第38話 領民の望む壁を作れ
「ゴリ子がおらぬ」
一万人記念の公開大改装は、三森のその一言から始まった。
配信画面の中央に、第一層の全体図が浮かんでいる。右側は改装案への投票欄。左側には、いま公式HPへログインしている攻略参加者と防衛参加者の一覧。冒険者側は表示しきれないほど名前が並び、モンスター側にも見慣れた領民が集まっていた。
ただし、モンスター側の一覧を何度検索しても、守護神の名だけが出てこない。ログイン中の参加者へ「ゴリ子」と打ち込む。該当なし。それを三度繰り返してから、三森は検索欄から指を離した。
「ラプラス。HPのログイン反映が遅れておるのではないか」
『否定する。現在のログイン情報は正常に同期している』
「であれば、接続障害だ」
『ゴリ子の領民アカウントから、今回の配信中にアクセスされた記録はない』
一覧を一番下まで送り、また上へ戻す。並ぶ順が変わるだけで、書かれている名前は同じだった。
「前回の損耗が残っておるのではないか」
『任命祝いにより本体装備は新品。通常版の生命値と状態異常も配信終了時に復元済みだ』
「じゃ、今日はお休みってことじゃないです?」
ノーラの軽い返答に、三森は参加者一覧をもう一度開き直した。閉じても同じ。更新しても同じだった。
「守護神が、何の報告もなく休むであろうか」
「てか、来る予定を出す機能とかないっすよ。配信中にHPへログインしてたら参加。それだけじゃん」
『参加予定、予約、欠席設定はいずれも未実装だ。領民に参加義務もない』
「ミモリ様。こちらから個人へ連絡を求めることも、お控えください」
デミタスまで静かに釘を刺した。三森とて、配信へ来るたびに出欠の理由を差し出せと決めた覚えはない。家事。仕事。病。ほかの娯楽。現代人が迷宮へ来ない理由はいくらでもあると、頭では理解していた。
それでもゴリ子の防衛参加は、第一回配信から一度も欠けていなかった。
〈守護神不在マジ?〉
〈今日なら第一層取れるぞ!〉
〈ゴリ子ジュニアも全欠席だ!〉
〈攻略勢集合! 歴史が動く!〉
〈ミモリ、めっちゃ心配そうで草〉
「心配などしておらぬ。守備計画に予定外の空白が生じただけだ」
「はいはい。じゃ、予定どおり工事始めまーす」
ノーラが第一回の投票を配信画面へ開いた。選択肢は三つ。入口の一本道を、二人幅のまま残すか。四人幅へ広げるか。途中に集合用の小部屋を設けるか。
結果は、集合用の小部屋が六十二パーセント。
「敵が隊列を整える場所ではないか。不採用だ」
〈投票の意味〉
〈六十二%を蹴るな〉
〈設計会議とは〉
「決定権は我にある。だが――入口で詰まって配信画面へ出られぬ領民が多いのも事実か」
第一層の入口で、過去最大数の冒険者アバターが肩をぶつけ合っていた。盾役の背中へ斥候が引っかかる。その後ろで、回復役が壁へ向かって回復魔法を放っていた。
所有者たちは操作できない。入場時に選んだ作戦と、配信へ送るコメントとハート。支援の手段はそれだけだ。
「集合部屋ではない。侵入者を一か所へ集め、罠の対象を選別する前室である」
「採用ってことでいいっすね?」
「我の罠部屋としてだ」
三森が片手を上げると、入口右側の壁が低い音を立てて奥へ下がった。土と石が押し固められ、何もなかった場所へ半円形の空間が現れる。
ラプラスが固定範囲と消費DPを表示した。三森は人の流れを見ながら、入口の幅を調整する。つい数秒前まで壁だった場所へ、冒険者たちが雪崩れ込んだ。
〈本当に今作った〉
〈アバターが新しい床を踏んでる〉
〈先頭だけ待て、盾がまだ引っかかってる!〉
〈ガンガン行け勢に待ては無理だ〉
前室から飛び出した攻撃役が、完成直後の落とし穴へ落ちた。三体まとめてだ。
「見よ。敵を整えるためではなく、落ちる順番を整える部屋だ」
「最初からそれ狙ってました?」
「当然である」
『投票開始後、罠を追加した記録がある』
「助手が主の機密を漏らすでない!」
次の投票は、罠区画の脇へ休憩所を作るかどうかだった。賛成七十四パーセント。
「却下だ。ダンジョンが侵入者を休ませてどうする」
〈また蹴った〉
〈今日は多数決ではありません〉
〈でも前回、撤退路を用意するって言ったよな?〉
その指摘で、三森の手が止まった。負けた領民が入口まで戻れず、そのまま消えていく。その画面を、この一週間で何度も見ていた。
「安全地帯にはせぬ。罠区画へ進む者と、入口へ撤退する者を分ける退避所とする。回復量は少量。一度使った者は、その配信中二度と使えぬ」
〈採用きた!〉
〈条件がダンジョン側すぎる〉
〈でも助かる〉
