表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/173

No099 アイリの野望、覇王編 「新たなる戦いへの準備」 武田信玄登場。 10歳5月~6月

この辺りから日本統一へと進んでいくことになります。

新型大砲の試作が完成したと、サイエンから連絡が入った。

信管技術が完成したらしい。


ライフルモドキを作った時の着火方式を利用。

弾頭先端の衝撃で、スイッチが入り着火するというもの。

但し、信管自体の反応が良すぎて危険だった。


これを、対策するのに苦労したのだが

大砲にライフリングを付けることによって

弾頭が回転することを見つけた。


弾頭の衝撃部にストッパーを付け

回転する力を利用して、ストッパーを解除する。

遠心力で外へ向かう力を利用したわけである。


これにより、発射時の衝撃や移動時に爆発することがなくなった。

これらは、技術者たち自身の工夫である。

サイエンは着火火薬の性能を上げ、爆発火薬の性能を上げた。


アイリは禁忌を心配したのだが、

これらは、サイエンと研究者、技術者達が工夫を凝らしたものだ。

アイリは、ヒントしか出していない。


アイリは、人材登用を繰り返している中で、研究者や技術者も増やしていった。

彼らは独自の発想力で、いろんなものを改良したり発明してくれた。


アイリが詳細を教え、注文して作らせていた時とは大きく異なる。


アイリ知識のコピー品ではなく、この世界独自の知恵と工夫で発明された物であれば

似た性能の物が出来上がっても、禁忌には問題視されないようだ。

アイリは禁忌というものを何となく理解した。


この抜け道を利用すれば、更にいろんなものが作れるようになる。

見方を変えれば、アイリの人材登用の勝利であった。


これをもとに量産化を進める。

やっと大砲にも運用の目途がついた。


火箭も火薬の威力が増したことで射程が伸び、爆発力が増した。

先端に信管を採用すれば、小型爆弾を入れなくても爆発火薬でいいことになる。

大砲の砲弾と同じ考え方だ。


信管のストッパーは、発射時の威力で後方に下がる力を利用した。

ロケット花火ではなく、なんちゃってミサイルになった。


こうした技術者たちの工夫により

アイリが考えていた、理想の軍編成に近づいた。


火箭と言う名前はそのままにしておくが、

射程は最大2000メートルに及ぶ。

曲射にしても1800メートルを越える。


爆発火薬だけでなく焼夷火薬もあり、遠距離火計も可能になった。


大砲は、基本的に曲射として運用するが、別に直射できないわけではない。

射程は最大1000メートル程になる。

今後は、投石機や移動弩に代わる兵器になる。

もちろん投石より軽く、移動弩ほどの大きさになる。


歴史において、維新戦争時のアームストロング砲と比較してみる。

同じサイズの12ポンド砲でも3000メートルの射程があったから

そこまでの技術は、まだないということになる。


火縄銃の改良量産型は、300メートルの射程になる。

しかも従来と比べて命中精度が高い。

それ以上離れると命中精度が極端に落ちてしまうが、400メートル以上は飛ぶ。

命中精度は、射撃手の能力による限界でもある。


サヤカなら最大射程でも何ら問題は無いだろう。


これについても歴史では最大射程は500~600と言う記録があるから

まだ威力について改良の余地はある。

但し命中精度が悪すぎて、比較的近い距離での運用だった。

これはライフリンクの効能であると言える。


改良量産型のほうが、飛距離は落ちても命中精度が高い有効射程を持つと言うことになる。

もちろん弾丸の形状により、突き抜ける威力は高い。


紙製薬莢により、連射も可能だ。

これは早合と言う、戦国時代の工夫でもある。

但し、連射回数が多すぎると熱で銃が破損するので回数制限はある。


これにより弩は、必要なくなることになる。


ただしばらくは、騎馬兵による騎乗弩については残る。

騎乗弩も今までの軽弩と異なり、弩の威力を上げた装填式である。

騎馬兵の主武器は、薙ぎ払いが出来る薙刀になった。


火縄銃が増えていけば騎馬の時代も、消えていくことになるかもしれない。

ただサヤカのように乗馬しながら鉄砲が打てるなら、騎馬鉄砲隊と言うのは考えられる。

課題としては、火薬や発射音で驚かない馬の育成になる。


これで3段階の遠距離攻撃が出来ることになった。

威力も射程も従来と比べれば倍になる。


ちなみに雨対策だが、雨が降ったら火縄部にカバーを取り付け可能だ。

着火するための火縄自体も改良してある。

これは武田軍との戦いで、得た教訓が元になっている。


手榴弾も完成。

火箭で利用していた小型爆弾からの運用なので何ら問題はなかった。

もちろん火薬の威力が増した分、爆発は大きくなった。


これは人が投げる為、100メートル前後での運用になる。

もちろん個人差でも変わるので、個人個人に把握させる。


物理学によれば、角度45度ほどで投げればいいらしい。

