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No102 アイリの野望、覇王編 「関東にて」 東北の異変と九州への決断。 10歳11月~

アイリは、忘れていた四国の領主申請を行った。

もちろん命名が苦手なアイリは、カガワ領(香川)、エヒメ領(愛媛)にした。

淡路島は、アワジ地区になる。


申請の使者を送ると、入れ替わりに関東からの伝令が届いた。

何やら、東北がキナ臭いらしい。



関東、トウキョウ領。

10月の頃にさかのぼる。


関東の地に赴任することになった叔父の松平清康は、軍の指揮訓練を行っていた。

清康はアイリに二度も名前を変えられていたが、そんなことは気にしていなかった。

むしろ以前の虎太郎も捨てがたいと思っていたくらいだ。


アイリから古の豪族が成り上がり、最後にその息子が国を統一したと聞いた。

その息子は徳川家を名乗ったという。

トウキョウ領で、アイリが家名申請したものと同じだ。


アイリはその故事に倣って、

徳川家が後に拠点にしたトウキョウ領では、自分の家名を徳川家にしたという。

その父親である豪族の名が、松平清康である。

その名前を付けるというから断る理由もなかった。


この国には歴史の記録がほとんど無い。

アイリの話は、あくまでも前世の記憶なのだが・・・。


この地では今、収穫期を迎え開発も進んでいることから活気にあふれていた。

領民はどんどん暮らしが豊かになっていくことで、アイリの領政をたたえた。

アイリの叔父であり、この領の領主代理でもある自分も領民から慕われ日々満足していた。


関東周辺領は、その領主たちがアイリに恭順するようになり、むやみに戦争をしなくなった。

どうやらアイリが、「領民を困らせるようなことをしたら許さない。」的なことを言ったのが

広まったようだ。

これは戦争をするなと言うに等しい。


北の地にはアイリの諜報員たちもいるようで、情報が入ってくる。

どうやら北の方の領主は、今だ権勢を求めるように戦争を行う準備をしているらしい。

冬になると雪が降るその地では、今すぐ動くことは無いだろうが春になると危険だ。


10月末。

諜報員からの新たな情報が入る。

北の領主には、アイリの言葉に対して反感を持つ者も多い。

自分だけ権力をものにして、他の者にはそれをするなと言うのはおかしいというのだ。

それで反アイリ同盟とでもいうものを、組み始めたらしい。


1領だけでは勝てないから、集まって戦おうというつもりなのかもしれない。

それに対抗して関東周辺領主たちは、親アイリ同盟を組みだした。

数的に不利な親アイリ同盟から、是非同盟の盟主として自分たちに味方してほしいという。

大義名分はあるが、戦争の準備をするということだ。


しかもかなり大規模な戦争になる可能性がある。


この情報は、さらに北の地に近い上杉謙信にも伝わっていて

謙信からもどう対処するべきかと言う話が来ている。

清康は返答に困った。


その後の諜報員からの情報では、

北の6領は、反同盟。今だ方向性を決めていない中立が2領。

親同盟は、北条家も含め3領。


その北条家の北は、反同盟領主だ。

北条家は、アイリと支配権を分けることで生き延びた。

しかし、領地は半分しかない。

いくら防衛戦が得意でも不利なのは目に見えている。


アイリは、北条家との和解の際に、

アイリが支配していた豊かな平地を返し、代わりにあまり豊かではない房総半島を貰った。

完全に場所を交替したことになる。

これにより北条家は感謝し、復興することが出来た。


アイリ的に言えば、房総半島は位置的にトウキョウの生命線。

海を渡ればすぐの場所だ。

その警戒の為に水軍を配備し続けるのは痛い。

この時すでに四国侵攻を計画していたこともある。


北条家にも恩を売ることになり。

アイリとしても、後ろや横を突かれなくて地理的にも戦略的にも安心だという気持ちもあった。

仮に軍を動かすときには平地に向かえば済むから楽だというのもある。


アイリは房総半島の開発は、紀伊半島や伊豆半島、志摩で経験した開発方法を利用している。

それは元をたどれば、アイチ領の知多半島や渥美半島での経験からである。

