返品できない友達
ルーナーの友達は、返品不可でありクーリングオフ対象外だった。あれから毎日、夕暮れ前の時間から月が昇るまでの三時間、サンはルーナーの時間を容赦なく奪っていった。
おかげでルーナーは一週間寝不足だった。
唯一の良いところは、二十一時間分サンの会話に付き合ったため、間違うことなく店主とコミニュケーションが取れ、無駄な買い物をしなくなったことくらい。
「ルーナー、毎日夕方まで寝てるなんて、お母さんやお兄ちゃんが知ったら怒られるのよ?」
今やサンは我が物顔で屋敷の中の寝室まで入ってくる。ノックもせずに、ベッドで寝てるルーナーの顔を覗き込んでくる、昼間の空のような瞳を見て、ルーナーは眉を少しひそめた。
(それより、知らない男の家の寝室に入ってることを知った方が、きみの保護者は怒ると思うよ……)
布団で顔を隠して無視しても無駄なことは二日で理解した。押し付けられたルーナーの友達は、にっこりと笑って布団を剥がしにくる。
「ルーナー、今日は一緒に何して遊ぶ?」
「わかったから、まずさ、……着替えさせてよ、サン」
勝手に入ってきた蝉は、もう死んだ。サンもすぐ死ぬはず。ルーナーにとっては瞬きするくらい、一瞬で死ぬんだ。仕方ないから、サンが飽きるか死ぬまで。それくらいまでは、ルーナーが我慢することにした。
ルーナーが、シルクの寝巻きからとりあえずシャツとスラックスに着替えていると、サンは既にここ一週間で勝手に整えられた応接間で、勝手にカップを使ってお茶を飲んでいた。
「ルーナー、遅いわよ。せっかくルーナーのために入れたお茶が冷めちゃったわ」
(頼んでない)
文句は言わない。言っても意味がないからだ。理解してもらえない言葉を話す時間は、無駄なだけ。ルーナーはサンの向かいにあるソファに座ると、その冷めたお茶に口をつけた。それだけなのに、サンは嬉しそうににこにこと笑う。
「今日はお兄ちゃんとお母さんは帰りが遅いの。だからいつもより、長くここにいれるわ。嬉しいでしょう?」
「……」
なんて前向きな子なんだろう。ルーナーは無言でお茶を飲みながら、サンをチラッと見た。金色の、太陽みたいに輝く髪の毛が、シャンデリアの輝きを反射している。血色の良い頬は、いつも柔らかそうに微笑みを作ってる。愛されることを当たり前だと思っている、向日葵みたいな女の子だ。
「ルーナーは、夜ご飯は何を食べてるの? サンはお肉の入ってないシチューよ。仕方がないの、そこまで贅沢できないんだって」
サンは本当に何でも話す。サンの家の人は、見ず知らずの奴が夜ご飯のメニューから、家計の苦しさまで知っているとは思ってないはずだ。ルーナーは、サンの家の人に、少し同情した。
「ルーナー、夜ご飯がないなら、サンが、作ってあげようか?」
「いいよ、それくらい自分でできるから」
「でも、サンはルーナーが、何かを食べてるのを見たことないから、心配」
「僕は人前ではご飯なんて食べない」
「ええ! みんなで食べるご飯は美味しいのに!」
うるさい奴だ、とルーナーは思った。みんなでご飯なんて、吸血鬼には無理な話だ。みんなが豚や牛を食べてる横で、その血液をグラスに入れて、乾杯しろって?
「ルーナー、サンはルーナーと、ご飯食べたいわ。知ってる? 友達同士は一緒にご飯を食べるものよ」
(そんなのは、法律で決まってない)
「ルーナーも、サンと一緒に食べると楽しいと思うの」
「僕は、人とご飯を食べると、緊張して吐くんだ」
サンの昼間の空のような瞳が大きく見開かれる。ルーナーは気まずくなって、目を逸らした。嘘は言ってない。人の、ご飯を食べると、吐くんだ。
あんなにうるさかった、サンの声が消えた。なんか、滑ってしまったかのような気がして居た堪れない。ルーナーは、友達の誘いを断ることに慣れてなかった。
サンが立ち上がる音が聞こえた。ルーナーがサンを見ようと顔をあげたら、駆けっこが得意な女の子は目の前に来て、ルーナーをぎゅっと抱きしめた。
数百年ぶりの、他人の温もりだった。
「ルーナー、そんな辛い思いをしていたなんて! ごめんね。ごめん。大丈夫よ」
サンは自分より大きなルーナーの背中をトントンと叩いてくれる。落ち着かせるために、サンの家族がよくやってるんだろう。心臓の鼓動と同じスピードで、トントンと、ゆっくり叩く。
「大丈夫よ、ご飯を一緒に食べれなくたって、サンはルーナーの友達だから。ずっとそばに居るわ」
(なんなんだ、いきなり)
抵抗しても無駄だから、ルーナーはいつもサンの好きなようにさせていた。今回もサンが満足するまで、抱きつかせている。
「安心して、大丈夫よ、ルーナー。大丈夫だから」
(……なんなんだ、本当に)
ルーナーは、抱きついてくる温もりを自分からは決して触れなかった。




