プロローグ
とある王国。
赤く見える砂漠と森林が点在する小国、レッドサンド。この国の街並みはレンガ造りで熱を遮断するような建物となっている。暑い気候のためか陽射しから守るよう、窓際にシェードを付けて日陰となっていた。
この国では流行病が蔓延っていた。それは一匹の魔物から広まったものだと言われている。洞窟に潜んでいた魔コウモリが、洞窟内の水溜まりを飲むべく来たウッドホーンに咬みつき、そのウッドホーンを食べたレッドタイガーへと更なる上位種へとウイルスは感染していった。
ウイルスは加速度的に感染する。
感染し死んでしまったウッドホーンやレッドタイガーなどの亡き骸を媒介に、屍肉を食べた他の下位種の魔物にまでウイルスは蔓延していく。
洞窟から始まったこのウイルスはやがて国へと魔の手を伸ばした。森で捕まえられたホーンラビットが市場へと出された。ウイルスに感染していた。
知らず知らずに食べた、その一人は感染してしまう。しかし、即効性はない、遅効性でジワジワとその者を苦しめ、そして、周囲へと曝露させる。
例外はなく人族、亜人族にも感染したのである。
その者を皮切りに、人々は気付かぬうちに感染し、夜の営みや飛沫感染などによる接触により規模を増やしていった。
次第にウイルスは、レッドサンドでは飽き足らず、貿易していた船が海を渡って全世界へと感染していったのだった。
口をつぐんで涙を流しある日を待つ。
たちまち人々は恐れ慄き、口を揃えて呟くのだ。七日目の夜に『運命の時』がやって来たと……。
ウイルスの名前は『デスティニーウイルス』と人々の中で呼称された。
『デスティニーウイルス』に掛かった魔物を摂取した人間は、潜伏期間を経て発症する。気付いた時には遅く、確実に死に至る。最古で、最悪の呪いであった。
救える手立てはなかった。
初期症状は震えや悪寒、幻視といった多岐に渡る症状を発露させる。七日目に完全発症した患者は燃えるような痛みを覚え、身体から本当に火を噴いて焼け死んでしまえば、ある者は体から木が生え魔物に生まれ変わってしまったと言われる。魔物由来のウイルスは人の運命を書き換えるのだ。
死の運命は決まっているのだ。人々の運命を変えてしまう究極のウイルスである。自らの運命、家族や友人の運命を考え始める。
生と死を分かつウイルス。感染した魔物を取り入れたら最後ーー死へと向かう。
人々は救済を求めていた。魔法や特効薬も効かないウイルスに対抗するのは、発症した者や魔物から距離を置くことだけだった。それだけしか、方法がなかったのだ。
だがしかし、一つの光明が現れた。
人族ではない、獣族に適合者が現れたと。灰色たてがみを靡かせた狼男ーーエンゾ・シルバー。奴隷として生まれ、傭兵である彼はこの小国の郊外で生まれ、獣族の家族の為に戦ってきた。
唯一の適合者。運命を導く者。彼は『デスティニーウイルス』に対抗する抗体を唯一、この世界で持った者だったのだ。
適合者だと知った時、エンゾは驚いたが、これで故郷にもっと恩返しが出来ると思っていた。
そして、彼の名前は王国内で一躍有名になったが、それは富裕層の間柄だけだ。依然として下々の民には話題すら舞い込まない。
餓死寸前で喰らった魔物が『デスティニーウイルス』に発症していることも知らず、戦場で多様な魔物を食べ生き永らえたのだ。七日以上経っても死なないことを周りにいた人族の兵士が見かけ、城まで連れてこられたのだった。
それは国王の悲願でもあった。抗体ワクチンを製造するためのサンプルになるからだ。
王国城、謁見の間で交渉は行われていた。いや、交渉というより強制だった。
「お主の血は、この国の宝だ!国の民へと分かち清浄へと導くのだ!さすればお主の故郷、お主も高貴なる身分へと位を上げてやろうではないか!」
煌びやかな衣装を纏った高貴な存在ーー小国レッドサンド国王が盛大に声を一室に響かせていた。
国王の目を見据えているのは灰色狼のエンゾだ。
彼は、自分がそんな絶滅危惧種並みの希少な存在であることを理解しながら、人々を助ける使命があると国王に告げられるも、勇者のような扱いは望んでいなかった。
灰色たてがみを靡かせた亜人、狼男ーーエンゾ・シルバーは知っていた。
それは、商売道具として扱われたからだ。彼は激昂する。富裕層を救い、各国の政治の為に「俺の血を使うな!」と国王に楯突く。
「……?」
国王は訝しげに思い、首を傾げた。まさか、拒絶されると思っていなかったからだ。
だが、エンゾが拒絶するには明確な理由があった。
◇
一室で聞いた話はエンゾの予想の遥か上をいく内容だった。
謁見の間に来るまで国王の一室を垣間見た。そこで国王が邪悪に微笑し兵士へと語っていたのだ。
エンゾの血を研究し抗体を国資源にして世界に売れば、この国は最上国となるということを耳にしたのだ。つまり、エンゾを政治利用した利権の為の復権の為の世界への足掛かりを作ろうとしていたのだ。だがそれよりもエンゾが聞いた中で許せなかったのは、奴隷身分の獣族が媒介に『デスティニーウイルス』を流行らせた、と根も蓋も無い眉唾を吐いていたことだ。そして滅菌するために獣族抹殺命令を近々、発令するとほざいていたからだ。
其れ迄は、人族のことは位が上で仕方がないと思っていたが。その話を聞いて強烈な憎しみをエンゾは覚えたのだった。
「俺は知ってるぞ!此処に呼ばれた時に、柱の裏でお前がぼやぼや呟いたのを聞いたからな!お前は!お前は!」
エンゾは声を荒げると周囲にいた兵士がエンゾを取り囲む。国王は玉座に座り直し下卑た目で見るように見下した。
「離せ!勝手に虚像を弱い者に当て嵌めて、お前はこの国王なんだろう?導くのが長の務めだろ!俺がワクチンになるのは分かるが、何で獣族を抹殺だと、ふざけんのも大概にしろよ、テメェ!!!」
「聴かれていたか……」
エンゾの鋭い眼光と国王の冷えた目がぶつかる。兵士が更に増えるも、エンゾは国王の玉座に一歩、一歩と近付く。
「俺は絶対に人族に、この血はやらねえからな!!」
エンゾの目と鼻の先に国王の顔があった。憎しみの中で国王の顔がほくそ笑み、取り囲まれた兵士に引き剥がされる。
「国王様に何という無礼を!」
「連れて行け」
国王に告げられると「ハッ!」と兵士は威勢が良い返事をしエンゾは連れていかれる。頑強な鉄の格子に幽閉される。永遠に血を採取される空間に閉じ込められたのだ。
エンゾはこんな事のために、この世界に生まれたわけじゃないと牢獄の中で思った。
奴隷身分でありながら、獣族の為に戦って、報酬も殆ど故郷へと渡していたのだ。
彼はこの幽閉された牢獄から出て行き、獣族の為に、この身を捧げ人族という悪辣な人種に一滴も血を分け与えないと心に誓ったのだった。そして、この腐った国に反旗を翻すと……。
牢獄で鋭い眼光がこの国の将来を見据えた。それは病のような、誰も寄せ付けない狂った犬の目だった。
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