No072 アイリの野望、領主編 「再びギフへ」 新しい情報。 8歳8月~
アイリたちは陸路を北へ、ギフへと向かう。
孤児たちとの、またくるからという約束を守るためでもある。
そしてアイリが希望と名付けた村。
その周辺で避難民を誘導している兵達。
あの後も「カツイエ」と「トシイエ」の二人は先頭に立って頑張っている。
カツイエ(勝家)は、柴田勝家の同名者。
歴史での柴田勝家とは
信長の父、信秀の時代から仕えていたが
信長が家督継承したときは、信行の家老になっている。
信行は信長の弟で信長の家督継承を良くは思っていなかった。
兄弟で戦うが信長が勝利する。
母親からの説得で弟は罪を逃れる。
しかし、あきらめずまた信長の暗殺を計画。
それを勝家が信長に報告し事なきを得た。
しばらくは信長の信任をもらえず、
歴史の戦場に名が出てくるのは、信長の上洛、近江の戦いからだ。
その後、信長は勝家を重用する。
信長から妹のお市を嫁にもらい、大切にしたという。
本能寺の変後は秀吉と敵対するが、賤ケ岳の合戦で敗北。
最後は、北ノ庄城において、お市と共に自害した。
宣教師ルイスフロイスの記録では、こう勝家を記している。
信長が重用した勇猛果敢な人物で、一生を軍事に費やした人。
一方、トシイエ(利家)は、前田利家の同名者。
歴史での前田利家とは
14歳の時点から信長に仕え、青年時代は赤母衣衆となる。
「槍の又左」の異名を持つ。幼少時の名前は犬千代だ。
その後、柴田勝家の与力として、北陸方面部隊の一員として各地を転戦。
やがて能登大名になる。
本能寺の変後、当初は勝家側についていたのに、
後に秀吉に臣従。
その後は豊臣五大老と呼ばれるほど出世することになる。
利家は秀吉とも親交があり、勝家と秀吉が戦場で対峙しても
兵を動かさず撤退させたなどの記録がある。
これで戦場では、秀吉が優位になり、勝利したのではないかともいわれる。
敗北して北ノ庄城へ逃れる途中の柴田勝家が、利家の元へ立ち寄り、
これまでの労をねぎらい、湯漬けを所望したという逸話が残る。
この二人を同じ場所に配置したというのもアイリのこだわりでもある。
今のこの国の二人は、上下関係もなく同僚として仲良くしている。
アイリの知る歴史の様な悲しい関係になってほしくはない。
心の奥で、そういった願いが込められている。
アイリたちは、ギフ領に入ると領民からの歓迎を受ける。
その領民は、アイリがギフに戻ってくると聞いた元避難民であった。
皆、口々に感謝を述べる。
早くも職につけた人たちがいたことにアイリは安心する。
「よかったね。」サヤカがアイリにそういった。
サヤカはアイリが生まれた時からの付き合いである。
アイリのことを一番よく知っていて母親的な存在でもある。
アイリからすれば、お姉さんメイドなのだが・・。
いつもアイリを気遣い世話を焼いてくれる。
そういった気遣いに、アイリは何度も助けられている。
今もサヤカの一言に「うん、よかった」と言葉を返した。
それは心からの言葉だ。
言葉が少なくても二人の間の絆で、
お互いの言葉の中にある深い思いを理解する。
「みんな頑張ってね。これからもっと良くなるから・・。」
アイリは領民を励まし、ハシマへと向かう。
アイリは避難民の生活が軌道に乗るまで支援を続けるつもりだ。
ハシマでも、同じように歓迎を受ける。
アイリが会っていない人もいる。
「領主様が手を差し伸べてくれたから皆助かった。」
これが避難民に広く伝わっている様だ。
アイリは話したそうにしている人を見かけると、それを聞くようにした。
いろんな思いが伝わってきた。
本当に大変だったのだろう。
ハシマの居館敷地に入ると孤児たちも出迎えてくれる。
別れ間際に泣いていた子たちが、大勢いたのを思い出す。
アイリは居館に入らず。
そのまま子供たちと孤児院に向かう。
その日は、遅くまで孤児院で時間を過ごした。
食事も一緒に取り、小さな子の面倒を見る。
遠巻きに見ている子供はきっと、アイリがここを離れた後に来た子なのだろう。
アイリは手招きして呼んだ。
子供を集めると、アイリはこの時のために準備していた紙芝居をやった。
身内ウケする冒険物ではなく、昔話のやつだ。