ちなみに、プロ野球選手ともなれば、直球でも100メートルは届くらしい。

イチロ―は別枠だ。


手で投げるか、スリングを使うかで射程は変わる。

スリンを使えば、さらに射程は伸びる。


火箭や大砲が無い場所でも、爆破攻撃が可能になるという利点は大きい。

これで海兵隊運用の目途はついた。


もちろん火箭の射出機は武装船にも搭載していて、新型ミサイルも使える。

高さのある武装船なら、最大射程の直射2000メートル運用が可能になる。

陸地への支援攻撃としては、かなり有効な手段だ。


武装船の大砲は、相手が中型以下の木造船の為、対船破壊能力が高い従来の物になる。

ただ火薬の改良と鉛球になるので射程は伸びる。

これも相手の状況で、変えていくつもりだ。


木造船でも大型のものや、無いと思うが鉄甲船なら新型大砲がいい。


海兵隊の輸送船は、上陸用舟艇を搭載したものになる。

アイリが城と言い張る大砦で、使う昇降用エレベーターで上陸用舟艇を下ろす。

上陸用舟艇は30人乗り、これが6隻搭載される。


これにより、海兵隊の運用は3人一組の班が10班の30人になる。

これが分隊となるので、陸の歩兵とは少し異なる。

2分隊で1小隊だから、それ以上の規模名称は同じだ。

輸送船には、3小隊180人が乗ることになる。


これが数百隻の規模で上陸戦を行うと壮観だろう。

ノルマンディー上陸作戦も夢じゃない。

四国上陸作戦なのだが・・・。


もちろん、兵員輸送用の従来の輸送船とは、大きさも形も別になる。

陸戦部隊も海路輸送を使うから、従来の兵員輸送船はそのまま運用することになる。


後は時間だけだ。

船については、既にアイリの直轄事業で量産化を進めている。


新型大砲や火箭用のなんちゃってミサイルは、これから量産に入る。

これも直轄事業で、総力を挙げて取り組むことになる。

人材登用で職人を集めていたのも、そういう準備だった。


その後アイリは、考える係りとして

禁忌の抜け道を考え、新しい物を情報として与えていくことになる。

もちろんその中には、あきらめていた蒸気機関や活版印刷も含まれる。



準備が整うまで、アイリの日常は続く。

それは仲間達との楽しい時間でもあり、山済みの仕事と戦う時間でもある。



しばらく後、武田家との戦いによる報告が入る。

戦場との距離が遠いことで、どうしても時間差が出る。


アイリが思っていた通り、各指揮官は動いてくれていたようだ。

念のための追加伝令は無駄になったが、さすがは歴戦の指揮官達だ。

方面軍を指揮して、自ら考え判断することを経験させておいたのは間違いではなかった。


ケンシンはアイリの考え通り、武田家を引き付けてくれたらしい。

とゆうか、もう武田家にはそういう事しかできないだろう。


ケンシンは武田軍が突撃をし続けると、じりじり後ろへ離れながら距離を取り

突撃を止めたら前に出るという作戦を行った。

これにより、遠距離攻撃が継続されることになる。


武田軍は消耗戦を余儀なくされ、かと言って後ろに下がることもできない。

後ろには、各方面軍が侵攻しているからだ。


アイリは時間差を考えて早めに伝令を送った。

これでも遅いかもしれない。


「武田軍の周囲を囲んだら、一度は降伏勧告をしてください。」

アイリは、完全殲滅は望まなかった。


気になっていたことがあったのだ。


何故、最初から関東制覇を目指さず、甲斐信濃を取りに行ったのか。

それをしなければ、今の窮地はなかったかもしれない。


武田家は関東で支配権を広げていれば何も問題なかった。


仮に、アイリの方面軍に追われても、関東は隣接領が多いから逃げる場所は多い。

やり方によっては、隣領を切り取りながら逃げることもできるだろう。

甲斐信濃を取ろうとしたことで、アイリに危険視されてしまったというのもある。


その理由を知りたい思った。


武田軍は、徴兵により農民兵を苦しめていたわけではない。

独自の屯田兵的な政策で、平時は兵が農民をやっていたのだ。

だから訓練度も武装も高かったし、士気も簡単に崩れない。


それに自分たちが作った農作物を兵糧にしている。

領民があまり不満を持っていなかったことから、関東での政策は間違っていない。

アイリも商業化政策がうまく軌道に乗ったから、兵を専門化したが

農業政策しかできなかったら、きっと同じことを考えた。


ただ、甲斐信濃の領民たちからすれば、蘆名が台頭し始めてからずっと戦乱続きだ。

そこへ武田軍が乗り込んでまた戦乱を続けた。

これに関しては許しがたい。


しかし理由がわからないのは気持ち悪い。


蘆名は力を誇示したいだけの暴れん坊だったから、ダメな領主だと思えたが。

武田家の領主は、そう思えないのだ。


アイリは武田家が、降参してくれることを望んだ。

歴史では織田家は散々苦しめられたが、ここは前世ではない。


アイリは歴史の継承に、こだわるのをやめていた。


どうしても敵になるなら戦うが、そうでなければ許す。

