祝いたい人ができた夜
一か月で五センチ伸びるというサンの発言が嘘だと気付いたのは、サンと出会ってから一年が経つ夏の日だった。サンはもうすぐ十一歳になるらしい。
ただ、サンの身長は、ルーナーの胸にも届いてない。六十センチは伸びてるはずなのにおかしいと、その時初めて気がついた。
サンは吸血鬼の廃墟に毎日欠かさず来ていた。何が面白いのか、ルーナーに外であったことを楽しそうに話す。外に出ることがあまりない、引きこもりのルーナーに対しての気遣いではないはずだ。もしそうなら、繊細なルーナーは傷ついてしまう。
「それでね、誕生日のプレゼントに、お兄ちゃんが紙とペンをくれるんだって! うちは学校には行けないから、自分で頑張って字を書けるようにしないといけないの」
いつの間にか、応接間のソファ、ルーナーの隣がサンの定位置になった。
一年の間で、起こされるよりも前に先に来てサンを待つルーナーに、サンは何も言わずに隣に座って笑いながら話をする。それが当たり前の光景になっていった。
毎回、サンの話はオチも無い、ただの日常の出来事の報告だった。でも、ルーナーにとっては、本を読むよりも勉強になることが多かった。例えば、人間の子供は字を書かないといけない、とか。
「サンは字を書きたいの?」
(別に字なんて書けなくても、人間はすぐ死ぬんだから問題ないと思うけど)
流石にルーナーもサンに、お前はすぐに死ぬから必要ない、なんて言ってはいけないことは、学習した。代わりに質問することで、サンを喋らす。
「当たり前よ! お金のある家の子は、本を読めるって自慢してくるし、手紙のやり取りをして、仲間外れにするの」
(人間は、なんて残酷なんだ!)
衝撃を受けて、ルーナーは絶句した。吸血鬼だってそんな意地悪はしない。可哀想すぎて、何て声をかけていいかわからなかったルーナーを見ながら、サンはいじけたように頬を膨らませる。
「それに、サンはルーナーと手紙のやり取りだってしたいのよ」
人間は無駄な行為が好きだということも、この時初めて知った。毎日来るんだから手紙なんて必要ないと思う。ルーナーは、そう思ったけれど、そうは言わずに、誕生日プレゼントを何するかだけ決めた。
「明日は誕生日だから、いつもより少し早く帰るわ」
誕生日は家族とお祝いをする。当たり前のことを言っているサンに、ルーナーは少し寂しさを覚えた。なんて返せばわからずに、少し黙り込む。
そういえばルーナーが、最後に誰かの誕生日を祝ったのはいつだっただろう。思い出せずに、ルーナーは黙り込んだまま考えていた。
横に分けていた黒い髪の毛が、俯いた拍子に耳から落ちる。
サンは小さな手で、ルーナーの髪の毛を直す。そのまま頭をポンポンと撫でる。
「代わりに今日は長く居させて。お母さんたちには、友達が誕生日をお祝いしてくれるって伝えちゃったから」
サンは悪戯っぽく笑う。人間の子供は相変わらず自分勝手だ。お祝いするなんて言ってない。なのに勝手にルーナーの予定を決めてしまった。
「……しょうがないな。ちょっと待ってて」
ちょっとだけ、嬉しさを隠せないことが恥ずかしかったルーナーは、サンを見ずに席を立った。ただ、サンの笑い声を聞く限り誤魔化しは失敗したようだ。
大人としてのプライドはちょっと減ったけれど、初めて友達の誕生日をお祝いできることが、ルーナーには嬉しかった。早くその気持ちを伝えたくて、用意したプレゼントをしまってある寝室まで早足で歩いて行った。




