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最後の吸血鬼は、太陽を取り戻す  作者: さかさき まる
第一部 太陽が嫌いな吸血鬼

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13/33

太陽の石をきみに



「ルーナーの絵はいつもらえるの? わたし、誕生日プレゼントはそれがいいの」

「わかったよ、探しておくから……」


 サンの誕生日が近くなってきた。夏なのに曇り空は続き、春よりも肌寒くなっている。人間世界は異常気象に怯え、王国の貴族たちも対応に追われているらしい。

 市場で売られる野菜や果物も減った。夏なのに暑くならないことが人間の不安を煽り、薪などの買い占めが起こっているらしい。ルーナーの屋敷にはそういったものが腐るほどあるので、サンには融通していた。

 それが理由なのか、はたまた元来の能天気さが原因なのか、誕生日プレゼントのおねだりをにこにこと嬉しそうにしている。晴れ間のないこの国で、サンの笑顔は唯一の晴れ間のようだった。

 明日はサンの誕生日だ。サンは初めて誕生日を祝った日から、ずっと前日の夜遅くまでルーナーの屋敷にいることになっている。今日も仕事からそのまま来て、定位置の応接間のソファに座った。ルーナーは、サンにお茶を出したあと、キッチンに向かう。


(まさか、自分がこんなに狩が上手いなんて知らなかった)


 いつも適当に狩りをして、そのまま血を飲んでいた。獲物を狙って狩ったことはなかったので、成人のお祝いに出すために立派な雉を手に入れるのに苦労した。

 羽をむしった後、ローズマリーとベーコンを巻いてオーブンに入れていたので、もう焼きあがってるはずだ。本来なら雉の羽で飾り付けもするようだけれど、サンは生きた鳥が嫌いなようなので、黄色いリボンで飾り付けをした。

 木苺とブドウの砂糖漬けは手に入れるのに苦労したし、チーズとクラッカー、あとは香辛料を入れたホットワインも用意した。成人のお祝いなのでアルコールを少し飲むくらいはいいはずだ。

 銀のワゴンに料理と飲み物を乗せて、食堂に運ぶ。料理が冷めないように、足早にキッチンを出た。

 食堂に着くと、普段つけていたライトの代わりに炎が食卓を照らしていた。

 成人のお祝いのために、テーブルには、普段使わない蝋燭を並べて火をつけている。蝋燭にはハーブが混ざっているので、普段と違うリラックスできる香りが室内を満たしていた。

 ルーナーは満足そうに飾り付けの出来を見たあと、バランスよく料理を並べる。ルーナーの席にはホットワインだけ置いた。


「あとは、……人間の成人のお祝いは、何をするんだ?」

「神様に宣誓をして、髪の毛を一房燃やすの。家族の前や、教会でやる人もいるわ」


 びっくりして、むせてしまった。ルーナーは気配を殺して入ってきたサンを見る。蝋燭の灯りに照らされた金色の髪がキラキラと光っていた。


「ルーナー、なんて素敵なの。綺麗な飾り付け……わたし、感動してる。泣きそうだわ」


 サンは、口に手を当てて目を見開く。今まで見たことないほど大人びた反応で驚いたあと、見たことないほど綺麗に笑った。




 ホットワインの味は、あまりわからなかった。サンがいつもと違って見えたからだと思う。ルーナーはちょっとずつワインを飲みながら、サンを見つめていた。

 サンは無邪気にルーナーの料理を褒めちぎってくれる。五年ずっと教えていたテーブルマナーも完璧だった。木苺の砂糖漬けが、大層気に入ったようで、たくさん食べている。サンの口の端が赤くなっていた。

