第40話 同じ高さの城へ招待状を
『昨夜のうちに書いた』
朝の食堂へ、ラプラスが試験室の十二視点をそのまま持ち込んだ。鏡と水槽と三色の灯り。同じ部屋の映像が時刻をそろえて再生される。
ミラが焼きたての卵の皿を持ってきた。窓の列へ割り込む。
「一枚どかしてくださいね。冷めます」
『入力元を領民アカウントから、外部チャンネルの配信情報へ置き換える。技術上はこれで通る』
「では、ほかの配信者を我が迷宮へ入れられるのだな」
『本人または権限保有者の許可があれば』
「許可?」
卵へ伸ばしかけた三森の指が止まった。
『他者のチャンネル情報を無断で取得し、配信映像と攻略代理体へ接続することはできない』
「我が領域へ侵入する者に、なぜ我が許可を求めるのだ」
「逆っす。こっちが呼ぶんだから、相手に参加していいか聞くの」
ノーラは卵を一口で片づけた。新しいメモを開く。
「コラボ企画にするなら、誰を呼ぶんすか?」
「配信者という配信者へ布告を出せばよい。勇気ある者は来い、と」
「初主催で全世界募集はムリ」
「なぜだ」
「返事、日程、立ち絵、名前の表示、音声、配信枠、途中で落ちた時の連絡。百人来たら誰が見るんすか」
三森が黙ってノーラを見た。当人はメモから顔も上げない。
「こっち見ないで。五人でもまあまあ大変だから」
デミタスが手帳を開いた。六月の予定が並んだ頁を三森へ向ける。
「今回は迷宮ミモリとして、ほかの配信者を呼ぶ初めての企画です。人数を増やすより、約束した内容を最後まで守ることを優先すべきでしょう」
「我が約束を違えると申すか」
「参加者が多すぎれば、どれほど誠実でも全員へ目が届きません」
三森が反論しかけた。視界の端で、ラプラスの目がまた半分閉じている。
十二視点でこれである。
「……では、選ばれた城主のみ招く」
『処理上限からも妥当だ。初回同時接続先は四から六チャンネルを推奨する』
「五人にしよ。奇数の方がサムネ並べやすいし」
「戦力ではなく、絵の並びで決めるのか」
「見せる企画なんだから大事っすよ」
「六人でも並ぶけど。どっちでもいいんじゃない?」
通りがかったシルカだった。誰の返事も待たずに廊下の先へ消える。
◇
その日の午後、食堂の机は初めての招待会議に占領された。
ノーラは候補を探す条件から決めた。登録者が迷宮ミモリと大きく離れていないこと。個人勢で、公開された連絡先があること。複数人コラボで相手の話を遮ったり、素材を無断で使ったりしていないこと。
そしてダンジョン攻略が得意かどうかは問わないこと。
「最後は必要か? 強者を招く催しであろう」
「ゲーム上手い人だけ集めたら、同じ反応ばっかになるじゃん。AIが動くなら、本人が操作うまいかより、まわり見て作戦変えられるかの方が大事っしょ」
『未確定だが、登録者数を基礎戦闘力へ段階変換する案がある。当日の有効同時接続を一時強化へ使用すれば、各配信者が積み上げた活動も反映できる』
「一万人と二万人で、力が倍になるのか」
『生値の加算は不適切だ。規模帯ごとに緩やかに変換する。詳細は未設計』
「その案、メールに書きますからね。後で言うのなしなんで」
最初の一人は、ノーラが説明するまでもなかった。
「配線ミナト。一万八千四百二十人。昨日、鏡と水槽を要求してきた本人っす」
「あの斥候か。我が迷宮を暴こうとした者を招くのか」
「暴けなかった人っすよ。しかも自分のアバターで入りたいって、絶対言うタイプ」
二人目の名前を出したところで、ノーラの手が止まった。
「夜帳ヨルカ。一万六千八百九十人。ホラーと怪談の人。……この人、怖がり方がガチなんすよ。悲鳴上げながら最後までやって、終わった後に必ず仕組みを喋る」
「恐怖に耐える斥候か。よい」
「そこじゃなくて、終わった後に喋る方が大事なんで」
三人目には三森が先に反応した。
「鍋島こむぎ。一万三千百七十人……料理と雑談だと? 迷宮と何の関係がある」
「複数人配信で、黙ってる人にちゃんと話振れる人。五人集めたら絶対一人余るんすよ」
「戦力にはならぬ」
「なるんですって」
四人目の欄を見て、三森はパイプ椅子の上で姿勢を正した。
鉄砦ガンジ。登録者二万一千六百四人。大柄な石人型の男性VTuber。筋力トレーニングと戦略ゲームを扱う。声は大きいが、対戦相手への礼を欠かさない。
「我より多いではないか」
「この中で唯一の二万超えっす」
「よい。壁役として遇する」
「本人が聞いたら喜ぶやつ」
最後の欄には、ノーラの注釈が一行だけ付いていた。
「眠井ネム。九千八百六十人。深夜の作業配信と睡眠導入雑談と箱庭ゲーム。……去年、機材の落ちたコラボを一人で二十分つないでます」
「二十分?」
「主催が戻るまで、一人で喋って持たせたってことっす。事故った時にこれができる人がいるかどうかで、企画が死ぬか生きるか決まるんで」
その一行を三森はもう一度読んだ。
「戦士、斥候、兵站、壁役、野営担当か」
「勝手に職業つけないで」
「だが、よい一団ではないか」
三森は一覧の一番下へ、もう一つ名前を書き足した。
「こちらも候補である」
勇者。
登録者数は五人の誰よりも多い。
「はい削除」
ノーラが一秒で消した。
