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カーマ王国物語  作者: 喜佐一
血脈を守る者
3/11

血脈を守る者-2-


「カーラ様!」

「姫様、お逃げください!」

 口々に叫び声があがるなか、当のヴァマカーラ本人は怯えることもなく毅然と立ち上がった。震える侍女や立ち向かおうとする近衛兵達を片手で制止し、豊かな髪をふわりと揺らして男の前に進み出る。

「ヴァマカーラ姫に相違ないな?」

 低く穏やかな声だった。黒衣に溶けるような朱殷(しゅあん)色の長髪は高貴な身分を示している。ただ、耳の上から天へ向けて生えた双角が、男の異質さを放っていた。

「いかにも、わたくしの名はヴァマカーラ。継承第一位王太子、ヴァマカーラ・エルヴェス・ヘラ・マルシュヴァリーリ=カルマヴィア」

 齢二十一の王女は、己の身分と名を名乗り、優雅に一礼した。家臣たちは、突如乱入した男を歓迎するような姫の態度に混乱し、狼狽えながらも、男から目を離せなかった。そこにいるだけで身体の芯が震え、歓喜を覚えるほどの畏敬の魔力に魅入られしまう。

「お初にお目にかかる。我が名はレグノ。……人のつけた名は省こう。そもこの国で、私の存在を認知している者などいなかろうが」

「レグノ? レグノ……。ルクレヴァウス公レグナヴィーダ殿下? サヴィトリーニお姉様がお産みになった、わたくしの甥にあたる方?」

「そのようだ」

「それでしたら、存じております。もっとも、わたくしが教えられていたのは、あなたのお身体がとてもお弱くて、面会謝絶で看護されているとのことでしたけれど」

 琥珀色の瞳で長身の青年を検分した彼女は、にこりと微笑んでみせた。

「お元気そうで嬉しく思いますわ」

 王女の豪胆さに、レグナヴィーダはかすかに口角を上げた。それは彼がはじめて浮かべた笑みのようなものだった。

 その時だ。

 扉と一緒に場の空気を蹴破って、カーマ最高峰と名高い初老の剣士が転がり込んできた。

「ヴァマカーラ殿下、ご無事かッ……!」

 金剛位剣聖イラーブルブ・ゼフォンは、大剣の柄に手をかけたまま王女を背に守るような位置に立った。相手の力量を一瞬で見極め、実力差を知る。何かあれば差し違えてでも姫を守るのが務めだが、剣聖の背筋に冷たいものが流れ落ちた。

「さすが剣聖と言うべきか」

 レグナヴィーダは剣聖を一瞥した。抜かずにいる賢さを評価する。

「イラー様、それに皆も、お下がりなさい。彼は私たちに危害を加えたりしないわ。害意があるのなら、名乗る前に我々などとうに死んでいますもの。あの広場のように」

「……死者の山を築かずに済んだのは、魔剣を持ちし者たちの奮闘のおかげだろう。私とて、血を分けし子らを無下に殺したくはない」

 レグナヴィーダは憂いを浮かべた。この場の誰も、彼が突然現れるに至った経緯を知らない。ヴァマカーラもそのはずだが、まるで何かを察しているような口ぶりだった。

「で、殿下……?」

 次女のひとりが震えながら声をかけた。ヴァマカーラはか弱く可憐で、強者に楯突く強さなどないと思っていた。彼女は守られる者であって、守る者ではないと決めつけていた。けれどいま、彼女こそが家臣たちを守っていた。

「さあ、レグノ様。あなたはわたくしに、何をお求めかしら」

 背筋を伸ばしたヴァマカーラは、王家に相応しい威厳で問うた。

「私と共に来ぬか」

 レグナヴィーダの口調は提案とも強制ともとれる。冷たい瞳は怯えるには充分だ。けれどひるまずカーマの姫は見つめ返す。

「それは(とりこ)ということかしら?」

「いいや、姫御身ずから私と共に来るという決断をしてもらおう」

 ヴァマカーラはしばし、対峙する男の真意をはかるように押し黙った。誰もが息を殺し、固唾を呑んで王女の判断を待つ。やがて小作りな唇が開いたときには、彼女の決意は固まっていた。

