第59話 怖いお姉さんは週給千DP
合同会社迷宮ミモリを設立して、一週間。デミタスは、朝食の席へ二度来なかった。
一度目は、火曜配信の開始時刻を確認する連絡へ返信していた。二度目は、企業から届いた企画書に、配信映像の利用期間が書かれていないことを問い合わせていた。
三度目には来たが、味噌汁を口へ運ぶ前に席を立った。
「お待ちくださいませ。木曜の通常配信と、機材業者との打ち合わせが重なっております」
「配信は毎週同じ時間であろう」
「その時刻を知る者と、打ち合わせを申し込む者が同一とは限りませぬゆえ」
デミタスは謝罪の文面を作りながら、片手で三森の予定表を直した。大卓には公式窓口へ届いた問い合わせ、条件確認、素材の利用許諾、請求先の登録、配信台本が積まれている。その横には、今夜ミラが作る献立まで置かれていた。
企業対応だけではない。通常配信の準備、迷宮の開閉、来客の連絡、食事、掃除、三森が忘れた書類の回収。デミタスは前世から、それらを全部、執事の仕事として引き受けてきた。
「お嬢様。このままでは、いつか重要な期限を落とします」
できない、ではなかった。落とす前に報告したのだ。
三森は、冷めかけた味噌汁と未処理の札を見比べた。
「ならば、増やすしかあるまい」
◇
召喚の間へ入るのは、久しぶりだった。デミタス、ミラ、ノーラ、ラプラス、シルカは、前世から縁のあった眷属である。現代で新しく誰かを召喚するのは、これが初めてだった。
管理板へ、求める役目を入力する。
依頼。契約。許諾。請求。納品。期限。
デミタスの一次交渉を確認し、久世へ渡す資料を整え、三森が承認していない条件を紛れ込ませない者。
候補として浮かんだ名を見て、三森は眉を寄せた。
「ヴェルナか」
異世界で、迷宮間の通行許可や傭兵契約を扱っていた契約魔族である。三森の配下だったことはない。それでも、期限を破った者へ声を荒らげず、相手が書いた条件を最初から読み上げるという評判は知っていた。
「怖い人なんすか」
ノーラが尋ねる。
「契約を守る者には怖くない。たぶん」
『最後の3文字で信頼性が失われたぞ』
完全新規召喚の条件が、管理板へ並んだ。役目、権限、維持報酬。三森は長い条文を下まで送り、最後に承認を押した。
黒い光が床へ細い円を描く。円周から文字の列が立ち上がり、一枚ずつ重なるように人の形を作った。
現れたのは、三森より頭一つ高い女だった。黒髪を隙なくまとめ、細身の眼鏡を掛け、濃色のスーツを着ている。召喚直後だというのに、手にはもう書類ばさみがあった。
「契約魔族ヴェルナ、召喚条件に従い着任いたします」
ヴェルナは一礼した。一同が居間へ戻ると、三森より先に大卓の書類へ目を通した。
「法的確認を行う者は」
「外部顧問の久世香澄だ」
「契約への署名と、本人に関する最終承認は」
「我である」
「承知しました。私は社内の台帳、期限、許諾範囲を管理します。法人の役員、契約当事者、法的代理人、弁護士にはなりません。法的判断は久世様へ、最終判断はマスターへ戻します」
「そこを代わってはくれぬのか」
「召喚条件に、代わらないと記載されています」
三森は、自分が先ほど承認した長文を見直した。
◇
午前九時、月曜の集計が完了した。
領民週次収入 +54,906DP
一週間分の大きな数字に、三森が機嫌を直した直後、その下へ新しい一行が増えた。
契約管理官給与 -1,000DP
「待て」
差し引かれた数字は、戻らない。
「我が領民給与から、なぜ配下が先に千DPを取るのだ!」
「給与です、マスター」
「接収であろう!」
「毎週月曜日、領民週次収入の入金直後に一千DP。任意の建設支出より優先する。先ほどマスターが承認した召喚条件の第八項です」
「初出勤であるぞ」
「ですので、最初の給与です」
ヴェルナは一切悪びれず、書類の山へ手を伸ばした。
「それでは、対価分を働きます」
◇
最初の十分で、書類は五つに分けられた。
問い合わせのみ。条件確認中。三森の承認待ち。久世の確認待ち。辞退または保管。
次の十分で、すべてに担当者と返答期限が付いた。
「デミタス様。この企画は修正三回、素材納品は金曜となっています」
「先方からの初稿が水曜に届く予定でございます」
「では、二日間で三回修正する場合、どなたが眠らない予定でしょうか」
「……条件の再確認を行います」
「お願いいたします」
声は静かだった。怒ってもいない。ただ、逃げられる答えが一つもなかった。
「うわ。怖いお姉さんだ」
ノーラの呟きに、ヴェルナが顔を向ける。
「ノーラ様。昨日作成した告知画像の利用範囲が、台帳へ登録されていません」
「今やります!!!」
「期限は正午です」
「もっと怖かった」
シルカの絵は、公開用、配信用、企業提出用に分かれた。ラプラスの技術資料は、公開済み、限定提供可能、提供不可に分けられた。ミラの献立は契約台帳へ入らなかったが、収録で料理を使う日だけ、撮影予定へ連携された。
デミタスは問い合わせと条件交渉へ戻り、ヴェルナはその結果を台帳へ記録する。久世へ渡すものには確認札を付け、承認が必要なものだけが三森の前へ来る。
山は消えなかった。だが、何の山なのかは分かるようになった。
「これなら、新しい祭りも開けるのではないか」
三森が言うと、デミタスはようやく朝食の席へ戻った。冷めた味噌汁はミラが温め直している。
「第二回の迷宮攻略でございますか」
「うむ。今度は、領民にも呼びたい者を聞いてみたい」
ヴェルナは新しい札へ、さっそく五つの欄を書いた。
本人意思。所属許可。日程。規約。権利。
「まず、推薦を受け付ける条件を決めましょう」
三森は、祭りの話をしただけで増えた書類を見た。
怖いお姉さんは、週給千DP分、もう働き始めていた。
---
迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第84回)
- 次回配信:2026年8月11日(火)20:00
- チャンネル登録者:54,906人(+3,302人)
- 契約管理官給与:-1,000DP




