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第39話 侵入者の検証要求

 第一層が初めて突破された翌朝だった。ノーラが食堂へ持ち込んだのは、勝利を祝う投稿ではなかった。


「検証依頼、来てますよ」


「再戦の申し込みか」


「映像の方っす」


 ノートPCに、公開大改装の検証動画が出ていた。投稿者は技術系の配信者で、前から迷宮ミモリの映像を追っている。


 第一層の壁が動いた前後を、公式配信と領民アバター六体の一人称映像で並べていた。どの視点でも壁の位置が同じ時刻に変わる。床へ落ちた装備が壁に押される。土埃の影まで光源に合わせて動いた。


『結論が不完全だ』


 ラプラスが動画の前へ割り込む。


「まだ何も言ってないっすよ」


『題名に「リアルタイム合成説を再検証」とある。合成を前提にしている時点で入力の分類が誤っている』


「迷宮が本物って前提で検証する人いないから」


 動画の最後に、次の配信で試してほしい条件が三つ並んでいた。一つ。大きな鏡を置く。二つ。透明な水を置く。三つ。色と位置の違う光源を、配信中の指示で動かす。


 鏡へ映る像。水面と水中の屈折。複数方向へ伸びる影。それを公式視点と複数の一人称視点で同時に見せてほしいという。


「注文の多い侵入者だな」


「受けます?」


「当然である。我が迷宮の壁を見破ったつもりでいる者へ、次の罠を与えてやろう」


 デミタスが、動画の注意書きを指した。


「住所、使用機材、未公開の仕組みを明かす必要はない、とも記されています」


「礼儀を知る侵入者ではないか」


『試験条件としては最低限だ。鏡の寸法、水の屈折率、光源の照度、色温度、移動速度が定義されていない』


「そこまで書いたら配信じゃなくて実験っすよ」


『これは実験だ』


「我にとっては防衛戦である」


 三者の認識がそろわないまま、二日後の検証配信が決まった。


     ◇


「本日は、我が迷宮を偽物と疑う斥候どもの要求へ応じる」


 六月十八日、午後八時。


 三森が立つのは、第一層の外周へ新しく掘った試験室だった。正面に、人の背丈を超える鏡。中央には透明な水を満たした細長い水槽。天井と左右の壁へ、白と赤と青の魔術灯を吊るしてある。


 公式HPへログインした領民から、検証役の十二体が室内と廊下へ散った。全員がAIオートで動けば試験にならない。この区画へは一時的な待機命令を出し、一人称視点だけを借りる。


 公式配信には、三森の管理視点と代表四体の一人称視点が並ぶ。HP側では、自分のアバターの見ている映像を個別に確認できた。


〈でかい鏡きた〉


〈水槽まで本当に用意したのか〉


〈昨日までなかった部屋だよな?〉


〈検証者も配信にいるぞ〉


「まずは鏡である。何を映せばよい」


 検証者から、公式Poppiを通じて最初の指示が届いた。


鏡を正面から三十度、右へ回してください。

赤い灯りを消し、水槽の後ろへ盾役を一体置いてください。


「細かい」


「配信で聞いた通りに変えるのが大事なんすよ」


 三森は鏡の縁へ手を添えた。重い鏡が床を擦り、右へ向きを変える。鏡面の中を、三森も水槽も白と青の灯りも滑っていった。部屋の隅の領民アバターまで一緒に流れる。


 その端で、自分の顔が正面から横顔へ変わった。


 勇者も新衣装の披露配信で、鏡の前へ立って向きを変えていた。三森は手を止め、鏡から目を離す。


 赤い灯りが消える。盾役が水槽の後ろへ歩いた。水とガラス越しに、輪郭が歪む。


 正面の公式視点では幅広に見えた。左の斥候視点では細い。水槽を挟まない背後の視点だけ、本来の形のままだった。


〈盾が視点ごとに違う歪み方してる〉


〈鏡の中の水槽にも屈折あるぞ〉


〈待って、鏡に映ってる斥候視点のカメラはどこだ〉


〈カメラじゃなくてアバターの目だって設定〉


『設定ではない。観測器官だ』


「コメントへ張り合うでない」


 次の指示は、水槽へ黒い金属球を落とすことだった。


 三森が指先で球をつまみ、水面の上へ掲げる。


「落とす時刻まで指定する気か」


好きなタイミングで落としてください。


「ほう。ならば読めまい」


 三森はすぐには落とさなかった。一度手を下げ、また上げる。投げるふりをして止めた。コメント欄に「早くしろ」が増えたところで、話の途中に指を開く。


 金属球が水面を割った。


 飛沫が上がり、赤の消えた室内で白と青の光を弾く。水槽の底へ沈む球は、正面と斜めと鏡の中で別々の位置へ折れ曲がった。遅れて水面の波がガラスへ返り、盾役の歪んだ輪郭が細かく揺れる。