「……あなたは、わたくしに魔術を教えてくれるかしら?」

「姫の魔力であれば、魔導でさえ扱えるであろうよ。下界を知らぬ私より、あなたのほうがよほど精通しているのでは?」

「ええ……。そう。そうね。それだけの魔力を宿しながら、わたくしは簡単な魔法ひとつ扱えない。誰もがわたくしを恐れている。お兄様はわたくしが魔の道に進むことを禁じ、一度はこの瞳を焼こうとさえした」

「ヴァマカーラ殿下」

「お黙りなさいな、剣聖イラーブルブ。わたくしが何も知らないとでも?」

 遮ろうとするイラーブルブを、ヴァマカーラはぴしゃりと窘めた。鎧の肩当てに細い手をおいて、華奢な王女は守られた背中から抜け出した。

「レグノ様、わたくしに魔のなんたるかを教えてくださる?」

「姫が望むなら、その千里眼の生かし方も教授しよう」

 レグナヴィーダはうなずいて手を差し伸べた。黒衣の裾が消えぬ炎を纏ってチラチラと揺れる。

「わたくしの血の濃さは、護られるものではなく民を護るために使われるべきもの。わたくしは、あなたと共にまいりましょう」

 踵の音を高らかに響かせて、ヴァマカーラはレグナヴィーダの手を取った。侍女や家臣たちの悲鳴では、彼女を思いとどまらせることはできない。振り向いた王女の瞳には、弱々しい可憐さは消えていた。

「皆の者、聞くがいい! わたくしは、魔神と共に行く。わたくしの意志であると、ゆめゆめ違えてはならぬ。そなたらと剣聖は証人だ。カーマとは何者に与えられた国であるか、いま一度改めよ」

「ヴァマカーラ様!」

 剣聖が王女へと伸ばした指が届くことはなかった。

 レグナヴィーダ王子の処刑が執行されようとしたその日、カーマ王城からはひとりの王女が共に消えた。



 死亡者十八名。

 うち、内務大臣ネディエール公ニーガス、黒羆(バラム)師団長、政府要人を含む。

 負傷者三百五名。軽傷者は含まない。

 処刑場広場、壊滅。

 損害の規模にも関わらず、この事件の死傷者数はおそろしく少ないものだった。



◇◇◇



 体中に電流が走ったような衝撃を感じ、カーシュラードはビクリと肩を揺らして顔を上げた。

 どうやら転寝していたらしい。己の失態を恥じ、あたりを見回す。誰もいない。警戒すべき気配もない。大きく深呼吸をして、背中の凝りをほぐすように伸びをした。

 あの事件から、丸三日がたっていた。中天には月が輝いている。

 疲労と睡眠不足と魔力欠乏で頭痛が消えない。こめかみをもんで、ベッドに眠る兄の横顔を見つめた。起きる気配はないが、眠る表情は穏やかだ。血の気はないけれど、命の危険は脱している。ヴァリアンテの無事を確認するときだけ、心が安らげる。

 王都カーマは未曽有の混乱にあった。突然の処刑劇から、刑場の壊滅。罪人は継承一位の姫をさらって逃亡した。国民には事実を伏せているが、それもいつまで保つかわからない。

 カーシュラードは己の休息もそこそこに、黒羆(バラム)師団の立て直しに奔走していた。なんせ、師団長どころ大半の連隊長まで死亡してしまい、師団をまとめられる高等士官が王都にはいない。地方の防衛を任せられている連隊長を呼び戻そうにも、そう簡単にはいかない。事務方の応援を要請したくても、内務大臣やその側近たちが亡くなっているので、あちらはあちらで大混乱だ。

 同じカーマ王国軍であっても赤狼(マルコ)師団や魔梟(ストラ)師団に協力を要請することだけは、国防軍のプライドが許さない。そんな見栄など糞食らえだと思っていても、一介の部隊長であるカーシュラードが師団の命運を左右できるはずもない。

 カーシュラードが行っていることは、負傷者の把握と出撃可能な兵士の再編成だった。

 現在カーマ王国は戦時下にないが、隣国ミネディエンスといつ休戦が破られてもおかしくはなかった。国交が断絶していても、同じ大陸にある国家だ。防衛軍の弱体を好機ととらえて開戦となる可能生はゼロではない。

