二つの心
「では母親は亡くなっていたと……?」
数日後、ケイカは部下の報告書を手に、タイランに説明をしていた。
「はい。部下の調べによりますと、リンファ様の母サーマは五年ほど前に病気で亡くなったようです。近所に住む者に確認しました。住んでいた長屋の部屋はもう、違う者が暮らしています」
「なんの病気だ?」
「咳がひどかったから肺病じゃないかと。夫も同じ病気で死んだようです」
「リンファになんと伝えればよいのだ……」
タイランは額を押さえ目を閉じた。あれほどまでに母に会いたがっていたというのに。せめて母だけでも生きていて欲しかった、それはタイランも同じだった。
「私がリンファ様にお伝えしましょう」
ケイカが申し出たがタイランは断った。
「いや。これは私の口から言わねばならない。私の責任なのだ」
新年の宴以降、タイランは憔悴しきっていて後宮の妃を訪れるどころではない。年が明けたら訪問を再開するといっていたのにそれも実現していないのだ。
(まったく、いまいましい下女だ。どうせならあの時に兄と一緒に命を取っておけば面倒がなかったのに。この問題が落ち着いたら後宮から追い出してやらねば)
「リンファ様、タイラン様がおいでになりました」
ビンスイがタイランを部屋に通す。リンファは襦裙をきちんと着込み化粧をして出迎えた。いつもの寛いだ格好ではないことが他人行儀に思えてタイランは寂しさを覚えた。
「――母君のことがわかった」
リンファは緊張した面持ちではい、と答える。
「母君は五年前に亡くなっていた」
ピクリと身体が揺れる。覚悟はしていたがこうしてハッキリと聞かされると辛い。
「肺病だったようだ。父君も同じ病気だったのだな」
リンファは口を開くがなかなか声が出てこない。ようやく、小さな声を絞り出した。
「――あの時、私たちが薬草を持って帰っていたら、母はまだ生きていたのでしょうか……?」
言葉の途中で涙声になったリンファの両目から、堰を切ったように涙があふれ出た。
(母さま! 一人寂しく死なせてしまった……ごめんなさい……せめて、そばで看取りたかった……)
「リンファ」
手を差し出して抱きしめようとしたのだが、リンファは思わずその手を払い除けてしまう。
「あっ……ごめんなさい……」
ギュッとこぶしを握りしめるタイラン。怒りではない。悲しみだ。
「私に、前に進むように言ってくれたのはリンファ、そなただ。だが、スイランはそうは思わないだろうな……」
あんなに愛していた人の手を、払ってしまった。そしてその人は今、絶望の色を浮かべてこちらを見ている。
「タイラン様。私は……今、どうしたらいいのかわからないのです。私の中にリンファとスイラン、二人分の気持ちがある。あなたを愛する気持ちとあなたを憎む気持ちが……」
心が引き裂かれてしまいそうだ。いっそどちらかに振り切れたら楽になれるのに。
タイランがそっと顔を覗き込む。
「そなたが、再び私を愛してくれる日は来るだろうか」
そう尋ねられたが、リンファは唇を噛むだけで何も答えられなかった。それを見て、リンファに向けてもう一度伸ばしかけた手は力なく落ちた。
「すまない」
タイランはリンファに背中を向けるとそのまま振り返ることなく部屋を出て行った。そしてリンファも、彼に何の言葉もかけられずただ見送るしかできなかった。
部屋を出たタイランはシャオリンが回廊に一人で立っていることに気づいた。
「タイラン様」
「シャオリンか。どうした」
シャオリンはひざまづき拝礼をしてから口を開いた。
「そのような顔で宮城へ戻るのは王として体裁が悪うございます。私は兄からすべて聞いておりますから、何も詮索いたしませんわ。ですから、こちらで休んでからお戻りになっては」
おそらく自分の目は赤くなっているのだろう。泣いている姿を臣下に見せることはできない。
タイランは頷くとシャオリンの部屋へ入って行った。




