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最後の吸血鬼は、太陽を取り戻す  作者: さかさき まる
第二部 太陽を探す吸血鬼

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僕は太陽を取り戻しに行くよ


 ジャックは、ルーナーの目を見て、ふと動きを止める。この必死さ、この目――昔、シリウスが人間を庇って、同じように周りが見えなくなっていた時のものと、重なった。背筋が凍る。狂ったヴァン・ルージュを見ていた人外にとって、ルーナーの深い紅い瞳は恐怖でしかない。


「……くそ。放せ。放せよ」

「ジンは、太陽に近づくのも難しかったはずだ」

「そうだよ! ジンがどれだけの犠牲をはらったと」

「なら、相当弱ってるはずだね」


 ジャックは、首を絞めるルーナーの手を握って抵抗していた。その手が、動揺のあまりぴくりと動いた。


 ルーナーは、それを見逃さなかった。


「図星か」

「……だからどうした」


 ルーナーは、明らかに動揺し出したジャックをみて、口元だけ笑う。それは、相手を威嚇するような笑みだった。


「ジャック、わざわざ来てくれてありがとう。初めてお前にいい感情を持ったよ」

「てめえ、バカにしてるのか? そんなこと言ってもジンの場所なんか教えねえ」

「氷のドラゴンが身体を休める場所なんて一つだろ?」


 ジャックの首から、ゆっくり手が離れる。ルーナーは視線を北に向けた。


「北の、氷の大地だ」


 ジャックは、忌々しげにルーナーを睨みつけたまま、それ以上何も言わなかった。


「そもそも、お前の手紙のせいで、こっちの世界は大騒ぎだった。太陽のない世界にヴァン・ルージュが戻ったなんて、脅しにしか聞こえなかった」


 ジャックが、吐き捨てるように言う。仲間に、これ以上手を出させないために、自ら様子を見に来たのだろう。ルーナーは、それに答える気もなかったし、義務もなかった。もう、これ以上ここに用はない。


 窓枠に足をかけ、ルーナーは一度だけジャックを振り返った。


「別に、お前たちに用はないよ」

「……信じられるか、そんな言葉」


 それだけ言い残し、ルーナーは夜の闇へと飛び出した。振り返ることはなかった。




 北の氷の大地は、遠い。普通に行けば数か月はかかるだろう。サンの猶予がいつまであるのかわからない不安から、少しでも急がないといけないという焦りが、そのまま行動に出た。

 いつ帰れるかわからないから、ルーナーは最後にサンの様子を見に行くことにした。

 サンの家はやはり、静寂に包まれていた。ただ、夜の鳥であるフクロウが、相変わらず嬉しそうに鳴いている。ホーホーという声に苛立ちが募ったルーナーは、サンの家の前で、そちらを睨んだ。


 バサバサッ!


 フクロウ達は夜の王の怒りに耐えられず、飛び立った。林を揺らす鳥が去っていった姿を確認して、ルーナーはゆっくりとサンの家に入る。

 月の光が入る窓が、暗い室内を照らしていた。この部屋は太陽の温かい光が似合う場所なのに。以前サンが招いてくれたリビングを見て、小さく息を吐いた。


 赤と白のチェックのテーブルクロスが敷かれているテーブル。冬の間使っているであろう、暖炉の上に飾られた額縁に入った絵。サンとスカイと、おそらくその両親。その隣には少し前のサンの絵と、スカイだけとの絵。


 太陽の下笑っている、サンの絵。


 ルーナーは、そっとその絵を持ち上げる。少し埃がかぶっている。いつも掃除されていたようだけど、ここ数日で埃がついたらしい。少しだけ埃を払うと、ルーナーはその絵に見入った。


 サンの笑顔だ。太陽の下、輝くように笑っている。


 ルーナーはその絵を抱きしめた。そのままゆっくり、サンの部屋に行き、扉の前でもう一度、その絵を見た。太陽のような、サンの笑顔。

 小さくノックをしても、返事はない。ルーナーは俯いた。黒い髪の毛が一房落ちる。今は、その髪を耳にかけてくれる相手はいない。目頭が熱くなり、誤魔化すように扉を開けた。

 寝室は静かだった。微かに聞こえるサンの寝息だけが、響く。その音が、サンの寝顔が、ルーナーをさらに追い詰めた。

 欲しいものがある。今一番、いや、生きていて一番欲しいものだ。


「僕は、太陽が欲しいんだ、サン」


 月の光に輝く金の髪を見ながら、その髪にも頬にも触れられなかった。


「僕は太陽(サン)を取り戻しに行くよ」


 小さな、それでいて、切実な声が、静かな部屋に響いた。




 北へ進むほど、世界から色が失われていった。緑が消え、土が凍り、やがて、何もかもが白く塗り潰された。

 月の光だけが、その白い大地に降り注いでいる。氷の表面が幾千もの星屑のように月光を弾き返し、辺り一帯が、淡く発光しているようだった。

 美しかった。けれど、風の音すらしない静寂の中で、その美しさは、どこか痛々しいほど孤独だった。


 これが、おそらく、ジンの縄張りだ。


 雪を踏む足音だけが静かに響く。ぱき、ぱき、と一歩ずつ歩きながら、ルーナーは、ジンのことを思い出していた。

 いい記憶はなかった。

 ジンは、傲慢なやつだったから。他のドラゴンも似たような性格だったから、そういう種族だったんだろう。氷のような薄い水色の瞳で、いつもルーナーや母を見下すように見つめてきた。ただ、父には忠誠心からくる行動を取っていたから、弱者には価値を見出せない奴だったんだと、今になって思った。

 あいつが屋敷に来るたびに、ひどく居心地悪かったことだけは覚えている。


 ルーナーは、ヴァン・ルージュに期待して、それを裏切られたと感じている奴らの気が知れなかった。ルーナーからしたら、父を裏切ったのは、あいつらだったからだ。


 氷の大地は、人類が足を踏み入れることが難しい場所にある。高い山頂に囲まれ、その四方には氷や水のドラゴンが巣を作っているからだ。前人未到の地、だからこそ、寒さを好む人外がそこに根を張って過ごしていた。

 ルーナーの父親も、よく氷の大地に行っていたようだった。人外がこの地に集まり、自分にとって最も価値のあるものを保管している――そう思われても仕方がないほどに。


 ルーナーは辺りを見渡す。山頂を越えてしばらく歩いていたが、気配が一切しない。ジンの縄張りだから、他のものがいないのか? ルーナーは、集中して気配を探るために瞳を閉じた。半径十キロ先には気配が何もない。


 おかしい。


 気配のなさに焦りを覚え、より先に進むために、ルーナーは、風を切るように走り出した。



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