第ニ話 赤い騎士
牢獄に入れられてから二日間が経過していた。エンゾは採血を拒み続けていた。兵士は抗うエンゾの姿に怯えて腰を抜かしてしまう者が続出していた。
ワクチン製作の第一歩である材料が調達出来ず、王国側は手を焼き、レッドサンド国王は苛立ちを募らせていた。
だが同時に明るい未来が待っていることは確約されているため国王は妄想する。海を越えた列強国と肩を並べる日を待ち侘び思いを馳せた。
レッドサンド王国内部の詰所。
王国直属近衞騎士、軽金属の鎖帷子を着用し赤色に染まった砂丘の紋章刺繍が入ったサーコートを羽織っている。地下牢に捕らえたエンゾの話を一室で交わしていた。
「クソ犬野郎、抵抗しやがって……これじゃワクチン製作が遅れるじゃないか。陛下が意気揚々としておられるというのに……」
「ありゃ、ダメだ……かなり警戒している。魔法兵も昏睡魔法とかいう特殊魔法を使えるものは、この王国にはいないからな」
「そもそも、昏睡魔法は死なせるための魔法なんだがな。Dウイルス発症者に向けて安らかに死なせるための魔法なのに、あのクソ犬を落ち着かせるための目的に使うとは……皮肉なもんだな。生かせるために昏睡させ、見越せば人々を救うためってな訳だからな」
王国直属近衞騎士の一人は呟きながら、近場に置いてあった剣盾置き場からロングソードを引き抜き素振りをする。
それを見ていた、もう一人の騎士は素振りを見ながら話し続ける。
「そうだな……まあ、そんなこと言っても犬野郎が抵抗してちゃ、今この瞬間に七日の夜を迎えて死んでる奴もいるつうのに、使い手さえいりゃあ」
「確か使い手がダランドにいるとか。」
顎に手をやり考える兵士。
「ダランド……あそこか、ラグーナに牽制されてるせいで国境を越えようにもな」
「ちげぇねえ……ゴッズ中央台地で向こう側にも辿り着くのもやっとだ……」
「はあ、居ない奴の話しても一緒だな、まったく難儀だ……明日、複数人連れて取り押さえにいくぞ」
そう言うと、徐ろにロングソードを剣盾置き場へと戻した。
「ああ、そうだな」
振り返ると、もう一人の騎士はニタリ顔で話す。
「それより、女だ女」
「犬っころの話しても、しょうがねえもんな」
「ああ、お前もいくか?」
「奢ってくれんのか?」
「馬鹿野郎、誰が……まあ、犬っころ懐柔すりゃたんまりもらえるしなあ、いいぞ」
「よし!のった!」
返事を皮切りに二人は夜半に疲れ切った身体を癒すべく、娼館へと足を向けた。
◇
夜半過ぎの地下牢。
頑丈で重厚な鋼鉄製の鎖に繋がれたまま、檻の中で飼い犬のように大人しくしているエンゾは考えていた。
(ここから脱出しなければならないが……獣族抹殺令をどうにかしなければ……)
取り巻き全員を始末するのは、至極難しいことにエンゾも理解していた。危機を回避するのは、国王の首を刎ね、今の絶対王政の基軸を破壊しなければならない。それを実行するには骨が折れる。
抹殺令を自分一人の力で止めることなど不可能に近いが、国王さえ殺害すれば次期国王の王位継承するまでの時間稼ぎにはなる。国王殺しさえ完遂し逃亡さえ出来れば、家族を死なせず獣族を救出できるはず。
しかし、同時に王国内は騒々しくなり緊迫感が生まれる。戒厳令で城門封鎖などの措置を講じるのも想像の範疇であった。
(まずは故郷へ戻って森の奥に住む兄妹達を安心させる……そして、その後は人族へと反撃の狼煙を上げる……虐げられた奴隷の日々……抑圧された憎しみが深いことを教えてやらねば……)
鎖に囚われたフェンリルは檻の隙間から夜空に映る三日月を眺めた。
宵闇、レッドサンドの真上に銀灰月光が差していた。
灰狼に訪れはまだ来ない。だが、道標を啓示しているかのような月の光だった。
それは、運命の悪戯であることはまだ知る由もない。
檻の中で揺蕩う。
美しい姿がそこにあった。
灰色の狼は毛並みが月光に晒されて真白く光り輝く。
「兄妹を抹殺するなら、俺は人族を抹殺する……」
低く唸りながら勝手に声が漏れていた。
雲が遮り、辺りは暗くなり、影は灰色の毛を漆黒の毛並みのように見えなくする。
獰猛な眼光だけが、天を睨みつける。
(次の採血だ……その時に殺す……)
