第44話 交換条件
翌朝――
「待たせたな」
キョウヤが待ち合わせ場所であるレイクタウンの転移門に現れる。
その隣には、一人の女性がいた。
赤の法衣に白のインナーが映え、セピアブラウンのミニスカートが軽やかに揺れる。手には先端が炎の形をした杖を握り、切れ長の瞳にはどこか妖艶な光が宿る。
自己紹介されるまで俺は彼女があの【光魔導士】ユッカだとは思わなかった。
以前の印象とはまるで違う。ただ「垢抜けた」と言うには収まりきらないほど、彼女の雰囲気は変わっていた。
そんな彼女を隣に従え、キョウヤが口を開く。
「お前たちはあまり人に自分のことを知られたくないだろうと思って、最初にユッカに声をかけたら頑張ると言ってな。もう一人は俺だ」
「え? 頑張るって……まさか漕げないのか?」
思わず問いかけると、彼女は軽く首を振る。
「漕げないのではなくて、漕いだことがないのです。でも、頑張りますから、お願いします!」
……いや、それはもっとダメだろ。
これがただのゲームなら、試してみてもいいだろう。しかし、これは命を懸けた『魂の監獄』。そんな奴に俺やアリサの命を預けられるわけがない。
「悪いが、――」
断ろうとした瞬間、隣から透き通るような声が俺の鼓膜を揺らした。
「挑戦はさせてあげましょう。それを見てからでも……ね?」
その声音に、俺は言葉を飲み込む。
「……分かった。じゃあ、とりあえず湖畔まで行こう」
レイクタウンから湖畔へ向かい、馬を走らせる。
キョウヤが俺たちをにやにやと見つめながら、何かを企んでいるような顔をしている。
「ねぇ? 見てる?」
俺の腰に手を回しながら、アリサが小声で訊ねてきた。
「ああ、完全に揶揄ってやがるな」
「キョウヤのことじゃなくて、ユッカさんのことよ」
……ん? ユッカ?
視線を向けると、彼女は慣れない手つきで手綱を握り、ぎこちなく揺れているだけのように見えた。
「別に……いつも通りじゃないか?」
そう答えると、アリサは大げさにため息をつく。
「はぁ……本当に鈍いわね……」
俺は首を傾げた。
……何のことを言っているのかさっぱり分からない。
湖畔に着くと、キョウヤが感嘆の声を漏らす。
「マジで……全部倒したんだな。サハギンもエアクロウも……」
「まぁな。でも油断はするなよ。GMのことだ。いきなりリポップさせるとか普通にあり得る」
俺たちはいつものようにシルバを先頭にして、ボート乗り場へと向かった。
まずは湖の外周を回り、様子を見ることにする。
最初こそユッカはボートを漕ぐことに苦戦していたが、意外にも飲み込みが早く、すぐに安定した動きを見せ始めた。
それどころか、ボートは思った以上の速度で進んでいる。
……まあ、馬と同じで、そこまで技術が必要なわけでもないか
現実世界ならこうもスムーズにはいかないだろう。ゲームの補正がかかっているということは間違いない。
湖を一周しても、何も起こらない。
そこで俺たちは、ゆっくりとボートを進め、湖の中心にそびえ立つオイルリグへ向かう。
――すると、予想通りの事態が発生した。
清らかな湖と、汚れた水域の境界線。そのあたりから、ぶくぶくと無数の気泡が立ち上る。
「畔まで退却だ!」
俺の号令と同時に、キョウヤとユッカが全力でオールを漕ぐ。ボートは水面を滑るように加速し、なんとか湖畔へと戻ることに成功した。
俺たちはボートを乗り捨て、すぐさま水辺へと飛び降りる。
その瞬間――
湖面が激しく揺れ、青黒い影が次々と姿を現した。
水飛沫とともに、手に三叉槍を持つ半魚人たちが湖から顔を出す。
十体のサハギン――
キョウヤとユッカは大きく距離を取るが、俺たち【雷光】は迎え撃つ陣形を組む。
――何百体も倒してきた。パターンは嫌でも頭に入っている。
「アリサ! ほかに来てないよな!?」
「大丈夫! 《索敵》には引っかからないわ!」
なら、目の前の十体に集中するだけだ。
「どこまで追いかけてくるか確かめるぞ!」
殿をシルバに任せ、ゆっくりと後退しながらサハギンたちの行動を観察する。
行動範囲がこれまでの個体と違う可能性もあるからな。
……が、それも杞憂に終わる。
遊歩道までしっかりと追ってくるのを確認した俺たちは、いつもの狩りを開始する。
