第34話 守った者を罰するな
それから二週間、三森は火曜、木曜、土曜の定期配信を崩さなかった。
火曜日は、いつもの迷宮攻略。木曜日は、もう一度よそのダンジョンゲームへ挑み、町人から預かった荷物をなくして本気で謝った。土曜日には雑談だけの枠も試した。三分で話題が尽き、ミラの漬物を一枚ずつ食べて時間をつないだ。
それでも、前の週に見た名前が次の配信にも来た。三森も少しずつ覚え、「また来たか」と声をかけるようになった。その不器用な一言を切り抜いた短い動画は、派手な迷宮映像より小さく、長く広がった。
登録者は二千、三千と増え、六度目の配信を終えたところで六千二百人になった。一度の切り抜きで跳ねた数字ではない。ゴリ子へ挑む攻略者、失敗を見に来る者、三森が普通の会話に負けるところを見守る者が、配信のたびに少しずつ残った結果だった。
第六十四回配信を終えた翌朝。夜明け前の第一層は、掘りかけの土の匂いがした。
三森は外周予定地の壁へ手を当てた。そのまま、正規化後の予測値をもう一度呼び出す。ゴリ子の棒が、ほかのモンスターと同じ長さへ縮んで並んだ。
「……戻せ」
棒が伸び、画面の枠を越えて先が見えなくなる。
「今度は、戦闘時のみ縮小する案を出せ」
『三度目だ』
「四度目も命じる」
ラプラスは黙って計算をやり直した。どの案を選んでも同じだ。明日から守護区画に立つゴリ子は、今までのゴリ子ではない。
分かったうえで、三森は同じ操作を繰り返していた。入口から朝の光が届き、壁の湿りが白く光り始めた。
ミラが通路の奥から顔を出す。
「食べないなら、こっちが片づかないんだけどね」
食卓には、すでに眷属が揃っていた。デミタスは手帳を開いている。ノーラはノートPCの向きを変えた。シルカは眠そうな顔で頬杖をついている。
ラプラスだけが、昨夜から開いたままの計算窓を空中へ並べていた。
「攻略側の要望には答える。別経路、段階目標、実力別の配置。次の大改装までに検討する」
「お。ちゃんとやるんすね」
「我を何だと思っておる」
「自分のダンジョンが攻略不能で喜ぶDM」
「本来はそれが正しいのだ!」
「検討とだけ記せば、再び反発を招くでしょう」
デミタスが差し出したのは、八十三件へ返す回答案だった。
ゴリ子の累積功績と現在能力は削除しない。能力値と成長の理由は、個人情報を除いて公開する。
討伐だけを目標にしない。到達、一撃耐久、攻撃成功という段階を用意する。
次の大規模改装で、ゴリ子を通らない外周経路を検討する。ただし最深部へ通じる主経路は、引き続きゴリ子が守る。
「あ、これなら攻略組にも次やることあるじゃん」
ノーラが三行目へ丸をつけた。
「外周を見せても、我が中枢へ近づけるわけではない。侵入者は遊べて、迷宮の防衛も崩れぬ」
「そーゆーの先に言えば、ナーフしろ対守った功績、みたいにならなかったんじゃない?」
「今、考えたのだ」
「堂々と言うことじゃないっす」
三森は茶碗を持ち上げ、口をつけずに置いた。
「……外周の話ではない。ゴリ子の功績をどう扱う」
『功績の扱いだけ、回答が空欄のままだ』
ラプラスが、ゴリ子の活動記録を食卓の上へ広げた。領民番号は一番。最初の案内から登録し、登録者が百人へ届く前からほとんどの配信を見ている。
寝落ちを含む長い滞在時間。途切れずに並ぶコメントとハート。アバター実装後の防衛戦は全勝。何ページ送っても終わらない。
当時の三森には、領民数を一つ増やす数字でしかなかった。いつも同じ表示名がいることには気づいていた。その一人が何を思って画面の前にいるのかは、考えたこともない。
今は、その積み重ねが大きすぎる身体になった。扉へ挟まっている。
「最初に来たから強いのではない。最初に来て、その後も残り続けたから、この功績になった」
箸を置き、三森は眷属の顔を順に見た。
「ゴリ子は弱体化させぬ」
「課金額はどう扱われますか」
