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第7話 敵情視察、四人分

 四つの動画を同時に開いた。全員の声が重なった。


 慌てて三つを止める。残った一つが「では次の階層へ」と言った。何の話か分からない。


「敵を一度に動かしてはならぬな」


「視聴なさる順番の問題かと存じます」


 茶を運んできたデミタスに訂正され、三森は最初から並べ直した。


 斥候役の切り抜きは、翌日の企画へ向けた地図の紹介だった。過去に迷った箇所には印。必要な道具、寄り道の条件、時間切れの場合の代案まで書き込んである。


 本人は地図を示しながら、たぶん半分は無駄になりますと笑っていた。


「斥候が探索前から経路を公開してよいのか」


「ゲームの攻略準備でございますので」


「罠を仕掛ける側に見られるであろう」


 魔術師役は杖を持っているのに、魔術の話を一度もしない。語るのは画面の明るさや、音の遅れだ。専門の言葉を使った直後には、必ず短い言い換えを添える。


 三森の知らない仕組みでも、どこが壊れやすいかだけは伝わってきた。


「これは技師ではないか」


「呼び名は、あちらの都合かと存じます」


 批評の材料はいくらでも出てくる。ただ、一人ずつ眺めていても編成は見えない。


 三森は四人が揃っている協力配信へ移った。制限時間内に全階層を抜ける、という企画だった。開始から数分で、内部の構造も仕掛けも変わっていると分かる。直前の更新のせいらしい。


『ごめん、これ昨日と全部違う!』


『了解。今日は最短攻略をやめよう』


 勇者は、誰の準備不足かを問わなかった。企画の目的を変更点探しへ切り替え、進行役を斥候へ渡す。


 魔術師は解説をやめ、更新内容を調べ始めた。その間に聖女が視聴者へ状況を伝え、コメントから新しい仕掛けの目撃情報を拾っていく。先頭を下がった勇者は、三人の報告を短くまとめて記録していた。


 数分後には、四人とも最初とは違う仕事をしていた。


 最短攻略は失敗に終わる。それでも、地図が外れたことまで笑いになった。斥候は、次までに作り直すと宣言する。


「役割が崩れたのではなく、組み直したのか」


「楽しんでおられますな」


 デミタスが空の茶器を下げた。


「敵情視察だ。連携の構造を分析している」


「左様でございますか」


「その顔は信じておらぬな」


「滅相もございません」


 それでも、誰を最も警戒すべきかは決められなかった。立て直しに成功した記録だけでは、本当に追い詰められた時の姿が見えない。


 三森は掲示板へ戻り、アンチが貼った一覧から評価の低い古い配信を探した。題名は「企画崩壊回」。説明欄には、機材が停止し、そのあと三十分近く何も進まなかったとある。


「成功例だけで敵を判断するのは危険だ」


 古い配信は、今より簡素な画面から始まった。四人の動きは硬い。声が重なるたび、互いへ譲って黙り込む。


 企画は、画面上の迷宮を視聴者の投票で進むというものだった。開始から十分ほどで、迷宮も四人の姿も動かなくなる。


 やがて声だけが戻る。


『聞こえてる? こっちの声、届いてる?』


 勇者の声は震えていた。同じ説明を二度繰り返す。次に読む言葉を間違える。仲間へ指示を出しかけて止まる。


『ごめん。私も今、頭が真っ白』


 復旧を試していた魔術師が、自分の確認不足だと言った。


『それは四人で確認して、四人で大丈夫って決めたでしょ。今、一人の失敗にするのは違うよ』


 早口だった。仲間へ向けたはずの言葉が、途中から自分へ向いている。


 機材は戻らない。準備した企画は続けられない。勇者はそれを正直に伝えた。


 コメントには、待つと書く者と、準備不足を責める者が同時に流れる。


『このまま終わる?』


 斥候が尋ねる。


 返事までの間に、三森は画面下の時間表示を数えた。四秒あった。


『……終わりたくない。でも、できない企画をできるとは言えないから。声だけでできることを、今から四人で決めよう』


 聖女が質問を募集する。斥候は準備中の失敗談を話し始めた。魔術師も復旧作業を止め、そちらへ回る。


 特別な仕掛けは何もない。ただ話すだけの配信になった。


 それでも終了時刻まで、誰も欠けなかった。


『今日は失敗です。待ってくれてた人、本当にごめんなさい』


 頭を下げた勇者は、顔を上げると泣きそうな声のまま笑った。


『次はちゃんと成功させよう』


 動画が終わると、三森はすぐに再生し直した。二度目は、仲間の謝罪を止めた場面。三度目は、返事までの四秒。


 前世では地下に領域を築き、扉の前で侵入者を待った。あの判断が誤りだったとは、今も思わない。それでも、自分には選べなかった進み方をする者が画面の中にいる。


「憧れているわけではない。敗戦時の指揮能力を評価しただけだ」


 誰も聞いていない部屋で言い切った。


 それから三森は、勇者個人のチャンネルを登録した。この強さがどこから来たのかも調べておきたい。


 動画一覧を古い順へ並べ替える。一番下の一本に、仲間の姿はなかった。単色の背景へ勇者が一人で立っている。題名はただ「初配信です」。


 挨拶だけは堂々としていた。直後に声が割れる。音量を下げるとほとんど聞こえなくなり、直そうとして画面から姿まで消えた。


 声だけになった勇者が、用意した言葉を繰り返す。視聴者は三人しかいない。


 そのうちの一人が聞こえていると書き込んだ。勇者は礼を言い、五分かけて画面へ戻ってくる。配信は予定より二十分早く終わった。次はもう少し話せるようにしてきます、と言い残している。