「《チェインライトニング》!」
金色の雷撃が先頭のサハギンを貫き、瞬時に全体へと連鎖。
感電で動きが止まった先頭の個体に、《ファイア》、《ウィンド》、《ウォーター》を畳みかける。
――炸裂する魔法のエフェクト。
一体目が消滅するのと同時に、俺たちは次の行動へ移る。
サハギンたちが痺れから回復し、再び追いかけてきたところで、《ライトニングウォール》を展開。
バチバチと迸る雷の障壁に、何体かのサハギンが止まりきれずに突っ込んでくる。
その頃には、《ウィンド》はもちろん、雷魔法以外のクールタイムも解除済み。
感電状態の敵に《ファイア》、《ウィンド》、《ウォーター》のうち二つを叩き込めば、奴らは霧散する。
《チェインライトニング》と《ライトニングウォール》を両方喰らってくれた個体はこれで沈むが、そう都合よく突っ込んでくれるのはマントボアくらい。
残ったサハギンに対しては、《チェインライトニング》のCTが上がるまで、馬に騎乗し、ひたすら距離を取りながらマジックポーションを飲む。
近づかれたら《ライトニング》で足止めし、隙があればそのまま仕留める。
――この戦術は、広いオープンフィールドだからこそ可能なものだ。
狭い迷宮の部屋では、こうはいかない。
そうして、十分ほどでサハギン十体を殲滅し、キョウヤとユッカの二人と合流する。
「ユッカから聞いてはいたが……雷魔法――とんでもない破壊力――いや、効果だな。ユウトが隠そうとする理由が分かった」
どうやって覚えたのか訊かれたら、正直に答えるのは気が引ける。
間違えたジョブを選んだら、偶然にも大当たりだっただけ。要するに【運】の一言で片付く。こんな話をすれば、間違いなく嫉妬を買う。
だから、極力隠すようにはしている。
幸い、迷宮のボス部屋以外では使う機会も少なく、知っているのはごく一部のプレイヤーだけ……とはいえ、ナインとクロトには見られている。
いずれは、バレるだろう。
さらに、キョウヤが真剣な表情で切り出した。
「ユウト、このオイルリグ攻略の期間だけ――俺とユッカをパーティに入れてくれないか?」
続く言葉は率直だった。
「正直に言おう。やろうとしているのは経験値泥棒だ」
一瞬、俺は眉をひそめる。が、キョウヤはすぐに続けた。
「その代わりにと言ってはなんだが、アリサ用の武器とシルバ用の防具。これを渡す条件にどうだ? もちろん、オイルリグ中に得たドロップアイテムなどはいらない」
言葉に嘘はなさそうだった。
キョウヤとユッカ。この二人なら信頼できる。
だが、一つだけ懸念があった。
それは――ユッカのステータス。
弱い者がパーティに加わると、どうしても庇わなければならなくなる。
そこから崩れていくのが、戦闘の常だ。
正直、キョウヤのステータスの方が気になるが、彼に「ステータスを見せろ」と言えば、実力を疑うことになるから、それは口が裂けても言えない。
「……ユッカ。鑑定してもいいか? それ次第だ」
ユッカはキョウヤに目配せし、キョウヤが頷く。
「はい。大丈夫です」
早速、彼女を鑑定する。
【名 前】ユッカ
【ジョブ】火魔法使い(0/14)
【状 態】良好
【L V】35
【H P】278/278
【M P】570/570
【筋 力】150
【敏 捷】170
【魔 力】346 (+80)
【器 用】186
【防 御】134 (+20)
【魔 防】222 (+30)
【適 性】光魔法C 火魔法G(0/7)
【重 量】140/150
【装 備】火の杖
【装 備】魔導士の法衣
【アクティブスキル】
・《ファイア》
・《ライト》・《フラッシュ》・《シャイン》・《リフレクション》
【パッシブスキル】
・《MP回復促進》
……これが、ベリグランド迷宮十四層を潜っている者のステータスか。
何かしらのアイテムを使って適性を上げているのは確か。
でなければ、レベル35で適正CとGにはならないからだ。
魔力は装備の補正もあって高いが、防御がかなり低いな。敵の攻撃を食らえば、一発で戦線離脱する可能性もある。
アリサとシルバにも共有し、話し合った結果――
「分かった。オイルリグを一緒に攻略しよう」
二人をパーティに加入させるため、俺たちはレイクタウンに引き返した。




