの疑問は当然のものだろう。巻き込まれてしまったのだから、知る権利はある。

「……それがわからないんだよね。執務室に日記の一冊でもあればよかったんだけど、私人としての手記ひとつない。ネディエール家は家宅捜査を拒否しているから、ニーガス個人の記録を押さえることもできてない。協力してくれた方があっちの傷は少なく済むんだけど、どうかなぁ」

 クリストローゼは溜め息をこぼし、ドナに視線を向けた。

「当主が決まるまで待ってくれって、一点張りヨ」

「あそこはニーガスが当主だったからね。継承権者はいるけど、よちよち歩きと傍系のなにがしだ。いっそ取り潰しちゃえば話が早いのに」

「……ちょっと、カーシュと同じこと言うの止めてちょうだい。王族ってなんなの、みんなそういう感じなの?」

 男らしく太い眉を上げたクリストローゼは、肩を震わせて笑った。

「それが王家の義務ってもんだよ。私たちが特権階級にいるのは、魔神復活を成就するためだ。役目が終われば用済みさ」

 クリストローゼは第八王家オクサイド家の出身だ。さっきはカーシュラードを咎めたけれど、どうやら王族の共通認識なのかもしれない。ヴァリアンテは血筋こそ王家のそれが混じっているが、王族教育は何ひとつ知らずに育っている。一般市民と王族の分断は思いのほか根深い。

 クリストローゼはひとしきり笑い、まばたきひとつで真剣な表情を浮かべた。

「でも、そんなことをすればネディエール州が恐慌状態に陥るだろう。明日は我が身かと、他州の民も王族へ不信感を募らせる。行き着く先は国王だ。クーデターでも誘発されてはたまらない。王政にしがみつかなきゃいけない理由は、結局のところ『紅蓮の魔神(インフェルニア)』と民を守ることになる。王家を倒そうなんて者は、魔神に弓を引いたも同じだからね。王族ってのは魔神と民の板挟みだよ」

 それは目を剥くのに充分な言葉だった。カーシュラードだけではなく、ヴァリアンテでさえも気づかされる。

 ダークエルフの血とカーマの血を両方併せ持つからこそ、陥りやすい矛盾かもしれない。魔神に仕えることこそ本懐であるという本能が、魔神の血を継ぐカーマの民を切り捨てにかかる。

 魔神と民の価値は同じ物ではないが、限りなく同じに近いのだ。それなのに、片方を優先させてしまうがために、片方の価値を忘れてしまう。

 カーシュラードが領地運営に向いていないと、もうひとりの弟のカレンツィードが言っていたことがあるけれど、こういうことだったのだろうか。そして、ヴァリアンテは王族としての視点がなかった。民のことばかりを心配してしまい、王族の立場と葛藤を考えたことはない。

 同じ血を持っていながら、弟と自分はまるで違う考え方をしている。本能だけでは語れない何かがあるのだろう。

 数舜、病室に沈黙が降りた。

 この場に集まる者は全て、ギュスタロッサの剱に選ばれ、魔神の使徒となるべき力を持った者たちだ。けれど、民をないがしろにしたいとは思ってもいない。

「……やっぱり、囁きの谷(ウィスパタール)に行かなきゃ」

「ヴァル、だからそれは――」

「他の誰が行ける? 魔神復活を認めなければ、何もかも解決しない。他のどんな使いでも駄目だ。私だからこそ、信用を得られる」

「だったら僕も同じでしょう。すでに『紅蓮の魔神(インフェルニア)』に忠誠を誓ってるんですよ。追い返される謂れもない」

「カーシュラード、お前が動くのは認めんぞ」

 イラーブルブがすかさず遮った。もちろん、忠誠を誓ったカーシュラードは無条件でダークエルフたちに受け入れられるだろう。だが、適任ではない。

 カーシュラードはいわば、テロリストの一味だと誤解されている状況だ。レグナヴィーダ殿下が殺人を重ねて逃げたことになっている誤解がとけなければ、カーシュラードに対する信頼も回復されない。彼がどんな情報を持ってこようと、信憑性を疑われ続ける。

「耐えろ。おぬしが動く時期ではない」

「では僕は、何の役に立てるんですか。使えるものは何でも使って、魔神に尽くせと求められている。応えられないことが、何より苦痛なんです」

「役に立ってるわヨ」

 血を吐くような訴えに応えたのはドナだった。

「アンタが命張って『紅蓮の魔神(インフェルニア)』だって証明した。他でもない、アンタだから信じたのよ。ギュスタロッサに金剛の証明をされたアンタだから、対峙してないアタシも、クリスも、他の剣位持ちも魔神復活を信じられる。使えるものは何だって使ってんでショ。アンタがアタシを動かしたの。アンタじゃなきゃ、アタシだって自分の首かけてまで危ない橋は渡らないわよ」

「そうそう。うちの『女王様』の言うとおり。この国で誰よりも強い金剛位の君が膝を折った。それが一番の功労だ。逆風がひっくり返ったらどうなるか、想像してごらん」

「……おぬしは命が尽きるそのときまで、『紅蓮の魔神(インフェルニア)』の剣として、カーマという国に繋がれるだろうがな」

 カーシュラードは驚きを隠せず、三人それぞれの言葉を聞いていた。漆黒の瞳に使命感という炎がともる。その瞬間を、ヴァリアンテはただ歯噛みをしながら見つめていた。

 カーシュラードの望みは、己の強さを正しく生かすことだ。仕えるべき主に仕え、忠誠を許され、圧倒的な力でもって守護者となる。支配者になりたいわけではない。誰かのために剱をふるいたい。そういう望みを抱いている。だからきっと、生涯騎士として尽くせることは本望だろう。

 だが、結局それは、カーシュラードひとりを生贄にして国の安定に利用することでしかない。ヴァリアンテには、どうしてもそれが受け入れられなかった。可愛い弟がよってたかって食い物にされるなんて、喜べることじゃない。

 けれど、止められないのだ。カーシュラードだって利用されていることを理解している。理解していてなお、望むのだ。それが、望みと合致しているから。

 それでもきっと、自分も似たようなものだろう。

 国を守るなんて大それたことは考えられないけれど、人を守りたいという衝動に突き動かされる。だからこそ命を削って防御結界を展開させることができたのだ。

「……そろそろ行きます。早ければ早いほうがいい」

 空気を壊すとわかっていて、ヴァリアンテは宣言した。

「査問会が開く前までに、少しでも魔神から情報を引き出してきます。彼が存在を証明してくれるよう説得してみます。……難しそうですけど」

「どれ、わしがヴァリアンテを使いにやったことにでもしておこう」

「そんな、イラー様にご迷惑が――」

「剣聖の権など、今のような事態に使わずいつ使えというのだ。それでなくとも、後手に回っておる。わしにも少しは挽回の機会を与えてくれ」

「魔神が復活したんだ。多かれ少なかれ、誰もが何かを賭けるくらいじゃないと、何も変えられないさ」

 クリストローゼが肩をすくめて苦笑する。剣聖イラーブルブも髭を揺らして笑っていた。ドナは心配そうにはしていたけれど、頬にキスをくれた。

 カーシュラードは、今度こそ引き留めはしなかった。心配はあるだろうが、彼の瞳には尽きせぬ信頼があらわれている。

 ふいに、解決策の一端がみえたような気がした。魔神に求めるばかりでなく、レグナヴィーダ殿下から引き出せるものがある。きっと、王族が考えもつかないものだろう。

 ヴァリアンテは思い浮かんだ案を胸にしまい、『紅蓮の魔神(インフェルニア)』の元へ参じるために病室を抜け出した。


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