第54話 我が迷宮を会社へ渡す案
`迷宮ミモリ運営体制・移管案`は、十二枚あった。一枚目には、現在の問題が並んでいる。個人活動で契約窓口が不明確。配信者、制作、技術の権利が分散。企業から見て責任者が不明。技術の商用利用方針が未整備。
「大半は、兄上が勝手に入り込んだため起きた問題ではないか」
「書いた人、それ問題に数えてないっすね」
二枚目には、解決策があった。力也の勤務先が選定する管理会社、または新しく作る運営会社へ、迷宮ミモリの活動を集約する。力也は家族側の責任者兼プロデューサーとして参加。三森は所属配信者として、制作と出演へ集中する。
「誰が誰に所属するのだ」
「マスターが、会社へでございます」
「我が領主でなくなるではないか」
「会社から見れば、所属タレントってことっすね」
三森は、十二枚をまとめて閉じようとした。ラプラスの補助眼が先回りし、三枚目を開く。
『全項目を観測するまで判断を中断せよ』
「すでに十分であろう」
『我に関する記述がある』
その一言で、三森の手が止まった。
◇
三枚目はチャンネル管理だった。動画チャンネルと公式Poppi、公式HPの管理権限を、運営会社へ集める。広告収益と案件報酬は会社が受領し、制作費と管理手数料を引いて三森へ分配する。配信予定、企画、外部コラボは、担当者の承認を経て公開する。
「我の門を開く時刻まで、会社へ聞くのか」
「この書き方なら、そうなるっす」
「領民を招くのに、なぜ外の許可が要る」
四枚目はガワと制作物である。迷宮ミモリの立ち絵、モデル、ロゴ、配信画面、設定資料を会社へ預け、商用利用を一括管理する。既存素材は独占的な利用許諾を受け、今後の制作物は会社発注として権利を整理する。
呼ばれて食堂へ来たシルカは、資料を半分まで読むと、元の作業机へ戻ろうとした。
「待て。おぬしの絵を会社へ渡すと書いてあるぞ」
「渡さないけど」
「それだけか」
「あたし、何も聞かれてないし。元のデータまで欲しいなら、なおさら無理じゃない?」
シルカは資料を閉じ、今度こそ食堂から出ていった。
「交渉の余地すらなかったぞ」
「シル姉にしては長く答えた方っす」
五枚目から七枚目までが、技術移管だった。`Boundary Observer`で公開している技術、迷宮と配信をつなぐ接続機能、今後開発される配信支援機能を会社の技術資産として管理する。外部公開は会社の事前確認を受け、企業へは独占利用を含む契約を提案する。
『棄却する』
ラプラスの演算環が、先ほどより速く回った。
「何が気に入らぬ」
『すべてだ。我の研究記録を読む能力すらない者が、公開先を決めると記述している。`Maze State Provider`の実装主体も、我の観測能力も確認せず、会社資産へ分類した。分類、入力、権利、実現可能性の全項目が誤っている』
「我にも分かるよう、一言で申せ」
『我の技術を勝手に自分の物と呼ぶな』
「うむ。最初からそう言え」
ラプラスの五つの瞳が、三森へ向いた。
『説明を省略させた上で評価するな』
◇
八枚目は案件窓口、九枚目は収益管理、十枚目は事故対応だった。表面だけを読めば、必要なものも混じっている。企業からの連絡を一か所で受ける。契約を確認する。税務と権利を整理する。配信事故が起きた際の責任を決める。
しかし、窓口を誰に任せるかを三森が選ぶ欄はない。管理会社が案件を受け、力也が条件を整理し、最後に三森へ出演可否を尋ねる順番になっていた。
「今回と同じではないか」
「同じ流れを、正式な仕組みにする案っすね」
「我が最後に拒めばよいと書いてあるぞ」
「その時にはまた、何人も動いてるんじゃない?」
三森は二枚目へ戻った。制作と出演へ集中させる。判断の負担を減らす。安全に企業取引を行う。穏当な言葉で囲まれた中央に、活動名、チャンネル、絵、技術、収益、窓口が置かれている。
「我が迷宮を会社へ渡す案ではないか」
「そう読めます」
デミタスは即答せず、文書の状態を確認してから続けた。
「ただし、これは社内検討用の案にすぎません。マスターの署名も、契約も、権限移行の操作もございません。現時点で渡ったものは一つもないと考えられます」
「案だけなら、放置してよいのか」
「いいえ。力也様が何を求めているかを示す記録ではございます」
◇
十一枚目には、作成履歴が残っていた。初版は七月八日の午後三時二十六分。三森へ最初の連絡が届く、およそ八時間前である。単発案件を拒否された後に考えた案ではない。
最後の十二枚目は、告知草案だった。
迷宮ミモリ、運営体制強化のお知らせ
個人活動として成長を続けてきた迷宮ミモリは、今後の企業連携と技術展開に備え、新たな管理体制へ移行いたします。
従来の制作・技術チームと連携を継続しながら、活動窓口、権利管理、案件運営を一元化します。
公開状態は「承認前」。その横に、赤い文字で書かれている。
本人最終確認待ち
「我は今、初めて見たぞ」
『告知文の作成時刻は昨日の午後六時五十二分だ』
「その時、我は夕食を食べておった」
「漬物の追加で悩んでた頃っすね」
「我が漬物を選ぶ間に、国を渡したことにされたのか」
「まだ渡ってない。そこはガチで大事」
ノーラは告知草案の上へ、大きく未承認と書き加えた。
◇
「力也様へ、非公開で訂正を求めますか」
デミタスが尋ねた。
「すでに求めた。兄上は止めず、次の案を出した」
「では、取引先と関係部署へ、代理権がない旨を個別に――」
「それも必要だ。だが、それだけでは領民が知らぬ」
三森は、閉じた公式Poppiをもう一度開かせた。午前の投稿には、今も「誰が持ってきた」「本人は何を任せた」という問いが増えている。
前世の迷宮で侵入を受けた時、通路を守る者へ戦況を隠したことはない。どの門が狙われ、何を奪われようとしているかを知らせなければ、配下は守る場所を選べない。
「領民へ戦況を報告する」
「会社名とか担当者名は伏せますよ」
「此度の使者に罪があるかも、まだ分からぬ。兄上以外の名は隠せ」
『資料の数値と時刻は公開するか』
「我の物と、おぬしらの物は出せ。外の者の住所、連絡先、署名は封じよ」
ノーラが投稿用の画面を作る。デミタスは時系列から第三者の名を消し、ラプラスは比較図の識別子を置き換えた。
三森は最初の一文を口にした。
「我が兄を名乗る者が、我の許可なく領地と労働を安価に売ろうとした」
ノーラの指が動く。
「これは同盟ではない。侵略である」
投稿ボタンは、まだ押されていなかった。
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第70回)
- 次回配信:2026年7月9日(木)20:00
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