第55話 Poppi迷宮内乱
午後四時二分、ノーラが投稿ボタンを押した。
迷宮ミモリ @LabyrinthMimori ・ 7月9日
領民どもへ戦況を報告する。
我が兄が、我の許可なく領地と労働を安価に売ろうとした。
単発の取引だけではない。チャンネル、姿、技術、収益、案件窓口を会社へ移す案まで作られていた。
我は一度も頼んでおらず、同意も署名もしていない。提示された案件と移管を拒否する。
これは同盟ではない。侵略である。
画像は四枚あった。一枚目は、力也から最初の連絡が届くまでの時系列。二枚目は、五万円にまとめられた出演、素材利用、技術協力。三枚目は、管理会社へ集める対象。四枚目は、「本人最終確認待ち」と書かれた告知草案である。
取引先、担当者、会社、ゲームの名は黒く隠した。メールアドレス、電話番号、署名も見えない。兄の実名も出していない。
〈兄?〉
〈今朝の間にいた人、家族だったのか〉
〈本人確認待ちで告知文まで作ってる〉
〈五万円に技術協力込み?〉
〈条件案をそのまま公開して大丈夫なのか〉
〈相手企業まで探すのはやめろ〉
返信が増えるより早く、デミタスが自分のアカウントを開いた。
「何をしておる」
「公式投稿だけでは、時系列を読み違える方が出るかと存じます」
「あーしが補足するけど」
「ノーラ殿は画像の確認を続けてください。文章は私が」
デミタスは、すでに入力を終えていた。
デミタス @MimoriSteward ・ 7月9日
迷宮ミモリ運営より、時系列を補足いたします。
7月8日09:37 仲介者側で案件番号発行
同日12:08 取引先との初回打ち合わせ
同日19:03 告知文初稿作成
同日23:14 迷宮ミモリ本人へ初回連絡
7月9日09:41 本人が不同意を明言
同日午前 本人の公式窓口から案件拒否を通知
本人が依頼、承諾、署名した記録はございません。
契約も権限移行も成立しておりません。
「投稿前に見せてほしかったんだけど」
「事実のみを記載いたしました」
「そういう話してないっす」
◇
ミラは、台所から戻ると二つの投稿を読んだ。
「二十二時間働かせて、五万円?」
「配信と技術と一年の素材利用、全部でね」
「材料は向こう持ち?」
「料理じゃないから」
「同じだよ。働く人と、使う物がある」
ミラは前掛けで手を拭き、自分の端末を取り出した。
ミラ @MiraMazeKitchen ・ 7月9日
料理で考えます。
二十二時間、厨房と料理人を押さえる。
皿と店の名前を一年広告に使う。
注文に合わせて何度でも作り直す。
新しい調理台まで作らせる。
全部で五万円。
野菜と瓶と火を買ったら、誰の働いた分が残るの?
「技術を調理台へ置き換えたのか」
「作れって言われてるんでしょ」
『接続機能と調理台は構造が異なる』
「例え話だよ」
『不正確だ』
「じゃあ、自分で書きな」
ラプラスは言われる前から書いていた。
◇
ノーラは公式投稿へ付いた質問へ答えながら、隠し忘れがないか画像をもう一度確認していた。
「デミさんの時系列、最初の連絡だけだと分かりにくいな」
自分のアカウントへ切り替え、二枚の画像を載せる。
ノーラ @NoraMazeOps ・ 7月9日
これが本人へ最初に届いた文。
「お前の活動に合う仕事を用意した」
質問じゃない。受けるかも聞いてない。
で、届いた時には日程、素材、告知の担当がもう動いてた。
修正回数は上限なし。素材利用は一年。技術協力込み。
名前と連絡先は全部伏せてます。
添付画像には、力也の一文と、修正条件の該当箇所だけが残っていた。
「ノーラ。なぜ別に出した」
「公式はミモリ様の戦況報告。こっちはあーしの担当分っす」
「同じ軍が、別々に矢を放っておらぬか」
「ちゃんと同じ方向向いてるから大丈夫」
その時、壁一面に巨大な棒グラフが開いた。
observer-l0 @observer_l0 ・ 7月9日
演算資源の少ない諸君へ比較結果を示す。
公開料金から算出した下限:44万円
提示された総額:5万円
差:39万円
提示額は下限の11.36%
上限のない修正、障害対応、保守は計算外である。
さらに我の技術を会社資産へ分類する案は、入力、権利、実現可能性のすべてが誤っている。訂正せよ。
図の下には、時刻ごとの資料作成数、三森への確認回数、同意回数も並んでいる。
資料作成:5件
本人への事前確認:0件
同意:0件
拒否:2件
「ラプっち、さっき止めた図じゃん!」
『個人情報は除去した』
「出していいかは聞いてない!」
『マスターは我の物を出してよいと命じた。この計算結果は我の物だ』
三森は、自分の言葉を思い返した。
「確かに申した」
「そこで納得しないで!」
◇
五つの投稿は、それぞれ別の場所へ広がった。配信者はノーラの画像を共有した。料理人や個人商店はミラの例えへ反応し、技術者はラプラスの計算条件を検証する。デミタスの時系列は、契約実務や法務を名乗るアカウントへ運ばれた。
好意的な反応だけではない。
〈本人無視で進めた仲介者はおかしい〉
〈兄が妹の活動を勝手に仕事へ使うな〉
〈企業名を伏せても関係者には分かるだろ〉
〈条件案と会話を公開する運営も怖い〉
〈これ、今後まともな企業まで依頼をためらわないか〉
〈兄と企業は分けて考えろ。企業側も了承済みと聞いてた可能性がある〉
〈目玉、公開範囲の相談をしろ〉
誰かが、五つの投稿を一枚の画像へまとめた。
迷宮主が宣戦布告
執事が時系列を提出
料理人が原価計算
ギャルがスクショ投下
目玉が価格差を図表化
その下へ付いた言葉が、そのままタグになった。
身内全員が別方向から撃ってる。#迷宮内乱
夕方の急上昇欄へ、`#迷宮内乱`が入った。
「見よ。敵味方と戦場が明らかになったぞ」
三森は満足そうに、広がった投稿を眺めている。
「内乱って、あーしらが統制取れてないって意味だからね」
ノーラの指摘に、三森は急上昇欄を見直した。
「敵の名ではないのか」
「うちらの現状っす」
デミタスは五人分の追加投稿を止める通知を出した。送信先には自分の名も入っていた。
---
迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第70回)
- 次回配信:2026年7月11日(土)20:00
- チャンネル登録者:38,214人(+3,841人)