 なぜなら、創魔戦争の後に眠りについた、建国の祖である魔神が、ついに復活したからだ。

 神聖ミネディエンス国は魔神と敵対した創主を崇める宗教国家だ。創主が敗れたことを数千年過ぎても認めてはおらず、魔神が創主を弑逆したのだと信じている。だからこそ、魔神の血を継いでいるカーマ王国やその民を憎んではばからず、休戦はしても和平を結ぶなどあり得なかった。

 そんなミネディエンスが魔神復活を知ろうものなら、総力戦で挑みかかってくる可能生もある。もちろん魔神復活それ自体を信じれば、だが。

 そして迎え撃とうにも、いまの黒羆(バラム)師団にその力があるかどうかはあやしい。少なくとも、王都常駐で五体満足の兵を集めても、連隊ひとつぶんになるかどうかだろう。カーシュラードにとっては、危機感を強める三日間だった。

 さいわいと言うべきか、部下を失うことはなかった。負傷者はいるが、回復が見込める。もともと特殊な部隊ではあるから、カーシュラードの防御結界がなくても生き延びたかもしれない。けれど、無傷というわけでもなかった。

 ぶりかえした頭痛に、カーシュラードは眉間の皺を深めた。肉体を維持するために魔力を使っているので、回復が思うようにいかないのだ。いくらダークエルフの血が混じっていても、一度底値まで落ちた魔力を回復させるのは骨が折れる。

 あと数時間、せめて日が昇るまではヴァリアンテのそばにいたい。士官寮の自室や、王都のクセルクス邸へ戻るより、彼の病室が一番落ち着ける。今の王都では、誰が敵か味方かわからない。絶対的な味方は実兄であるヴァリアンテだけだ。

 瀕死のヴァリアンテを救ったのは、原因となったレグナヴィーダだった。第二位王位継承権者にして、いまは十八人の殺害犯となった王子だ。乳母と家庭教師を害したという最初の罪状が真実であれば、二十人を殺したことになる。

 それでも彼は、神祖『紅蓮の魔神(インフェルニア)』だ。ヴァリアンテを通して、魔神の魔力を感じる。命を繋いだ魔だ。ふれた肌は熱い。ダークエルフの永久代謝細胞が、傷ついた肉体を癒やしている。

 頬をなでた指を戻そうとしたその時、彼の瞼がぴくりと震えた。

「……ヴァル?」

 目が覚めたというわけではない。いったい、何に反応したのだろう。様子をみようと顔を近づけたカーシュラードの肩を、やんわりとした力で止める者がいた。

 微塵も感じられなかった気配に、瞬時にマインドセットを切り替える。素早く太刀を手に取り、鯉口を切った。誰何するという余裕がない。

 腰を浮かせて抜刀の構えをとりかけ――、その姿を確認して脱力する。

「落ち着け、馬鹿者め」

 背後に立っていたのは、カーシュラードとヴァリアンテの実母だった。顔を見るのは一年ぶりくらいだろうか。

「……ギラーメイア?」

「ああ。私だ」

 うなずいたギラーメイアは、愛おしさを隠さず息子達を見つめた。

 暗い小麦色の肌に、ヴァリアンテが継いだミルクティー色をした髪。カーマ人より長い耳には、いつも宝飾品がぶら下がっている。黒曜石に似た瞳は、あまりに黒いので瞳孔がわからない。彼女は人間ではない。ダークエルフは歴とした魔族だった。

 彼女が相手であれば、カーシュラードが気づけなくても当然だ。師団付属病院の特別室に、警備の目をどうかいくぐって潜り込んだのかなど、尋ねたところで無意味だ。それを、息子だからこそよく知っている。

 しかし、疲れて余裕がなかったとはいえ、鯉口を切る未熟さを知られたのは悔しい。ギラーメイアは息子の甘さを咎めたりはしなかったが、大目に見てもらえたのだとわかっている。

