願い
(やはり会いたくないのか……)
リンファが目覚めたと聞いて、いてもたってもいられず四ノ宮に来てみたが会えなかった。どんな時でも部屋に入れてくれていたリンファが。
(もう、無理なのだろうか)
宮城へ戻ろうとしているとビンスイが後ろから呼んでいる声が聞こえた。
「タイラン様! お待ちくださいませ」
焦ったような声だ。何かあったのかと慌てて四ノ宮まで戻る。
「どうした、ビンスイ」
「リンファ様がタイラン様をお呼びになってます」
リンファが呼び戻してくれた、そのことが嬉しかった。話だけでもできるかもしれない。
「リンファ」
部屋に通されたタイランは、寝床に座っているリンファが立ちあがろうとしたのを止め、すぐ側に椅子を持ってきて座った。
だいぶやつれている。表情も暗い。すべて、思い出したのだろうか。
「リンファ、身体の調子はどうだ? 気分は大丈夫か」
「はい、熱は下がりましたし、もう大丈夫です」
「すっかり痩せてしまっている。栄養のあるものを食べて早く元気になってくれ」
「ありがとうございます」
二人の間を沈黙が流れた。今まではこんな風にはならなかった。いつもいろいろな話をし、笑い、触れ合っていて、喋らずに黙っていても温かい雰囲気だったのだ。だが今は、お互いに何を話せばいいのかわからない状態だ。
「――あの、タイラン様」
意を決した様子のリンファが顔を上げてタイランを見た。タイラン、ではなくタイラン様、と呼んで。
「なんだ、リンファ」
「タイラン様に申し上げたいことがあります。私は――リンファという名前ではありません」
やはり。タイランはもしかしたらと一縷の望みを持っていたが、それは叶わぬ願いだった。
「私は本当はスイランという名前です。ガクの娘ではなく、下町のカガ地区に住んでいました。母サーマと兄チュンレイとの三人でつつましく暮らしていましたが、ある時母が病気になり薬草を取りに王の森へ入りました。そしてそこで――少年だった王に出会ったのです。その後のことは、ご存じでいらっしゃいますね」
やはりリンファは少年の妹だった。タイランの背中を冷たい汗が伝っていく。
「私は恐怖のあまりそこで意識を失いました。そして、記憶を失ったままガクに拾われたのです」
タイランは頭を下げた。王は決して他人に頭など下げてはいけないのに。
「すまなかった、リンファ……いやスイラン。私が愚かだったせいで、そなたの兄の命を奪ってしまったのだ。さぞや私が憎いだろうな」
高熱にうかされていた時のように怒りをぶつけられるだろうと覚悟していた。だがリンファは静かに、ただハラハラと涙をこぼしていた。
「はい……憎くてたまりません……これまで記憶をなくしていた私にとっては、兄が殺されたのはつい昨日のことのように思えるのです……」
その言葉にタイランの顔が辛そうに歪む。
「私に、許してくれなどと言う資格はない。私を憎んでくれ、スイラン……」
(ああ、タイランが傷ついている。あんなにも私を求め、愛し、満たされた顔をしていたタイランが。悲しそうに辛そうに、ただ私の言葉を聞いている……)
そのことに少しだけ黒い喜びを感じた自分がいる。同時に、彼を傷つけている自分に怒りを感じてもいる。
(彼はずっと悩み苦しんできた。もう一度、その闇に彼を堕とすの……?)
まだ今は、何も言えない。彼のそばにい続けられるかどうかも。でも、その前に一つ、知りたいことがあるのだ。
「タイラン様、お願いがあります。母がどうなったかを調べて欲しいのです――」




