第42話 招待した後の方が長い
翌朝、三森は配線ミナトの返信を頭から読み直した。承諾の一行は、昨夜のうちに全員が読んだ。机へ広げたのは、その下の十二行である。
本番前に、入力情報と遅延を確認させてください。
私のチャンネルから取得される項目を、名前で教えてほしいです。
取得の間隔と、反映までの遅れはどのくらいになりますか。
同時接続数はそのまま使われますか。段階へ丸められますか。
配信を切った場合、私の攻略アバターはどうなりますか。
スーパーチャットは能力へ影響しますか。
「まだ半分であるぞ」
「あとの六つは、攻略アバターへどこまで指示できるかと、事故った時にどこまで戻せるかっす」
ノーラが返信の下書きを開いた。問いと同じ番号を左端へ振っていく。
『回答は生成済みだ。取得項目はチャンネル識別子、公開登録者規模、配信開始状態、有効同時接続の段階値、許可された画像および音声。取得間隔は十五秒、反映遅延の上限は――』
「昨日の続きやめて。ラプっち、それ今どのくらいの量になってる?」
『五通分だ』
「増えてるじゃん」
「一晩考えたのであろう。褒めてやれ」
「褒めると十通になるんで」
ノーラは長い説明を別紙へ移した。本文は一つの問いに一つの答えだけを返す。番号と答えが、上から順にそろって並んだ。
「短くしては、答えたことにならぬのではないか」
「なるっす。全部書いてあるのと、全部伝わるのは別なんで」
「では、末尾へ我が名を大きく記せ。迷宮主が直に答えたと分かるように」
「署名はもう入ってるっす。大きさで信用は増えないんで」
三森は口を閉じた。十二行目をもう一度読む。事故が起きた時、どこまで戻せるのか。
まだ入ってもいない迷宮の壊れ方を、侵入者の方が先に聞いてくる。
◇
その朝のうちに、残る四人からも返信が届いた。夜帳ヨルカは参加希望。ただし、強い光や大音量が出る場面は、視聴者へ事前に知らせてほしいと書いていた。
鉄砦ガンジの方は、ほぼ一行だった。
挑戦、受けよう! 必要な確認事項を送ってくれ!
その下に、使える立ち絵の保存先と連絡可能な時間帯が整然と並んでいる。声量に反して、事務連絡は五人の中で最も読みやすかった。
鍋島こむぎは、ゲームに慣れていない自分でも参加してよいのかと聞いてきた。参加者だけに分かる画面になるなら、視聴者へ説明する時間がほしいとも添えてある。
眠井ネムの返信は午前四時十三分に届いていた。
お誘いありがとうございます。参加したいです。
事故対応要員として選ばれた気配を感じますが、事故が起きないのが一番です。
起きたら起きたで、しゃべって待てます。
「五人とも来るではないか!」
三森は今度こそ勝利を確信した。
「では、全員参加で布告を出すぞ」
「まだっす」
ノーラが返信管理表を拡大した。参加意思の列に、五つの丸が並んでいる。
その右はすべて空欄だった。表示名、読み方、立ち絵、使用範囲。音声環境、連絡手段、希望日時。配信枠、アーカイブ、切り抜き、緊急時対応。
「丸が五つあるではないか」
「横がほぼ真っ白じゃん。これで告知したら、後から日程合わない人が出た時に詰むから」
「名は知っておる。絵も配信画面にあるものを使えばよい」
「勝手に抜くのガチでダメ」
ノーラの声が一段低くなった。
「公開されてる絵は、誰でも企画素材にしていいって意味じゃないっす。本人が使っていいって指定したやつだけ。Live2Dの生データとかも要らない。こっちが必要ないもんまで預からない」
「攻略アバターを歩かせるには、手足を分けた絵が必要ではないのか」
『不要だ。我が生成するのは立ち絵をそのまま歩かせる低俗な切り抜き人形ではない。許可された外見的特徴を、イベント枝の攻略代理体へ写像する』
「その言い方もメールに入れないでね」
『なぜだ』
「ケンカ売ってるみたいだから」
ノーラは五人へ送る確認票を作った。活動名と読み方。画面へ出してよい立ち絵。ロゴの使用可否。本人のアーカイブと、迷宮ミモリ側のアーカイブに残してよい範囲。公式切り抜きへ使う場合の条件。
音声は、全員が同じ通話へ入るのか。それとも個別に三森へつなぐのか。各自のチャンネルでも同時に配信するなら、開始と終了は何時にそろえるのか。
企画中に回線が落ちたら、何分まで待つのか。戻れなかった時、その人のアバターを残すのか。退場させるのか。
「招いて、来ると言われた後の方が長くないか?」
「そうっすよ」
ノーラはあっさり答えた。
「コラボって、会いたい人の名前を並べたら完成するもんじゃないんで」
三森は書き込み途中の管理表を見つめた。勇者の名を一番下へ足した時、ノーラがすぐ消した理由が少し分かった。
