知らない人じゃないもん
瞼の裏が、温かい。
サンは、光を感じた。ずっと、真っ暗な夢の中にいたはずなのに。
――ああ、そういえば。
サンにとって太陽は、サンを救う存在だった。
当たり前だ。どんなに落ち込むようなことがあっても、朝が来て、サンを明るく照らしてくれるから。
六歳の時に、サンの父親は死んだ。病気だったって言っていた。元々弱り切っていた身体だったけど、流行病でそのまま亡くなってしまった。
お陰でサンは、六歳にして母子家庭の子供になってしまった。家計が苦しかったらしく、母親も兄もとにかく忙しかった。だから、自分の悩みを話す相手も、喧嘩する相手も、遊べる相手もいない。
六歳ながらに空気を読んで、母親にも兄にもわがままを言えなかった。我ながらものすごい良い子だと、サンは思った。
見た目は六歳だけど、物分かりの良さは五個年上のミシャよりも上だと思う。そんなこと、恐ろしくてミシャには言えないけれど。
ミシャはよく、サンを攻撃してきた。ヒンコウカテイは、国のお荷物だかららしい。ミシャが働いてお金を稼いでいるわけでもないのに、お金があることを自慢してきたりする。サンは理不尽な世の中だと思った。
でも、ある時、国に納めるお金は家族の数によって決まってるから、ミシャもサンも同じだと聞いて、サンは夕ご飯のスープを落としそうになるほどの衝撃を受けた。
その時サンは、ミシャの、自分の家が納めている金額を棚に上げて相手を責める、言ってることとやってることが違う考え方に、関わることをやめた。恐ろしすぎるったらない。
サンは、夜が怖かった。夜の暗くなるまで家にも誰もいなかったからだ。でも、太陽が明るく世界を照らすと知っていたから、お留守番も耐えられた。
一度だけ家族三人で、高いところから飛び降りて、父親に会いに行こうなんて、話していたこともあったけれど。その時も、赤く染まる朝焼けの綺麗さにみんなで明日からも頑張ろうなんて言って笑ったりもした。
そんなわけで、家族が遅くまでお仕事をして、一人寂しい夜を過ごしても、朝が来て太陽がいつもサンを元気にしてくれた。
一人で家族を待つ長い夜が、大切な時間に変わったのは、夏のある日、太陽が沈み始めた頃だった。
サンにとって、この世で一番好きな太陽の次に、夏とかくれんぼが好きだった。いつも一人で遊んでいたサンは、自分を探してくれる遊びを兄とできることをものすごく喜んだ。飛び跳ねすぎて、棚から小麦粉をばら撒いてしまうほどに。
兄には笑われたけど、母親にはしっかり怒られた。サンは母親から逃げるように、かくれんぼを兄と始めた。
「すぐ見つかったら、お兄ちゃんと遊べる時間もすぐ終わるわ! 隠れるなら誰も近づかないところにしないと」
遊ぶ相手がいないため、サンは一人でよく喋るようにした。ずっと無言でいると、なんだか気持ちも暗くなってしまう気がしたから。自分の声だけでも聞こえると、一人でも安心できる。
自作したかくれんぼの歌を歌いながら、サンは誰も近寄らない丘の上の吸血鬼の家にお邪魔することにした。
兄にも母親にも、口を酸っぱくして「吸血鬼は人の肉を食べるから近寄らないように」と言われていたけれど。
吸血鬼だって食べるならご飯をたくさん食べて丸くなってるミシャみたいな子を食べると思うから平気だと思う。
謎の自信を持って、鍵がかかってないサンの四倍はある門扉を開けた。大きな木が何本も生えていて、ここの地方では珍しいうるさい虫が鳴いていた。
こんなに騒がしい空間なら寂しくない。思わず笑みが溢れた。サンは兄に勝つことを確信して、堂々と古びた吸血鬼のお家の扉を開け放った。
吸血鬼のお家は、見たこともないほど立派だった。使い方がわからないほど広い踊り場に、二階もある。家の中に階段があるなんて、サンはおとぎ話の中だけのことだと思っていたけれど、違ったらしい。
小柄な体格で舐められやすいため、常に胸を張って動いているサンでさえ、思わず及び腰になってしまうほどだった。しかも、静かすぎる!
少しは音が欲しかったサンは、一旦戻って得意の木登りでうるさい虫を捕まえて一緒に入り直したほどだった。
ここで兄を待っていれば、兄はサンを見つけられなくて降参するはず。その後サンを迎えにきて、かくれんぼ強いなーって褒めてくれるはず。そこまで考えて、サンは絶望した。
「待って! 見つけられないなら、どうやって迎えにきてくれるの!?」
サンは急いで扉に向かった。一旦兄が探しそうな所にサンの居場所のヒントを書いておかないといけない。ヒントを見て、やっとサンを迎えに来たなら、大目に見てサンの勝ちになる。
少し背伸びして、扉を押す。いったんうるさい虫にはお留守番してもらってる間に出直して――開かない。
「嘘でしょ? なんで!」
押してもダメなら引いてみた。けれど開かない。サンの力が足りないのだろうか。ゆっくり周囲を見渡して、手助けを求めようとして、思い出した。
(ここ、人喰い吸血鬼の、お家だわ!)
