廃墟に住む吸血鬼、あなたですか
サンが働き出して、一年が経つ頃。サンが来るよりも少し早い時間に、突然の来訪者があった。
それはそうだ。大事な娘や妹が、仕事からまっすぐ帰らずに寄り道してる事実が発覚したら、どこで何をしているのか気になるはず。
目の前で、自分より頭二つくらい小さな少年が、こちらを睨みつけてるのを見て、ルーナーはバレないように小さくため息を吐いた。
(あ、バレた)
サンと同じ昼間の空のような瞳が、より鋭くこちらを睨みつけた。サンと同じ、太陽の色をした髪。
大きな瞳に、人懐っこそうな顔。サンより少し大きなくらいで、顔立ちはそっくりだった。
ルーナーは長く整えられた黒い髪を掻きむしる。サンから移ったこの癖は、結構脳の刺激になる。ただ、なんて言って良いか、ルーナーは思いつかなかった。
「廃墟に住む、吸血鬼? は、貴方ですか? 俺はスカイと言います」
なんて礼儀正しいんだ。人間の子供はサンしか知らないルーナーだったので、その男の子がこちらの許可なく屋敷に入らないことも、ちゃんと自己紹介していることにも感動した。たとえ、睨んでいようとも。
(やっぱり……僕って有名なんだ)
外の世界で、自分が有名人だと知ったとき、大抵の引きこもりは吐きたくなると思う。例に漏れず、ルーナーも胃がムカムカした。決して昨日飲まされた沸騰した血液スープのせいではないと思いたい。
「サン、って女の子知ってますか? 次の夏で十四になる、俺より二個下の妹なんです」
「あー、その、知ってるような気もします」
スカイと名乗った少年の瞳が、より鋭くなる。その後しばらく無言。ゆっくりと少年は額に手を立てると、あー! と大声を出した。髪を掻きむしる癖は、サンと一緒だ。
「やっぱりあいつ、ここにずっといたんですね!」
(そうだよ。もう何年も、ずっとここに寄り道してました)
とても言いづらいので、心の中で返事した。今や彼女の寄り道を楽しみにしていた吸血鬼にとって、サンの悪行の共犯者と言われても仕方ないという自覚はあった。
スカイが、バッと顔を上げた。昼間の空のような瞳が、こちらを強く見る。サン以外の人間は苦手だ。嫌いよりの苦手。ルーナーは、その強い瞳から目を逸らした。
「吸血鬼さん! サンの面倒を見てくださってありがとうございます!」
予想していた言葉と、百八十度違う言葉に、ルーナーの思考が固まった。逸らした視線をゆっくりスカイにうつす。スカイはこちらを睨みつけ――いや、そう思ってたのはルーナーの思い込みだったようだ。緊張した、決意の強い瞳でこちらを見ていた。
まるで結婚の申し込みを、しに来た男のような瞳だった。ルーナーは結婚の申し込みをされたことはないので、よくわからないけれど、多分それくらいの決意ある顔だった。
しばらくルーナーが黙っていると、ごくりと唾を飲んだスカイが慎重に言葉を選んで話し出した。
「何年も前に、サンが吸血鬼さんと友達になったと、良い人だと言ってたのを放置してたんです」
(まあ、子供の虚言だと思うよね)
「忙しかったし、母さんと二人でお金を稼ぐのは結構大変で、サンを構えなかった」
(この子も、人にすぐ自分のうちの家計状況、言うんだ……)
「サンって、あれですよね、兄の俺から見ても、マイペースって言うか図々しいっていうか」
ここまでスカイの話を黙って聞いていたルーナーが、ここで思わず頷いてしまった。スカイが、驚愕に目を見開く。
「やっぱり! あんな高価な絵本とか、大陸がわかる地図とか、本物そっくりの猫の人形とか、……全部、吸血鬼さんから、盗んで」
「あ、違う。それは誕生日のプレゼントで」
「あ、よかったです。サンもそこまで図々しくはなかったですか」
家族に与えてしまった誤解を急いで解くと、スカイは安心したように息を吐く。少し目元が和らいだ。そうすると、より、サンに似ていた。
ルーナーは人と話すのが苦手だけど、サンの家族に誤解されるのは気まずい。何度か口を開いては、閉じて、そして意を決した。
「僕は、ルーナーと言います。サンの、……友達です」
その言葉を聞いて、スカイが笑った。昼間のような瞳と太陽の色の髪、笑顔は向日葵みたいな、サンによく似た、そんな笑顔だった。




