吸血鬼は、怠惰で無能かもしれない
「ルーナー、知っていた? サンって可愛いみたいなの」
深刻そうな顔で小声でそう言ってきたサンを見て、ルーナーの手は止まった。
チキンのトマト煮込みを盛り付けたお皿から、湯気がもうもうとたっている。サンは料理を見て、一旦そちらに意識を戻してくれた。美味しそうと呟く顔は確かに可愛らしいと、ルーナーはお皿をテーブルに置きながら思った。
「いきなりどうしたの? サン」
「好きだと言われたから、理由を聞いたの。そしたら可愛いからって」
ガチャっとフォークを落としてしまった。ルーナーは慌てて拾う。スープは無事だった。サンは、先に置いたスプーンを使ってすでに食べ始めていた。
「ルーナーは、天才ね……。このとろけるような、お肉、お母さんたちにも食べさせたいくらい」
「余ったら持って帰って。僕は食べれないからさ」
「嬉しいっ。じゃあ、お礼にサンがまたスープを作ってあげるわ」
「それは、今度でいいんだ。特別な日だけで、本当にもう」
(サンには余計なことはしてほしくない)
話題が逸れてしまった。ルーナーには、元の会話に戻すような話術はない。気になりはするけれど、あからさまな反応をしたら、サンがどう思うかわからない。
ルーナーは、美味しそうにスープを食べるサンを向かいの席に腰掛けて眺めた。
確かに可愛らしいと思う。髪の毛は珍しいくらい明るい金髪だし、空を溶かしたような瞳は、思わず見惚れてしまう人だっているはずだ。
目は大きくて、頬はいつも血色がいい。何より次の瞬間に変わる表情は、見ている人を飽きさせない。笑顔は向日葵みたいに、眩しい。
それこそ、こんな薄暗い屋敷に毎日来るのは相応しくないほど、輝いている。ルーナーは、自分でも無意識にサンを凝視していた。サンは構わずにスープを食べている。
吸血鬼は、実は顔の造形が整っている。人間の血を好んで飲んでいた時代は、容姿を餌に人を騙していたそうだ。だからルーナーの母親も父親も、従兄弟も、親戚はみんな美しかった。
「でも、サンの方がずっと綺麗だ」
思わず出た言葉。自分の声が部屋に響いた瞬間、ルーナーは焦った。年頃の女の子に言ったら気持ち悪い発言の上位に来るだろう言葉に、どう誤魔化そうか考える。サンはこちらを見た。
「そう? ルーナーから習ったテーブルマナー、綺麗になってる?」
口にトマトソースをつけながら気取って笑うサンは、綺麗よりは、やっぱり可愛いかもしれない。誤魔化す必要がなかった安堵からか、ふっ、と笑ってしまったルーナーは、誤魔化すようにお茶を飲んだ。
サンは気にした様子もなく、スープを飲みながら続ける。
「お店にはね、女の子が少ないの。字を読んで、書ける女の子は少ないからね。みんな結婚相手を探すのに必死なのかしら」
「サンに結婚なんて早いでしょ……そいつらは何を考えているんだ」
「早くないわ。だって、今回の夏で、サンは十四歳になるのよ。あと二年で成人するの」
(そんなこと言ったって、僕には早く感じるんだ)
人間社会のルールは、本当によくわからない。十六歳なんてまだ子供だ。ルーナーが十六歳のときは、あまり覚えてないけれど、たぶんまだ働いてもなかった。今も働いてないけれど。
自分のことを考えて、ルーナーは少し落ち込んだ。
(もしかして他の人外の奴らは働いていたりするのか?)
今まで、自分以外の世界に興味を持てなかったけれど、サンが異次元のスピードで成長する様を見て、ルーナーは焦った。この世の中の種族で一番吸血鬼が、怠惰で無能なのではないか、と。