「なぜ同じ失敗を繰り返す」


「同じ失敗ではございませんな」


 デミタスが画面の端を示した。二度目の配信では、机に話題を書いた紙が置かれている。三度目には、開始前の音量確認が加わった。


 進んだ距離は短い。それでも、前回と同じ場所には立っていなかった。


 ひと月ほど進めると、「初めてのコラボ」という題名が現れた。相手は聖女。場所は勇者の個人チャンネルである。二人は挨拶を譲り合い、同時に話し、同時に黙る。


 次のコラボは聖女のチャンネルだった。概要欄のリンクをたどる。その聖女もまた、一人で始めていた。魔術師も斥候も同じである。


 魔術師は機材の説明を延々と続け、視聴者を置き去りにした。斥候は準備に時間をかけすぎ、配信開始に間に合わなかった。どちらも失敗した回を消していない。次の個人配信で、直した箇所を試している。


 次の動画では、聖女の枠へ斥候が来ていた。その隣には、勇者、聖女、魔術師の三人で遊ぶ回が並んでいる。


 四人全員が初めて揃った動画は、一覧をかなり下った先にあった。挨拶から声が重なる。全員が譲り、誰も話さなくなる。


 〈誰かしゃべって〉


 流れたコメントに四人で笑い、今度は笑い声まで重なった。


 次に集まったのは魔術師のチャンネルだった。その次は斥候のチャンネル。四人で使う場所はなく、企画を持ってきた者の枠へ残りの三人が訪れている。


 三森は気になった回を順に開いた。


 魔術師が長い説明を始めると、聖女が途中で短く言い直す。勇者は二人が話し終えるのを待って、次の話題へ進めた。開始に間に合わなかった斥候の机には、次の回から残り時間を書いた紙が置かれている。


 最初のうちは、誰が話すか決めるだけでも声が重なった。何度か集まった後には、勇者が話を進め、聖女が流れかけたコメントを拾う。機材のことは魔術師、残り時間は斥候が答えていた。


「なぜ失敗した記録を処分せぬ」


「次に同じ場所で迷わぬためではございませんか」


 三森は画面を止めた。前世の迷宮にも、途中で塞いだ通路がある。魔力を浪費しただけの部屋。一度で見破られた偽壁。


 完成した姿だけを見た侵入者は、最初から正しく掘られた迷宮だと思っただろう。実際は掘って、塞ぎ、広げ、また掘り直した。その年月がそこにある。


 さらに動画を進めると、コメント欄に見覚えのある名前が増えていった。


 〈今日は四人?〉


 〈斥候まだ?〉


 〈いつもの四人きた〉


 投稿したチャンネルが違っても、同じ者たちが四人を待っている。


 季節が一巡し、画面の立ち絵や機材が少しずつ変わった。それでも、失敗した回は一覧から消えていない。


 三森は先ほどの企画崩壊回を、もう一度開いた。最初に見た時は、止まった画面と勇者の声だけを追っていた。今度は、残る三人の動きが目に入る。


 魔術師は機材を調べ、斥候は残り時間を確かめ、聖女はコメントを読み上げて場をつなぐ。勇者が立ち止まっても、三人まで止まりはしない。


 初めて四人で集まった時は、挨拶を譲るだけで全員が黙った。今は一人が黙っても、ほかの誰かが話をつなぐ。


「勇者が道を決め、残る三人が場を作る。熟練の攻略隊と変わらぬではないか」


 三森は腕を組み、もう一度、止まった画面を見た。


「……侮れぬ」


 敵の調査にしては、三森の声は柔らかかった。


 デミタスは、今の勇者が映る小さな窓へ目を向ける。


「直接お言葉を交わせれば、より正確にお分かりになるかと」


 三森の指が止まった。


「どのようにしてだ」


「この方々が立つ場所へ、こちらから上がるほかございませんな」


 画面の勇者は、次の配信予定を告げている。そこへ行く方法など、三森にはまだ分からない。


 そもそも調べ始めたのは警戒のためだ。言葉を交わす必要はない。遠くから記録を確認するだけで足りるはずである。


 次の動画へ移ろうとして、同じ場所を二度押した。


「一度、会ってみたい」


 小さな声だったが、デミタスは聞き逃さなかった。

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