壁に打たれた楔の位置を確認して、壁へと背中をもたれた。
◇
次の日の夜。
二人の王国直属近衞騎士と血液採取係として呼ばれた雑用兵数名がエンゾの元へとやってきた。
「おい、時間だ、デカ犬!!」
近衛騎士の一人は乱暴に言い放った。
「……」
エンゾは黙秘した。だが、恐れをなしているわけではない。ただ、待っているのだ、機会を。
「黙ってんなよ、吠えてみたらどうだ、ええ?」
続け様に暴言を吐き続ける近衛騎士。
「おい、クソ犬!血液位よ、人族に提供したらどうだ、それくらいしかお前には価値がないんだ」
エンゾは近衞騎士を睨みつけ威圧する。
「よく喋るな、馬鹿は口ほど物を言う」
「グッ、こ、こいつ、殺しちまってもいいか」
近衛騎士は余りの威圧に気圧されるも耐えた。
そして、もう一人の近衞騎士が宥めるようなトーンで喋った。
「まあ、待て待て、大事なワクチンの材料だ、くれぐれも丁重にだな……」
近衞騎士の一人はそう言うが、苛ついたもう一人の騎士は止まらない。
「このクソ犬が!おい、雑用さっさと開けろ!」
「って、おい……」
呆れた近衞騎士の間を通り抜けて、雑用兵は紐にじゃらじゃらとぶら下げた一本の鉄鍵を取り出した。
雑用兵は、堅牢な檻にかかっていた錠前の鍵を外した。キィと錆びた鉄格子の継ぎ目の部分が金切り声のように擦れて響くと檻の扉が開かれた。
「おー、やっとだな、今日という今日はクソ犬お前の面を見れるのも最後かもな、血液は絶対に頂くからな?」
「やって見れるもんならな……クソ猿が」
エンゾは先程からヘイトを向けていた近衛騎士が檻に入ってくるないなや、向かって煽り立てる。
「この、クソ犬がああ!!」
近衞騎士はエンゾに近付き殴り掛かろうとした。
「馬鹿、よせ!一人で迂闊に近付くな!」
「下等生物が……」
待ってましたと言わんばかりに、近付いてきた近衛騎士を腕輪の鎖で首を絞める。すると、羽交い締めのような体勢で近衞騎士は地面から足が離れてジタバタとさせた。
「こいつがどうなってもいいのか?」
エンゾは聞く。囮を使い情報を抜く作戦だ。
「お前、あのなそいつは死ねるもんなら本望だよ」
近衛騎士の相方の一人は見捨てる覚悟だった。
「が、おまっ……殺」
ジタバタとしていた近衛騎士は何かを言いかける。
エンゾは力を少し緩めた。足が地面に着く。
「だそうだ……死にたくなければ、国王の場所を吐け」
「誰がクソ犬てめぇな……」
「!?」
「ヒィ!」
エンゾは用済みの近衞騎士の首を咬み切った。そして肉片を口から地面に吐き捨てた。近衞騎士と雑用兵は戦慄する。
「なるほどな、国王の為なら命を差し出しても構わないと、見上げた根性だな、そんな風にはこの人族には微塵も感じられなかったがな」
近衞騎士は震えながらも対抗する。
「何を言う、そいつも死ねて本望だ……さあ大人しくするんだ……どうせお前は此処から逃げられるはずもない」
「あ?そんなわけないだろ、現に俺は力を使ってない、この鎖だって本当なら引き千切れる、お前らから情報を抜こうと思ったが……まあ、無理もない、忠義が強いようだからな、死んでもいい連中のようだ」
口牙が覗き、先程咬み千切った赤い流血が垂れている。エンゾはそれを利用した。
生唾を飲み込む雑用兵。
「……騎士様、こいつ殺すつもりですよ、私達を、見ましたか?こんな鎖意味ないんですよ、従いましょうよ」
「分かってる、命は惜しい、しかし絶対に漏らすわけには」
「ふん、そうか……こいつを見てみろ」
エンゾは顔で先程の近衛騎士を差す。
「こいつみたいに、調子に乗らなければ血液をくれてやる、ただ条件だ、国王の場所を吐け、そしてお前が俺の血液を取れ、それだけでいい」
「ふむ、分かった、それが条件だ」
渋々と承諾する、近衞騎士。
「国王が眠る場所は内郭の一番奥だ。玉座の間から裏通りがある、そこからが早い」
「そうか……わかった」
「では……血液の方を」
「おう、そうだな、ほら来いよ」
「では……な!?きさ……ま」
「誰が人族と約束すんだよ馬鹿が」
近付いた近衞騎士の首に齧り付き肉を刮ぎ落とすように千切る。雑用兵は股間から小便と大便を漏らしてしまいその場で立ち竦んだ。
エンゾは気にも止めず、口牙で腕輪を外し、それから足輪を手でこじ開けて外した。
