第45話 五分間、そのままで
青い門は開いている。五体の攻略アバターも、全員が前を向いている。
それでも、誰も迷宮へ入らなかった。
「進まぬぞ」
三森が言った。
『正常動作だ』
「どこがだ」
『五体すべてに、サポートの動きが指定されている。支援対象が先行するまで待機する』
配線ミナトの斥候は、ガンジの戦士へ先を譲っていた。ガンジの戦士は、ネムの盾役が前へ出るのを待っている。ネムの盾役は、こむぎの補助役を守ろうと横へ並ぶ。こむぎはヨルカの後ろへ回り、ヨルカはミナトを追う位置を探していた。
五体で輪ができた。
〈サポートサークル完成〉
〈全員譲り合ってる〉
〈平和だ〉
〈レイド開始一分、侵入者ゼロ〉
「誰か一人、ガンガン行けへ変えてください」
こむぎが言った。
「変更できるのは何時ですか?」
「二十時十八分です」
ミナトの返事が速い。現在時刻は、二十時十三分四十秒だった。
「あと四分二十秒ありますね」
「そんなに?」
ヨルカの声が低くなる。
「五分とは、思ったより長いな」
三森は輪になった侵入者を眺めた。防衛アバターは、通路の奥で武器を構えたまま待っている。
「我が領民は急かさぬ。存分に作戦を練るがよい」
「ミモリ様、これ配信止まって見えるんで、なんか回してください」
ノーラに小声で言われた。三森は五枚の札を見た。紹介はもう終わっている。
「では侵入者どもよ。なぜ全員、他者を支える側へ回った」
「初対面でガンガン行けを押すの、ちょっと怖くないですか?」
ヨルカが答えた。
「私は前へ出る人についていくつもりでした」
「俺は、盾役が先頭だと思っていた!」
「私は、戦士が前だと思ってました」
ネムの声は眠そうなままだった。
「ミナトさんは?」
「全員の選択時刻をそろえる方を優先して、誰が何を押すかの確認を抜かしました」
「検証する者が一番大きな穴を開けたな」
「はい。記録しておきます」
三森が勝ち誇ろうとしたところで、こむぎが笑った。
「ミモリさんも、堅実であるって賛成してましたよね」
「我は防衛側である。敵の停滞を喜ぶのは当然だ」
〈逃げた〉
〈主催者も作戦会議に混ざってたぞ〉
〈あと三分〉
六つの配信で、同じ輪を別の角度から眺める時間が続いた。
◇
二十時十八分。作戦の表示が、灰色から白へ戻った。
「俺が先陣を切ろう!」
ガンジがガンガン行けを選ぶ。ミナトとヨルカは命を大事に。こむぎとネムはサポートの動き。
石人の戦士が、待ちかねたように門をくぐった。大きな肩が、左右の石壁すれすれを通る。石槌を横へ構えると、完全に道を塞いだ。
「後ろが見えません」
ヨルカの画面には、ガンジの背中しか映っていない。
「俺の枠では、前がよく見える!」
「でしょうね」
斥候のミナトが右へ抜けようとする。ガンジが一歩右へ寄った。同時にミナトも右へ寄る。左へ変えると、ガンジも左へ寄った。
サポート指定のネムが戦士の背を守ろうとして、さらに後ろを塞いでいる。
「これ、通路というより栓ですね」
こむぎが言った。
〈ガンジ栓〉
〈規格上は通過可能〉
〈一人ずつならな〉
「ラプラス。狭くしたか?」
『通常迷宮の寸法を正確に複製した。攻略代理体も指定資料と役割補正から正しく生成した』
「では誰が悪い」
『組み合わせだ』
前方から、防衛アバターが三体走ってきた。ガンジの戦士が石槌を振る。先頭の盾を正面から叩き、二体目までまとめて押し戻した。
「強い!」
ヨルカが声を上げる。
「見えました?」
「ガンジさんの背中が光ったので、たぶん強いです」
ガンジ一人で通路を押していく。後ろの四体は傷を負わない。攻撃も届かない。視聴者の支援光だけが、使われない武器の上で明るくなっていった。
「我が領民を一人で押し返すとは、やるではないか」
「感謝する!」
「ミナトの斥候は何をしておる」
「今、ガンジさんの足元から前を見ています。床に罠があります」
「罠の位置を言ってよいのか?」