「ミモリ様。休憩所を設けるのであれば、防衛側にも同等のものが要りましょう。現代では、六時間を超える労働へ四十五分以上の休憩を与えねばならないと記されておりました」
「それ、人を雇う時の話っす。領民は遊びに来てるんで、労基署は迷宮に来ないっすよ」
「……左様でしたか」
「待機所はもともと要望に出てるんで、そっちで作りましょ」
壁際へ浅い窪みを掘り、石の長椅子と淡い回復灯を置く。
『固定完了。本日の施工可能DP、残り一割を切った』
「訓練室はどうなる」
『同時に固定はできない。休憩所を残すなら、罠の見学室は今日は作れない』
採用済みの列にあった訓練室の一行を、三森が自分の指で消した。
〈訓練室楽しみにしてたのに〉
〈金ないんかい〉
〈休憩所と訓練室なら休憩所だろ〉
〈次回に回るだけの話で騒ぐな〉
「次の記念で作ってやる」
「一万人記念の次って何すか」
「二万人記念だ」
休憩所を見つけた冒険者の一団が、作戦を「命を大事に」へ変えた。傷ついた盾役を中心に集まり、コメントとハートを受けて持ち直す。
「我が作った設備を、即座に使いこなすでない」
「使ってほしくて作ったんじゃないんすか」
「撤退に使え。なぜ前進の準備をしておる」
ゴリ子はいない。だが、第一層の防衛が空になったわけではない。
棒切れという表示名の小鬼型が、入口寄りの通路へ張りついている。かじり癖という獣型は、罠区画の陰で身を伏せていた。帽子は装備品と名乗る粘体は、前室の出口で三度潰されて三度戻ってきた。
普段は守護神の陰に隠れていた名前が、次々と戦績表示へ上がっていく。
三森も改装の手を止めない。戦闘中の通路を無断では塞がない。画面へ変更予告を出してから壁を動かす。
狭すぎる角を削る。防衛側だけが詰まっていた扉を広げる。階段予定地の基礎を固める。領民の要望どおりに作るだけではなく、実際に動く双方を見て、使えない案を捨て、使える形へ変えていった。
「左の壁を一尺下げる。盾役が三体並べる幅は与えぬ。二体と半分だ」
「半分の人どうすんの」
「後ろで待てばよい」
『施工予告、十秒。対象区画の領民代理体を退避させる』
壁が動くたび、視点映像の影が変わった。落ちた土埃も、床の装備も一緒に動く。
コメント欄で増えたのは、改装案ではない。「今のどうやっている」「全視点で同じ壁が動いた」という声だった。
それでも攻略は止まらなかった。休憩所から戻った一団が罠区画を抜ける。外周経路はまだ土のままで、進める道は主経路しかない。
その先が守護領域だった。いつもならゴリ子とジュニアが並んで塞いでいる。冒険者たちが、初めてまとまった数で踏み込んだ。
広かった。
部屋の造りは何も変えていない。中央に立つはずの巨体がないだけだ。それで天井の高さが余って見える。左右の柱の間隔もだ。
〈でっか〉
〈ここ、こんな部屋だったんだ〉
〈いつも肩しか見えてなかったからな〉
棒切れが、その中央へ出た。削った棒を一本だけ持っている。その斜め後ろで、かじり癖が低く身を沈めた。
二体の間へ、帽子は装備品が体を薄く広げて入り込む。粘体は、普段ゴリ子の肩が塞いでいる幅まで自分を伸ばした。厚みは指一本ぶんもない。
〈粘体、限界まで伸びてる〉
〈それ防御ゼロになるやつでは〉
〈帽子だけ元の大きさで草〉
「無茶をするでない。お前の作戦は『命を大事に』であろう」
三森の声で防衛側の動きは変わらない。指定できるのは区画だけだ。その中でどう戦うかは、入場時の作戦とAIが決める。守護領域へ向かえと命じた者は、守護領域で戦う。
最初の突撃を止めたのは、かじり癖だった。先頭の盾役へ回り込まず、二列目の回復役へ真っすぐ跳ぶ。牙が杖を持つ腕へ届き、回復の光が途切れた。
冒険者側の前列が振り返り、隊列が半歩崩れる。その半歩へ、棒切れが棒を差し込んだ。
〈今の狙ってやってる?〉
〈AIなのに連携してるぞ〉
〈作戦四つしかないのにどうなってんの〉
『個体の作戦は独立している。噛み合ったのは結果だ』
「噛み合う配置にしたのは我だ」
押し戻された冒険者たちが、一度入口側へ下がる。下がった先には、三森が数十分前に掘った休憩所があった。
石の長椅子へ腰を落とした盾役の傷が、淡い回復灯の下でゆっくり閉じていく。所有者たちのコメントとハートが積もり、消えかけていた補助光が戻った。
〈回復してから殴り直せる〉
〈これ勝てるやつだ〉
〈ミモリの椅子で休んでミモリの部屋を殴りに行くの何なんだ〉
「一度使った者は二度と使えぬ、と言うたぞ」
〈まだ一度目です〉
二度目の突撃は、数が違った。前列に盾役が三体。その後ろから槍と剣が続く。