デミタスが尋ねる。三森は記録からスーパーチャットだけを別の窓へ分けた。
「奉納はDPと装備へ反映する。だが、金銭を理由に地位や運営権限は与えぬ」
「でしたら、その点は告知にもはっきり書くべきでしょう。多額の支援で特別扱いを買える、と誤解されてはなりません」
「うむ」
デミタスは手帳を一枚めくり、わずかに声を落とした。
「して、昇進の祝いには胡蝶蘭を贈るものだと、村の花屋が申しておりました。守護区画の入口へ届けさせては」
「送り先を書けるのか」
「……画面の中でございました」
「デミタス、たまに現代でバグるっすね」
笑われても、デミタスは眉ひとつ動かさずに手帳へ線を引いた。
「あと最古参だからってだけも、身内ノリ感ヤバいっす」
ノーラが指を立てる。
「早く登録した順に偉い、だと新しく来た人は一生追いつけないじゃん。今回見るのは、何回来たか、ずっと見てたか、どんだけ守ったか。そこ分けて書いた方がよくない?」
「我も今、そう言ったであろう」
「ミモリ様の長文、そのままPoppiに載せたら誰も最後まで読まないんで」
「領民を侮るな」
「昨日、ミモリ様の話を誰も覚えてなかったじゃん」
三森は黙った。通常のゲーム配信では覚えてもらえた。それでも、あの傷はまだ新しい。
「でぇ、弱くしないなら何すんの」
シルカが短く尋ねた。
「表彰する」
「ふぅん。弱体化の話から、なんで表彰になるわけ?」
「罰さぬなら、功績へ正当な地位を与えるべきであろう」
「振れ幅すご」
ノーラが吹き出した。
「推しの勇者は、周年の折に古参へ何を贈った」
「限定スタンプっすね」
「我は称号を贈る」
「重い」
朝食が済むと、三森は全員を第一層の守護区画へ連れて行った。天井の高さだけは、ゴリ子の肩に合わせて掘り直してある。
「ここへ祭壇を置く。背後には防衛戦績を刻み、正面には守護の盾を飾る。領民の侵入を防いだ功績を、我が直々に読み上げる」
「食べ物は置かなくていいのかい」
ミラが石段になる予定の場所を、歩幅で測りながら言った。
「祭壇なのだぞ」
「祝いなら食べるもんがあった方がいいだろ。あの子は画面の向こうだから、こっちで食べるしかないけどね」
「任命祝いの食事会にすればいいじゃん。配信後に料理枠も切り抜けるし」
「我の厳粛な式を宴会へ変えるでない」
「この祭壇、なし。ダサくない?」
シルカが図面を指で弾いた。そのまましゃがみ、床へ白墨を引き始める。
「なぜだ!」
「金の髑髏、多すぎ。ゴリラより目立ってるし」
「権威の象徴である」
「守った記録を見せたいならぁ、後ろの戦績が読める方がよくない? 石と黒鉄。金は縁だけ」
返事を待たず、シルカは線を一度消して引き直した。広い石段。中央に立つゴリ子。背後の壁を、登録日から現在まで光の文字が流れる。
左右へ置くのは飾りの武器ではない。実際に防衛で使える巨大な盾だった。
「んー、石と黒鉄の方でよくない?」
「我の案がほとんど残っておらぬ」
「威厳は三割残した」
「七割どこへ行った!」
「ゴリ子の強さ」
言い返そうとして、三森は床の線を見下ろした。悔しいが、誰が主役なのかは一目で分かる。
「盾の生成にはDPを使用しますか」
デミタスが費用欄を確認する。
「装飾品ならば、我の土木魔術と現実の資材で作れる。戦闘能力は持たせぬ。これはあくまで表彰だ」
『弱体化を行わず、階層内の単体能力を制限する方法がある』
ラプラスの単眼が輝いた。
『各階層へ、領民代理体一体が発揮できる能力上限を設定する。上限を越えた累積能力は削除せず、別個体へ分配する』
「別個体だと?」
『功績への報酬を、栄誉、領地、配下の三つへ分類する。栄誉は称号と戦績表示、領地は専用区画と配置権、配下は階層上限を越えた能力の分配先だ』
第一層の上限を百とした図が、白墨の線の上へ浮かんだ。本体は百まで。超過した能力二十五ごとに、本体の四分の一ほどの配下が一体増える。
