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第58話 一人所属の企業勢

 翌朝、三森は久世香澄と画面越しに会った。三十八歳、短く整えた髪に細い銀縁の眼鏡。背景は白い壁と鍵付きの書棚だけで、どこまでが自宅でどこからが事務所なのか分からない。


「最初に、私の立場を確認します」


 挨拶を終えた久世は、梨沙から紹介されたことと、梨沙や力也の代理人ではないことを告げた。


「依頼を受ける場合、指示を出すのは三森さんです。梨沙さんから頼まれたから、あなたの意思に関係なく守る、とはなりません」


「では、我に最初の指示を求めるのだな」


「はい。何をしたいですか」


 三森は用意していた答えを、一言だけで返した。


「兄を、我の仕事へ戻したくない」


「分かりました。そのための入口を作ります」


 久世は、新しい企業案件をいったん全部止めるよう提案した。配信は続ける。問い合わせは受け取っても、承諾せず、条件交渉もしない。久世が外部の確認窓口に入り、その間に活動主体を整える。


「止めるのは、いつまでだ」


「三森さんが、自分で契約を受けられる形になるまでです」


「デミタスが受けられる形ではなく?」


「デミタスさんは、契約当事者になれないので」


 背後に控えていたデミタスの肩が、分かりやすく下がった。


「痛恨の極みでございます」


「では、我がなる」


 それが、三森が代表になると決めた最初の返事だった。


     ◇


 その日の二十時、第七十一回の定期配信は予定どおり始まった。


『本日は内乱の報告会ではない。普通に迷宮を開けるぞ』


 コメント欄には心配する声もあったが、三森は第一階層へ冒険者を放り込み、ゴリ子はいつもどおり全員を殴り倒した。配信を止めないこと自体が、兄の件に活動を奪わせないという回答になった。


 その裏で、力也から各所へ訂正が送られた。迷宮ミモリから依頼を受けていなかったこと。代理権を持っていなかったこと。本人は案件へ同意しておらず、契約も成立していないこと。


 ゲーム会社からは、検討終了を確認する書面が届いた。久世は接触先と文面を照合し、漏れがないことを確かめた。三森へ届いた謝罪については、返事を要求する文言がないと確認してから、保存箱へ移した。


「許すかどうかは、今決めなくて構いません」


 三森は無言で箱を閉じた。


     ◇


 それから数週間、火曜、木曜、土曜の迷宮配信と並んで、設立の作業が進んだ。最初に決まったのは、名前である。


「合同会社迷宮ミモリ。活動上の名称は、迷宮ミモリ事務所でよいでしょう」


「暗黒迷宮大帝国では駄目か」


「銀行と取引先へ毎回それを名乗る覚悟があるなら、候補にはできます」


「合同会社迷宮ミモリにする」


 決定まで、十一秒だった。


 次に、会社の構成を決めた。出資する社員は三森一人。代表社員も三森である。


「デミタスは社員ではないのか」


「合同会社の社員は、ここでは従業員という意味ではありません。出資して会社を経営する構成員です」


「名誉執事長は?」


「定款に書かなくて結構です」


 デミタスが残念そうに羽根ペンを置いた。


 難航したのは、その後だった。居間の大卓に、ミラが木札を並べていく。家、畑、台所、食卓、生活費の口座。配信用の端末、収録機材、活動収益の口座、企業との契約。


 久世は、家と暮らしに必要なものを三森個人の側へ残した。


「会社を作るために、この家を会社へ渡す必要はありません。生活のお金も混ぜません」


 活動で得る収益と経費、新しく買う機材、今後の契約は会社側へ分ける。ただし、すでにあるものを何でも会社へ移せばよいわけではなかった。


 ガワの絵はシルカが作った。迷宮演出の術式と配信技術は、主にラプラスの仕事である。チャンネルに映っているからといって、三森一人の所有物になるわけではない。


『我を所有物一覧へ含めるな。焼却するぞ』


「含めません。作った者、持っている者、会社が使ってよい範囲を、それぞれ記録します」


 久世の返答に、空中の目玉は満足そうに一度だけ瞬いた。


 三森は、会社を作れば迷宮の全部が一つの箱へ入るのだと思っていた。実際には逆だった。誰のものかを一つずつ分け、会社が触れてよい範囲だけに線を引く作業である。


 力也の案は、三森の活動を会社へ丸ごと渡そうとした。今作っている会社は、三森の暮らしと眷属の仕事を勝手に飲み込まないためのものだった。


     ◇


 定款が整い、登記が終わり、会社用の口座と帳簿が用意された。三森は最後の書類を前に、久世へ尋ねた。


「ここをデミタスの承認にしてはならぬか」


「なりません」


「では、久世の承認」


「私は確認して助言します。決めるのは代表です」


「代表とは、不便な役職だな」


「便利だから代表になるものではありません」


 三森はしばらく唸り、最後には自分で承認した。


 八月三日、公式アカウントから設立を告知する。


合同会社迷宮ミモリを設立しました。

活動名は「迷宮ミモリ事務所」です。

所属タレントは迷宮ミモリ一名です。

今後の企業連絡は公式窓口のみで受け付けます。家族を含む第三者に、代理権はありません。


 数分で、返信が増えた。


所属一名、スタッフ複数

個人勢が会社になった

セルフ企業勢ってこと?

社長兼所属タレント兼迷宮主

代表、最終承認から逃げられなくて草


「なぜ最後の事情まで知られておる」


『貴様が配信で書類から逃げた話をしたからだ』


「うむ。代表には広報上の注意も必要であるな」


 法人化の告知を見て、止めていた問い合わせが一斉に動き始めた。デミタスの前には、日程、条件、台本、使用素材、権利確認の札が山になっている。


「お嬢様。わたくし一名では、配信運営と企業対応と生活補助のすべてを、今後も同じ精度で維持することは困難かと」


「会社を作れば、仕事は減るのではなかったか」


「見るべき境界が増えましたので」


 三森は、自分一人しか載っていない所属一覧と、眷属一人では抱えられなくなった業務一覧を見比べた。


 一人所属の会社には、もう一人、契約を管理する者が必要だった。


---


迷宮運営記録


- 配信回:第71〜81回

- 次回配信:2026年8月4日(火)20:00

- チャンネル登録者:51,604人(+8,611人)

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