文字や意味がわからない子でも、絵があれば雰囲気でわかる。
メイド隊は持ってきたお菓子などを配った。
アイリは、孤児院に絵本や積み木、カルタ、ぬいぐるみ・・などなど
様々なものを持ってきている。
サヤカは孤児の面倒を見ている女性たちに話を聞いている様だ。
相談にのったり、問題が無いか、足りないものはないか
短期間だったが彼女たちを教育したのはサヤカである。
サヤカも心残りがあったのだろう。
アイリが紙芝居を行っている最中はメイド隊たちも子供の面倒を見ている。
キチョウやジロウのひざの上には、小さな子が座っている。
他のメイドたちも似たようなものだ。
この時間だけでも母親代わりをしてくれている。
紙芝居が終わったら、幼少組がおもちゃなどの遊び方を説明していた。
紙芝居の最中は孤児と一緒に話に夢中だったのは言うまでもない。
居館に戻ると皆安心したようだった。
アイリも安心した。
孤児たちはそれなりに立ち直ろうとしている感じがしたからだ。
翌日は、難民村を目指す。
今度はすぐに戻ってくるからと子供たちに話した。
アイリたち一行は西を目指す。
途中でも元避難民に出会う。
ヨウロウの郡役場がある街も避難民を受け入れていた。
更にその先の郷役場の町でも同じだ。
やがて難民村に到着する。
アイリが希望と命名した村だ。
ここで支援に残った者たちに感謝と労いを述べる。
最近は避難民が減ってきているらしい。
アイリたちが来た時が一番ピークだったのだろうか。
難民村を定着地にしている避難民もいた。
ここもやがては難民村ではなくて普通の村になっていくのだろう。
土地を開墾して畑などが広がり始めている。
まだ作物などは収穫できないが、時間がたてば収穫できる。
アイリはここに、アイリの牧場から家畜を連れてくるように指示した。
ここに定着する人のためだ。
家畜は生活の助けになる。
牛は畑を耕したり荷物運び、山羊は乳をだす。
鶏は卵を産むし、増えたら肉にできる。
時々砦の兵が狩りをして肉が運ばれたりする様だ。
砦にいるカツイエとトシイエに、心で感謝した。
この様子だともう、誘導などを無理にしなくてもよさそうだ。
アイリの特別任務から解放する。
アイリは砦に到着すると二人に言う。
「二人とも本当にご苦労様でした。協力してくれてありがとう。」
二人はアイリからの直接の言葉で感動している。
兵にもお礼の言葉を述べる。
「皆さんの協力のおかげで、助けられた人が多くいました。」
「彼らに変わり私はお礼を言います。ありがとう皆さん。」
兵士も皆感動していた。
後から聞いたが
その後も時々砦の兵士は狩りなどをして肉を提供しているそうだ。
休みが取れたら畑の開墾や木の伐採などの協力もしているらしい。
近江で避難民誘導を指示していた特殊諜報員にも任務終了の伝令を出した。
彼の地はアイリの領で助かるという情報が広がっているからもう大丈夫だろう。
何かあったら立ちいかなくなる前に自分たちで来るはずだ。
特殊諜報員が戻るまでには時間がかかる。
アイリは、孤児の待つハシマに戻った。
ハシマに戻ったアイリは、数日孤児と遊びながら過ごした。
実は特殊諜報員の帰りを待っている。
彼らはいろんな生の情報を持っているはずだ。
やがて、アイリの元に近江方面に派遣していた特殊諜報員が戻る。
伝令を介して話を聞くより詳細がわかる。
近江の地では膠着状態になり小競り合いを繰り返していた。
それがアイリが情報を受け取った時の話で
アイリは関ケ原に行く決心をした。
途中で大勢の避難民を見つけるに至るわけだ。
近江の地では、だんだん小競り合いが減っているらしい。
あれだけ避難民が出るくらいだ、きっと疲弊しすぎたのだろう。
しかも時期的に収穫期前でもある。
逆に言えば、今が一番食糧的に大変な時だ。
たくさんの兵を抱える余裕がなくなっていると考えられる。
そうなると農民兵は解散する。
収穫が済むまでは、小規模な戦闘で済む可能性が高い。
一時的には領民も、それで助かるかもしれない。
問題はその後だが・・。
収穫期が過ぎた後、決着をつけるために大きな合戦が始まる予感がする。
特殊諜報員からも、それを肯定するような情報が報告された。
