ずっと、そばにいて
スカイが結婚をするらしい。隣町の働いている工房の娘さんとのことだ。葬式の報告でもしにきたかのように暗いサンを見て、結婚ではなく処刑と言っているのかと思った。
「結婚って、僕の認識だと幸せな現象だったと思うんだけど……」
「そうね、普通はそう。でもお兄ちゃんが結婚したら、家からいなくなるのよ。早いと思わない?」
この前十五歳になり、ルーナーからプレゼントされた懐中時計をサンはずっと首にかけるようになった。この前職場に遅刻しそうになったと聞いて、ルーナーは物置と化してる貴重品がしまってある部屋からそれを探して、渡した。
人間社会では、結構な価値があるものらしい。サンはバレないように服の内側に隠しておくわ! と、ルーナーに笑っていた。
いつも笑っているサンが、兄の結婚だけでこんなに落ち込むなんて。ルーナーはスカイのことを思い出す。サンを大事にしていた、心の綺麗な少年だった。彼の妻も良い人であることを祈る。
すん、と、鼻の啜る音が聞こえる。ルーナーはギョッとした。サンが泣いている。サンの泣き顔なんて、出会った時以来だ。慌ててハンカチをサンに渡す。サンはそれを見もせずに受け取った。
「ありがとう、ルーナー。お兄ちゃんが、私のお兄ちゃんではなくなるのが、こんなにも辛いなんて」
「スカイは、永遠にサンのお兄ちゃんだよ」
「そうだけど……今日はね、お母さんがお兄ちゃんの結婚の準備で一日中家にいないの。寂しすぎるわ」
ルーナーは泣き止まないサンに困り果てた。疲れるまで泣かせる以外、泣き止ませる方法を知らないからだ。意を決して、ゆっくりサンの頭を撫でる。金色の髪の毛が、サラサラと音を立てた。
サンがゆっくりこっちを向く。昼間の空の瞳が雨で濡れてる。そういえば、サンの身長は、もうルーナーの胸を超えていた。出会った頃より長くなった髪の毛を、後ろに束ねてる。あまり撫でたら崩れるかもしれない、ルーナーはすぐに撫でるのをやめた。
サンはルーナーをじっと見て、そのまま抱きついてきた。
「サン、サン、あの、君もそろそろ、恥じらいを持つべき年頃の女の子で」
「ルーナーにお願いがあるの。大事な友達のお願い聞いて!」
相変わらずサンはお願いの押し売りが上手い。なんにせよ、ルーナーは泣き止むならなんでもしようと思った。
数百年ぶりの他人の家だった。夜の間だけ、という約束で、ルーナーはサンの家に遊びにきた。林と小川が周りにある赤いレンガの小さい家。フクロウのホーホーという鳴き声が響き渡り、周りに人の家はない。
ルーナーの屋敷から歩いて三十分もかからなかった。サンとルーナーは、思ったより近所だったらしい。
鳥の模様が彫られた茶色の扉を見て、ルーナーは笑う。サンが嫌いなはずの鳥ばかりが、サンの家の周りにある。彼女の家族は彼女の嗜好を考慮してないようだ。
「さあ、ルーナー、入って。今日は深夜までサンの愚痴を聞いて」
入ってすぐ、リビングがあった。サンは赤と白のチェックのテーブルクロスが敷かれているテーブルに、ポットから出した水を入れたカップを置く。ルーナーは、いつもと違う場所にいる居心地の悪さに、視線を彷徨わせて、止まった。
絵が描いてあった。額縁に飾られた絵は、サンとスカイと、おそらくその両親。その隣には少し前のサンの絵と、スカイだけとの絵。
太陽の下笑っている、サンにピッタリの絵だった。
「素敵な絵だね」
「叔父さんが書いたの」
「叔父さん?」
「そうよ、画家をしているの」
椅子に座るように促される。ルーナーは絵を見たまま座った。目が離せなかった。
「ねえ、ルーナー、サン、ルーナーの絵が欲しいの」
「え?」
「今度サンの絵をあげるから、ルーナーの絵をくれない?」
ルーナーは容姿が変わらない。だから絵なんて、随分昔に両親が用意した肖像画くらいな気がする。
「あるかわからないけど……」
「叔父さんに頼んで描いてもらうわ!」
「どうしたの、サン」
絵なんて用意しなくても、きみはいつでも僕に会えるでしょう、そう言いかけて、やめた。サンがまた泣きそうな顔をしている。
「ルーナーは、結婚なんてしないでね。ずっとサンのそばにいて」
「……僕は、結婚なんて、しないよ」
大切な人がいなくなるのが、怖いのだろう。ずっと不安そうにしているサンに、ルーナーは嬉しくなって笑った。吸血鬼は引きこもりで根暗だけれど、不老不死で今やルーナーだけだ。サンの考える未来は来ない。
ルーナーはサンが必要ないと言うまで、ずっとそばにいれる事実を教える代わりに、家にあった肖像画をサンにあげる約束をした。