 ルーナーは、無意識にサンの口を拭こうとして、自分の手がサンのほおに触れようとしているのに気づいて、やめた。


「なに? 口に何かついてる?」

「ああ……うん、木苺がついてる」

「うそ! わたしのマナーもまだダメね」


 サンが恥ずかしそうに笑った。蝋燭の光で空色の瞳が輝くのを見ながら、ルーナーは目を逸らすことができなかった。


「サン、きみにプレゼントがあるんだ。実は肖像画は、大きくて。きみの新しい家に入るか、わからなかったから」


「ええ、わたしはここに住むっていったのに」


「別に僕はそれでもいいんだけど。……お母さんに反対されると思うから。だから肖像画はサンがいつもいる、あのソファから見えるところに飾っておくよ」


 反対なんてされないのに、サンが唇を尖らせる。そのままホットワインを飲み出した。アルコールは強くないはずだけれど、少し心配でサンの様子を窺う。

 美味しかったらしい。嬉しそうに飲み出したサンを見て、ルーナーは息を吐いた。ポケットの中にある、小さな箱を触って、そのままそれを出した。


「サン、誕生日おめでとう」


 初めて、サンにプレゼントした時は、むしろ早くあげたくて、反応が見たくて仕方がなかった。それからはサンが喜ぶものを探すのが、ルーナーの楽しみでもあった。

 今回の成人で、サンは大人になる。もう気軽にはプレゼントなんてできないかもしれない。サンと五年以上一緒にいて、流石のルーナーもそれがわかっていた。

 だから、最後になるかもしれないプレゼントには、特別なものを用意したんだ。


「ルーナー、ありがとう! これ、開けていい?」

「もちろん」


 サンは手渡された箱を開ける。中から出てきたのはルビーのネックレスだった。赤い石が、蝋燭の光を受けて輝いた。


「綺麗……こんなに高価なもの、いいのかしら」

「いいんだよ。大切な友達の成人のお祝いだ。これはサンを守るお守りなんだよ」


 サンはルーナーの言葉に、不思議そうに顔を上げた。ルーナーは少し緊張していたので、乾いた口を潤すためにワインを飲む。


「ルビーの石は、吸血鬼にとって特別なんだ。太陽の石と言われている。ルビーの石にだけ、吸血鬼は、自分の血を入れられて」

「ルーナーの、血?」


 サンはネックレスを掲げる。不思議そうにルビーを覗き込んだ。


「実は太陽の光は、吸血鬼にとって唯一の天敵なんだ。浴びると死んでしまう」

「だから、ルーナー、あなたは昼夜逆転の引きこもりなのね」


(引きこもりなのは、僕の趣味嗜好の問題もあるけれどね)


 サンは相変わらず、ルーナーに容赦がない。無意識だから仕方ないけれど、ルーナーは苦笑した。


「吸血鬼の、血は、万能薬だよ。飲むと病気も怪我も治る。太陽の石は、太陽から身を守る石って意味で、呼ばれているんだ」

「そんな大切なものなのに、いいの?」

「僕の血なんて気持ち悪いだろうけど、何かあったらそれを飲んで欲しい」


 吸血鬼の性質を告白することは勇気がいる。この血肉が万能薬だとバレたせいで、吸血鬼が狩られた時代もあるのだ。ルーナーはサンの様子を窺った。サンはそんなことは絶対にしないけれど、年頃の女の子には、ゲテモノじみた性質に思えて気持ち悪がられるかもしれない。


(トカゲとか、ヒトデとか、プラナリアとか、そんな生き物みたいで)


「気持ち悪いだろうけど。サンの命を守るものだから、我慢して」

「気持ち悪くないわ! 太陽の石なんて、ルーナーにピッタリだと思っただけよ」

「何を言ってるんだ」

(太陽は僕じゃなくて、きみだろう)


 サンの昼間のような瞳から涙が溢れていた。泣くほど怖がれると思っていなかったルーナーは、勢いよく立ち上がる。プレゼントを返してもらった方がいいだろうか。そっとサンの手に触れた。


