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望まぬ灰狼は己が身を捧げる 〜流行病の救済譚〜  作者: 未来が見えない
第一章 灰狼の十字架

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第一話 フェンリルの鎖

【イシュロン暦:五六七年】


 灼熱の陽光が照り付け赤砂が舞う。砂丘全体の砂鉄成分が酸化し赫灼(かくしゃく)と燃え上がっている。赤い砂漠『レッドデザート』と呼ばれる、紅蓮の地面から陽炎(かげろう)が揺らめき王国が映る。王国城目下、正面の北側大通りは市場が開催されており、赤砂に塗れた石畳の上で露店が賑わい大繁盛していた。


 盛り上がりを見せている市場では、乾燥した大気に響く歓声が挙がる。競りが行われたり、お台場で歌唱したりと、観覧する場所で違う顔の愉しみを提供されるような様相であった。この赤い砂漠の国にとっての潤いでもあり、豊穣を分かち合う儀式のようなものであった。


 そして、賑わいの熱波は鳴り止まないが、暑い空気とは別の寂しい香りが、何処からともなく流れてきている。


 南側、掃き溜め区域。

 市場から城を挟んだ場所。そこは冷めた匂いがしている。熱とは違う、真反対の殺伐とした空気が漂い、どんよりと重い雰囲気を醸し出している。

 其処には疫病に感染する人々が住んで身を寄せ合っていた。深い悲しみと未来が見えてしまった恐怖。差し迫る『運命の日』まで『生』を分かち合う。


 隔離病棟ならぬ、隔離区域であった。『デスティニーウイルス』と人々が呼称したウイルスは略称『Dウイルス』と各国で正式に決定され世界中へと知れ渡った。


 究極のウイルスが誕生した暦年から五六七年の月日が経った現在ーー人類がウイルスと戦ってきた年月はまた、刻々と時を刻み次の世代へと感染していく。


 陰と陽が照らし合わせになる国はレッドサンドだけではないが、この国には際限のない、そして再現性もつかない者が誕生していた。その者は持ち合わせているが望まない。勇者や英雄と言ったものには興味がなく手に入れようと思えば届く距離だが望まない。唯一つ、望むとするならば、同族である獣族の故郷に恩返しすることくらいである。


 彼は『Dウイルス』に感染し世界で初めて七日の夜を過ぎた獣人ーーエンゾ・シルバー。これは彼の度重なる罪と罰、そして、逃れられない運命に終止符を打つ、救いの物語でもある。


 ◇


 ーーレッドサンド王国地下牢ーー


 傭兵の標準装備を取り外された獣人は二メートル近くあり屈強な肉体は灰色の毛並みに覆われて見えない。爪は漆黒に塗れている。鋭利な歯は、噛みつけば人族の柔肌など脆く千切れそうなくらい鋭い。顔はエゾオオカミの風貌に近く、その顔は憎悪のみが表れていた。エンゾが居るだけで威圧感を感じ誰が見ても恐れてしまう程である。


 彼は牢獄の鎖に繋がれていた。


 ーー眠りの中で追憶していた。


 レッドデザートの先にある隣国との戦い。野営する自軍領。レッドサンドに侵攻してきたラグーナ軍を討つべく彼は此処で命を賭し、志願し、故郷への思いを矜持ていた。


 魔物の角笛が吹かれる。敵襲であった。


 戦火の口火は切られ自軍とラグーナ軍は高揚する。

「「「アアアアアア!!!!!」」」

 闘志を燃やした指揮官が「行け!」と檄を飛ばし前衛が進行する。前衛に立つエンゾは武者震いを覚えて鬼気迫るラグーナ兵士の軍団を見つめた。


 ーー走り出す、誰よりも疾く。


 四足歩行になったエンゾは前衛を先導する。役目ではないが、誰よりも興奮していたのは事実ではある。戦う野生の本能。人族には到底真似出来ない迅速な行動。背に乗せた自身と同じ程の大剣を口牙により噛み締められる。


 灰色の線が彗星の様にラグーナ軍へと突撃する。見かけた魔導兵が展開した雷魔法『ザンダ』が飛来するがエンゾには当たらず、轟音と共に雷槍が地面を黒焦げにし、抉り跡になる。


