太陽の石をきみに
「ルーナーの絵はいつもらえるの? わたし、誕生日プレゼントはそれがいいの」
「わかったよ、探しておくから……」
サンの誕生日が近くなってきた。夏なのに曇り空は続き、春よりも肌寒くなっている。人間世界は異常気象に怯え、王国の貴族たちも対応に追われているらしい。
市場で売られる野菜や果物も減った。夏なのに暑くならないことが人間の不安を煽り、薪などの買い占めが起こっているらしい。ルーナーの屋敷にはそういったものが腐るほどあるので、サンには融通していた。
それが理由なのか、はたまた元来の能天気さが原因なのか、誕生日プレゼントのおねだりをにこにこと嬉しそうにしている。晴れ間のないこの国で、サンの笑顔は唯一の晴れ間のようだった。
明日はサンの誕生日だ。サンは初めて誕生日を祝った日から、ずっと前日の夜遅くまでルーナーの屋敷にいることになっている。今日も仕事からそのまま来て、定位置の応接間のソファに座った。ルーナーは、サンにお茶を出したあと、キッチンに向かう。
(まさか、自分がこんなに狩が上手いなんて知らなかった)
いつも適当に狩りをして、そのまま血を飲んでいた。獲物を狙って狩ったことはなかったので、成人のお祝いに出すために立派な雉を手に入れるのに苦労した。
羽をむしった後、ローズマリーとベーコンを巻いてオーブンに入れていたので、もう焼きあがってるはずだ。本来なら雉の羽で飾り付けもするようだけれど、サンは生きた鳥が嫌いなようなので、黄色いリボンで飾り付けをした。
木苺とブドウの砂糖漬けは手に入れるのに苦労したし、チーズとクラッカー、あとは香辛料を入れたホットワインも用意した。成人のお祝いなのでアルコールを少し飲むくらいはいいはずだ。
銀のワゴンに料理と飲み物を乗せて、食堂に運ぶ。料理が冷めないように、足早にキッチンを出た。
食堂に着くと、普段つけていたライトの代わりに炎が食卓を照らしていた。
成人のお祝いのために、テーブルには、普段使わない蝋燭を並べて火をつけている。蝋燭にはハーブが混ざっているので、普段と違うリラックスできる香りが室内を満たしていた。
ルーナーは満足そうに飾り付けの出来を見たあと、バランスよく料理を並べる。ルーナーの席にはホットワインだけ置いた。
「あとは、……人間の成人のお祝いは、何をするんだ?」
「神様に宣誓をして、髪の毛を一房燃やすの。家族の前や、教会でやる人もいるわ」
びっくりして、むせてしまった。ルーナーは気配を殺して入ってきたサンを見る。蝋燭の灯りに照らされた金色の髪がキラキラと光っていた。
「ルーナー、なんて素敵なの。綺麗な飾り付け……わたし、感動してる。泣きそうだわ」
サンは、口に手を当てて目を見開く。今まで見たことないほど大人びた反応で驚いたあと、見たことないほど綺麗に笑った。
ホットワインの味は、あまりわからなかった。サンがいつもと違って見えたからだと思う。ルーナーはちょっとずつワインを飲みながら、サンを見つめていた。
サンは無邪気にルーナーの料理を褒めちぎってくれる。五年ずっと教えていたテーブルマナーも完璧だった。木苺の砂糖漬けが、大層気に入ったようで、たくさん食べている。サンの口の端が赤くなっていた。
ルーナーは、無意識にサンの口を拭こうとして、自分の手がサンのほおに触れようとしているのに気づいて、やめた。
「なに? 口に何かついてる?」
「ああ……うん、木苺がついてる」
「うそ! わたしのマナーもまだダメね」
サンが恥ずかしそうに笑った。蝋燭の光で空色の瞳が輝くのを見ながら、ルーナーは目を逸らすことができなかった。
「サン、きみにプレゼントがあるんだ。実は肖像画は、大きくて。きみの新しい家に入るか、わからなかったから」
「ええ、わたしはここに住むっていったのに」
「別に僕はそれでもいいんだけど。……お母さんに反対されると思うから。だから肖像画はサンがいつもいる、あのソファから見えるところに飾っておくよ」
反対なんてされないのに、サンが唇を尖らせる。そのままホットワインを飲み出した。アルコールは強くないはずだけれど、少し心配でサンの様子を窺う。
美味しかったらしい。嬉しそうに飲み出したサンを見て、ルーナーは息を吐いた。ポケットの中にある、小さな箱を触って、そのままそれを出した。
「サン、誕生日おめでとう」
初めて、サンにプレゼントした時は、むしろ早くあげたくて、反応が見たくて仕方がなかった。それからはサンが喜ぶものを探すのが、ルーナーの楽しみでもあった。
今回の成人で、サンは大人になる。もう気軽にはプレゼントなんてできないかもしれない。サンと五年以上一緒にいて、流石のルーナーもそれがわかっていた。
だから、最後になるかもしれないプレゼントには、特別なものを用意したんだ。
「ルーナー、ありがとう! これ、開けていい?」
「もちろん」
サンは手渡された箱を開ける。中から出てきたのはルビーのネックレスだった。赤い石が、蝋燭の光を受けて輝いた。
「綺麗……こんなに高価なもの、いいのかしら」
「いいんだよ。大切な友達の成人のお祝いだ。これはサンを守るお守りなんだよ」
サンはルーナーの言葉に、不思議そうに顔を上げた。ルーナーは少し緊張していたので、乾いた口を潤すためにワインを飲む。