「私はお前たちの存在を、これほど喜ばしいと思ったことはない」

「……は?」

「我ら種族が魂を捧げる魔神が復活した。お前はその身に、ダークエルフと魔神の血を流している。それが嬉しい」

 彼女は歌うように囁いて、カーシュラードの赤毛をすいた。これまで母親らしい接触はされていないのでくすぐったいが、それよりも気にかかることがある。

「レグナヴィーダ様は、やはり……」

「疑うか?」

「いいえ。対峙すればわかる。彼こそが『紅蓮の魔神(インフェルニア)』そのひとでしょう」

「是」

 ギラーメイアは静かに肯定した。

 カーシュラードは無意識に安堵の吐息を吐き出した。彼が魔神であると認めている者が他には誰もおらず、疑心暗鬼になりかけていた。だから、母という一番の後ろ盾を得られたことは純粋な喜びだ。

「我が君はいま、王家の墓所より奥、囁きの谷(ウィスパタール)にいらっしゃる。穏やかにお過ごしだ」

 耳慣れない地名に、カーシュラードは片眉を上げた。名前だけは知っている。

 王都カーマは、王城の背後にうっそうとした大森林と踏破不可能な山脈を擁している。囁きの谷(ウィスパタール)は、山脈の麓から中腹にかけた、入り組んだ谷の総称ではないだろうか。声を発すると延々と反響が続き、無数の囁き声に聞こえるという逸話をどこかで読んだ気がする。

 大森林も山脈も禁足地のような扱いをされているし、そもそも足を踏み入れても遭難するだけなので、誰も興味を向けなかった。なるほど。ダークエルフが暮らすにはこれ以上の地はないだろう。そして、魔神の居城としても文句のない立地だ。

 カーシュラードがひとり納得していると、ギラーメイアは寝台の枕元に腰をかけた。眠るヴァリアンテの頬をなで、眠りを促すように両の瞳に手の平を乗せる。

「消耗が酷いな。これはどれほどの魔力を使ったんだ?」

「レグナヴィーダ様の魔力から兵を護るための防御結界を敷きました。広場の全域に及ぶほどのものを。自分の命を度外視にして。せめて命だけは助かるようにと、生存可能な防護濃度で大多数を救おうとした」

「それは誇らしい。この子は我々に近いからな。カーマの血を護るために命を削るのは宿命かもしれん」

「……では、僕はあなたからみれば、ダークエルフ失格ですね」

 自嘲は隠さず、カーシュラードは口角に皮肉げな笑みを乗せた。

 あの瞬間自分は、強大な敵性存在を殲滅するための最良手段を模索し、実行した。己の行いに後悔はない。だが、理解者のいない孤独はいささか堪える。この数日、それを痛感していた。

 ギラーメイアは言葉の先を求めるように息子を見つめた。

「僕は、一矢報いることのできる者を選別しました。戦えなければ足かせになる。負傷者の介護に回れば全滅してしまう。だから、選んだ。……もっとも、倒すべき敵はあの場にいませんでしたけどね」

「ふむ」

 カーシュラードの告白に、ダークエルフの母は腕を組んでうなる。

「それは軍人の考え方だな。非難しておるわけではないぞ。お前はカーマ人とダークエルフの中庸であるよう育てたのだ。最小限の犠牲で最大限の利益を得るためには、切り捨てることを躊躇ってはいけない。だから、ヴァリアンテの模倣ができずとも間違ってはおらんよ。戦士として、誇れ。私が許す」

「それは、……どうも」

 納得はできないが、少しだけ心は軽くなる。ダークエルフの血は、己を犠牲にしなかったことの罪悪感を突きつけてくるが、それをねじ伏せてしまったもいいのだろうか。

 ギラーメイアは息子の懊悩を感じ取り、笑みを浮かべながらその腕に抱いた。

「お前が倒れてしまえば、誰がヴァリアンテを守るんだ。誰がこの国を守るんだ。非難に屈するな。強くあれ。お前はヴァリアンテと違って、動くことができるじゃないか。魔神の君の助力となれ」

「僕は――」

「お前はたしかに半分はダークエルフだよ。レグノ様に忠誠を誓ったのだろう?」

「……はい」

 そうすべきだと、本能が叫んだ。あの処刑場を壊滅させ死傷者を生んだ相手に、あの場で剣を捧げた。軍属の騎士として国家とカルマヴィア王家に忠誠を誓っておきながら、罪人個人に膝を折った。目撃者は多いだろう。いまはまだ混乱のさなかにいるが、落ち着けばすぐにでも上層部が動いて釈明を求められるはずだ。