「ラァ!!!!」

 接近したラグーナ兵士が、横槍を突こうとする。

 エンゾは、四足歩行で後ろ足で大地を蹴り大剣を咥えたまま、宙で舞う様に翻った。


 ラグーナ軍兵士の一人の頭が爆ぜる。大剣に血が付着する。真っ赤に染まった鋼の横断面の血の反射にエンゾの顔が写る。


『つぎ……』


 ラグーナの兵士は散り散りになるも、エンゾは追いかけは殺しを繰り返す。


 錆び付いたアーマーは血塗れの跡。我が身ほどある巨大な大剣を担ぎ敵国の兵の胴体を一刀両断。殺し、近づけば跳躍し唐竹割をお見舞いする。屠る為に感情を無にした狂狼と化していた。


 レッドサンドの自軍も畏怖を覚える。敵にいなくて良かったと。逆にラグーナ兵士は阿鼻叫喚の嵐で這いずり、逃げ回っているものもいた。


 たちまち灰色の毛は血に染まり、さながらレッドサンド王国軍直属兵士の鎧と同じ色となっていた。故郷を思う気持ちは変わらず生き残り、大金を届ける為に人族、亜人族を殺戮する。情など当に捨てていた。


 無のまま過ぎ去りながら兵士を一網打尽に颯爽と前線を開いていく。伝播していた。傭兵の中でもエンゾは勲章を贈られるに値するほどの活躍をしていたのだ。


 転じる、ラグーナ軍の合図の角笛が吹かれ号令が掛かる。


 ラグーナ軍は自兵を退却させ、怖るべき戦法を取った。黒いローブを着た魔導兵士が現れる。後方から使役した魔物が続々と表れた。


『ラグーナの兵士よ!きけ!退避!!退避!!これより始める戦法は我々にも害を為す!!引けぇ!!』


 ラグーナ指揮官の声が戦場に響く。


『七日目之夜行進(セブンスパレード)をこれより始める!!』


『なんだあ、そら?』

『聞いたことあるか、そんなの』

『大したことねえだろ……』


 レッドサンドの兵士達は嘲笑し侮っていた。此処から地獄が始まるとは知らずに。死の行進はラグーナ軍が密かに集め使役した七日目の夜になる前の『Dウイルス』感染済み魔物軍隊の投入の事を指していた。


 ラグーナ指揮官は『七日目之夜行進(セブンスパレード)』と叫びそそくさと退陣したのだった。


 ラグーナの魔導兵が使役した魔物の軍隊が押し寄せた。レッドサンドの兵士が立ち向かう。


『大した事ねえぞ、その辺の雑魚だぞ!』


 トキシントード、ポイズンスネーク、多様な魔物が向かってくる。エンゾも対戦し切り伏せていく。違和感を感じた。


 兵士の中に、苦しみ出す者が現れた。


『こいつ、Dウイルスに感染してやがる。しかも夜直前だ……ガッァ!!!』


 レッドサンドの兵士は口から吐血していた。通常『Dウイルス』の感染より早く症状を出している。ラグーナ軍は七日目近くなる魔物に目を付け、此処に毒を扱う魔物がより複合的で初期症状を発症しやすいと踏み使役したのだ。


 それが『七日目之夜行進(セブンスパレード)』の真骨頂であり、死の行進の始まりだった。


 自軍の治癒魔導士が『ヒール』を使う。毒で侵された成分は抜けるが、兵士には『Dウイルス』は身体に残ったままだ。


 持久戦へと持たれ込んだ。魔物を投入しては兵を送り込むラグーナ軍。レッドサンド国軍は大軍を呼ぶ手配をもうけた。その為、これ以上防衛線を進めて自軍領を越えられると、侵入され不味いことになる。持久戦で耐えるしか出来なかった。


『あ、ああ……』


 時間が経ち、七日目に発症した兵士は毒化し身が溶けて死んでいった。続々と死にゆくレッドサンド兵士達。


 エンゾは人族を大剣で薙ぎ払う。呼吸が荒くなっていた。ラグーナ兵と魔物を相手にして精神が擦り減っていた。三日三晩寝ずに戦い、精神と体力が限界は超えた戦いになっていた。不意に意識が飛ぶ、刹那の瞬間に尻尾を魔物に咬まれてしまった。


