同じ時間を過ごせないなら
サンにとってルーナーは、実は唯一の友達だった。普通友達は学校で作ったり、母親の友達の子供を紹介してもらったり、兄弟の友達と仲良くなったりしてできるものだ。でも、サンは学校に行けないし、母親も兄も忙しく働き出したので、一緒に遊べる友達はできなかった。
平気だった。サンは健康だったし、母親も兄もいる。何もない人たちに比べればなんてことない。意地悪する人たちもいるけれど、そんなのは無視するだけでいい。
サンは嫌いなものや意地悪な人たちのために時間を使いたくなかった。
そんな中で出会ったのが、ルーナーだった。
初めてできた友達は、また遊びに来ていいかと聞いた時に、頷いてくれた。サンはそれが本当に嬉しかった。初めて自分の居場所ができた気がした。
家には家族がいたけれど、本当に働き詰めだったから、疲れ果てた二人に遊んで欲しいなんて言えなかった。
だけど、ルーナーは毎日サンの遊び相手をしてくれた。最初は反応が薄かったけれど、サンを見て話を聞いてくれるだけで十分だった。
それなのに、ルーナーはサンにたくさんのものをくれた。さりげなく、自然に、それでいてサンのことを考えたものだった。
初めての誕生日には、お金持ちしか持つことの許されなかった絵本を贈ってくれて、字の読み方や書き方も教えてくれた。それだけでなく、毎年誕生日には、『誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう』と書かれた手紙もくれたのだ。
紙は高級なものなのに、サンが手紙のやり取りをしたいと言っただけで、毎回用意してくれた。
「ねえ、ルーナー、誕生日のお祝い、ルーナーのもしたいの。本当に覚えてないの?」
サンの誕生日をお祝いした後に、ルーナーに聞いたことがあった。だけど、やっぱりルーナーは自分の誕生日を覚えてないからお祝いはしないと言ってきかなかった。長く生きてるからか、ルーナーは時折頑固だ。
「サンの誕生日をお祝いできるだけでいい」
そう言って太陽みたいな赤い瞳を細めるルーナーは、サンが知る中で一番優しい人だった。だからサンは自分の誕生日のお祝いの日には必ずルーナーの誕生日もお祝いした。
最初のプレゼントには、絵を描いて渡した。字がまだ上手く書けなかったからだ。青空の下、サンとルーナーが並んで笑ってる絵だった。我ながら上手く描けたと、サンは思った。
受け取った時ルーナーはしばらく無言だったし、その後に絞り出すような、「ありがとう」の言葉に、一生懸命描いた絵はあまり嬉しくなかったのかと落ち込んだりもした。
次の日に応接間の片隅に額に入れて飾られているのを見た時に、心底安心したほどだ。
次の年には、ルーナーが外で見ることができない夏の花をたくさん摘んで押し花にして渡した。ルーナーがくれた大きな紙一面にお花を貼って用意したので、作るのは時間がかかった。
ただ、受け取った時のルーナーの嬉しそうな反応は忘れられない。珍しく満面の笑みで、足早に部屋の奥から図鑑を引っ張り出して、一緒に何の花かを勉強したほどだ。それも次の日には額に入れて飾られていた。
三回目のサンの誕生日のお祝いの時には、母親から教わったパッチワークで膝掛けを作った。余った布をセンスよく縫い合わせるのが難しかったけれど、もらった後、ルーナーはすぐに応接間のソファに掛けて飾ってくれた。
「このままだと、この部屋がサンの画廊になるね」
「任せて! お客さんからお金を取れるくらいの実力になるつもりよ」
サンがルーナーにプレゼントできるものは少なかった。けれど少しでも感謝の気持ちを伝えたくて、時間が許す限り手作りのものをプレゼントした。
就職することになった時も、ルーナーはサンに字を教えたり、知識を教えて助けてくれた。そのおかげでサンは周りの子の誰よりも良いところで働くことができたのだ。
だから、サンは家族よりも早く働き先が決まったことをルーナーに教えたし、ルーナーは、誰よりも嬉しそうにしてくれた。
そうやって毎日ルーナーは、サンのそばにいてくれた。出会ってから五年が過ぎる頃には、サンは夕方から夜になる時間に恐怖を感じなくなった。むしろ、その時間はサンにとって一日で一番大切な時間になった。
十五歳の誕生日になると、ルーナーが懐中時計をくれた。月と太陽が刻まれた銀色の懐中時計。ルーナーは「遅刻しないように」と言ってくれたけれど、サンにとっては、ルーナーと一緒にいられる時間を、少しでも長くするために確認する時計だった。