 地位や立場によるしがらみを、いまさらながら痛感している。

「我々はカーマ建国の前より、『紅蓮の魔神(インフェルニア)』のしもべとして魔界よりこの世界に降り立った種族だ。魔神に従属することが血と魂に定められていて、それは何があろうと覆らない。魔神を前にして身を捧げずにいられないのは、ダークエルフの本能だ。かつて『紅蓮の魔神(インフェルニア)』はその血を分け、深い睡りについた。カーマ人は魔神を蘇らせる大切な礎だ。だからこそ、我らは血を持つ者たちの盾になる。同時に、我らは魔神の先陣を切る剣でもある」

 ダークエルフが無条件でカーマの民を救うのは、それはあくまでも『紅蓮の魔神(インフェルニア)』に仕えているからだ。カーマ人そのものではなく、その血に繋がる貴神を見ている。

 カーシュラードは半分がカーマ人で、半分がダークエルフだ。己を犠牲に民を護れなくとも、剣であれというのなら、その期待に応えられる。

「誇れ。顔を上げろ」

「……ええ。ありがとう、ギラーメイア」

 母の胸元から顔を上げたカーシュラードには、迷いや自嘲が消えていた。決意が固まる。

「レグノ様は、民を巻き込んだことだけは憂いていた。そして、今回の件を白日にさらすことを求めている」

「わかっています」

「よろしい。さいわいにもお前も王家の一員だ。お前の父を選んだ私の慧眼を崇めよ。カラケルサスの名を存分に使え。事後承諾になろうが、あやつなら笑って許すだろう」

 ダークエルフである以外に、実年齢や目的など何もかもが謎の母ではあるが、将来を見る目は確かだ。この時を予想して自分たちを生んだのであれば、魔族というのは命の使い方が人間とは違うと実感せずにいられない。けれど、非難するのは御門違いだ。

 末子の頬をなでたギラーメイアは、眠ったままの長子に向き直った。ゆっくりと屈んで、額同士をくっつける。

「いまはまだ眠るがいい」

 優しく囁いて、彼女はヴァリアンテに魔力を分け与えた。もしかして、息子を救うために訪れたのだろうか。

 だが、本題はこれからだった。

「ああ、最後にひとつ。頼まれてくれ」

 ベッドから離れて立ち去ろうとしたギラーメイアが、胸元から書状を取りだした。受け取って宛名を確認したカーシュラードは目を見張る。

「我がダークエルフ全氏族の長ギルデメレクの子であるギラーメイアが、ヴァマカーラ姫のお世話を一手に引き受けている。彼女からの書状だ。国王へ渡してくれ」

「氏族長の子……?」

「お前たちの生み出した地位でいえば私も王女だ。カーラ様をお守りするに遜色あるまいて」

 これほど王女らしからぬ王女もいないだろうな、と半眼で眺めていれば、にやりと笑ったギラーメイアに鼻先を指で弾かれた。けれど、瞬きの間に真剣な表情へ戻る。

「カーシュラード」

「はい」

「これからこの国は荒れる。魔神の復活と継承第一位の不在で、内外から様々な圧力がかかるだろう」

「……はい」

「万事正しく収めようと考えなくともいいが、腐敗は許さぬ。今の王家をうち崩し、ヴァマカーラ様に継がせよ。彼女は女王の器だ。時がくれば、彼女は己の意志でカーマに戻るだろう」

 カーシュラードは瞳を伏せた。現王がヴァマカーラ姫の繋ぎであることは、わかる者にはわかっている。ただ、口には出せない。いまのカーマは、魔を重んじない。そう主導してきたのは国王と内務大臣だ。

 与えられ、期待される任は重い。

「魔神の脅威はありえない。彼は決してこの国を、民を、自己防衛以外で傷つけない。我が君はこの国の創始者ではあるが、統治者にはならぬ」

 ギラーメイアは息子の肩に手をそえ、力を分け与えるかのように強く握った。

「我が氏族の末席に連なるお前たちへ、これが私に教えられることだ。随意に動け。我が愛息子よ。お前は私の最高傑作だ」

「……心得ましょう」

 カーシュラードはうなずき、兄の手を握った。

 母と同じ漆黒の瞳には、強すぎるほどの意志が宿っていた。

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