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第53話 同意していない

 食堂の壁に作られた三つの空欄へ、最初に記録を入れたのはデミタスだった。


「七月八日、午前九時三十七分。力也様の社内で、迷宮ミモリを候補とする案件番号が発行されております」


「我へ文が届いたのは夜であったな」


「午後十一時十四分でございます」


 デミタスは、力也から届いた資料の作成時刻と更新履歴を並べた。


7月8日 09:37 社内案件番号を発行


7月8日 10:21 企画概要を作成


7月8日 12:08 取引先との初回打ち合わせ


7月8日 14:42 日程候補を二日に絞る


7月8日 17:16 必要素材一覧を作成


7月8日 19:03 告知文初稿を受領


7月8日 23:14 三森へ初回連絡


 右端には「三森の確認」という列がある。どの行も空白だった。


「昼の打ち合わせより、十一時間も後ではないか」


「はい。最初のご連絡にも、受諾を尋ねる文はございませんでした」


 デミタスが、力也の最初の一文を横へ置く。


お前の活動に合う仕事を用意した。


「用意した、は問いではございません」


「うむ。少なくとも我の国では、そうだ」


「現代でもそうっすよ」


     ◇


 二つ目の空欄は、ノーラが埋めた。迷宮ミモリの立ち絵とロゴ。配信映像と音声。迷宮内へゲーム画面を出す新しい演出。ラプラスによる接続機能。それぞれについて、誰が求め、誰が使い、誰が許可したことになっているかを分ける。


「立ち絵とロゴは公開されてる。でも、見られるのと広告に使っていいのは別」


「第一回でも聞いた話だな」


「そ。参加者の絵を勝手に抜かなかったのと同じっす」


 ノーラが使用先を読み上げる。公式サイト、動画広告、SNS、店頭画面、営業資料。期間は一年。編集、抜粋、字幕追加が可能。許可者の欄には、どれも同じ記述があった。


本人最終確認予定。窓口回答:対応可能


「この窓口とは誰だ」


「添付メールだと、兄上っすね」


「許可したのは?」


「誰も」


 新しい迷宮演出と接続機能も同じだった。必要な技術情報をラプラスへ聞いた記録はない。実装するかを三森へ尋ねた記録もない。力也が「技術担当と調整予定」と答えただけで、素材一覧には提出物として載っている。


「予定とは便利な言葉だな。おぬしは調整される予定を知っておったか」


『今知った』


「では、我と同じだ」


『同列に置くな。我は条件を読める』


「今そこ張り合う?」


     ◇


 三つ目の表は、ラプラスが作った。


『比較条件を説明する。公開されている配信者募集、広告素材の利用料、映像連携を請け負う開発者の料金表から、今回と近い項目を抽出した。高額例は除外し、下限だけを採用している』


 四つの補助眼が、項目を一つずつ照らした。


配信出演・事前拘束 8万円以上


広告素材の一年利用 6万円以上


専用接続機能の実装・試験 30万円以上


下限合計 44万円


提示総額 5万円


「八倍を越えておるぞ」


『八・八倍だ。しかも修正回数の上限、障害対応、実装後の保守は比較へ含めていない。適正価格の断定ではなく、公開値だけで作った下限である』


「つまり、実際はもっと離れるかもってことね」


『そう述べている』


 三森は五万円の行を見たが、すぐ隣の列へ目を移した。金額表にも、承諾者の欄がある。


 空白だった。


     ◇


 三つの表を横へ並べる。時系列には、三森へ尋ねた時刻がない。素材一覧には、利用を許可した者がいない。金額表には、五万円を受け入れた記録がない。


「一度もないではないか」


「はい」


 デミタスは、今朝の通話記録を最後へ足した。


7月9日 09:41 三森「我は一度も同意しておらぬ」


「これだけは空白ではございません」


 同意の記録は一つもなく、拒否だけが残った。三森は椅子へ座り、デミタスへ文面を読み上げた。


「此度の案件を拒否する。我が名、姿、声、迷宮、眷属の技術を使用することを認めない。日程、告知、素材作成を直ちに止めよ」


 デミタスが現代の言葉へ整える。


「理由も必要か」


「必須ではございません。ただ、条件交渉ではなく、受諾そのものを拒否する旨は明記いたします」


「そうせよ」


 文面は力也と、資料に記されていた案件連絡先へ送られた。三森本人の活動用連絡先から送ったことも、送信時刻も保存する。


 数分後、力也から再び通話が入った。


     ◇


「取引先へ直接送る必要はなかった」


 挨拶もなく、力也は言った。


「おぬしへ任せておらぬから、我が送った」


「先方には私から説明してある。出演者側の窓口が二つあるように見せれば、余計に混乱する」


「二つではない。我の窓口は、最初から一つだ」


 三森は公式HPの問い合わせ先を画面へ出した。第一回レイドの招待も、参加者の素材確認も、すべてそこから行っている。


「おぬしが後から横へ立っただけであろう」


「家族だ。お前が企業との話を理解できないから、先に整理してやった」


「理解した。断る」


「五万円が不満なら上げられる。利用期間も交渉できる」


「条件を変えても受けぬ」


 力也の後ろで、通知音が続いている。三森の拒否を受け取った取引先と社内担当者から、確認が届いているらしい。


「先方には、家族内の最終確認だけだと説明していたんだ。社内承認も告知案も、その前提で進んでいる」


「偽りではないか」


「最終的には本人が確認すると、最初から伝えている。契約済みとは言っていない」


「我が受けるとも言っておらぬ」


「今止めれば、私が説明を訂正し、全員の日程を引き直すことになる」


「そうせよ」


 三森は即答した。


「おぬしが動かした者を、おぬしが戻せ。我の領民ではない」


 力也はしばらく黙った。次に出た声は、先ほどまでより低い。


「個人のままだから、こういう混乱が起きる」


「おぬしが起こしたのだ」


「窓口と権利を一つに集める必要がある。お前が全部を判断できないなら、判断できるところへ活動を移すべきだ」


 通話が切れた後、力也から新しい資料が一つ届いた。表紙には、`迷宮ミモリ運営体制・移管案`と書かれていた。


「何を移すのだ」


 ノーラが表紙を開く。


「……たぶん、全部」


---


迷宮運営記録


- 配信回:非配信回(直近:第70回)

- 次回配信:2026年7月9日(木)20:00

- チャンネル登録者:34,205人(+299人)

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