No066 アイリの野望、領主編 「ミエ領の旅7」 孤児のギン。 8歳6月~
今日アイリは、朝から官吏院に顔を出す。
長官はアイリが、ミエ領の北5郡を支配したときに、この地で採用した人物。
名をサクゾウという、統括スキル持ちだ。
統括と言うと軍務官のような印象を持つかもしれないが内務官である。
当時のミエの地は5人の豪族と1人の元領主が小競り合いを繰り返し
覇権を争っていた。
北の5郡を支配下に置いたアイリがこのバラバラだった地を納めるために
地元から登用したのが、統括スキルを持ったサクゾウだった。
皇王様の件があったため、サクゾウにはろくに内務官教育もなく
アイチ領からの人材支援だけで、自力で行政改革を実行してもらった。
サクゾウの下には、アイリ領での経験者を揃えたが本人の努力は大きかった。
その後サクゾウは時間を見つけては、アイチ領まで来て
アイリの元で直接指示を聞くだけでなく、教育を受けている。
もちろんアイチ領の姿を見て、参考にするためでもあった。
こういう努力が今のミエ領北部の繁栄を支えている。
ミエ領の南部は、サクゾウが育てた部下が派遣されることによって。
シングウなどが早くから開設で来た。
現在では、ミエ領全体の内務統括責任者でもある。
南地域をアイリが支配することになって
忙しくなったサクゾウとは、久しぶりの再会になる。
「姫ー。今か今かと待っていました。」
サクゾウは、待ち焦がれていたかのように挨拶もなく声を出す。
この二人の距離感を表すものかもしれない。
「サクゾウ、本当にいつも任せっぱなしでごめんね。」
アイリはサクゾウと会うたびに同じことを言う。
今日は挨拶に来ただけではなく、いろいろ相談もある。
「相談があるんだけど聞いてくれる?」
アイリは、強制的な指示だけでなくこういった相談も持ちかける。
それはミエ領南部に対する改革案だ。
「南の視察に行っていくつか気になったんだけど・・。」
サクゾウは言いにくそうなアイリを見て、また何か課題があると思った。
「それで、姫は何か気になったことがありましたか?」
「うん、ミエ領の南は広すぎて経済地区がシングウだけでは足りないと思ったの。」
アイリの政策は、自由貿易郷と言う経済特区を使って周囲を繁栄するという物。
本来ならその場所を中心にして面に経済が広がる。
ところが、ミエ領の南部経済は点でしかないのだ。
せめて、それぞれをつないだ線にはしたい。
「なら、数か所を支援郷にするということですか。」
サクゾウが言う支援郷とは、自由貿易郷の衛星都市開発計画。
経済支援のために事業や商業を、政策的に導入する事をいう。
アイリも以前からよく言っているが、
これは行政の力で経済を広げるための構想案である。
本来なら自由貿易郷を作ると、その隣の町は自然に衛星都市化していく。
そうなると更にその隣も繁栄して連鎖的に広がる。
しかし、これは平地が続き交通の便が良い地であればだ。
南部地区の様に街道が一つしかなく、周囲が海と山では
経済に広がりが持てない。
距離が慣れてしまうと拠点間を行きかう人がいない。
「うん、タイチとクマノ、キイナガシマを支援郷に。」
「オワセとクシモトを自由貿易郷並みの経済特区にする。」
アイリの言うそれは、相談というより指示に等しい。
サクゾウはその意味を悟る。
「姫は、南でかなり苦労なされたようですね。」
「しかし、かなり大きな改革になりそうですが・・・。」
これはそれだけ資材や人材をつぎ込んで元が取れるのかという意味でもある。
「うん、見て来たけどそこに人がいるから、開発労働力になれば経済が回りそう。」
アイリが言うのは土地開発で地元の人間を使えばいいという話。
「資材運搬や労働者の給金目当てで、 商人が集まればそれだけで変わると思う。」
地元の人間がお金を持てば、他からそれ目当ての人が来るということを意味する。
「あと南は陸路より海路を支援するほうがいいかな。」
「各地を定期船で結べば、経済がつながると思う。」
アイリはここまで自分が考えていた話をつづけた。
「では、シングウの管轄院と連携して取り組んでいきますね。」
サクゾウは既に実行する体制になっている。
一気に6か所で土地開発と土地区画をおこなうのだ。
実行部隊はそれは大変だろう。
「内政官を各地で登用してきたから人員は回せると思う。」
アイリが道中盛んに内政官を登用していたのはこう言う理由もあった。
「わかりました、各地の役場にも協力させましょう。」
サクゾウがそう答えることで、あとは実行だけとなる。
