第44話 小さな城主たち、画面より侵入す
「よろしい。もう一度、名を確認するぞ」
「それ、今日だけで四回目っす」
七月四日、午後七時五十七分。三森の前には五枚の札が並んでいた。活動名、読み方、配信内容。紹介する順番まで大きく書いてある。
画面の向こうでは、すでに待機中のコメントが流れていた。
〈初主催がんばれ〉
〈こっちまで緊張してきた〉
〈五人の名前ちゃんと言える?〉
「無礼な。我は招いた城主の名を間違えぬ」
「じゃ、本番では札ばっか見ないでくださいね」
ノーラが一枚目を裏返した。壁に浮かぶ接続表示は、まだ六つとも灰色だった。中央が迷宮ミモリ。その周囲に、招待した五人のチャンネルが並んでいる。
午後七時五十八分、配線ミナトの表示が青へ変わった。続いて眠井ネム、夜帳ヨルカ、鍋島こむぎ、鉄砦ガンジ。
五人がそれぞれのチャンネルで配信を始め、公式HPへログインした。五つの表示がすべて灯る。
『映像接続、六件。音声接続、六件。イベント枝への参加認証、五件。異常なし』
「まだ始まってないのに、もう六画面あるんですね」
鍋島こむぎの声が入った。
「全部見る人、目が足りなくなりません?」
「詳細を見たい枠だけ大きくしてください。音声は同じ通話なので、一つで足ります」
配線ミナトが答える。
「一つ閉じたら、その人の強化が減るんですよね」
夜帳ヨルカの声は、まだ何も出ていないのに少し怯えていた。
「ヨルカさんの視聴者が私の枠へ来たら、ヨルカさんが弱くなる?」
「行かないで。いや、見に行ってもいいですけど、できれば私のところも開けておいてください」
〈必死で草〉
〈六窓は無理〉
〈ミモリ枠を本陣にして推し枠も開く〉
〈こむぎ枠から来ました〉
三森の画面にも、見慣れない挨拶が増え始めた。概要欄には六つの配信先が並んでいる。五人もそれぞれ、残る配信への案内を出していた。
「領民が他国の城へ移っておるぞ」
「戻ってくるし、向こうからも来てるじゃん」
「門を開けたままの交易か」
「まあ、そんな感じでいいっす」
開始時刻になった。ノーラが指を三本立てる。二本。一本。
三森はパイプ玉座から立ち上がり、青い門へ右手を向けた。
「五つの城より集いし侵入者どもよ! 我が迷宮へよくぞ来た!」
「来ました!」
鉄砦ガンジの声だけで、石壁の松明が揺れた。
「声で罠を壊すでない」
「まだ壊していない! 本日は正々堂々、挑ませてもらう!」
「うむ。まずは名を並べよう」
三森は一枚目の札を見た。
「迷宮の仕組みを測り、己の目で確かめる斥候。配線ミナト!」
「配線ミナトです。今日は攻略と検証を半分ずつやります」
「攻略を多めにせよ」
「比率は結果を見て決めます」
二枚目。
「闇と怪異を恐れながらも、最後まで見届ける語り手。よとばりヨル……ヨルカ!」
一瞬だけ、通話が静かになった。
「夜帳ヨルカです。三回までなら噛んでも呪いません」
「今のは一度に数えるのか」
「一回です。あと二回あります」
〈噛んだ〉
〈読み方の札作ったのに〉
〈呪われるまで残り二回〉
三森は札を一枚飛ばしかけ、ノーラに指で戻された。
「言葉と料理を分け与え、一行を飢えさせぬ兵站役。鍋島こむぎ!」
「鍋島こむぎです。今日は料理しません。たぶん」
「携帯食はないのか」
「話が止まった時用の話題なら、十個持ってきました」
「それ食べ物じゃないけど、今一番助かるやつですね」
眠井ネムが小さく拍手した。
「岩の体と鍛えた知略で、正面より門を破る戦士。鉄砦ガンジ!」
「鉄砦ガンジだ! 迷宮主よ、よき勝負を!」
「声量だけなら、すでに我が負けておる」
「すまない! 下げよう!」
下がった声も、ほかの四人より大きかった。
三森は最後の札を持ち上げた。
「眠りの淵より仲間を見張り、事故の夜にも声を絶やさぬ野営役。眠井ネム!」
「眠井ネムです。今のところ起きています」
「最後まで起きておれ」
「努力目標にします」
五人の視聴者が同じコメント欄へ混じり、誰を見に来たかを名乗っていく。
三森は最後の札を伏せた。紙から離した指が、わずかに震えている。パイプ玉座へ座り直してから、誰にも聞こえないよう息を吐いた。
◇
『攻略代理体を生成する』