「同じ攻略側なので言います。ガンジさん、次の継ぎ目を踏まないでください」
「承知した!」
戦士は継ぎ目の直前で足を止めた。ただし、ガンガン行けのままである。右側へ避けようとして肩を壁へ当て、左へ寄って石槌を擦った。後ろから斥候が進路を示しても、直接その足を動かすことはできない。
「あと何分ですか」
「二分十一秒」
五分は、やはり長かった。
◇
二十時二十三分。今度はミナトがガンガン行けを選んだ。ガンジは命を大事にへ変える。
「斥候を先頭にします。ガンジさんが道を空けたら、残り三人はそのまま支援を」
戦士が石槌を縦に持ち直し、壁際へ半歩寄った。できた隙間をミナトの斥候が抜ける。罠の継ぎ目を跳び越え、通路の先へ走った。
「通れました」
「続きます」
ヨルカの術士が、ガンジの横をすり抜けようとする。その時、左の壁から黒い腕が伸びた。
「出た!」
ヨルカが叫んだ。
黒い腕は、壁へ擬態していた防衛アバターのものだった。術士が杖を向けるより早く、ヨルカの作戦表示が切り替わる。
逃げろ。
「あ」
術士は見事な速さで振り返った。ガンジとネムの間を抜け、こむぎの横を走り過ぎ、開いたままの青い門まで戻っていく。
「ヨルカさん?」
「違うんです。押すつもりはなかったんです。びっくりして、画面にあった一番大きいところを」
「変更できる時刻は?」
ミナトが聞いた。
「二十時二十八分七秒です」
〈五分間逃走確定〉
〈足はめちゃくちゃ速い〉
〈ホラー配信で鍛えた逃げ足〉
「そちらの枠で、逃げた先に何が見える?」
三森はヨルカへ尋ねた。
「入口です。あと、こむぎさんの背中。さっきの黒い腕は、もう壁に戻りました」
「位置を覚えておれ。戻った時に撃てばよい」
「怒らないんですか」
「逃げた者にしか見えぬものを報告した。ならばまだ、役目はある」
ノーラが画面の外で、親指を立てた。三森は気づかないふりをして、逃走中の術士へ目を戻した。
「次、全員が押せる時刻をそろえましょう」
ネムが言った。五人の中で登録者が最も少ない。その声は大きくないが、ほかの四人が止まった。
「私たち四人は二十八分ちょうど。ヨルカさんは二十八分七秒。ちょうどでは押さず、全員で二十八分十秒にしませんか」
「三秒の余裕を取るんですね」
「押せる表示を見てからでいいです。焦ってまた逃げるより」
「賛成です」
ヨルカの返事が一番早かった。
◇
二十時二十八分十秒。ミナトだけがガンガン行けを選んだ。ガンジは命を大事に。ヨルカ、こむぎ、ネムはサポートの動き。
斥候が罠を避けて先へ進む。ガンジの戦士は石槌を縦に構え、斥候へ近づく領民だけを止めた。その後ろで、ネムの盾がこむぎとヨルカを守る。
こむぎの杖から回復の光が飛び、ヨルカの術が先ほどの壁を撃ち抜いた。
黒い腕が床へ落ちる。
「当たりました!」
「逃げた成果である。次を撃て!」
一体が進み、四体がその背を支える。今度は輪にならず、巨体も道を塞がない。第一層の防衛線が、少しずつ押し下げられていく。
最後の盾役をガンジの石槌が倒すと、通路の奥で次の門が開いた。
〈第一防衛線突破!〉
〈事故三つで済んだ〉
〈まだ守護区画が残ってるぞ〉
〈ネムの十秒合わせ助かった〉
「見事である」
三森は腕を組んだまま、五体を見渡した。
「外側の守りを越えた程度で、我が迷宮を攻略したと思うでないぞ」
開いた門の向こうから、重い足音が一つ響いた。続いて、少し小さな足音がいくつも重なる。
コメント欄に、同じ名前が一斉に流れ始めた。
〈ゴリ子〉
〈ゴリ子きた?〉
〈ジュニアもいるぞ〉
五人の作戦変更時刻は、次も同じ二十時三十三分十秒だった。
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迷宮運営記録
- 配信回:第69回(中盤)
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