「待て! なぜ我が推――最大の仮想敵を消す!」
「登録者の数が全然違う。会社に入ってる。しかも四人組。初回から話を通す相手が多すぎ。あとミモリ様が打ち合わせで死ぬ」
「死なぬ!」
「じゃあ今、招待メールの宛名書けます?」
三森の指が止まった。
「宛名など、いくらでもある」
「じゃ書いて」
勇者様、と入力して消す。勇者殿、と入力して消す。
宿敵たる勇者へ。そこまで打って手が止まる。三森は自分の文字列を数秒眺め、全部消した。
「デミタス。現代では、目上でも格上でもない相手を、それでも敬いたい場合、何と書く」
「ご本人の活動名へ、様を付けるのが無難かと存じます」
「それだ。それが書けぬのだ」
「なぜでしょうか」
「軽い」
誰の名前もない宛名欄で、カーソルが点滅していた。
「……今回は、同じ高さの城を持つ者へ譲ってやる」
「そっすね。いつかちゃんと呼べる主催になってからにしましょ」
「上から諭すでない」
「あと、今の名前で消したの三回とも変換ミスってましたよ」
「見るな!」
◇
三森が最初に考えた件名はこうだった。
【侵攻許可状】我が迷宮へ挑む権利を与える
「迷惑メールっぽい」
ノーラに却下され、代わりにデミタスの出した案が共通件名になった。
複数配信者参加型ダンジョン攻略企画に関するご相談
「威厳がない」
「開いてもらう方が先っす」
「本文の頭には、時候の挨拶を置いてはいかがでしょう。拝啓、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」
「それ請求書に付けるやつ。個人勢へのコラボ相談でそれ来たら、逆に距離できるんで」
「……新しい様式を確認いたします」
本文には、企画がオンラインだけで完結すると書いた。参加費は求めない。課金による戦闘強化も行わない。
参加者はアバターを直接操作しない。五分ごとに作戦を選び、その間はAIが動く。そういう案であることも添えた。
登録者数と当日の有効同時接続数を戦闘力へ変換する案は、まだ検討中である。正式に決める前に計算方法を共有すると書いた。
チャンネル情報、立ち絵、音声、表示名。使うのは本人が許可した範囲だけとした。
配信とアーカイブへ残す範囲。辞退できる期限。質問用の連絡先。それも書き添えた。
「長い」
「初めて連絡する相手に、『詳しいことは来てから』の方が怖いっすよ」
「罠は入ってから分かる方がよい」
「コラボ相手は侵入者じゃないんで」
その下へ、相手ごとに違う招待理由を書いた。配線ミナトには、多視点検証の続きを頼んだ。今度は自分のアバターで試してほしい。
夜帳ヨルカには、五分間の作戦判断を任せたいと書いた。悲鳴の合間にも状況を見ている人である。
鍋島こむぎには、初対面の参加者を一つの会話へまとめる力を借りたいと頼んだ。
鉄砦ガンジには挑戦状を添えた。数字の強さが狭い迷宮で通じるか、正面から試してほしい。
眠井ネムへの一通だけは、三森が二度書き直した。想定外が起きても配信を止めない経験を、初主催の場で貸してほしい。
「我の要望がほとんど残っておらぬ」
「言い方変えただけで、内容は全部ミモリ様が選んだ理由っすよ」
三森は五通を最初から読み直した。どの配信を見て、何を面白いと思ったか。なぜ自分の迷宮へ来てほしいのか。相手ごとに違う理由が、相手へ向けて並んでいる。
布告ではなかった。
「公開されている仕事用の連絡先だけだな」
「確認済み。個人DMには送らない。返事なくても追撃しない」
「不参加でも、敵対の意思とはみなさぬ」
「それもメールには書かなくていいかな」
デミタスが手帳の頁を閉じた。最後の確認事項を読み上げる。
「送信後は、先方が公表するまでお名前を出さないようお願いいたします」
「我が誰を招いたか、領民へ布告してはならぬのか」
「受けるとも、検討しているとも、まだお返事をいただいておりません」
三森は不満そうな顔のまま、一度だけうなずいた。ノーラが送信ボタンへ指を置く。
「じゃ、五件いきまーす」
「待て。心の準備が」
「さっき確認したじゃん」
招待メールが五通、順番に送信済みへ移った。
「……送ったのか」
「送ったっす」
「取り戻せ」
「無理」
「配下の斥候を向かわせれば」
「メールを物理的に回収しようとしないで」
返事はまだ来ていない。だが十分後、配線ミナトのPoppiが更新された。
昨日検証した迷宮から、今度は自分で入って確かめないかというメールが来た。
詳細はまだ言えないけど、ずいぶん面白い検証の続きになりそう。
「名前は出しておらぬな」
「昨日検証した迷宮って、ほぼ答えっすけどね」
返信欄では、すでに迷宮ミモリの名が飛び交っていた。三森は慌てて公式Poppiを開き、何か布告すべきかと考えて、そのまま閉じた。
「ノーラよ。返事は、いつ来る」
「知らないっす。相手の都合なんで」
端末を伏せ、三分後にまた表へ返す。
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第67回)
- 次回配信:2026年6月25日(木)20:00
- チャンネル登録者:15,196人(+214人)