雑用兵を見つめ「ワン」と言うと失神してその場に倒れる。エンゾはそれをみて面白がる。
「低脳が、動物以下だよお前らは」
去り際に呟いて国王が眠る寝室へと目的地を定めた。
地下から階段を上がっていく。通路へと出る。裸足の跡が絨毯に汚れがつき跡になる。道中にエンゾでも羽織れるようなレッドサンドのサーコートが掛かってあるのを拾い羽織る。
サーコートを着ていると兵士に見つかる。
「お、お前!いつの間に……グハ!」
エンゾは目にも止まらぬ速さで走り、漆黒な鋭利爪で甲冑を着用した兵士のガラ空きになっていた首元を掻っ切る。
鋭い爪に付着した血液を振り払い、歩き始める。
玉座へと目指す、エンゾに対して王国内の兵士は警笛を吹き至る所で鳴っていった。
続々と現れる。
出合頭に兵を屠っていく。
「貴様!待て」
「うんざりだ……虫みたいにわらわらと出てきやがって……お前らみたいな下等な生物が、俺らを出汁にして生きているのが心底気に食わないんだ」
エンゾの聴覚が一人の人物に研ぎ澄まされた。颯爽と現れた一人の人物。
「やられすぎだ」
「カ、カーネリ様!?」
カーネリ様と呼ばれた者は、レッドサンド王国最強の独立部隊。緋砂の遊撃騎兵団統一団長ーーカーネリ・ナイン・シャッリである。レッドサンド王国正規軍ではなく、完全に独立した部隊を編成する、王国側が契約した独立遊撃部隊の団長である。カーネリは魔法騎士、通称『赤い騎士』と呼ばれている。
赤長髪は先端がピンクに染まり切り揃えられている。端正な顔立ちを隠すかのように目元から下は黒い布で覆われて見えない。引き締まった身体、豊満なバスト。
軽金属の鎖帷子は胸部と各部位の急所を守っているが、胸の谷間や腹部は真白な素肌が見えている。
遊撃部隊特有の紋章を冠した赤い砂嵐の刺繍が施されたサーコートを羽織う姿は、神々しさすら感じる英傑そのものであった。
彼女には語り継がれる口伝がある。
カーネリが戦場に現れる時『赤い夜』となり、『赤い騎士』は緋砂で全てを覆い尽くすと。
「お前があの狼か、ほう、デカいな」
「お前は小さいな」
「へらず口を、おい、狼、期待してるからな?」
カーネリはそう言うと、緋色の目が凛と光る。
「レッドサンド・マジック『緋千神砂嵐』」
彼女が片手を突き出し詠唱した。すると掌から緋色の砂嵐が巻き起こる。次第に砂嵐は成長していき、あっという間に空間を支配した。
「カーネリ様!我等を巻き込まないで下さい!」
「退避だ!退避!!」
王国兵は砂嵐に巻き込まれる前に退避した者と、砂嵐に呑まれて吹き飛ばされていく者に分かれる。
(国王直属の契約騎士か『赤い騎士』名前は聞いたことはあるが……)
視界は緋色の砂嵐で何も見えない。空間一体を砂嵐で気付けば覆い尽くされていた。カーネリは姿を砂嵐に溶け込み縦横無尽に駆け巡る。視界は不明瞭、いつの間にか、そのシルエットは残像と共に消えている。
砂嵐から逃れた者は中で何が起きているかは分からない。しかし、半球体のように砂嵐が渦巻いているのだけは外から確認して見ることができた。
「『赤い夜』に『RED Knight』上手いこと考えたな」
「馬鹿、カーネリ様だぞ、当たり前じゃないかそれにしてもお美しい……ご尊顔を見てみたいものだ」
「レッドサンド最強の騎士、生で見れて感動だ」
「お前ら悠長なこと言ってんなよ、この部屋砂塗れだぞ」
それぞれの兵士は思ってることをつらつらと述べて意見を交わしているが、砂嵐の中ではエンゾとカーネリが戦っていた。
エンゾは嗅覚と聴覚に神経を集中させる。砂嵐のせいで五感が鈍化していた。眉間に皺が寄る。微かな足音に反応した。彼女が砂嵐ともに刺突を繰り出す。視界の端で切先が光る。死角から現れたその一閃に反応に出遅れたエンゾは腹部にロングソードが刺さる。
「ガッフ……こいつ」
「灰狼よ、案外動けるな、心臓を貫くつもりだったんだがな」
「カーネリ様、聞こえましたぞ!!!その狼はワクチンの材料なのです!!殺してはいけませぬ!!!」
「面倒臭い、折角の遊び相手だと言うのに」
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