かじり癖は同じ跳躍を選んだ。今度は二列目の手前で待ち構えられ、宙で盾に叩かれる。床を転がり、起き上がったところへ剣士が入って、獣型の輪郭が光へ変わった。
〈かじり癖落ちた〉
〈さっき二回止めたのこの子だぞ〉
〈今日いちばん働いてた〉
残った棒切れが、粘体の前へ出る。小鬼型の体格では、盾役一体を押し返すのがやっとだった。
棒は二撃目で折れる。三撃目からは、折れた側を持って突いた。それでも下がらない。守護領域から出るなという命令が、まだ生きている。
「……戻れ。区画指定を解く」
『区画命令の変更は施工予告と異なり、即時反映されない。次の判定まで四十秒』
四十秒は長かった。
粘体が先に崩れる。伸ばしきった膜が中央から破れ、帽子だけが床へ落ちて、そのまま光になった。
最後に残った棒切れが見たのは、正面の盾役ではない。部屋の奥の階段基礎だった。それから折れた棒を持ち直す。まっすぐ前へ出て、二度目の斬撃で消えた。
守護領域の奥で、作りかけの階段基礎へ光が走る。
『第一層、初回突破を確認。第二層を最新攻略対象として解放する』
公式画面の四隅から、黒鉄色の帯が滑り出た。第一層突破、と刻まれた文字が中央で組み上がる。祭壇の紋章と同じ意匠の枠が、縁を回った。
「シルカ。誰がこれを作れと言った」
「ノーラ。先週、作っといてって」
「我は言うておらぬ」
「うん。ミモリには聞いてない」
シルカは画面の縁を一目盛りだけ動かした。それきり黙る。
〈第一層突破あああああ!〉
〈歴史が動いた!〉
〈守護神不在日に空き巣成功!〉
〈休憩所作ったミモリが最大の功労者〉
〈自分で攻略路作って負けてる〉
〈ゴリ子いない日を突破って言うのは違うと思う〉
〈それ言ったら永久に突破できないだろ〉
「待て。我は改装をしておったのだ。攻略へ協力したわけではない」
「でも休憩所なかったら、あの一団途中で全滅してましたよ」
『前室によって入口の滞留も三十八パーセント減少した』
「あれは落とし穴へ効率よく落とすための部屋だ!」
勝ち誇る冒険者たちより先に、三森は防衛側の戦績表示を開いた。その日いちばん長く守護領域に立っていたのは棒切れだった。二番目がかじり癖。どちらも、これまで一度も上位へ出たことのない名前だ。
「棒切れ」
呼んでも返事はない。倒された領民アバターは、配信の終わりまで戻らない。所有者が画面の向こうにいるのかどうか、それを確かめる術もなかった。
「……よい働きであった」
〈今、名前呼んだ?〉
〈DMが雑魚の名前覚えてる〉
〈雑魚じゃねえよ二回止めたんだよ〉
「よくも我が壁を抜きおったな、と言おうとしたのだ」
攻略勢が第二層へ続く階段基礎へ殺到する。見えない境界へ触れたところで、全員が足を止めた。
『一配信につき、新規突破は一階層まで。第二層攻略は次回以降となる』
〈ここからだろ!〉
〈投票させろ!〉
〈次は一層再戦か二層攻略か〉
〈ゴリ子戻る前に二層行こうぜ〉
最後に映したのは、誰もいない守護領域だった。
「本日はここまでだ。第一層を得ただけで、我が迷宮を攻略したと思うでないぞ」
威厳を保って配信を閉じる。完全退出を確認してから、三森は閉じた公式HPをもう一度開いた。
配信は終わっている。当然、参加状態の領民は一人もいない。次回の投票ページはある。だが誰が来るかを示す欄など、最初から存在しなかった。
「マジで予定表とか作らないでくださいよ。ログインしてない人に圧かかるんで」
「作らぬ。少し確認しただけだ」
『同じ参加者検索を本日七回実行している』
「回数を記録するな」
配信後の記録画面には、その日の結果を一行だけ残す欄がある。三森は「第一層防衛失敗」と打ち、消した。「第一層公開改装完了」と打ち、また消す。二つを並べて入力すると、欄からはみ出した。
「両方書けばいいじゃないっすか」
「一行だ」
「じゃ、欄を広げときますね」
その時、公式HPの領民メッセージ欄へ新着通知が出た。
差出人は、ゴリ子。
アーカイブで確認しました。
第一層初突破、おめでとうございます。
不在の理由も、今後の参加についても書かれていない。いつもと変わらない、短い文章だった。
「……そうか」
三森は小さく息を吐いた。
「第一層を取った侵入者どもへ、守護神不在の勝利であることを忘れさせてはならぬな」
「よかったっすね」
「何がだ」
「別にー」
ノーラは笑いながら、第一層初突破の告知文を作り始めた。
---
迷宮運営記録
- 配信回:第66回
- 次回配信:2026年6月18日(木)20:00
- チャンネル登録者:11,744人(+1,426人)
- スーパーチャットDP:+3,500DP