「ルビーの石は、吸血鬼にとって特別なんだ。太陽の石と言われている。ルビーの石にだけ、吸血鬼は、自分の血を入れられて」
「ルーナーの、血?」
サンはネックレスを掲げる。不思議そうにルビーを覗き込んだ。
「実は太陽の光は、吸血鬼にとって唯一の天敵なんだ。浴びると死んでしまう」
「だから、ルーナー、あなたは昼夜逆転の引きこもりなのね」
(引きこもりなのは、僕の趣味嗜好の問題もあるけれどね)
サンは相変わらず、ルーナーに容赦がない。無意識だから仕方ないけれど、ルーナーは苦笑した。
「吸血鬼の、血は、万能薬だよ。飲むと病気も怪我も治る。太陽の石は、太陽から身を守る石って意味で、呼ばれているんだ」
「そんな大切なものなのに、いいの?」
「僕の血なんて気持ち悪いだろうけど、何かあったらそれを飲んで欲しい」
吸血鬼の性質を告白することは勇気がいる。この血肉が万能薬だとバレたせいで、吸血鬼が狩られた時代もあるのだ。ルーナーはサンの様子を窺った。サンはそんなことは絶対にしないけれど、年頃の女の子には、ゲテモノじみた性質に思えて気持ち悪がられるかもしれない。
(トカゲとか、ヒトデとか、プラナリアとか、そんな生き物みたいで)
「気持ち悪いだろうけど。サンの命を守るものだから、我慢して」
「気持ち悪くないわ! 太陽の石なんて、ルーナーにピッタリだと思っただけよ」
「何を言ってるんだ」
(太陽は僕じゃなくて、きみだろう)
サンの昼間のような瞳から涙が溢れていた。泣くほど怖がれると思っていなかったルーナーは、勢いよく立ち上がる。プレゼントを返してもらった方がいいだろうか。そっとサンの手に触れた。
「ルーナー。わたし嘘をついていたの」
「サン、サン、泣き止んで。なんで泣いてるの。プレゼントが気に入らないなら後日他のを渡すから」
「違うのよ――ルーナー、わたし、嬉しいの」
溢れる涙を、ネックレスを掴んだ手でぐちゃぐちゃに拭いていた。ルーナーは、急いで胸ポケットに入れていたハンカチを取り出す。壊れないように繊細な手つきで、サンの頬に触れた。
「ルーナー、わたし、初めて、この屋敷に来た時、かくれんぼに勝ちたくて、絶対に入っては、いけないって言われた、ここに入ったわ」
「サン、もういいんだ、なんでもいいから、泣き止んで」
(きみは笑顔じゃないとダメなんだから)
「お兄ちゃんに、勝てたから、泣いたって、嘘よ。怖かったの。足がすくんで、動けなかった。吸血鬼に、食べられるんだって」
ルーナーは止まらない涙を拭いた。サンがなんでこんなに泣くのかわからなかった。吸血鬼が怖くて泣くなんて、小さな子供なら当たり前だろうに。
「ルーナーが、現れた時、ルーナーの瞳を見て、太陽だと思ったわ。お父さんが死んで、みんな、泣いて、朝まで、泣いて、その時見た、朝焼け、みたいな、とても、綺麗で」
サンが泣き止まなくて困り果てたルーナーは、そのままサンの隣に行く。サンの隣で膝をついて、そのまま背中を叩いた。トントンと心臓と同じリズム。
いつの間にかサンはルーナーの胸よりも大きくなっていた。跪いたら、サンを見上げないといけないほどに。
「家族を、慰めてくれた、太陽みたいな、綺麗な色の瞳だと、思ったの」
(違うよ、太陽はサンだ)
「出会うまで、吸血鬼を、怖がってて、ごめんなさい」
(そんなこと、なんでもないんだ)
少し落ち着いたのか、サンはしゃっくりの合間に、ネックレスをぎゅっと握りしめた。
「ねえ、ルーナー。今日、宣誓するのよ。神様に」
「うん、聞いたよ。髪の毛を燃やすんだろう?」
「それとは別に。ルーナーにも、誓わせて」
サンは涙で濡れた顔のまま、真剣な表情でルーナーを見上げた。昼間の空のような瞳が、蝋燭の光を映してゆらゆらと揺れている。
「ルーナーは、ずっと死なないでしょう。わたしは、いつか死ぬわ」
急に何を言い出すんだ。ルーナーは笑って誤魔化そうとしたけれど、サンの真剣な顔がそれを許さなかった。
「でもね、わたし、決めたの。もし生まれ変われるなら、何度でも、ルーナーを探すわ」
「サン……」
「何百年かかっても、何回生まれ変わっても、絶対にあなたを見つけ出す。それで、また友達になるの。約束よ」
子供っぽい、根拠のない誓いだと思った。人間は生まれ変わりなんて信じているのか、それとも今日だけの、酔った勢いの言葉なのか。
ルーナーには、その真偽を確かめる術がない。それでも、サンの言葉は、ルーナーの中に静かに、しかし確かに沈んでいった。
「約束、守ってくれる?」
サンが小指を差し出してくる。ルーナーは、その小さな指を見て、少し笑った。
「……わかったよ。僕も、待ってる」
二人分の小指が絡まる。ただそれだけの、他愛のない指切りだった。けれど、この先どれだけ長い夜を一人で過ごすことになっても、ルーナーはこの約束だけは、絶対に忘れないだろうと思った。
その日の夜は、ホットワインで酔ったサンの慰めで終わった。泣き上戸なサンがずっとルーナーに謝り、それでもネックレスを握って離さなかったことが、ルーナーは生きていた中で一番嬉しかった。
サンを送って帰った帰り道、あとどれくらいサンといられるか考えた。少しでも長くサンといられるように、信じてもない神様に祈ってしまうほどには切実だった。
その日を最後に、太陽は消えて無くなってしまった。




