第43話 Creator Raid Branch v1
「まず、画面の中央をご覧ください」
配線ミナトの声が、いつもの迷宮配信へ入ってきた。三森は反射的に背筋を伸ばした。
「見ておる」
「迷宮ミモリさんではなく、視聴者の方です。今日は接続試験なので」
「分かっておる」
〈今絶対ミナトを見てた〉
〈初主催の顔合わせ一人目〉
〈まだテストだぞ〉
〈声が固い〉
「固くない。我は平常である」
六月二十五日、午後八時。
第一回クリエイターレイドを前に、三つの配信枠が同時に開いていた。一つは、全体を映す迷宮ミモリの枠。一つは、技術検証を担当する配線ミナトの枠。もう一つは、事故が起きても会話をつなげられる眠井ネムの枠だ。
招待から六日。本番参加を希望した五人の確認票は、前日までにすべて返ってきた。素材の使用範囲。音声。アーカイブ。緊急連絡。どれも確認できている。
五人の予定がそろうのは、七月四日土曜日の午後八時。今日はその前に、二人だけで三十分の公開接続試験を行う。
「眠井ネムです。起きています」
「今、午後八時であるぞ」
「私には早朝みたいなものなので」
「では、よくぞ起きた」
「ありがとうございます。褒められたので、今日の目標はもう達成しました」
〈帰るな〉
〈まだ迷宮入ってないぞ〉
〈ネムちゃん平常運転〉
三森の正面には、通常迷宮とよく似た入口がある。ただし石門の縁は青い。頭上には現代文字の銘板が浮かんでいた。
Creator Raid Branch v1
「名に威厳が足りぬ」
『識別子へ威厳は不要だ』
ラプラスが門の上へ現れる。浮かぶ目玉の周りを、三つのチャンネルの小窓と処理状況の輪が回っている。
『通常迷宮からの地形読取、完了。イベント用独立ログ、作成。攻略側チャンネル二件、接続正常。音声時刻差、許容範囲内』
「では、侵入者を入れよ」
『生成する』
門の前へ、二体の攻略アバターが現れた。配線ミナトの攻略アバターは細身の軽装だった。検査用の片眼鏡を付け、腰から束ねた導線を下げている。
眠井ネムの攻略アバターは、大きな布を外套のようにまとっていた。その下へ円形の盾を抱えている。
「私、盾なんですね」
「役割は抽選である。眠気に耐えるならば、攻撃にも耐えられよう」
「同じ耐久力として扱っていいんでしょうか」
「よい」
「よくはないです」
配線ミナトは斥候役だった。自分の攻略アバターを見て、すぐに右手を動かそうとする。
「操作入力は――やっぱり受け付けませんね」
『直接操作は仕様にない。所有者が選択できるのは基本方針だけだ』
二人の配信画面へ、四つの選択肢が現れた。ガンガン行け、命を大事に、逃げろ、サポートの動き。
「配信を見ながら、五分ごとにこれを選ぶんですね」
「そうである。己の分身が戦う姿を見て、適切な号令を下せ」
「五分ごと、ではないです」
配線ミナトが訂正した。
「選んだ後、五分間は変えられない。選ばずに観察する時間は取れる、で合っていますか」
『正しい。選択時点から三百分の変更禁止時間を計測する』
「細かい」
「ここは大事です。五分になった瞬間、押さない選択もある」
三森には、敵ながら慎重すぎるように思えた。だが本番では、その慎重さが相手の強さになる。
◇
『基礎戦闘力を固定する』
二人の攻略アバターの頭上へ、光の輪が下りた。登録者数をそのまま攻撃力へ足すのではない。ラプラスが規模を段階へ分ける。
千人未満を第一階位、千人以上五千人未満を第二、五千人以上一万五千人未満を第三、一万五千人以上三万人未満を第四とする。境界は本番前に公開し、途中で動かさない。攻撃、耐久、索敵、行動安定。役割に合わせて配分する。
配線ミナトは、一万人台後半の規模を基礎とする第四階位。斥候であるため、索敵と行動安定へ多く割り振られた。
眠井ネムは、一万人前後を基礎とする第三階位。盾役の補正を受け、攻撃より耐久が高い。
「登録者が多い方が、全部の数字で上になるわけではないんですね」
『規模は総量へ影響する。配分は役割で変わる。さもなければ、全員が同じ形の大きな棒になるだけだ』
「説明の比喩が雑だなあ」
「大きな棒は強いぞ」
「ダンジョンマスターが肯定しないでください」
基礎値は試験開始時に固定された。配信中に登録者が増減しても、途中で強くも弱くもならない。代わりに、各配信の有効同時接続が一時強化へ変わる。
『現在値をそのまま毎秒反映すれば、出入り一件ごとに能力が振動する。一定時間の有効値をまとめ、支援段階として更新する』
配線ミナトの攻略アバターへ、淡い青の光が重なった。眠井ネムの盾にも、少し遅れて銀色の縁取りが生まれる。
「見ている人が、そのまま強化になるんだ」
「スパチャではないぞ。此度、金銭で武具は出ぬ」
迷宮ミモリ側の試験枠では、スーパーチャット機能を止めてある。参加者側は普段どおりの収益設定を選べる。ただし、届いた金額をイベント枝は読まない。