四人組の企業勢を一枠増やす。それは名前を一つ増やすことではない。確認する相手が増える。守る約束も増える。
「……第三回くらいなら、勇者を招いてもよいか」
「成長した。けど今それ考えると手止まるから、第一回やろ」
◇
昼からは、デミタスが確認票の続きを引き継いだ。
「技術上できることと、行ってよいことは分けてお考えください」
食堂の壁へ、四つの札が並んだ。通常進行、個別離脱、一時停止、企画中止。
「一人の音声だけが切れた場合、ほかの四名まで即座に止める必要はございません。ご本人へ文字で連絡し、復帰を待つ間は攻略アバターを安全行動へ切り替えます」
「命を大事に、でよかろう」
「前もって本人に選んでもらった逃げ方にいたします」
「同じではないか」
「似ていても、決めるのはご本人です」
デミタスが二つ目の札へ書き足した。連絡不能が一定時間続けば、個別離脱。
「迷宮の映像や作戦を選ぶ画面、ほかの配信とのつながり。このどれかが壊れ、勝負に差が出る場合はいったん止めます。直せず、全員を同じ条件へ戻せない場合は中止します」
「我が魔力で支えればよい」
『不足が迷宮側とは限らない。プラットフォーム、通信経路、参加者端末、認証、音声通話。障害点は複数ある』
「住所や本名など、映ってはいけないものが出たら、その部分はすぐに隠します。続けるかは本人に聞いてからです」
「敵の罠であれば?」
「現代では事故です」
四枚の札を、三森は順に見比べた。自分の迷宮なら、何が起きても最後に決めるのはダンジョンマスターだった。
だが今回、迷宮は三森のものだ。声と姿とチャンネルは、五人のものだ。
「全員が続けたいと申しても、我だけで止める場合はあるのか」
「ございます。安全と権利を守れない場合に中止を決めることも、主催者の仕事です」
「勝ち目がない時は?」
「それは続行します」
「うむ」
◇
夕方、ラプラスが食堂の端へ二つの小さな迷宮図を浮かべた。一つは、領民が日々出入りしている通常迷宮。もう一つは、輪郭だけが青く光る同じ形の迷宮だった。
『通常迷宮の状態を直接変更する案は棄却した』
「なぜだ。侵入者との戦いも我が迷宮の歴史であろう」
『通常側で実施すれば、イベント用の戦力換算が恒久功績へ混入する。課金装備の残存価値、階層突破記録、守護神の戦績、DP消費も分離できない。検証条件として不潔だ』
「我が迷宮を不潔と申すか」
『データの話だ』
青い迷宮は、通常迷宮の地形と領民アバターを読み取る。読み取るのは開始時点の複製だけだ。そこで壁が壊れても、通常迷宮の壁は壊れない。
冒険者が階層を突破しても、通常側の攻略階層は進まない。防衛の領民が倒されても、功績や装備は減らない。戦闘結果はイベント記録として別に残る。
『通常側からの入力は読み取り専用。イベント中の変更は独立ログへ書き込む。終了後の逆流は禁止する』
「褒美も持ち帰れぬのか」
『通常功績は付与しない。イベント称号と記録は別枠で設計できる』
「領地も配下も?」
『与えれば通常迷宮へ影響するだろう』
三森は露骨に不満な顔をした。祭典で功を上げた者へ、栄誉しか与えられない。
だが、いつもの領民が積み上げたものである。外から来た配信者との一日で動かす方が、よほど筋は悪い。
「よかろう。此度の戦場は、我が迷宮の歴史を映した仮初めの砦とする」
『名称はCreator Raid Branch v1だ』
「他国の城主を迎え撃つ祭典用迷宮」
『長い上に、勇者ではなく配信者だ』
「侵入するならば同じである」
ラプラスが青い迷宮の入口を開いた。中にいるのは、輪郭だけの五体の攻略アバター。名前も姿も能力値も入っていない。
管理表と確認票が埋まるまで、ラプラスはそれ以上手を付けなかった。
「おぬしなら、先に生成しておくと思ったが」
『入力条件が未確定だ。未許可素材を仮入力に使えば、後で消したとしても処理履歴へ残る』
「意外とちゃんとしてるじゃん」
『我を何だと思っている』
「数字なら何でも食う目玉」
『データは食う。許可されていないデータは食わぬ』
その夜、五人へ最初の確認票が送られた。返信がそろえば、名前のない五体に、それぞれの姿が入る。
招待を送るまでは五通だった。受けてもらった後は、五人分の約束になった。
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第67回)
- 次回配信:2026年6月25日(木)20:00
- チャンネル登録者:16,201人(+359人)