それが歴史では敵だったとしても、織田家に追い込まれて滅亡したとしていても。

黄色や赤色でなければ問題はない。


但し、トウキチロウだけは許さない。



5月末。


アイリは武田家との戦いが終わったら、全軍に一時帰還するようにと伝令を出した。

軍編成見直しの指示を行う為だ。


ケンシンは、越後討伐に向かっている。

蘆名を追い払ってから、戻りたいという話だった。

後顧の憂いをなくすという判断は間違っていない。

連戦で大変だが、やる気をかって越後の完全支配が終わってから戻るように指示を変えた。


武田軍との戦いの決着はと言うと。

周囲を囲まれ、兵を散々失った状態でも降参はしなかった。


最終的に、領主を捕縛。

こちらに戻ってくる軍とともに、アイリの元に連れてくることになった。


これにより、アイリは甲斐信濃、後に越後の領主権を得ることになった。


命名は、ナガノ領(長野)、サイタマ領(埼玉)、ニイガタ領(新潟)である。

相変わらず命名が苦手で、前世知識頼りだと言える。

アイリ本人が、場所を理解しやすいというのもあるが、ちと考え物だ。


石川県と山梨県はどこへ行ったのだろう。

そこはこの国の領境線が、原因なのでスルーしていただきたい。

それぞれ地区名として存在はする。これは奈良と同じだ。

アイリの苦肉の策でもある。



さて、元武田家当主なのだが


元武田家領主。名はタロウ(太郎)。

太郎は武田信玄の幼名だから、武田信玄に限りなく近い、同名者だとアイリは見ていた。


芽が出ていないがスキル持ちだ。

アイリの頭の中では「武神」と言う文字が浮かんだ。

上杉謙信ことケンシンに並ぶ、「神」と言う文字がついたスキル。

芽が出ていたら、さらに武田軍は強かったと言える。


アイリは、捕縛を解かせた。

黄色でも、赤色でもなかったからだ。


今まで疑問に思っていたことを聞いてみる。


タロウは、元信州の小豪族出身だった。

子供の時に戦争で父母をなくした。

事もあろうに相手は、蘆名の親父さんだった。


何とか逃げ延び、甲斐にいる父と仲が良かった豪族の元に行った。

子供の時から聡明であったタロウを、子がいない豪族は跡継ぎにするつもりで教育する。

成人を迎え、やがて妻を娶った。


ところが、またここで蘆名から攻められ、妻を失うことになる。

信濃から追い出され、甲斐からも追い出された。

この時の相手も蘆名だった。今度は息子の方だ。


残党を引き連れ、関東へ逃げ延び、やがて関東で豪族になった。

この時、養父が亡くなる。

蘆名から攻められた時の怪我が元だった。


タロウは、父母の地だった信濃と、妻と養父の地だった甲斐を取り戻し

蘆名への復讐を誓った。

戦力を増強するために政策を考え、とにかく兵を鍛えた。

関東で勢力を伸ばし、力を蓄えると甲斐へ向かう。


この後のことは、アイリの知る話だった。


アイリは考える。

決して悪い人物ではない。

「私の臣下として、父母と妻・養父の地だった場所を守りませんか?」

「戦により長く苦しんだ領民たちは、あなたと同じです。」

「その領民たちの罪滅ぼしの為にも、私に協力してください。」


タロウは、驚いた。

敵であった自分に、勝者であり権力者でもある人物が頭を下げたのだ。

しかも自分の念願であった地を守らせてくれるという。


それと自分のことだけ考えて、領民に自分と同じ苦しみを与えていたことを指摘された。

逆に自分にその罪滅ぼしの機会を与えてくれるという話だった。


タロウには、もうそれを断る理由は見つからなかった。


この後アイリは、タロウに政務と指揮官の勉強を薦めた。

アイリの元で優秀な人材になってもらうためだ。


タロウにとって破格ともいえる待遇で、家名を名乗らせてくれ、領主代理と言う役をもらった。

領主代理と言うのはある意味、名誉職で実権はない。

しかし、タロウにとってはそれで充分だった。


アイリは改名も行い、シンゲンと名乗れという。

「武田信玄」の登場だ。


アイリは、戦国歴史の「竜・虎」二人を従えることになる。



しばらく後にケンシンが、蘆名を連れて帰ってきた。

越後討伐の完了だ。

アイリは、ケンシンを越後の領主代理にした。


蘆名は黄色と赤色だった。

そして事もあろうに、トウキチロウとの接触記録があった。

偶然だが、シンゲンが蘆名を攻めなければ、アイリの領地を蘆名が攻めていた可能性がある。


アイリは蘆名の処分を、シンゲンに任せた。


6月末。


指揮官全員を集め、幕府開設の宣言を行う。

「この国の平和を願い、統一の道を歩みます。皆さん力を貸してください。」

アイリが前世の歴史にこだわらず、自分の歴史を作るという決断だった。


これにより家名を貰った部下は、旗本衆と呼ばれるようになっていく。


そして新たなる軍の編成を説明した。

指揮官たちは、二度驚くことになった。




後の時代に覇王アイリが、その意思を示した大きな転換点だと言われることになる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