ちょうど配線ミナトの枠へ、装備代と書かれたスーパーチャットが届いた。
「ありがとうございます。ですが、武器は変わりません」
『金銭入力、取得対象外。装備生成、復活購入、追加抽選、すべて未実装だ』
攻略アバターの短剣は、一本目のままだった。
〈本当に課金装備なし〉
〈ゴリ子の五万円盾も持ち込めない?〉
〈通常迷宮とは別だからな〉
〈応援したければ配信を見ろってことか〉
「左様。領民ならば、そなたらが積み重ねた功績で防衛せよ。侵入者の視聴者ならば、その城を見続けて支えるがよい」
違う場所で積み上げた応援が、同じ戦場へ並ぶ。三森はこの形を気に入っていた。
◇
試験用の短い通路へ、二体の木偶が配置された。通常迷宮のモンスター領民ではない。
勝っても功績にならず、倒されても誰の記録にも傷が付かない。検証用の敵である。
「始めよ」
配線ミナトはガンガン行けを選び、眠井ネムはサポートの動きを選ぶ。二体の攻略アバターが自動で歩き出した。
斥候のミナトが先行し、床の細い継ぎ目に気づく。だがガンガン行けの号令が優先された。罠を避けつつ、最短距離で木偶へ突っ込む。
「待って。罠を見つけたなら止まって調べてほしい」
『変更可能まで、四分三十七秒』
「長いですね」
「そなたが選んだ号令である」
「分かっています。だから怖いんです」
ネムの盾役は、斥候の後ろを守ろうと右へ左へ動いていた。木偶の攻撃を盾で受ける。空いた手で、ミナトの背へ小さな補助光を投げた。
「私、何を上げてます?」
『行動安定と罠抵抗だ』
「どこに出てます?」
『画面右上、補助効果一覧の十一段目』
「十一段目」
配線ミナトの枠でも、同じ問題が起きていた。体力、耐久、攻撃、索敵。安定度、士気、罠抵抗、移動傾向。現在目標、予測経路、敵対値、支援段階。同期遅延、入力時刻、次回更新、作戦固定残り時間。
画面に十六項目。攻略アバターより、数字の方が広い。
〈キャラ見えない〉
〈情報量で攻撃してくるな〉
〈配信者が自分の状態見失ってるぞ〉
〈ラプラスの管理画面をそのまま渡しただろ〉
『必要な情報はすべて表示した』
「全部出したから分かりやすい、にはならんのよ」
ノーラが管理画面へ割り込んだ。
「メインに残すの、体力、今の作戦、変更できる時刻、ヤバい状態異常。あと全体マップと味方の位置。それ以外は詳細タブ」
『索敵値を隠せば、発見確率の判断精度が落ちる』
「見る必要ある時だけ開けばいい。常に出てたら、その見る必要ある数字が埋もれるじゃん」
「同感です」
配線ミナトが即答した。
「元の数字も検証には欲しいです。ただ、戦いながら見る画面とは分けてください」
「私は、次にいつ押せるかが大きければ助かります」
「ほら、使う人がそう言ってる」
『二対一か』
「我も情報は多い方がよいと思うぞ」
「ミモリ様は司会しながら十六項目読めるんすか?」
三森は画面を見た。眠井ネムの士気を探している間に、配線ミナトの罠抵抗を見失った。
「……時と場合による」
「じゃ、三対一で削りまーす」
ノーラが表示を消していく。数字に埋もれていた二体の姿が、ようやく大きく見えた。
体力は太い一本の線になる。四つの作戦は画面の下へ並んだ。次に変更できる時刻は、秒ではなく「20:18」と大きく出た。
細かな数字が消えたわけではない。見たい者は、詳細画面を開けばいい。
「見やすいです」
「起きていられそうです」
『情報量は減少した』
「伝わる量は増えたっしょ」
五分が経過した。配線ミナトが命を大事にへ切り替える。斥候が一歩退いた。罠の作動範囲を確かめてから、ネムの盾役と並ぶ。
木偶二体はほどなく倒れた。
通常迷宮の攻略階層は第二層のまま。功績も増えず、課金装備もDPも動かない。イベント枝の独立ログにだけ、試験成功の一行が加わった。
『Creator Raid Branch v1、基本接続試験を完了。表示層の修正を除き、戦闘系統は正常』
「表示層が一番危なかったけどね」
青い門の向こうに、五体分の立ち位置が用意されていた。今日入ったのは二人だけ。次は五人が、それぞれの配信画面から入ってくる。
「七月四日、午後八時」
三森は、簡略化された画面の中央へ第一回の告知を出した。
「五つの城より来る侵入者を、我が領民とともに迎え撃つ。これを第一回クリエイターレイドとする!」
〈正式発表きた!〉
〈五人全員参加!〉
〈ゴリ子ログインしてくれ〉
〈小さい主催の初イベント、見届けるぞ〉
青い門が閉じる直前、ラプラスが消された十二項目を未練がましく移していた。詳細画面の、一番上へ。
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迷宮運営記録
- 配信回:第68回
- 次回配信:2026年7月4日(土)20:00・第一回クリエイターレイド
- チャンネル登録者:18,406人(+2,205人)