ちなみに三浦半島でも同じだが、まだ平地が多い分開発は楽だった。


中立になっているのは、ニイガタ領に接する領の二つである。

これは謙信の目が光っていることから、敵対しにくいという事だろう。

状況でどちらにつくのか、日和見的な気もする。


南部家、最上家、安東家、葛西家、佐竹家、芦名家、は反同盟で敵対派閥。

里見家、伊達家は中立。

北条家、結城家、宇都宮家、は親同盟。


関東以北11領による南北戦争とでもいうものが春になると発生する可能性がある。

その為アイリの指示が欲しい。



これがアイリのところに届いた伝令の内容である。


アイリとしては、現在四国侵攻の真っ最中で、その後に九州へ行きたい。

しかし11領が関係する戦いは、相当な規模になる。

アイリの所有するニンガタ、トウキョウ2領を含めれば、13領だ。


時期は冬へと向かっている。


アイリは冬が越えて軍が動けるようになったら

ナガノとサイタマからそれぞれニンガタ、トウキョウヘ向かうように指示を出した。

もちろん、ニイガタ、トウキョウでの戦いの準備のためだ。


同時に親書を北条家、結城家、宇都宮家、の親同盟に送り、承諾の旨を伝える。

アイリの思いを受けてくれた領主は見捨てられない。


そして、中立の里見家と伊達家にも送る。

日和見的なことは身を滅ぼすことになる。

立場を決めなければこちらから、仕掛けることになるだろう。

ほとんど脅しである。


アイリとしては急に反旗を示して、後ろや横を取られたらかなわない。

謙信も周りが中立では身動き取れない。

きっと判断に困るだろうとの思いからである。


敵対派閥にも、こちらと戦おうとするなら遠慮なく受けて立つ。

私に勝てると思ったら大間違いだ。首でも洗って待っていなさい。

と思い切り宣戦布告をした。


敵対派閥の連中は、アイリが自分たちの動きを知っていたことに驚くことになる。


このアイリの考えは、清康や謙信にも伝えた。



一方でシガへもオオサカへ軍を移動するように指示を出す。

オオサカの軍を動かし、海兵隊と共に九州北部を目指すためだ。

九州に行くと言ってオオサカの軍を減らすわけにはいかない。

その為、シガの軍で補充する。


4軍が補充されるから、オオサカ4軍とアイリの軍は九州に行ける。

九州での戦いの期限は、春になるまで。


九州北部にアイリの拠点を作り、ヒデヨシの九州討伐は何が何でも防ぐ。

九州は全部で6領、そこには歴史で名を遺した3家がいる。

大友家、龍造寺家、島津家。

その他に、相良家、伊東家、肝付家がいる。


九州北部に属する場所は、大友家と龍造寺家になるだろう。

特に下関に近い大友家を、何とかしなければならない。


アイリは、九州6領にも親書を送った。

内容はとても親書と呼べるものではない。

それは九州征伐に行くから、敵になるか味方になるか決めろというものだ。


敵なら容赦しないが、味方なら家名を存続させ、場合によっては支援してもいい。

自分は平和を望むための戦いに赴く。

と言う感じの内容だった。


これら、北と南へのアイリの脅しとも取れる親書の数々を、

後の者は、覇王覚醒の時と言った。


賛否両論あるが、全領に対して敵味方の区別をつけ

歯向かう者は、相手になるという意思を明確にしたことになる。


これによりアイリは、国中に大きな戦乱を広げ、統一への道を急速に進むことになっていく。


後にアイリの味方になり

アイリの意思に賛同した領主たちは、外様と呼ばれることになるのだった。

それはまだ先の事。



後の世では歴史家と呼ばれる者たちがいた。


アイリのこの行為を否定するものは、戦乱を広げたことに関して問題があるとした。

何故穏便に済ますことが出来なかったのかと言う正論である。


称賛する者は平和というのは、戦乱を収拾させなければ到達できない。

この行為があったからこそ、統一への速度が速くなったという。

その後の平和な時代を考えれば、その決断と功績は大きいと言う。



実はアイリ本人は、そんな大それたことなど考えていない。

「面倒だから・・。ふふふ」

アイリは、やはりアイリだった。





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