一時的に兵が解散されて、男たちが領地に帰ってきている。
それと気になる情報が・・。
近江の隣の領が、きな臭いという領民の噂がある。
その意味は敵なのか味方なのかは不明だが
兵を集める準備をしているという話だ。
収穫期が終わったら領の間で戦争が始まるかもしれない。
この国には地図が無い。
方角と言うのは、ほとんど本人の感覚に等しい。
移動で目標にする星や景色などは移り変わるものだから、
あてにするのは難しい。
アイリはそのため当初、地図や指南車を作らせた。
指南車と言うのは、中国の歴史作品でカラクリで常に南を示すという物。
方位磁石が無ければ代用品として有効だ。
結局アイリのスキルで自前の地図が出来たから必要なくなった。
しかし現状のアイリの地図はアイリの支配地か
アイリが通った場所以外は白地になっている。
場所の確定は非常に難しい。
前世の記憶と歴史をたどればある程度の想定は出来る。
歴史上の近江周辺である関西区域は
山城、大和、河内、和泉、摂津となる。
前世の現代式に言えば、京都、奈良、大阪、兵庫の一部
但し、あくまで近江の隣に限定すれば大阪と兵庫は外れる。
近江の地域範囲は、あくまでもだいたいだが・・。
何せこの国の領の線引きは歴史とも現代とも異なる。
皇都の位地も定かではないが
皇都の隣の領が、近江の隣に含まれる可能視が高い。
皇都の隣は、例の黒幕のいる場所になる。
アイリは、皇都の位置を
どうやら現代の京都市より南のようだと解釈している。
仮の考えだが、大阪や奈良に近いという可能性もある。
皇王様が逃げたルートは、紀伊半島から志摩だった。
もし大阪のすぐ近くに皇都があるとすると。
皇都の隣の領には、和歌山も含まれる。
それはアイリのミエ領と接していることになる。
同様に奈良であっても、奈良の南に近ければ、
やはり和歌山は隣になる。
「うーん、あれ? 近江の北も隣になる。」
西にばかり気を取られていたことに気が付く。
歴史でいう若狭の地。前世現代では福井県だ。
隣と言うのは、そっちの線もあるのか。
それだとギフ領の北部に接している。
豪族に任せて放置している場所だ。
もしそちらなら、かなり危険だ。
アイリの直轄支配地なら防衛兵が配備されている。
ところが、豪族の支配地は完全放置だ。
建前上で言えば従属しているからアイリの領ではある。
近江にいるのが京極家と言う名だから安心していたが
歴史では、浅井家は北の朝倉家と組んで信長と対峙した。
朝倉家は、近江の北、前世現代で言う福井県にいた。
完全にギフ領と領境を接している。
山間部だから直接の侵攻は、かなり大変だから無いだろう。
そういった意味では、信州方面も似たようなものだが
アイリの直轄地にある恵那の東が領境になるから砦があり防衛兵がいる。
他の場所は山深くてルートが無い。
歴史では岐阜の北に朝倉が攻めて来ることはない。
嫌なのは、京極家との協力。
京極家にも何やら怪しいスキル持ちがいると想定している。
浅井、朝倉の同盟とかをやりそうで嫌な気がするのだ。
その近江の領民の噂はどのへんで広がっているのかと聞く。
一部地域ならそれで方向の検討はつく。
どうやらいろいろな場所で聞くという。
アイリは、ここで最悪を想定する。
それは、北と西の両方だ。
いよいよ、領内支配の戦争の時代から
勝ち抜いた者たちによる領主対領主のレベルの戦争に移行していきそうだ。
そういえば、甲斐なんてすでにそうなっている。
アイリの近江侵攻計画は来年早々。
まだ5か月は先になる。
「ふーん、皆動くときは同じ頃かぁ」
アイリのオタク歴女の記憶の中にある戦国時代。
それは、大名が争った時代だった。
大名とはこの国で言う領主。
歴史では、ほぼ、時を同じくして大名間での争いがおこった。
歴史上、その前の時代は、豪族や小勢力が覇権を争っていた。
その時期、尾張をまとめたのが織田家で、三河をまとめたのが松平家。
父マサツグの時代とも取れる。
歴史は、次のステージに移動し始めたようだ。
「よりにもよって近江周辺とは・・。ふぅ」
アイリにもそれなりの覚悟が要求されることになるだろう。
それは歴史からの要求なのかもしれない。