サクゾウにとって戦後処理からの行政改革や開発と比べれば
既に拠点があり、下地が出来ている場所ならいけるだろうと思っている。
その後の投資回収は、アイリが他へ指示して実行されるはずだ。
「もう一つ、紀伊大島を開発して郷にしたい。これはすぐじゃないけどね。」
オイチが移動中に島を見つけて話していたあれだ
「そちらは、全体が落ち着いてから取り組むとしましょう。」
サクゾウは、大きな島があるが手付かずになっていると話には聞いていた。
アイリが郷認定すると言わなければそのまま放置だった場所だ。
その後、実行に移すため二人は仕事の話を詰めていった。
既にアイリの手によってアイチ領の官吏院へも指示が行っている。
そこからも支援をすることになる。
これで苦労して南を視察してきたアイリの目的は全て終了する。
内政の仕事のまとめでその日は終わった。
同行していたオイチは、一生懸命にそのやりとりを聞いていた。
オイチはアイリの花丸扇子がこの部屋に2つあるのを感心していた。
翌日は、軍の視察になる。
防衛院の訓練所へ行くのだ。
そこでは募兵と、訓練が同時に行われている。
指揮官として赴任しているのは、ノブツナだ。
真田信綱の同名者で、剛勇と言うスキル持ちだ。
アイリの元に仕官する前は、前線で戦っていた経験者でもある。
軍術技能を持っていることから、軍師採用になった。
しかし、アイリの鑑定によって指揮官向きだとされ
カンスケと並びアイリと幾多の戦場を回った。
このミエ領の地を攻略後から、そのまま赴任している。
東伐戦でも中軍として参加した。
歴史では弟の真田昌幸の方が有名だ。
その昌幸も今はアイリの指揮官補としてアイチで勉強中だったりする。
ただこの世界では、お互いが同名者でありながら
兄弟ではなく他人だという。
不思議だが異世界だからかもしれない。
類似存在を生み出しても、もともと歴史が歪んでいるから
血のつながりまでの完全一致は、できないのかもしれない。
アイリは類似者や同名者を見てそう理解している。
オイチとシホウの関係も同じで歴史では姉妹になるがここでは他人だ。
何故か4人とも、両親がなくなってアイリの元に来ているという
共通点が怪しく残る。気のせいかもしれないが・・。
ノブツナも赴任が長いから、アイリと会うのは久しぶりになる。
あの東伐戦以来だ。
「ノブツナ、ご苦労様です。調子はどうかしら。」
アイリは挨拶がてら状況を聞く。
「おお姫、久しぶりですな。途中危険な目にあったと聞きましたが・・。」
アイリが黒幕の手によって赤くなった連中に襲われた話だ。
赤いとは人物事典で言う敵対している相手の事。
この敵対とは、アイリを倒そうとしている相手を表す。
悪人は黄色である。
黄色は自然発生するから、人の心の弱さだと認識している。
普通の人でも何かのきっかけで黄色になるからだ。
悪人が敵対すると交互に色が変わる場合もある。
これは悪人がアイリを敵視した場合に起こるとアイリは認識している。
最終的には赤色になる。
死ねば皆灰色だ。死んだふりは通用しない。
スキル成長で地図機能が充実した頃、地図からマーカー表示された人物の
人物事典が見れるようになった。
地図と言うのは、監視対象にしておけば更新情報まで得られる。
遠く離れた叔父カネツグに後発スキルが発生したのを気が付いた。
その時に情報の更新も自然にされることを知った。
だからかもしれないが人物事典で色が灰色に変わると死んだこともわかる。
その後からアイリはあまり人物事典をしげしげ見るのを控えている。
人材登用の時とか、警戒時とか、必要な時だけその力を借りる。
アイリはノブツナに刺客事件のことを話した。
黒幕がいるらしく今調査中であることも話しておいた。
ノブツナに言わせると「卑怯な輩」ということになる。
シズオカと違って募兵状況や訓練状況は順調のようだ。
笑い話として「直虎事件」の話もしておいた。
ノブツナの記憶にもあったらしく
採用後に訓練をしていた小隊長から聞いていたらしい。
すごく面倒だったと、つい愚痴が出てしまったが
ノブツナは、それは面白いと笑った。
ただ何か言えないわけがあるかも知れないと言われたので。
今度ちゃんと聞くようにしようと思った。
軍の視察は、昼に終わったので
そのまま、同行していた皆と外食に出かけた。
自由貿易郷は食事処も多く、店が並んでいる。
魚は南で食べあきたし、その反動で北に来てから肉が増えた。
昼だからと麺屋を探す。
珍しくパスタの店があったので入ったが、うどん屋と同じだった。
