知らない人じゃない
サンにルーナーの生活が侵略されてから一か月が経った。ルーナーにとって一か月なんて、目をつぶってあけたら過ぎていたくらいあっという間のはずだった。
ただ、なぜか、サンがいると時空間が歪んでるみたいだ。ここ一か月は、数百年ぶりに長く感じた。
「ルーナー、聞いて! サン、背が伸びたの! ミシャや、アリアより高くなったのよ!」
驚いて、ルーナーはカップを落としそうになった。相変わらずサンの入れるお茶はぬるいとはいえ、溢すのは避けたい。
「身長が伸びたってこと? ど、どれくらい?」
「そう! たくさんご飯を食べたからかしら? 五センチは伸びたわね」
(なんてことだ。人間は一か月で、そんなに身長が伸びるのか!)
このペースなら、人間は一年でルーナーより大きくなるはずだ。なんて恐ろしいんだ。子供は適当な発言をよくすることを、ルーナーは知らなかった。サンから得た適当な情報は、こうして誤った知識としてルーナーの日常を彩っていく。
「そんなに早く大きくなって、どうするんだ」
「早く大きくなった方がいいに決まってるわ。今だって、かくれんぼしか、お兄ちゃんに勝てないのに」
「かくれんぼ?」
かくれんぼに勝ち負けがあることを知らないルーナーは、思わず反応してしまった。隠れた人を見つけるゲームという知識が正しいなら、勝敗の判定方式が難しいはずだ。
「この廃墟に隠れると、お兄ちゃんはサンを見つけられないの。ここに来て初めて勝った時、思わず泣いてしまったもの」
「それは……」
(……あの初めて不法侵入した日のことか)
勝手に人の家を廃墟と呼んでいるのも、あんなに泣いていた理由が兄に勝ったからなのもツッコミを入れたいけれど、それより今もサンの兄が彼女を探しているかもしれないということがルーナーは、気に掛かった。
家族というものは、家族を心配するはずだ。勝手に押しかけて寛いでるサンを棚に上げて、ルーナーが責められたらたまったものではない。やんわりと、もう此処には来ない方がいいと、そう伝えよう思って、ルーナーは言い淀んだ。
口を開いて、言葉がわからずに、ため息になる。そんなルーナーの様子を見て、サンは喋り出した。
「でも、大丈夫よ。この廃墟に住んでいる吸血鬼が、夜な夜な人を食べるって噂は嘘だったんだから」
心外だ。そしてプライバシー侵害でもある。確かにルーナーは吸血鬼だけれど、夜な夜な人なんか食べない。何より、ひっそりと暮らしていたルーナーが、大多数に知られる有名人となっていたのにも衝撃を受けた。
何て言ったらいいかわからず、ルーナーは黙り込む。本はたくさん読んで知識は知っているけれど、自分が会話をして、何て返せばいいか、何を伝えればいいかわからない。
(きみは、吸血鬼のことを知っていて)
「それで、なんで、ここに来てるの」
ルーナーが見ることができない、太陽の下がよく似合う人間の子供。家族も心配するほど、サンを愛している。昼間の空のような瞳が、不思議そうにこちらを見た。
サンが黙り込むと、当たり前のようにルーナーの側にあったはずの沈黙が肌を刺す。ルーナーは思わず胸に手を当てた。
「何を言ってるの? ルーナーはサンを食べないでしょ? 吸血鬼でも、引きこもりでも、サンの友達だから遊びにくるの」
(そんな、きみは僕を引きこもりって思ってたのか)
いや違う。吸血鬼って知ってたのか。人の顔を見るのが苦手なルーナーだったけれど、思わずサンを見つめた。サンはにっこりと、笑う。太陽みたいな笑顔だと思った。
「サンは、友達を差別しないわ。自分と違うからって、友達にしないのはイジメだもの」
人間の子供の常識は、ルーナーの心に少しだけ何かを残した。