二十五へ満たない端数は、次の配下が生まれるまで功績として保存される。
『ゴリ子の場合、生成される配下の外見は本体を縮小したゴリラ型になる』
「ゴリ子が増えるってこと?」
「ジュニアであるな」
図の中で、小さなゴリラの影が石段の脇へ並んでいく。四つ、五つ。
ノーラがPCから顔を上げ、三森とその影を見比べた。
「ナーフしたらゴリ子ジュニア増えるの、攻略勢キレない?」
「力は奪っておらぬ。集めすぎた力を、階層が耐えられる形へ分けるだけだ」
『同じ上限は冒険者側にも適用する。上限を越えた功績二十五パーセントごとに、AI制御のパーティメンバーを一人追加する』
「冒険者側も増えるのか」
『攻撃、盾、回復、補助、斥候などの役割は生成時にランダムで決定する。所有者が選んだ基本作戦をパーティ方針として共有し、各自の役割へ合わせて解釈する』
「ガンガン行け選んで、回復役が増えたら?」
『攻撃役を前進させるため、回復と強化を優先する』
「じゃあ一応、パーティとしては動くんだ」
シルカは白墨を置き、石段の中央へ小さな丸を八つ描き足した。
『単独個体を無制限に巨大化させるより、処理と攻略の双方が安定する』
ゴリ子の棒だけが枠外へ伸びていたグラフが、目の前で組み替わる。本体の力は階層上限で止まった。越えた分が小さな棒へ分かれていく。
合計値は減っていない。
「よい。全領民へ共通の規則として実装せよ。ゴリ子だけを狙った制限にはするな」
『処理を開始する』
「ただし、配下が得た戦果を同じ配信中に再分配して増殖させるな」
『同一配信中の再帰生成は禁止する。戦果は配信終了後に集計する』
「それならばよい」
ノーラは説明欄へ、大きく一文を書き足した。
――功績は消えません。栄誉、領地、配下として残ります。
「これならゴリ子を弱くしたんじゃなくて、頑張った分のごほうびを増やしたって説明できるっしょ。あと本人には聞きますよ。正体も本名もいらない。『領民番号一番のゴリ子』として表彰して、名前を出していいか。それだけ聞くっす」
「うむ。断るならば行わぬ」
公式HPから、本人だけに確認が送られた。返事は早かった。
〈ゴリ子:いいよー〉
「軽い」
何日も悩んだ結論は、四文字で受け入れられた。
「では、称号を決める」
『第一領民、最古参防衛者、階層主、門衛長、守護個体などが候補になる』
「最古参は登録順にすぎぬ。階層主では我と役目が重なる。門衛では、この功績に足りぬ」
三森は白墨の線の中央へ目を落とした。誰もいない頃から迷宮を見ていた。領民が入れるようになると防衛側を選んだ。来た侵入者を一人で止めた。
「守護神とする」
「神まで行くんすか」
「我が迷宮を守り続けた者だ。それ以下の名では足りぬ」
ノーラはしばらく笑いをこらえていた。やがて告知画面へ指を走らせる。
「じゃ、配信タイトルこれで」
公開予約が、Poppiとチャンネルへ同時に表示される。
【緊急任命配信】ゴリ子を我がダンジョンの守護神とする!【迷宮ミモリ】
〈ナーフの話は?〉
〈なんで昇格してるの?〉
〈ゴリ子、神になる〉
〈攻略スレを見て何をどう決めたらこうなるんだ〉
予約待機所へ、開始前からコメントが殺到した。三森が満足げにうなずく。
その横で、ラプラスの管理窓に新しい処理が二件追加された。
――階層別単体能力上限・功績分配、実装準備中。
――上位クラス「守護神」、実装準備中。
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迷宮運営記録
- 配信回:非配信回(直近:第64回)
- 次回配信:2026年6月14日(日)20:00・緊急任命配信
- チャンネル登録者:6,200人(+4,600人・定期配信6回分)
- スーパーチャットDP:+11,200DP(特殊間話2a・第64回分)




