サンのことは、僕に任せて
応接間に案内すると、スカイはキョロキョロと辺りを見渡し、それでもサンとは違って大人しく、指定した通りの場所に座ってくれた。
少し待っててください、そう伝えて、ルーナーはお茶の準備をし出した。吸血鬼が用意した飲み物を飲んでくれるかな、少し不安になったけれど、ルーナーはそのまま準備を始める。
いや、むしろ吸血鬼がお茶飲んでる方が驚かれるかな。固形物じゃなきゃ、アルコールも飲めるし、実は牛乳もギリギリ飲めたりする。好んで飲まないけれど。
緊張しながら、お茶の葉を蒸らす。サンの時は緊張しなかった。というのも、勝手にお湯を沸かしてお茶を自分で入れて飲んでいたから。
戸棚を開けてカップが並ぶ中から、黄色のカップの隣の水色を選ぶ。黄色のカップはサン専用になってるので、同じ模様の色違いを使うことにした。
奥にしまっていた銀色のワゴンを取り出した。サンの時にはトレイに入れてそのまま持って行ったけれど、初めての友達の家族はちゃんともてなさないといけない。水色のカップとティーポット、あとはサン用に用意しているクッキーをお皿に並べ、慎重にトレイに並べたあと、それをワゴンに乗せた。
ゆっくり慎重に応接間にいく。コツコツと靴の音が鳴り響く。キッチンと応接間はそこまで離れてない。遠くから、声が聞こえた。ルーナーは思わず足を止めた。
「お兄ちゃん! ルーナーの家になんでいるの?」
「サン! ルーナーさん、めっちゃいい人じゃんか!」
気恥ずかしくて、ちょっと入りずらい。ルーナーの口が緩む。人間がいい人たちだらけだって、誤解しそうになる。そう思うのは、仕方ないことだと、ルーナーは応接間の扉をノックした。
追加で黄色のカップを持ってきたら、すでにサンはクッキーを食べていた。それは、サン用に用意していたものだけど、自分の兄のものまで美味しそうに食べてるなんて。ルーナーは力が抜けた。サンのその姿で、やっと緊張が溶けたようだ。
「サン、スカイくんにもあげてね」
サンにお茶を用意しながら言うと、スカイは苦笑いをする。
「呼び捨てでいいですよ」
「じゃあ、スカイ。きみも食べてね」
サンの目の前からお皿をスカイの前にずらす。サンの昼間の空の色の瞳には不満が混じった。
「お兄ちゃん、ここはサンの秘密の場所よ。ルーナーは、サンの友達なの! 何しにきたのよ」
口にものを入れて喋るなんて、行儀が悪いよ。そう言おうとしたけれど、スカイの前だと気づき、やめた。ルーナーは、家族の前で恥をかかせ、斬り殺された人が出てくる小説を読んだばかりだから。
「サン、こんなによくしてる友達がいるなら、保護者が感謝を伝えるんだ」
「感謝なら、サンが毎日伝えてるわ」
ねえ、そうでしょ? 無言の問いかけに、ルーナーは頷いた。サンは毎日、ルーナーに大事な友達がいることの嬉しさを伝えてくれる。ルーナーは一度もそれに返事ができていないけれど。
二人のやりとりを見ながら、ルーナーはテーブルを挟んだ向かい側にゆっくり腰掛けた。茶色の革張りのソファが、ルーナーの体重分沈んだ。
「俺はもうすぐ成人だろ。サンを野放しにして。ルーナーさんに迷惑かけたまま家を出るなんて、できない」
(成人? 家を出る?)
最近の人間の世界のルールは、本にはあまり書いてない。昔はそんなルールは無かったはずだけれど。ルーナーは、指を顎に添えて記憶を辿る。目の前の兄妹はそんなルーナーを気にもせず、会話を続けた。
「家を出るって言っても隣町じゃない! それに野放しって何? サンはルーナーに迷惑かけてないもの」
「いいや、かけてるね。それに、今は隣町でも、工房を回っていくから、来年はもっと遠くに行くかもしれないんだ!」
「そんなに不満なら、家を出なければいいじゃない!」
「何を言ってるんだ! みんな十六歳になったら家を出て、職場に住み込むか近くに住む。結婚だってしないといけない」
ルーナーは人間社会の、成人する歳と仕組みを初めて知った。人間社会は、人外の社会より厳しい。人外の社会は死ぬまで一族が固まって動くのに。なぜ人間社会はそんなに散り散りになるんだ。
口を挟める状態じゃ無かったので、ルーナーは溜まっていく疑問を飲み込み続けた。
「父さんがいないから母さんだって仕事で忙しい。……サンが何かあった時に、すぐ駆けつけられない」
スカイがこちらをパッと見た。妹が心配なんだと、顔に書いてある。ルーナーは、スカイが、何を言いたいのか少しだけわかった。
「サンのことは、僕に任せて」
「ちょっと! ルーナーまで! サンはしっかり者だから大丈夫よ!」
サンが怒る。ルーナーはサンの言葉を無視した。
(きみがしっかり者なら、言葉の拙い幼児だってしっかり者になるよ)
スカイもサンを無視する。スカイとルーナーの視線が交わったまま、サンの怒った声だけが鳴り止まなかった。