『な……クソ!』


 振り解いて魔物を叩き伏せる。呆然とした。尻尾を見ると咬まれた痕がしっかりとあった。脳裏に故郷に残した兄妹達、家族の顔が思い出される。


『おれ……死ぬのか……ここで……にいに……死ぬのか……ごめん……沢山ご飯食べさせる約束したのに……』


『生きたい……まだ……おれは……死にたくない……』


『家族が居るんだ……腹を一杯にさせる……約束だけは絶対に守る』


 灰狼は強い心を持っていた。『Dウイルス』に感染してもまだ望みを諦めていなかった。家族の為に。愛すべき兄妹の為に。


 感染した魔物に咬まれても尚、戦い続けていた。補給物資はとうの昔に尽きた。砂漠の中『Dウイルス』に感染したポイズンスネークを引きちぎるように喰らう。


 貪り食い尽くす。


 自軍、敵軍の屍の上にエンゾ・シルバーは立っていた。気がつけば敵も味方も『七日目之夜行進(セブンスパレード)』の餌食となっていたのだ。


 応援に駆けつけたレッドサンド王国の大軍が押し寄せる。惨劇を目の当たりにした、大軍は顔を引き攣らせる。


 ラグーナ軍は、自軍を退陣させ国へと戻った。大軍勢には流石に迎え撃てないからだ。つまり、レッドサンドが持ち堪え勝利したのだ、一匹の狼により。


 真っ赤に染まる、狂った狼を見ていた人馬一体となってやって来た、王国直属兵士と目が合う。エンゾのことを傍でずっと見ていた兵士が、王国直属兵士に耳打ちしていた。


 そして、王国兵は功績とワクチン製作の為に話しをつけにきたのだ。


 一連の流れが終わり、レッドサンド国王の顔が真正面に現れる。『お前の故郷の兄妹諸共、滅菌処理だ』そう、目の前で呟かれたのだ。


 ーー眠りから覚醒する、悪夢にうなされ冷や汗が流れる。


 目が血走り充血していた。鼻息が「フーフー」と荒い息になって、深呼吸をして呼吸を整える。


 独房の中、鋼鉄製の腕輪と足輪を付けられて、壁面から伸びた鎖は拘束する。堅牢に閉じ込められている。


 コツコツと足音が響いた。蝋燭を立てた灯りを持った看守が巡回する音が響いている。


 獣の耳は研ぎ澄まされていた。


 (国王を殺せば大叛逆罪で処刑される……だが……背に腹は変えられない……)


 深い思考は闇のように揺らめく。仄暗く燻る化身。脳裏に描かれている、国王を殺し、国を落とす瞬間を。血飛沫を上げながら断末魔を聞く、その瞬間こそ愉悦に浸れる瞬間。

 憎しみをぶつけれる最大の瞬間なのだ。


 (……ここを終着点にするつもりはない……)


 エンゾは静寂の中で見据えていた。投獄され八時間交替で変わる兵士の番人。エンゾを見るたびに顔を引き攣らせている。


 エンゾはそんなことはお構いなくだが、流石にジロジロと珍妙に見られるのは癪に触り、灰色の眉間に皺を寄せる

 闇から覗くその眼光は強烈な野生味を帯び、研ぎ澄まされた殺気を放っていた。


「なんだ……その目は?」


 監視はタジタジになるも、檻にいることから石を投げるように、向かって言う。

 エンゾは檻の向こうに仁王立ちする兵士が目の前に歩いてきて正面に立ったことに苛立ちを覚える。生意気そうな小汚い脂を顔に塗ったような兵士はエンゾを見ていた。エンゾは人族の容姿についてはそこまで気にしていないが、人族に対しての憎しみがあるために兵士をジッと睨みつけた。獲物を捉えた狼のように。


「人族が……頭に乗るなよ……」


 言葉を放つと同時に強く腕輪を打ちつけ鳴らす。


 ーーガチャン!


「ひぃ!!!」


 兵士は恐怖に慄き、尻餅を地面について後退る。余りの殺気に冷や汗を額に滲ませている。そして、立ち上がるや否や「血液採取の時間が楽しみだ!」と負け犬の遠吠えをした。


「人族の分際で、吠えることしか能がない……まあいい……」

いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになります。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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