太陽が、僕には必要だから
「ジャック、僕は君に用はないんだ。ジンの居場所を教えて」
ルーナーは突き放すように言った。声音には一切の揺らぎがない。太陽の光が途絶え、世界の温度が急激に下がり続けていても、ルーナーの瞳だけは朝焼けのように熱い。
「ちっ。ジンに会って何する気だ? まさかジンを殺す気じゃないだろうな」
「そんな無駄なことはしない。太陽が戻ればジンに用なんてない」
「なんて、身勝手なやつだ! 太陽が戻ることを望む奴が、今の世界にいるわけないだろ!?」
ジャックは、顔を歪めて叫んだ。魔女もジャックも、太陽を取り戻そうとすると、烈火の如く怒る。
ルーナーは、そんなジャックの怒りを興味なさげに聞き流す。
「……身勝手、か」
ルーナーは静かに呟き、自らの手のひらを見つめた。
陽が落ちてからというもの、皮膚の奥で眠っていた血が恐ろしいほどの熱を帯びて脈打っている。太陽という枷を失った吸血鬼の肉体は、歴史上どんな個体よりも強く、恐れを知らない。
だが、この能力の全てがルーナーにとっては無意味なものだった。
「君たちが何を望んでるかなんて、それこそ、ヴァン・ルージュに関係あるのか?」
「関係、あるに決まっているだろう!」
ジャックは地面を強く踏み鳴らし、牙を剥き出しにしてルーナーに迫った。
「俺たちがどれだけ太陽の下で追いやられ、惨めな思いをしてきたか知ってるはずだろ! ヴァン・ルージュの生き残りなら、この夜を喜べよ! なぜわざわざ、俺たちを苦しめる太陽を引き戻そうとする!」
「僕には、関係ない」
冷ややかな声だった。ジャックの威圧に押されることなく、ルーナーは真っ直ぐに狼男の瞳を見つめ返す。
「世界がどうなろうと、誰が笑って誰が泣こうと、そんなことはどうでもいいんだ」
「……ジンがどんな犠牲を払って、太陽を消し去ったか知りもしないで! 種族の悲願を蹴散らす気かよ……っ!」
「そうだと言ったら?」
ルーナーの瞳が、深紅の輝きを増す。
一瞬のうちに放たれた吸血鬼の威圧に、ジャックの巨体がピクリと跳ね上がり、思わず半歩後退った。言葉の端々に滲む覚悟の重さに、ジャックは唾を呑み込む。
「……狂ってやがる」
ジャックは苦々しげに顔を歪めると、荒い息を吐きながら月を指差した。
「それ以上、近づくなよ。今日は満月だぞ」
身体を大きく震わせながら、ジャックは狼男に変化し出した。
骨が軋み、筋肉が盛り上がり、鋭い体毛が皮膚を突き破ったかのように生え揃っていく。満月の光を浴びたジャックの巨体は、人間だった頃の二倍近くまで膨れ上がり、猛獣の咆哮が夜の静けさを切り裂いた。
「ヴァン・ルージュだろうが何だろうが、邪魔するなら噛み殺す……ッ!」
風が爆発した。
ジャックの振り上げた腕が、空間を切り裂くような音を出す。巻き起こった風とともに、ジャックが地を蹴った。
満月の力で強くなった狼男の速度は風を乗り超え、鋭利な爪がルーナーの首元へ一瞬で到着した。
――ように見えた。
視界からルーナーの姿が消える。
次の瞬間、ジャックの巨体は背後の石壁へと強烈に叩きつけられていた。
「ガハッ……!?」
何が起きたのかすら理解できない。首元を掴んでいるルーナーの手は、微動だにしなかった。太陽を失った吸血鬼の肉体は、満月の狼男すら赤子のようにひねり潰すほどの絶望的な腕力だった。
「時間が惜しいんだ、ジャック」
ルーナーの指が、じわりとジャックの喉に食い込んでいく。深紅の瞳が、暗闇の中でぞっとするほど冷ややかに光っていた。
「吐かないなら、君の喉を握り潰してから、一人で探すだけだ」
喉を締め上げる死の恐怖と、圧倒的な格の差。
ジャックは血走った目でルーナーを見つめ、全身の毛根が恐怖で逆立つのを感じた。こいつは本気だ。種族の悲願も同胞の都合も、何ひとつ考慮する気がない。
「父親、そっくりじゃないか、お前。自分勝手なヴァン・ルージュめ。何のために、太陽を取り戻す?」
「そんなの、決まっているだろ?」
ルーナーは、そのとき初めてジャックを見た。
「太陽が、僕には必要だから」




