何度でも、あなたを探すわ
ルビーのネックレスは、蝋燭の光を受けて、赤く輝いていた。サンは吸い込まれるように、ネックレスを眺める。
「太陽の石って言われているんだ」
ルーナーがそう言った瞬間、サンの中で、何かが引っくり返った。
太陽の石。ルーナーの、赤い瞳と、同じ色。サンが大好きな色だ。
――足がすくんで、動けなかった。吸血鬼に、食べられるんだと思った。
忘れたふりをしていた記憶が、蝋燭の炎みたいに、ゆらりと揺れて戻ってきた。あの日、初めてこの屋敷に来た時のことだ。扉が開かなくて、うるさい虫と一緒に泣き叫んだ、あの日。
サンはずっと、あの日のことを「かくれんぼに勝って泣いた」と、ルーナーに言い続けてきた。本当は違う。本当は、怖かった。ただ、それだけだった。
なんで、今、思い出すんだろう。
「サンの命を守るものだから、我慢して」
ルーナーの声が、少し遠くに聞こえた。気持ち悪いだろうけど、と申し訳なさそうに言うルーナーを見て、サンは慌てて首を振った。
「気持ち悪くないわ! 太陽の石なんて、ルーナーにピッタリだと思っただけよ」
言い終えた途端、涙が出た。
止まらなかった。
「サン、サン、泣き止んで。なんで泣いてるの」
困った声で名前を呼ばれる。いつもなら、すぐに「大丈夫」って笑えるのに、今日はできなかった。ネックレスを握った手が、震えていた。
「違うのよ――ルーナー、わたし、嬉しいの」
嘘じゃない。嬉しいのも、本当だった。でも、それだけじゃなかった。五年間、ずっと言えなかったことが、喉の奥からせり上がってくる。
「ルーナー、わたし嘘をついていたの」
ルーナーの手が、サンの頬に触れた。ハンカチで、涙を拭ってくれる。壊れものを扱うみたいな、優しい手つきだった。
「わたし、初めて、この屋敷に来た時、かくれんぼに勝ちたくて、絶対に入っては、いけないって言われた、ここに入ったわ」
声が、うまく出なかった。息が切れて、言葉が途切れ途切れになる。それでも、今、言わなきゃいけない気がした。
「お兄ちゃんに、勝てたから、泣いたって、嘘よ。怖かったの。足がすくんで、動けなかった。吸血鬼に、食べられるんだって」
ルーナーの顔が、サンにはよく見えなかった。涙で滲んでいたから。それでも、驚いた顔をしているのが、なんとなく分かった。
当たり前だ。五年間、一度も言わなかったんだから。
「ルーナーが、現れた時、ルーナーの瞳を見て、太陽だと思ったわ」
あの日、階段の手すりに寄りかかり、立っていたルーナーを見上げた瞬間のことを、サンは今でも覚えている。怖くて、震えていたはずなのに、その赤い瞳を見た瞬間、安心した。朝焼けの色が綺麗で、ああ、これでサンは助かったと思ったのだ。
「お父さんが死んで、みんな、泣いて、朝まで、泣いて、その時見た、朝焼け、みたいな、とても、綺麗で」
あの朝焼けと同じ色が、目の前にあった。そのとき、サンは何故かルーナーをやっと見つけたと思った。だから、追いかけた。名前を知りたいと思った。
ルーナーが、隣に来てくれた。膝をついて、背中を優しく叩いてくれる。トントンと、規則正しいリズムで。心臓の音みたいだった。
跪いたルーナーを、見下ろす形になる。いつの間にか、サンはそれほど大きくなっていた。それがとてつもなく寂しかった。ルーナーだけが、変わらない。
「家族を、慰めてくれた、太陽みたいな、綺麗な色の瞳だと、思ったの」
あの日から、ずっと。この瞳が、サンの太陽だった。
「出会うまで、吸血鬼を、怖がってて、ごめんなさい」
やっと言えた。五年越しの、ちいさな謝罪だった。
しゃくり上げながら、サンはネックレスをぎゅっと握りしめた。ルビーの角が、手のひらに食い込む。それでも、離したくなかった。
落ち着いてきた息の合間に、サンは、ふと、ずっと胸に抱えていたもう一つの恐怖のことを思い出した。兄の結婚が決まった時に気づいた、あの、時間の違い。
「ねえ、ルーナー。今日、宣誓するのよ。神様に」
「うん、聞いたよ。髪の毛を燃やすんだろう?」
「それとは別に。ルーナーにも、誓わせて」
サンは、涙で濡れた顔のまま、ルーナーを見た。ちゃんと、目を見て言わないといけない気がした。
「ルーナーは、ずっと死なないでしょう。わたしは、いつか死ぬわ」
言ってしまってから、少し怖くなった。ルーナーが困った顔で笑おうとしたのが見えたから。でも、ここでやめたら、きっともう二度と言えない。
「でもね、わたし、決めたの。もし生まれ変われるなら、何度でも、ルーナーを探すわ」
これは、サンなりの、答えだった。時間が違うことは、変えられない。サンが先に大人になって、先に死んでしまうことも、変えられない。
それでも、終わりにしたくなかった。
「何百年かかっても、何回生まれ変わっても、絶対にあなたを見つけ出す。それで、また友達になるの。約束よ」
子供っぽいと、自分でも思う。生まれ変わりなんて、本当にあるのか、サンにも分からない。それでも、こう言わずにはいられなかった。
「約束、守ってくれる?」
サンは、震える手で、小指を差し出した。ルーナーが、少し困ったように、でも優しく笑ったのが見えた。
「……わかったよ。僕も、待ってる」
二人分の小指が、絡まる。
それだけの、小さな約束だった。でも、サンにとっては、この夜一番、大切な誓いだった。
この人が、太陽だ。ずっと、そう思ってきた。
だから、サンは絶対に、自分の太陽を追いかけ続ける。