そう思った理由は単純だ。兄が結婚することになった。そのとき、サンははじめて、人間と吸血鬼では流れる時間が違うのだと気づいた。
出会ってからサンは成長した。背だって伸びたし、大人になった。兄のスカイも結婚するほど大人になった。母親は苦労して一人で子供を育てたから、サンが十歳頃よりシワや白髪が増えたと思う。
ルーナーだけが、何も変わってなかった。
サンは大人になる。そして、死ぬ。ルーナーは不老不死だから、死なない。
サンがずっとルーナーの側にいたとしても、そのあとは? サンは死ぬまでルーナーと一緒にいることを選べるけれど、ルーナーはサンが居なくなった後どうなるんだろう。
結婚していなくなる兄のことは寂しかった。けれどそれ以上に、ルーナーとサンが同じ時間を過ごせない事実に恐怖を覚えた。
何も変わらないルーナーの横顔を見ていたら、涙が止まらなくなった。
「ねえ、ルーナー、わたし、ルーナーの絵が欲しいの」
「え?」
「今度サンの絵をあげるから、ルーナーの絵をくれない?」
だから、嘘をついた。サンがルーナーを見て泣いてしまった理由を兄の結婚が寂しいと言った。そして、それを理由に、サンはルーナーにわがままを言った。
「あるかわからないけど……」
「叔父さんに頼んで描いてもらうわ!」
「どうしたの、サン」
画家である叔父に描いてもらって、ルーナーの絵をサンの絵の横に並べようと思った。絵の中の時間は止まっている。現実では不可能なことでも、絵の中ならルーナーとサンは一緒にいられるから。だから、サンはわがままを言った。
「ルーナーは、結婚なんてしないでね。ずっとわたしのそばにいて」
「……僕は、結婚なんて、しないよ」
サンも結婚なんて、しない。それでも大切な人と同じ時間が過ごせないことが、怖かった。だから、ルーナーからもらった懐中時計は、ルーナーとの時間を確認する為だけに使うことにした。
サンが成人する歳の春頃から、異変が起きた。太陽が雲の中に隠れたまま出てこなくなったのだ。正直不安が大きかった。
ただ、ルーナーがサンの体調を気遣ってくれたりお家の庭で野菜を育ててくれたり、そういう姿を見るだけで安心することができた。ルーナーは今のサンとの時間を大切にしてくれている。だから拒否されない限りは、サンは生きていられる時間をルーナーの側で過ごすことにした。ルーナーの一人の時間を少しでも少なくできるように、成人したら一緒に住もうと思った。
「ルーナーが許してくれるなら、家を出たらここに住もうかしら」
それとなく、ルーナーにお願いしてみた。ルーナーは驚いたらしく、手に持っていたお手製のグラタンを落としていた。
「熱かった!? ルーナー火傷してない?」
「いや、サンがここに住むって言うから」
もごもごと口ごもりながら、こちらを窺うルーナーにサンは確信して笑った。これは一押しすれば、許可をくれる時の反応だ。
「家賃は払うわ!」
サンが一生懸命お願いする様が面白かったのか、珍しくルーナーが笑った。太陽のような瞳が優しくこちらを見る。
「何笑ってるの?」
「いや、家賃はいくらにしようかなって考えただけ」
「友達なんだから割引してよー」
払える分ならいくら払ってもいいとサンは思った。少しでも一緒にいられるために。そうしてサンは一緒にいられるための努力をすることにした。
成人の日には、ルーナーの家に住むことを、母親に許可してもらわないといけない。そして、サンの誕生日には、ルーナーに驚くようなプレゼントを用意するのだ。
貯めていたお金を使って、数か月前から用意した。この日のお祝いには間に合わないけれど、きっとルーナーは喜んでくれるはずだ。
ルーナーの家にいくと、すでに食堂はお祝いの料理が並べられていた。雉の丸焼きはローズマリーとベーコンを巻いて黄色いリボンで飾り付けされていた。
太陽が出ない異常現象で、木苺とブドウの砂糖漬けは手に入れるのが難しかったはずだ。チーズとクラッカー、あとは香辛料を入れたホットワインも用意されていた。
食堂は蝋燭の炎が食卓を照らしていて、ハーブの香りが室内を満たしていた。ルーナーは嬉しそうにサンのお祝いの準備をしていた。
「あとは、……人間の成人のお祝いは、何をするんだ?」
「神様に宣誓をして、髪の毛を一房燃やすの。家族の前や、教会でやる人もいるわ」
胸がいっぱいになった。
「ルーナー、なんて素敵なの。綺麗な飾り付け……わたし、感動してる。泣きそうだわ」
サンは、自分のために沢山のものをくれるルーナーを一生大切にしようと思った。そんなサンに、ルーナーは、自分の瞳と同じ、太陽の色をしたネックレスをプレゼントしてくれた。




