あいつがシリウスをダメにした
ジンの手元には氷の剣がある。しかし、おかしな話だ。わざわざ大気を集め続けないと氷の剣が維持できていない。
「氷のドラゴンが、太陽を食べるなんて、死ぬ気だったの?」
ぶわっと殺気が広がる。突風が起き、雪が舞う。ルーナーはそれでも動かず、ジンを見据えた。黒髪が白い世界で揺れていた。
「そうだよ。死んでもいいほどの決意でやったんだ。人間を滅ぼすためにね、だから」
ジンは、氷の剣を掴み、ルーナーに向かって振り上げた。しかし、ルーナーは、軽く腕で剣を防ぐ。弾かれた氷剣が、風を切る音をたてて地面に落ちる。
「邪魔だけはしないでくれ。ルーナー・ヴァン・ルージュ」
しばらく無言が続いた。お互い譲れないものを守るため、相手を睨み続ける。
「……おかしな話だね」
先に口を開いたのはルーナーだった。
「ジン、お前は、父さんと母さんを見捨てた。それなのに今更太陽を食べて人間を滅ぼすなんて」
ジンは遠い昔を思い出すように、しばらくルーナーを黙って見つめた。
「お前は、人間の欲望によって殺された両親を助けようともせず、そのまま見捨てた。それなのに、今になって、人間を滅ぼすだと?」
「違うだろう。先に俺たちを見捨てたのは、シリウス・ヴァン・ルージュ。当時の王だったはずだ」
ルーナーは、黙り込む。正直、当時十六歳だったルーナーは、その時の記憶が朧げだった。覚えてるのは、人間の欲望によって、父が死に、母が後を追ったことだけ。
「知らないのか? お前の父は、人外の王だったんだぞ」
そうだ。シリウスは、偉大なヴァン・ルージュの最高傑作。ルーナーは、小さく息を吐いた。白い息が霧散する。
「王は、お前たちドラゴンだろう」
「普通はそうだな、ただ――シリウスは強大だった。吸血鬼なのに、ドラゴンよりも強く、気高く、人間どもから俺たちを守れるほど」
初めて聞く情報に、ルーナーは警戒するのを忘れて、ジンを見た。ジンも、ルーナーの警戒が解かれたのを見て、一瞬視線をアイリスに移す。
「シリウスは、人間が無意味な称号のためにアイリスを殺そうとしたのを助けた。王国の軍を壊滅させてくれたんだ」
「父さんが……? ありえない」
「お前からしたらそうだろう。俺たちとしては、お前の存在があり得なかったけどな」
ジンは、氷に包まれたままのアイリスを、そっと触れる。何よりも大切なものだと、その手つきだけで分かった。
「隣の国の国王を殺したのもシリウスだった。あいつほど、人間を嫌ってる奴はいなかった。だから、俺は、人外の王として、あいつを認めた」
ルーナーはジンの口から聞かされる真実が理解できずに、黙り込むしかなかった。
「あいつがいれば、いずれ人間は滅ぶ。そう信じていたのに――」
雪が降り積もる。ジンの身体に触れる前に消える。その光景を見ていたルーナーは、強い憎悪でこちらを見るジンに気づくのに、少し遅れた。
「ステラ、あの女。あいつがシリウスをダメにした」
「勝手に呼び捨てにしないでくれ」
「ハッ。そう言われても仕方ないだろう。王国の国王を殺して、この国も壊滅させようってやつが、一人の女を連れて帰ってきて、お前まで生まれた!」
そう。ステラ。ステラ・フォン・アルデバラン。ルーナーの母親は、アルデバラン王国の王女――人間だった。