外食はこういうあたり外れも結構面白い。笑い話が増えた。
今まで気にしてなかったが、自分が食べたいものは作り方を教えていた。
あまり外食に出る必要がなかったからいい経験になった。
「うーん、メニューとレシピを広げよう。」アイリはそう思った。
食事処という新しい直轄事業への展開でもある。
サヤカやキチョウはなんだか騙され気分だと憤慨していたが
アイリはいいアイデアが見つかったことで満足している。
その後居館に戻り、街中の視察の準備をして再び出かけることにした。
明日からは、ここを拠点にして周辺を回りつくす予定だ。
ここらで人材登用を進めたい。
街中を人材を求めて動き回る。
見つけると声をかけることを繰り返す。
もう何人に声をかけたのだろう。
ここは人が多く、あちらこちらから集まってきているところだ。
自由貿易郷の特徴の一つは、経済が豊かなところにある。
人はそれを求めてやってくる。
一度居館に戻った時に、珍しくマナリがついていくと言った。
そのマナリがどうしても気になる子供がいるという。
まだ幼いその子は、建物の横にたたずむようにいた。
体操座りのように膝を抱えれ座っている。
アイリは、その子を見る。どうやら物乞いのようだ。
可哀そうに・・・。マナリのように戦争孤児かも知れない。
鑑定で人物事典が反応する。
「ええええー?。」アイリは驚く。
名前 ギンチヨ(誾千代) 7歳 女性 スキル天性
立花誾千代の完全同名者。
歴史であれば戸次鑑連こと立花道雪の一人娘だ。
7歳で城主になったという、有名な女傑でもある。
その7歳の彼女が九州ではなく今ここにいる。
しかも物乞い状態だ。
アイリはすぐに近寄り声をかける。
その子は、ギンと名乗った。
何故、こんなところにいるのかと聞いたら
両親を亡くして行き場がなくなり、仕事も幼いからと断られた。
行商人にひろわれ、荷物運びや雑用をしていたが急に捨てられたそうだ。
あれ・・・これどこかで聞いた話と同じだ。
そう、マナリとあの黄色い詐欺師まがいの行商人の話。
アイリが危惧していたように他にも被害者がいた。
しかもどうやら孤児を狙って、ただ働きをさせていたようだ。
「あいつか・・・」アイリはもっと懲らしめておくべきだったと後悔した。
ギンが持っている天性スキルは、キチョウと同じ技能向上バフ系だ。
キチョウの努力は後発で、たぶんギンの天生は生まれながらという違い。
能力的には同じだ。
ただ彼女には技能が無い。スキルが宝の持ち腐れになっていた。
アイリは孤児を見たら保護せずにはいられない。
彼女が同名者だとかスキル持ちだとかは関係ない。
7歳の子が物乞いをしないと、生きていけない状況は放置できない。
「ギン、うちに来なさい。 あなたは私の妹にします。」
本当の妹にするわけではない、
アイリが保護者になって妹分として育てるという話だ。
マナリが何か感じたから、突然ついてきて彼女を見つけたのだろうか。
不思議なこともある。
アイリは自分の言葉を思い出す。「偶然は必然」
であるならこれも歴史のいたずらなのかもしれない。
その後、ギンを伴って居館に戻るとアイリは直轄事業へ伝令を飛ばした。
あっという間に、ギンの服が揃えられた。
一緒にメイド服とワンピースの採寸もしてもらった。
「この子は、成人するまで私が保護します。」周りにいた者達に告げる。
マナリはすごく喜んでいた。同じ境遇だった子に共感を覚えたのだろう。
マナリも成人するまで、アイリが保護者だ。
「孤児か・・・なんとかしなきゃ」
戦争が絶えないこの国には、そういう存在が多いだろう。
以前のミエ領は、その縮図であると言える。
アイリに新しい課題が増えた。
直虎にしろ誾千代にしろアイリが望んでいた存在だ。
そう言えば忍者を求めていたから、マナリも同じかもしれない。
3人とも実態はかなり微妙だったのだが。
その後マナリはお姉さん役になった。
ギンの面倒を見るという。
アイリは、とりあえずの目標が見つかってよかったと思う。
ギンにも仔馬を与えた。
アイリが両親から、もらった時と同じくらいの小さな馬だ。
マナリと一緒に世話をしている。
アイリは、ギンをマナリに預けて周辺地域の視察に出かけることにした。
同行するのは、メイド隊から5人。後はいつものメンバーだ。
自由貿易郷周辺の郷を、2日で全部回る予定だ。
その後、難題の伊賀に向かう。
もう6月も暮れになる。予定より遅れているからここから頑張らなくては。
アイリは気合を入れなおした。