 十二の一人称映像すべてに、同じ落下と同じ波がある。角度だけが違った。


『入力時刻を固定。各視点の状態差分を生成。反射面内の再観測を――』


 ラプラスの周囲に開いていた管理窓が、一斉に増えた。公式配信の四分割映像が粗くなる。水面の細かな波が四角い粒へ崩れ、コメントの流れも遅れた。


「ラプラス?」


『処理は継続している』


「目、半分閉じてますけど」


『演算資源の動的配分だ』


「それ、しんどい時の言い方じゃないです?」


 ノーラはすぐに表示を整理した。公式配信へ常時出す一人称視点を、四つから二つへ減らす。残りは一定間隔で切り替える。


 HP側の個人視点は解像度を一段落とした。検証用の元記録だけは別に保存する。


『まだ足りない。表情追跡の中間段階を切る。主のモデルは、笑い、真顔、怒りの三段階になる』


「我の威厳が三段階へ落ちるのか」


『四段階目から先は反射面の再計算へ回す』


 シルカが画面の端で、使わない口の形を上から順に灰色の無効表示へ変えていく。


「表情三つだけとか、顔死んでるじゃん」


「勝手に殺すな」


「ラプラスが殺した」


『処理余裕、十二パーセント回復』


「無理なら中止するぞ」


『不要だ。次の入力を要求する』


 声が滑らかに戻っている。三森はそれを確かめてから、三つ目の試験へ進んだ。


「光を動かす。斥候よ、順を申せ」


 今度は検証者一人に決めさせない。配信コメントから三件を選ぶことになった。


〈青を床まで下げる〉


〈白を水槽の後ろへ〉


〈赤を点けて鏡の上を一周〉


「採用する。ラプラス、入力時刻を記録せよ」


『記録開始』


 青い灯りが壁を伝って床近くまで下がった。領民アバターの影が長く天井側へ伸びる。白い灯りが水槽の背後へ回る。透明だった水の輪郭が明るく浮かび、底の金属球の影が二重になった。


 最後に赤い灯りが点いた。鏡の上をゆっくり一周するたび、部屋の影が回る。


 三森の影。盾役の影。水槽越しに揺れる影。どれも速さと濃さが違った。鏡の中でも赤い光が動き、映り込んだ領民の鎧へ細い反射が走る。


 公式視点が切り替わる。部屋の外から鏡だけを映す視点。水槽の横から三森を見上げる視点。鏡へ背を向け、水面の反射だけを追う視点。


 三つとも同じ一つの部屋だった。見ている場所が違うだけだ。鏡の中で赤が動く。鏡へ背を向けた視点の水面にも、同じ角度で赤が乗った。


〈これを全部リアルタイムでレンダリングしてるなら設備おかしい〉


〈事前収録説は無理になった〉


〈ゲームエンジンならできるだろ〉


〈できる。でも今動かした位置は配信開始後の指定だぞ〉


〈空間全部を最初から3Dで作ってる説なら残る〉


〈それ個人勢の検証配信でやる規模か?〉


〈途中から画質落ちたのは何なんだよ〉


〈都合の悪い部分を隠したようにも見えるが〉


「まだ敗北を認めぬか」


『当然だ。観測結果から入力源を特定できていない』


「なぜお前が侵入者側の肩を持つ」


『我の処理と、主の勝敗判定は別問題だ』


 配信の終了間際、検証者から短い暫定報告が届いた。


少なくとも、事前収録した映像をライブに見せているだけ、という説明では成立しません。

大規模なリアルタイム三次元環境と、全視点で共通する状態入力が必要です。

何を入力源にしているかは、今回も分かりません。


 三森は満足げに腕を組んだ。


「つまり、我が迷宮の正体を見破れなかったということだな」


「技術の候補は絞られてますけどね」


「見破れておらぬ」


『MSBRに記載済みだ。橋渡し層は迷宮を生成しない。入力源はProvider依存であり、仕様範囲外』


〈結局そこが一番分からない〉


〈ブログの書き方とラプラスのしゃべり方似てない?〉


〈今その話すると長くなるぞ〉


 配信を閉じた直後から、検証動画の公開通知が続いた。鏡だけを追う者。水面の波をフレーム単位で並べる者。十二視点の光と影を一枚の図へまとめた投稿も出た。一時間で本編の切り抜きより伸びる。


 三森は通知の数を戦果のように眺めた。それから、停止した試験室の視点一覧へ目を戻す。


「ラプラス。領民十二人の目を同時に通し、同じ部屋を見せられたのだな」


『処理上限へ近づいたが、同期は成立した』


「では、落とした画質はいつ戻る」


『個人視点は当分このままだ。切った表情差分も、記録の再構成が終わるまで復旧しない』


「いつ終わる」


 ラプラスは答える前に、管理窓を三枚ほど閉じた。


『次の配信より後だ』


「我が三段階の顔で次を配信すると申すか」


『笑いと真顔と怒りがあれば、主の表現は成立する』


「増やせ」


 ノーラが吹き出したのを、三森は睨んだ。それでも試験室の十二の窓は閉じない。しばらく眺めてから口を開く。


「ならば次は、領民ではない者の城ともつなげられるのではないか」


 ラプラスの大きな瞳が、完全に開いた。


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迷宮運営記録


- 配信回:第67回

- 次回配信:2026年6月25日(木)20:00

- チャンネル登録者:14,982人(+3,238人)

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