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第49話 我以外に誰が書ける

 七月七日、午後八時。三森が開始の挨拶を終えるより先に、同じ質問がコメント欄を埋めた。


〈お前、あの偉そうな英語ブログ書いてる?〉


〈質問文そのまま来た〉


〈目玉に聞いてくれ〉


〈中の人を出せ〉


 ラプラスは三森の肩の横へ浮かび、四つの補助眼で流れていく文字を追っている。昨日から回答を禁じられていたためか、本体の瞳まで細くなっていた。


「騒ぐでない。問いは一つずつ受ける」


 三森は前へ手を出し、最も多く流れた一文を読み上げた。


「ラプラスもどき。あの英字の技術記録、`Boundary Observer`を書いておるのは、おぬしか」


『そうだ』


 答えは、質問の最後とほとんど重なった。


〈即答〉


〈終わった〉


〈本当に目玉役の開発者だった〉


〈半年分の検証スレが三秒で決着した〉


「もう少し、ためというものがあるだろう」


『既知の事実を回答するために待機時間を置く意味がない』


「では、なぜ今まで名乗らなかった」


『すべての記事へ`observer-l0`と署名している。観測者ゼロ番。我以外に誰が書ける』


 ラプラスの周囲で演算環が一周し、署名だけを大きくした昨日の記事が配信画面へ開かれた。


〈我以外に誰が書ける、いただきました〉


〈文章の態度と完全一致〉


〈隠してたんじゃなくて伝わってると思ってたのか〉


〈目玉単推しです〉


『我を配信支援AI、マスコット、匿名開発者の窓口と誤分類していた者は、記録を訂正せよ。我が観測し、我が実装し、我が書いている』


〈AIが自分でコード書いてる設定?〉


〈開発者が目玉の声もやってるんだろ〉


〈制作チーム説は結局どうなった〉


『設定ではない。声の担当者も内部の人間も存在しない』


「うむ。こやつは前世より我が迷宮にいた、ラプラス種の幼体である」


〈設定が一ミリも崩れない〉


〈そこまで聞いても中のエンジニアが喋ってるようにしか見えない〉


〈悪魔本人説だけ採用できない〉


 三森は事実を説明したはずなのに、コメントの疑いは別の形へ移っただけだった。ラプラスは反論用の図を三枚開き、ノーラがそのうち二枚を閉じる。


「今日は技術発表会じゃないから。一番聞かれてるの、もう一個あるよ」


 ノーラが拡大したコメントを、三森は読まないふりをした。


〈ミモリはブログ読んでたの?〉


「無論、我が配下の活動は把握しておる」


『昨日、本文を読んだことがあるかと問われ、図は見たと回答した』


〈本文は?〉


〈一月からあるぞ〉


〈作者より先に主へ聞くべきだった〉


「一月から積み上がった英字を、今から読めと申すか」


『第一回配信後の更新記事は、冒頭の二行に結論がある』


「二行ならば日本語でも書けたであろう」


『日本語要約も付けてある』


 三森は、画面の下にある短い日本語へ目を向けた。配信開始から初めて、返す言葉が止まる。


〈読んでない〉


〈完全に読んでない〉


〈マスター、部下の技術ブログを半年積んでいた〉


「次の記事から、我へ口頭でも報告せよ」


『すでに毎回している。貴様が途中で省略させる』


「三行に収めよ」


『仕様違反だ』


     ◇


 本来の配信内容は、第一回クリエイターレイドの戦果報告だった。ノーラが用意した画面には、参加者五人の切り抜きと感想が並んでいる。一番再生されていたのは、五体の攻略アバターが全員サポートを選び、青い門の前から一歩も動かなかった場面である。


「なぜ開幕の失策が最上位なのだ」


「五人全員が、別の人を助けようとして止まったのが分かりやすいからじゃない?」


『最初の有効移動まで二分四十一秒を要している』


「数字を足して傷を広げるでない」


 次に広がっていたのは、夜帳ヨルカが「逃げろ」を選び、五人の隊列が反転した場面だった。本人の切り抜きには、こう題が付けられている。


逃げろを押したら、五分間みんな帰ってきませんでした


 鍋島こむぎが鍋の杖を振りながら最後尾へ走り、鉄砦ガンジだけが何度も振り返って敵へ向かおうとしている。三森の配信では混乱して見えたが、ヨルカ側の音声には、五人が次に作戦を戻せる時刻を叫び合う声が残っていた。


