第50話 兄兼マネージャー
七月八日の朝、力也は始業前の会議室で、迷宮ミモリの数字を並べていた。登録者三万一千六百七十二人。第一回クリエイターレイドの本配信は一本だが、参加者側を含めれば六つの配信枠が動いている。終了後には失敗場面、ゴリ子戦、参加者紹介、技術検証と、入口の違う切り抜きが伸びていた。
ダンジョン映像だけなら、仕組みの分からない一発芸で終わる可能性もある。しかし五人の個人配信者を集め、事前試験を行い、当日は中断せず最後まで進行した。参加者同士の次回コラボまで生まれている。
力也は再生数の表へ、視聴者層と拡散経路を書き足した。技術に興味を持つ者。ゴリ子攻略を追う者。小規模配信者を応援する者。迷宮ミモリ本人の失敗を見る者。入口が一つではない企画は、広告へ使う時にも強い。
その一方、仕事の窓口は公式HPにある問い合わせフォームだけだった。運営会社も事務所名もなく、契約主体として見えるのは十八歳の個人一人。裏方は複数いるらしいが、表へ出ているのは執事、ギャル、目玉の悪魔である。企業から見れば、魅力より先に確認事項が増える。
力也は評価欄へ書いた。
企画力:高
技術力:極めて高い。権利者と実装主体の確認が必要
運営力:小規模イベントの完遂実績あり
企業対応:未整備
最後の一行だけ赤くした。伸びきってからでは遅い。窓口が整えば、自分が入る余地はなくなる。
◇
「この人、うちで扱えるんですか」
午前の打ち合わせで、営業企画の部下が資料をめくった。
「個人勢ですよね。問い合わせから入るなら、まず本人へ企画書を送らないと」
「本人への説明は私がする」
「面識が?」
「妹だ」
部下の手が止まった。
力也は、第一回レイドの終了場面を会議室の画面へ出した。三森が参加者一人ずつの働きを読み上げ、最後に五つの配信へ礼を言っている。
「迷宮ミモリは笹塚三森。私の実妹だ。活動を始めたことは把握していたが、数字が企業案件へ耐えるところまで来た。家族として放置できない」
「では、マネジメントも笹塚課長が?」
「正式な所属はない。今は兄兼マネージャーのようなものだと思ってくれ」
契約書はない。三森から依頼された事実もない。それを口にすれば、話は問い合わせフォームへ戻される。力也は嘘になる部分を避け、相手が必要とする答えだけを渡した。
「最終的な出演承諾は本人がする。こちらでは、その前の条件整理と家族内の調整を進められる」
「本人確認前に、どこまで動きます?」
「相談と仮条件までだ。契約も告知も確定させない。企画として成立するかを先に調べる」
部下は少し考え、資料の上へ付箋を貼った。
「夏のダンジョンゲーム施策、配信者枠が一つ空いています。予算は大きくないですけど、映像は合いますね」
「先方へ話を入れてくれ。通常のゲーム配信だけでなく、迷宮風の演出をどこまで使えるかも確認する」
「あの目玉の技術もですか」
「可能性としてだ。提供範囲は後で詰める」
部下が予定表を開く。
「本人の連絡先は?」
「私から伝える。先方の希望と社内条件がそろってからでいい」
何も決まっていない段階で三森へ話せば、分からない、面倒だ、デミタスへ聞けと言うだろう。先に選択肢を一つへ絞ってやる方が親切だと、力也は考えていた。
◇
昼には、取引先の担当者とオンライン会議が入った。力也は企画の目的を聞き、公開されている迷宮映像と第一回レイドの数字を見せた。先方が最初に食いついたのは、ゴリ子ではなく、五つの参加チャンネルを一つの迷宮へ接続した画面だった。
「これ、弊社のゲーム画面も中へ出せるんですか」
「技術担当との確認が必要です。迷宮ミモリ側には、配信システムを作った者がいる」
「`Boundary Observer`の開発者ですか?」
「ええ。昨日、本人が表へ出たことで、その点も説明しやすくなりました」
悪魔が自分で書いているという説明を、力也は使わなかった。取引先が理解できる言葉へ直すのも調整役の仕事である。
「笹塚さんが窓口なら、話は早いですね」
「家族ですから。本人は制作へ集中させます」
先方は、配信時間、素材の受け渡し、ゲーム画面と迷宮演出の併用、告知に使える画像について質問した。力也は確定とは言わず、対応可能、調整予定、本人の最終確認待ちと答えた。言葉を重ねるたび、企画書の空欄が埋まっていく。
会議の終わりには、先方が仮の実施日を二つ出した。社内承認用の概算を広告代理店側で作り、先方は告知文と商品画像の初稿を用意する。出演者名の横には、まだ「候補」と付いていた。
契約は一つも成立していない。それでも、営業、制作、法務、取引先の広報に、それぞれ担当者の名が入った。
◇
夕方、家族の連絡欄へ長女が動画を貼った。
三森ちゃん、今日三万人のお祝いイラストいっぱい来てるよ
続けて、次女が描いたらしい大きな目玉と黒い冠の絵が送られてくる。梨沙が笑顔の印を付け、長女もすぐに押した。力也は返信せず、午前に作った評価表を開いた。
妹は、自分へ一度も相談しなかった。妻も娘たちも、力也を通さず活動を知り、配信予定を覚え、成功を喜んでいる。家の中で迷宮ミモリの話を知らないのは、いつも力也だけだった。
それを不満と呼ぶ必要はない。社会を知らない十八歳の活動を、家族として事業へ育てる。散らばった技術と人員を整理し、企業へ接続する。力也は評価表のファイル名を、`配信者候補_迷宮ミモリ`から`迷宮ミモリ事業化案`へ変えた。
帰宅すると、梨沙が食卓で翌日の予定を確認していた。娘二人は次の配信を見るため、先に宿題を終わらせる約束をしている。
「三森のことで、取引先から相談があった」
力也は鞄を置きながら言った。
「本人から?」
「企業側からだ。まだ企画になるかを見ているだけだ」
「三森ちゃんは知っているの?」
「条件がない段階で話しても仕方がない。正式なものができれば確認する」
梨沙は予定表から目を上げた。
「順番が逆でしょう」
「契約はしていない。本人の署名も必要ない相談段階だ」
「契約の話はしていません。三森ちゃんの名前で人を動かすなら、先に本人へ聞きなさいと言っているの」
「仕事を一つ用意するだけだ。実績にもなる」
長女が宿題の手を止めた。次女も二人の顔を交互に見ている。
力也は、それ以上は食卓で話さなかった。
◇
その夜、仕事用の端末には四つの更新が届いた。営業から仮条件。制作から必要素材の一覧。取引先から告知文の初稿。社内システムには、承認前の案件番号まで発行されている。
すべてに「未確定」と書かれていた。
力也は三森への新規メッセージを開いた。最初の一文へ、こう入力する。
お前の活動に合う仕事を用意した。
条件資料を四つ添付すると、「未確定」の文字は、三森の画面から見えない場所へ移った。
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第70回)
- 次回配信:2026年7月9日(木)20:00
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