青い門の前へ、五本の光が下りた。最初に形を得たのは、公開試験にも参加した配線ミナトだった。検査用の片眼鏡と腰の導線はそのまま。細身の斥候が、床へ触れるように身を低くする。
眠井ネムの攻略アバターも、大きな布をまとった盾役として現れた。丸盾へ寄りかかり、本人より先に眠そうな姿勢を取っている。
「私の攻略アバター、試験の時より眠そうじゃないですか」
『行動待機中だ』
「よかった。寝てはいない」
三体目は夜帳ヨルカ。黒い外套の内側に、小さな灯りがいくつも浮かんでいる。手には細い杖。遠くから術を放つ後衛役だった。
「自分の後ろに何かいません?」
「外套の影である」
「今、動きました」
『布の揺れだ』
「本当に?」
三森が確認する前に、四体目が現れた。鍋島こむぎは、腰に白い前掛けを巻いた補助役だった。短い杖の先には、小鍋によく似た金属の輪が付いている。
「料理しないって言ったのに、見た目が完全に料理担当ですね」
「兵站は重要である」
「回復できるなら何でもいいです。みなさん、体力が減ったら言ってくださいね」
「自分の画面にも出るけど、声で言ってもらえると助かります」
ミナトが応じた。
最後の光は、横幅からして違った。鉄砦ガンジの石人型アバターが立ち上がる。肩が広く、背も高い。両手には、自分の胴ほどある石槌を持っていた。
「素晴らしい!」
本人は喜んだ。
「通路、通れます?」
こむぎが尋ねた。
『規格上は通過可能だ』
「その答え、ちょっと怖いです」
五体の頭上へ役割と基礎階位が表示される。ミナトとガンジは第四階位。ヨルカも第四階位。こむぎとネムは第三階位。
各配信の視聴者数が支援の光へ変わり、斥候の片眼鏡、術士の杖、補助役の金属輪、戦士の石槌、盾役の丸盾へ順に灯った。
「こちら、ヨルカさんの枠から百人くらい来ています」
こむぎが自分の表示を見ながら言った。
「私のところにはガンジさんの視聴者が来ています。声が急に小さくなったから心配で見に来たって」
「心配をかけた!」
「戻さなくて大丈夫です」
各チャンネルの数字が少しずつ動く。三森が立っている中央の画面にも、五人の声と五体の姿がそろった。
「これが、画面より侵入するということか」
『定義上は接続だ』
「今は侵入でよい」
◇
青い門の奥に、第一層の通路が読み込まれた。通常迷宮と同じ石壁、同じ分かれ道、同じ罠。ただし、傷も勝敗もイベント枝の中だけに残る。
五人の画面へ、四つの作戦が現れた。
「いきなり押さないでください」
ミナトが先に言った。
「選んだ瞬間から五分間は変えられません。門が開いてから一度、敵と味方の位置を見ましょう」
「時刻をそろえた方がよくないですか?」
こむぎが自分の画面を読み上げる。
「今が二十時十二分四十秒。最初の作戦を二十時十三分に押したら、全員、次は十八分に変えられますよね」
『各チャンネルの入力時刻差が一秒以内なら、同時入力として扱う』
「では十三分にそろえよう!」
ガンジが即答した。
「初手はどうします?」
「ガンガン行け」
三森とガンジの声が重なる。
「侵入される側は決めないでください」
ミナトに止められた。
「命を大事に、だと前へ出る人は出ますか」
「出ます。ただ、罠を見つけたら慎重になるはずです」
「逃げろはないですね」
ヨルカが小さく言う。
「押したら五分逃げ続けます」
「それは怖い」
「ホラーの人が一番まともな怖がり方してる」
ネムが笑った。
残る選択肢は、サポートの動き。
「最初は全員で支え合いません?」
こむぎが提案した。
「誰か一人だけ前へ出るより、固まって様子を見た方が安全だと思います」
「賛成です」
「異論なし」
「うむ、堅実である」
「ミモリさんは防衛側ですからね」
時刻が二十時十三分へ変わった。五人が同時に、サポートの動きを選ぶ。
青い門が開いた。五体の攻略アバターは、互いを支えようと顔を見合わせた。
先頭に立つ者は、一人もいなかった。
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迷宮運営記録
- 配信回:第69回(開幕)
- 次回配信:2026年7月4日(土)・同配信継続
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