「ルーナー。わたし嘘をついていたの」

「サン、サン、泣き止んで。なんで泣いてるの。プレゼントが気に入らないなら後日他のを渡すから」


「違うのよ――ルーナー、わたし、嬉しいの」


 溢れる涙を、ネックレスを掴んだ手でぐちゃぐちゃに拭いていた。ルーナーは、急いで胸ポケットに入れていたハンカチを取り出す。壊れないように繊細な手つきで、サンの頬に触れた。


「ルーナー、わたし、初めて、この屋敷に来た時、かくれんぼに勝ちたくて、絶対に入っては、いけないって言われた、ここに入ったわ」

「サン、もういいんだ、なんでもいいから、泣き止んで」


(きみは笑顔じゃないとダメなんだから)


「お兄ちゃんに、勝てたから、泣いたって、嘘よ。怖かったの。足がすくんで、動けなかった。吸血鬼に、食べられるんだって」


 ルーナーは止まらない涙を拭いた。サンがなんでこんなに泣くのかわからなかった。吸血鬼が怖くて泣くなんて、小さな子供なら当たり前だろうに。


「ルーナーが、現れた時、ルーナーの瞳を見て、太陽だと思ったわ。お父さんが死んで、みんな、泣いて、朝まで、泣いて、その時見た、朝焼け、みたいな、とても、綺麗で」


 サンが泣き止まなくて困り果てたルーナーは、そのままサンの隣に行く。サンの隣で膝をついて、そのまま背中を叩いた。トントンと心臓と同じリズム。

 いつの間にかサンはルーナーの胸よりも大きくなっていた。跪いたら、サンを見上げないといけないほどに。


「家族を、慰めてくれた、太陽みたいな、綺麗な色の瞳だと、思ったの」

(違うよ、太陽はサンだ)


「出会うまで、吸血鬼を、怖がってて、ごめんなさい」

(そんなこと、なんでもないんだ)


 少し落ち着いたのか、サンはしゃっくりの合間に、ネックレスをぎゅっと握りしめた。


「ねえ、ルーナー。今日、宣誓するのよ。神様に」


「うん、聞いたよ。髪の毛を燃やすんだろう?」


「それとは別に。ルーナーにも、誓わせて」


 サンは涙で濡れた顔のまま、真剣な表情でルーナーを見上げた。昼間の空のような瞳が、蝋燭の光を映してゆらゆらと揺れている。


「ルーナーは、ずっと死なないでしょう。わたしは、いつか死ぬわ」


 急に何を言い出すんだ。ルーナーは笑って誤魔化そうとしたけれど、サンの真剣な顔がそれを許さなかった。


「でもね、わたし、決めたの。もし生まれ変われるなら、何度でも、ルーナーを探すわ」


「サン……」


「何百年かかっても、何回生まれ変わっても、絶対にあなたを見つけ出す。それで、また友達になるの。約束よ」


 子供っぽい、根拠のない誓いだと思った。人間は生まれ変わりなんて信じているのか、それとも今日だけの、酔った勢いの言葉なのか。

 ルーナーには、その真偽を確かめる術がない。それでも、サンの言葉は、ルーナーの中に静かに、しかし確かに沈んでいった。


「約束、守ってくれる?」


 サンが小指を差し出してくる。ルーナーは、その小さな指を見て、少し笑った。


「……わかったよ。僕も、待ってる」


 二人分の小指が絡まる。ただそれだけの、他愛のない指切りだった。けれど、この先どれだけ長い夜を一人で過ごすことになっても、ルーナーはこの約束だけは、絶対に忘れないだろうと思った。


 その日の夜は、ホットワインで酔ったサンの慰めで終わった。泣き上戸なサンがずっとルーナーに謝り、それでもネックレスを握って離さなかったことが、ルーナーは生きていた中で一番嬉しかった。

 サンを送って帰った帰り道、あとどれくらいサンといられるか考えた。少しでも長くサンといられるように、信じてもない神様に祈ってしまうほどには切実だった。


 その日を最後に、太陽は消えて無くなってしまった。


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