力ある者に、無関係でいる権利はない
王国の人間は全員、眠りについたらしい。そして、太陽が消えたのはドラゴンが原因の可能性がある、それだけしかわからなかった。
国外のことはわからない。そこまで確認の時間はとれなかった。動物たちはいつもと変わらず動いていた。人間に飼われていた犬や猫は、おそらく突然飼い主が倒れて混乱しているだろう。
人外についてはわからない。ルーナーは数百年外部との連絡を断っているため、人外などの人類の活動領域も、数も何も分からなかった。
唯一の手掛かりは忘れられた森に、魔女がいることだけ。ルーナーの血液が効かなかったので可能性は低いが、魔女の薬でもしかしたらサンは起きるかもしれない。
ルーナーは王宮の帰り、そのまま忘れられた森に行くことにした。
忘れられた森は、王都から遠く離れた北の方角にあった。その名の通り、誰もが忘れてしまったような最果てにある、鬱蒼とした森だ。北に進むこと、三時間ほど。馬や馬車で行くと三日はかかるであろう場所だったが、ルーナーは休まずに走り続けた。
何百年も吸血鬼としての能力を封印していたため、ここまで活動をしたことで逆に本来の力を取り戻している。吸血鬼としての身体能力が、そのまま元に戻ってきている感覚があった。
ルーナーは森が見えた瞬間、脚に力を溜めて跳躍した。次の瞬間、自分の身長の三倍はある高さの木に飛び乗る。そのまま木の枝にぶら下がり、勢いのまま次の木に飛び移った。少しでも早く移動しないと、サンがどうなるかわからない。
焦る気持ちを抑え、忘れられた森の魔女の住処に向かっていった。
森の奥、一際大きな木の根元に、その小屋はあった。傾いた木造の建物は、蔦に半分ほど呑み込まれている。屋根の煙突からは、細い煙が絶えず立ち昇っていた。
軒先には、乾燥させた薬草の束と、何かの動物の骨が並んで吊るされ、風もないのにカタカタと乾いた音を立てている。その下に掲げられた木製の看板には、「調合承ります」と、丁寧な手書きの文字があった。
窓辺には、様々な色をした小瓶がびっしりと並んでいる。中身が何なのか判別できないものも多く、月明かりを受けて、瓶の中の液体だけが淡く発光していた。
扉の隙間からは、灯りが漏れている。誰かが、まだ起きている。
ルーナーは足を止めて小屋を見つめた。自分以外の存在が動いてることに安堵したからだ。大きく息を吸う。警戒させないように、ゆっくりと扉を叩いた。
コンコンコン
反応はない。そのままドアノブに手をかけた。ゆっくりと扉を開けると、ガチャッと音を立てて開く。ルーナーは、そのまま小屋に入ろうとして、止まった。
顔が見えないほど深く黒いローブを被っている、小柄な、おそらく魔女が立っていたからだ。二メートルはある杖を、ルーナーに向けて立っていた。
「いつから、ヴァン・ルージュは、不法侵入なんて低俗な真似をするようになったの?」
「なに?」
「あなた、ヴァン・ルージュでしょ。最初で最後の吸血鬼」
魔女は、杖を大きく振りかざした。瞬間、突然巻き起こった突風がルーナーに襲いかかった。しかし、ルーナーは片手を右に振り、風の方向を変える。右側にあった窓ガラスが割れた。
「くそ、バケモノめ!」
「いきなり何をする」
「ヴァン・ルージュが来たら警戒くらいするでしょ! 自分が無害なウサギだとでも言いたいわけ!?」
魔女は一歩後ろに下がりながら、吠えた。ルーナーは、警戒心丸出しのその様子にため息を吐く。
「何もしないよ。聞きたいことがあっただけだ」
「ヴァン・ルージュが知らないことを僕が知るわけないでしょ!」
「太陽がなくなった」
その言葉を聞いた瞬間、魔女は一気に後方に下がった。黒いローブで顔が見えなかったが、杖を持つ手が震え、ローブの奥から漏れる息が、浅く、速い。
後ずさった拍子に、踵が何かにぶつかった。魔女は、それに気づく余裕もないようだった。
「だから、何? 脅しにでも来たわけ? ヴァン・ルージュに従えって!」
「従え……? そんな無意味なこと言わない。太陽がなくなった理由を知りたいだけだ」
「理由? 何言ってるの? そんなの子供でも知っている!」
魔女は声を張り上げながら、一歩、また一歩と後ろに下がっていた。強気な言葉とは裏腹に、杖を握る指先は白くなるほど力が入っている。恐怖を隠すために、怒っているふりをしているようだった。
「貴方が動かないから! ジンがやってくれたんだろ!」
「ジンが何をしたんだ」
「ジンは全てを犠牲にした! 僕らみんなのために! だってそうだろう? ヴァン・ルージュが動かないから、世界がここまで歪んだんだ!」
「何をさっきからごちゃごちゃと。僕は太陽が消えた原因を知りたいだけだ」
明確な答えがもらえない。ルーナーは不明瞭な答えばかりよこす魔女に苛立ちを覚え、吐き捨てるように魔女を睨みつける。サンを助けるためには時間がないんだ。八つ当たりを含む怒りに、瞳の色の赤が、深くなる。
「ジャンヌが! 火炙りにされる前に! 貴方たちが、ヴァン・ルージュが! 動いてくれれば! 魔女はここまで滅びなかった!」
「なぜ、僕たちがそんなことをしないといけない」
魔女の声が上擦っていた。虚勢を張るような大声の合間に、掠れた呼吸が混じる。
早口でまくし立てる言葉の端々が、震えを隠しきれていなかった。
「それが、強者の責務だろう!」
震える手で、魔女は杖を振る。突風が再度ルーナーめがけて襲いかかる。しかし、次の瞬間ルーナーは魔女の目の前に移動していた。目的を失った風の刃は、魔女の小屋の扉を無惨な形にする。
壊れ果てた扉を見た魔女は、咄嗟に後ろに下がろうとして、背後にはもう壁しかないことに気づく。
「僕には無関係な話だ。早く教えてくれ、なぜ太陽が」
「力ある者に、無関係でいる権利はないんだ! 無関係なはずはないん、だ」
魔女はそう叫びながら、とうとう泣き崩れた。ルーナーは、怒りを押し殺した声で話す。
「……お願いだ。太陽が消えた理由を教えてくれ、助けたい人がいるんだ」
「今更、助けたい人が、いるだと?」
「なぜ太陽は消えたんだ? ジンが何をしたんだ」
ルーナーは必死に問いかける。しかし、魔女はこちらを見もしない。俯く顔はローブで隠れていたが、ポタポタと落ちる雫から、魔女がどんな顔をしているか想像ができた。
「助けたいって、何、誰のこと? まさか人間なんて、言わないよね」
「それがどうした」
「馬鹿じゃないの、人間? あの悪魔たちの、せいで、僕たちが、どれだけ苦しんだか、貴方が一番知ってるでしょ!」
腕で涙を拭く。魔女は泣きじゃくりながらも、初めてルーナーを睨みつけた。初めてローブの下にある顔が見えた。海のような青い瞳が、涙で濡れていた。
「僕の妹を返せ、薄汚い、人間ども」
なぜ太陽が消えたのか、太陽が消えることがなぜルーナーの責務になるのか、取り乱す魔女からは、とうとう何も聞き出すことができなかった。




