同じ時を刻めるように
異変が起きたのは、ルーナーの誕生日の一週間ほど前だったと思う。当日は豪華なメニューにするんだと、誕生日の準備に忙しい冬のある日だった。
「シリウス、私たちはご飯を用意しても食べれないでしょう? それでも成人のメニューを用意したくて」
「……ルーナーにも、ステラの料理の匂いを嗅ぐくらいはできるだろう。どんなメニューにするんだ?」
「ふふ、あのね雉のローストに木苺とブドウの砂糖漬け、チーズとクラッカーも必要なの。私たちは香辛料を入れたホットワインくらいは飲めるから――」
ドンドンドン!
仲良さそうに自分の誕生日の話をする両親を視界の端に入れていたルーナーは、必死に扉を叩く音に顔を上げた。一階の踊り場から吹き抜けて繋がっているため、来客の存在もすぐにわかる。ステラが何かしら? と席を立った。シリウスが自然にステラの手を取って、二人は踊り場に降りていく。
ルーナーは時計を見た。人間は夜には活動しないはずだ。既に時計は夜の九時を回っていた。席を立ったルーナーは不審に思い、二階から玄関を覗き見る。
来訪者は二人組の男性だった。ステラに恭しく礼をすると話し出す。
「ステラ・フォン・アルデバラン――第四王女殿下、可及速やかに王宮に来てください。スピカ・フォン・アルデバラン第三側妃殿下の、あなたのお母君様が、危篤です」
「そんな、お母様が」
口に手を当てて絶句する母親を見て、ルーナーは、母親がこの王国の王女だったことを、初めて知った。
その日の喧嘩は酷いものだった。ルーナーの部屋の隣にあるシリウスの執務室では、聞いたこともないような母親の金切り声が響いていたからだ。いつもならすぐに折れるシリウスも、聞いたこともないような切実な声で怒っていた。
「シリウス! わたしはあなたたちも愛しているけれど、お母様も、愛しているのよ! 病弱だったわたしを命懸けで守ってくれたわ!」
「人間の罠に決まってる! 君が吸血鬼になった途端、万能薬の血を求めて、今度は研究所まで来いって? いずれ死ぬ人間のために、君がそこまでする必要はないんだ!」
何かが割れる鋭い音が響いた。ステラ! と焦るシリウスの声が聞こえる。
「いずれ死ぬから、少しでも長く生きていて欲しいんじゃない! 長く生きられるから、命の尊さを、あなたはわからないのよ!」
「命の尊さならわかるさ! 俺は君を、ステラ、君とルーナーを失うことを考えると……」
「シリウス、お願いよ」
「無理だ、行かせられない、失うことが……怖いんだ」
ルーナーは、両親の確執が深まっていても、何もすることができなかった。
深夜になった頃、そろそろ寝始める時間になって、ルーナーの部屋にステラが訪ねてきた。
「母さん? どうしたの?」
「ルーナー、誕生日まであと一週間もないでしょ? お母様が、ルーナーにプレゼントを用意したのよ」
「母さんが? 何だろう」
楽しそうに笑う母親の顔を見て、ルーナーは安心した。誕生日のプレゼントなんてどうでもいいと思うくらいには。
「見て、これは、お父様とルーナー、お母様とお揃いなのよ」
「懐中時計……?」
そこには銀の月と太陽の模様が刻まれた、手のひらより小さな時計があった。ステラは嬉しそうに笑う。
「王国にはね、時計は同じ時を刻めるようにって意味で、大切な人に贈るものなの」
「そうなんだ。でも何で今? 誕生日はまだ先だけど」
「そうよね。誕生日当日も必ずお祝いするけれど、もし間に合わなかったら大変じゃない」
懐中時計をゆっくりとルーナーの首にかけたステラは、ポケットからもう一つ同じ時計を出して、自分の首にかけた。
「愛しているわ、ルーナー。あなたは、必ず幸せになれる。お母様が神様にお祈りするからね」
「母さんも、幸せにならないと」
もちろんよ、そう笑って、ステラは背伸びをするとルーナーの額に唇を落とした。もうすぐ十六になるルーナーは、そんな母親の行動が恥ずかしくて、すぐに扉を閉めてしまった。
「ルーナー! ステラを知らないか?」
夕日が沈む頃、ゆっくりと起きたルーナーの部屋にシリウスの切羽詰まった声が響いた。まだ寝足りなかったけれど、聞いたこともない父親の声にルーナーは身体を起こした。
既に部屋に入ってきていたシリウスは、珍しく乱れた髪をそのままにして、焦ったように続けた。
「ステラがいないんだ。執務室に懐中時計が置かれていただけで、書き置きもない」
「ああ、深夜、僕の部屋にみんなお揃いの懐中時計をプレゼントしにきたけど」
最後まで聞かずに、シリウスは、足早に外に出た。様子のおかしい両親を見て、ルーナーは急いで着替える。部屋から外に出ると、一階の踊り場では、言い争う声が聞こえていた。
「今は忙しいと言っている! 今度にしてくれ」
「ふざけるな! 人狼の村が王国の軍によって今も襲われてる! 魔女狩りも解決していないのに、これも後回しにするつもりか?」
いつのまにかジンが来ていたようだ。銀色の髪がシャンデリアによって光り輝いていた。そして、その隣には獣のような金色の瞳をした男がいた。
「シリウス、お願いだ。人狼だけでは王国の軍に対抗できない! 王国の国王を殺してくれ! 今も村が焼かれている……仲間が死んでいるんだ」
「悪いが、俺はもう、人外の面倒を見れないんだ。何度も言っているだろ? ステラの家族を殺せない」
息を潜めて様子を窺っていたルーナーは、シリウスの発言の意味を理解するより早く、ジンが巻き起こす冷気に息を止めた。
「お前、気でも狂ってるのか! たかが人間の女一人のために、仲間を見殺しにするのか!」
「その話は後だ! 今はステラを探さないといけない」
「あんな女放っておけ! ジャックがわざわざ助けを求めに来ているんだぞ」
「わかった、ステラを探したら、村にいく! だから、もう帰ってくれ!」
シリウスとジンはしばらくの間睨んでいた。ジンは視線を感じたのか、二階の吹き抜けから自分を見ているルーナーを一瞥し、諦めたようにジャックと共に帰っていった。