〈事故しか伸びてない〉


〈でも全員の名前覚えた〉


〈失敗しても五分後に戻せるから笑える〉


〈途中で配信止まらなかったの普通にえらい〉


 三森は三つ目の映像を開いた。全滅後、参加者を一人ずつ呼び、それぞれの働きを読み上げた場面である。鉄砦ガンジが共同戦果を訂正させたところまで、そのまま残っていた。


 この映像だけは、参加した五人全員が自分のPoppiで紹介している。


配線ミナト @HaisenMinato ・ 7月5日

接続試験から本番まで、確認する場所と連絡先が分かれていて助かりました。


次は簡略図で、第一層から守護区画までの動きを検討します。


鍋島こむぎ @NabeshimaKomugi ・ 7月5日

全滅したのに、終わった後は自分が何をできたか覚えて帰れました。


ヨルカさんとの夜食配信も相談中です。怖い話はネムさんに任せます。


鉄砦ガンジ @TessaiGanji ・ 7月5日

敗北! されど五つの城が力を合わせ、守護神の配下を三体撃破した!


迷宮ミモリ殿、次もよき戦場を頼む!


「敗北を広めておるのに、ずいぶん楽しそうだな」


「負けた人を置いて終わんなかったからじゃないです?」


 ノーラは、五人の投稿へ付いた返信をまとめて表示した。次は参加したいという個人配信者。小規模同士でこれだけ動くなら見てみたいという視聴者。事前連絡や素材の扱いを参加者へ尋ねる者もいる。


 答えは一様ではなかった。紹介で名前を噛まれた。作戦画面は最初見づらかった。通路で詰まった。ゴリ子が強すぎる。


 それでも、開始が遅れた、連絡が途切れた、途中で中止になったという感想は一つもない。


〈次回ある?〉


〈今度は誰を呼ぶんだ〉


〈個人勢でもちゃんと祭りにできるんだな〉


〈目玉の技術だけじゃなくて運営もいるの分かった〉


 三森は並んだ五つの名前を見た。自分の迷宮から始まったはずの話が、すでにヨルカとこむぎの夜食、ミナトとガンジの検討配信へ枝分かれしている。


「我の許可なく、同盟が増えておる」


「主催者の勝手に決めるもんじゃないっすよ、そこは」


『観測対象が増えることは歓迎する』


「おぬしは黙っておれ。まず三行の報告を覚えよ」


『拒否する』


     ◇


 力也が帰宅した時、食卓のタブレットでは三森の配信がまだ続いていた。次女は椅子へ膝立ちになり、画面に浮かぶ五つの目を数えている。長女は第一回レイドの切り抜きを梨沙へ見せながら、誰がどの作戦を選んだか説明していた。


「座って見なさい」


 梨沙に言われ、次女は一度腰を下ろす。ラプラスが補助眼を動かすと、また膝が浮いた。


「この目玉さんが、ゲームを作った人なんだって」


「ゲームではないそうよ」


「じゃあ、ダンジョンを作った人?」


「それは三森ちゃん」


 力也は上着を椅子へ掛けた。妻と娘の会話へ、自分の知らない役割がいくつも出てくる。


「登録者は、まだ一万人くらいだろう」


「三万を越えたよ」


 長女が配信画面の数字を見せる。力也は座る前に、その表示と切り抜きの再生数を順に確かめた。


 五人の参加者はいずれも個人で活動している。登録者規模は近く、配信内容は技術、ホラー、料理、戦略、深夜雑談と分かれていた。広告代理店の課長として見れば、派手な映像より先に、六つの配信を同じ企画へ乗せて途中で潰さなかった実績が目に入った。


「一人でやったわけじゃない。裏に何人もいるんだろう」


「主催は、一人で全部やる仕事ではないでしょう」


 梨沙は味噌汁をよそい、力也の前へ置いた。


「三森ちゃんが人を集めて、できる人へ任せて、最後まで終わらせたの。十分立派よ」


「お父さん、三森ちゃんと最近話した?」


 長女に聞かれ、力也は箸を取った。


「必要があれば、向こうから連絡してくる」


「じゃあ、目玉さんの方が三森ちゃんと仲良しだね」


 次女は悪気なく言い、タブレットへ顔を戻した。


 配信画面では、ノーラが次回の予定と公式窓口を表示している。力也はその文字を読み、もう一度、五人の参加者名と切り抜きの数字を見た。


「あいつには、こういう話を外へつなぐ人間が必要だ」


「いるでしょう」


 梨沙は画面のラプラス、ノーラ、デミタスを順に示した。


「少なくとも、あなたより半年早く見つけている人たちが」


 次女が笑った。長女も口元を隠す。


 力也だけが、公式窓口の文字を見たまま笑わなかった。


---


迷宮運営記録


- 配信回:第70回

- 次回配信:2026年7月9日(木)20:00

- チャンネル登録者:31,672人(+2,388人)

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