サンは自分の寿命を悟り、うるさい虫と一緒に泣き叫んだ。
泣き疲れるほど泣いたのは、たぶん生まれたての時くらいだと思う。十年ぶりにたくさん泣いたので、疲れてしまったサンは、自分を見つめる視線に気がついた。
自分が着ていた黄色のワンピースは涙で濡れている。気にせず顔を服の裾で拭いて、顔を上げた。
踊り場にある階段の手すりに男の人がいた。長い黒髪を後ろで束ねて、赤い瞳でこちらをじっと見つめている人。
童話の王子様みたいに、見たこともないくらい綺麗な顔をしていた。サンは惚けたように、赤い目を見る。
(あれは、太陽の色だわ)
夜が怖くて窓からずっと外を見ていると、必ず世界を照らし出す、朝焼けの色。家族と明日も頑張ろうと笑い合えた、サンの心をいつも支えてくれる赤く綺麗な太陽の色だ。
引き寄せられるように立ち上がって、その男の人の前まで歩く。男の人はサンを見ているようで、見ていない。意識を遠くに飛ばしているのか、サンが動いても反応しなかった。
「ねえ!」
驚いたようだ。太陽の瞳を持つ人は、身体をびくつかせ、大きくした瞳でやっとサンを見た。サンは綺麗な瞳がやっと自分を見たことが嬉しくて、再度声をかける。
「ねえってば!」
二回目の呼びかけで顔を逸らされる。サンは太陽の瞳をもっと見たくて、小走りで駆け寄るとまわり込むように彼の顔を覗き込む。この人の名前が知りたい。
「あのね! お兄ちゃんには、知らない人に話しかけちゃいけないって言われてるんだけどさ!」
サンは兄にそう言われたとき、思った。知らない人の基準までなんで教えてくれないんだろう、と。だから自分で基準を作ったのだ。知らない人と話してはいけないなら、すぐに知っている人になればいいのだ。
「あのね、聞いて欲しいんだけど。サンはね、迷子になってしまったの!」
サンの言葉に、目の前の人はこちらを見た。サンの話を聞いてくれている。反応はくれないし、なんなら逃げ出したけど、きっと人見知りしているだけだ。サンのことを知ったら、怖がらなくなるはず。
「あ! 違うの! 待って! 迷子だから助けてって話じゃなくて、わたしね!」
吸血鬼は必死になって逃げていった。サンは彼に夢中で、一緒に吸血鬼の家に連れてきてあげて、今は黙り込んでいる蝉のことも忘れて追いかけた。
「まず、あなたの名前が知りたいの!」
名前を教えてもらったら、知り合いだ。知り合ってお話をすれば友達にもなれる。サンは、もはや走ってると言っていいくらいのスピードで、逃げ出した男の人を追いかけるのに全力を出した。
何度かこちらを確認してから走っているのを見ると、本気で逃げようとしているわけでもないみたい。
サンはどうしても、綺麗な太陽の瞳を持つ人と友達になりたかった。
「だってね! 名前を知ったら、あなたは知らない人じゃないでしょう? そしたら話してもいいもんね」
相変わらずこちらを窺いながら、それでも逃げる吸血鬼の死角を取る。彼は部屋に篭ろうとしているみたい。仕方がないので、吸血鬼の足元をすり抜けて先に部屋の中に入った。今を逃せば、もう話すことができない気がしたからだ。
大きなベッドがある部屋だった。サンが五人は寝れる。ベッドに乗って、どれだけ高く跳べるのか確認したい気持ちもあったけれど、やめた。
目の前で太陽の瞳を持つ人は、しゃがみ込む。きっと運動不足で疲れたんだと思う。
「ねえ、ルーナー、あなたは一人でここに住んでるの?」
「……」
「サンはね、お兄ちゃんとお母さんと住んでるの! お父さんはお空にいるみたい。薄情よね」
こんなに大きなベッドなら大家族なのかもしれない。もし、こんなに綺麗な瞳を持つ人がたくさんいたら、全員と友達になりたい。
父親が死んでいると言うと、周りの人は気まずそうにする。だから死んでいる父親は、サンを置いてお空に住んでいる設定にしている。そうするとみんな笑ってくれるからだ。
サンは目の前の人に聞きたいことがたくさんあった。いつもここにいるのか、名前はなんて言うのか、好きなものは何なのか、誕生日はいつなのか。吸血鬼は優しくて、聞いた質問には大体答えてくれた。
子供の質問を無視する人は多いのに、全てに反応してくれるなんて中々いない。
彼――ルーナーは、好きなものは読書で、いつもここに住んでいて、誕生日は覚えていなくて、外に出ないらしい。つまり引きこもりと呼ばれる人たちだ。
お金持ちの家にしか存在しない引きこもりを初めてみたサンは、日焼けしていない綺麗な白い肌を羨ましく思った。
「知らない人のさ」
「うん!」
「家に、勝手に入っちゃダメとは、おしえられてないの?」
ルーナーが、初めてサンに興味を持ったようだ。赤い瞳にサンが映ることが嬉しい。大好物のお肉を食べてる時よりも、顔が緩んでしまう。座り心地のいいベッドを、足でバタバタさせる。
もう兄が迎えに来ない恐怖はなくなった。だって。
「ルーナーは、知らない人ではないわ! サンの友達よ!」
お家で一緒に追いかけっこして、名前も知っていて、お互いの好きなものを知っている。ルーナーはサンのお話を最後まで聞いて、ちゃんと返事をしてくれるのだ。それはもう、友達だ。
ルーナーも友達と言われて嬉しいのか、天井を見上げて涙を堪えていた。年下に泣き顔は見られたくないのは仕方がない。
こうして、サンは太陽みたいな瞳の、引きこもりで心優しい、吸血鬼の友達を手に入れた。




