↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/61

第34話 守った者を罰するな

 それから二週間、三森は火曜、木曜、土曜の定期配信を崩さなかった。


 火曜日は、いつもの迷宮攻略。木曜日は、もう一度よそのダンジョンゲームへ挑み、町人から預かった荷物をなくして本気で謝った。土曜日には雑談だけの枠も試した。三分で話題が尽き、ミラの漬物を一枚ずつ食べて時間をつないだ。


 それでも、前の週に見た名前が次の配信にも来た。三森も少しずつ覚え、「また来たか」と声をかけるようになった。その不器用な一言を切り抜いた短い動画は、派手な迷宮映像より小さく、長く広がった。


 登録者は二千、三千と増え、六度目の配信を終えたところで六千二百人になった。一度の切り抜きで跳ねた数字ではない。ゴリ子へ挑む攻略者、失敗を見に来る者、三森が普通の会話に負けるところを見守る者が、配信のたびに少しずつ残った結果だった。


 第六十四回配信を終えた翌朝。夜明け前の第一層は、掘りかけの土の匂いがした。


 三森は外周予定地の壁へ手を当てた。そのまま、正規化後の予測値をもう一度呼び出す。ゴリ子の棒が、ほかのモンスターと同じ長さへ縮んで並んだ。


「……戻せ」


 棒が伸び、画面の枠を越えて先が見えなくなる。


「今度は、戦闘時のみ縮小する案を出せ」


『三度目だ』


「四度目も命じる」


 ラプラスは黙って計算をやり直した。どの案を選んでも同じだ。明日から守護区画に立つゴリ子は、今までのゴリ子ではない。


 分かったうえで、三森は同じ操作を繰り返していた。入口から朝の光が届き、壁の湿りが白く光り始めた。


 ミラが通路の奥から顔を出す。


「食べないなら、こっちが片づかないんだけどね」


 食卓には、すでに眷属が揃っていた。デミタスは手帳を開いている。ノーラはノートPCの向きを変えた。シルカは眠そうな顔で頬杖をついている。


 ラプラスだけが、昨夜から開いたままの計算窓を空中へ並べていた。


「攻略側の要望には答える。別経路、段階目標、実力別の配置。次の大改装までに検討する」


「お。ちゃんとやるんすね」


「我を何だと思っておる」


「自分のダンジョンが攻略不能で喜ぶDM」


「本来はそれが正しいのだ!」


「検討とだけ記せば、再び反発を招くでしょう」


 デミタスが差し出したのは、八十三件へ返す回答案だった。


 ゴリ子の累積功績と現在能力は削除しない。能力値と成長の理由は、個人情報を除いて公開する。


 討伐だけを目標にしない。到達、一撃耐久、攻撃成功という段階を用意する。


 次の大規模改装で、ゴリ子を通らない外周経路を検討する。ただし最深部へ通じる主経路は、引き続きゴリ子が守る。


「あ、これなら攻略組にも次やることあるじゃん」


 ノーラが三行目へ丸をつけた。


「外周を見せても、我が中枢へ近づけるわけではない。侵入者は遊べて、迷宮の防衛も崩れぬ」


「そーゆーの先に言えば、ナーフしろ対守った功績、みたいにならなかったんじゃない?」


「今、考えたのだ」


「堂々と言うことじゃないっす」


 三森は茶碗を持ち上げ、口をつけずに置いた。


「……外周の話ではない。ゴリ子の功績をどう扱う」


『功績の扱いだけ、回答が空欄のままだ』


 ラプラスが、ゴリ子の活動記録を食卓の上へ広げた。領民番号は一番。最初の案内から登録し、登録者が百人へ届く前からほとんどの配信を見ている。


 寝落ちを含む長い滞在時間。途切れずに並ぶコメントとハート。アバター実装後の防衛戦は全勝。何ページ送っても終わらない。


 当時の三森には、領民数を一つ増やす数字でしかなかった。いつも同じ表示名がいることには気づいていた。その一人が何を思って画面の前にいるのかは、考えたこともない。


 今は、その積み重ねが大きすぎる身体になった。扉へ挟まっている。


「最初に来たから強いのではない。最初に来て、その後も残り続けたから、この功績になった」


 箸を置き、三森は眷属の顔を順に見た。


「ゴリ子は弱体化させぬ」


「課金額はどう扱われますか」


 デミタスが尋ねる。三森は記録からスーパーチャットだけを別の窓へ分けた。


「奉納はDPと装備へ反映する。だが、金銭を理由に地位や運営権限は与えぬ」


「でしたら、その点は告知にもはっきり書くべきでしょう。多額の支援で特別扱いを買える、と誤解されてはなりません」


「うむ」


 デミタスは手帳を一枚めくり、わずかに声を落とした。


「して、昇進の祝いには胡蝶蘭を贈るものだと、村の花屋が申しておりました。守護区画の入口へ届けさせては」


「送り先を書けるのか」


「……画面の中でございました」


「デミタス、たまに現代でバグるっすね」


 笑われても、デミタスは眉ひとつ動かさずに手帳へ線を引いた。


「あと最古参だからってだけも、身内ノリ感ヤバいっす」


 ノーラが指を立てる。


「早く登録した順に偉い、だと新しく来た人は一生追いつけないじゃん。今回見るのは、何回来たか、ずっと見てたか、どんだけ守ったか。そこ分けて書いた方がよくない?」


「我も今、そう言ったであろう」


「ミモリ様の長文、そのままPoppiに載せたら誰も最後まで読まないんで」


「領民を侮るな」


「昨日、ミモリ様の話を誰も覚えてなかったじゃん」


 三森は黙った。通常のゲーム配信では覚えてもらえた。それでも、あの傷はまだ新しい。


「でぇ、弱くしないなら何すんの」


 シルカが短く尋ねた。


「表彰する」


「ふぅん。弱体化の話から、なんで表彰になるわけ?」


「罰さぬなら、功績へ正当な地位を与えるべきであろう」


「振れ幅すご」


 ノーラが吹き出した。


「推しの勇者は、周年の折に古参へ何を贈った」


「限定スタンプっすね」


「我は称号を贈る」


「重い」


 朝食が済むと、三森は全員を第一層の守護区画へ連れて行った。天井の高さだけは、ゴリ子の肩に合わせて掘り直してある。


「ここへ祭壇を置く。背後には防衛戦績を刻み、正面には守護の盾を飾る。領民の侵入を防いだ功績を、我が直々に読み上げる」


「食べ物は置かなくていいのかい」


 ミラが石段になる予定の場所を、歩幅で測りながら言った。


「祭壇なのだぞ」


「祝いなら食べるもんがあった方がいいだろ。あの子は画面の向こうだから、こっちで食べるしかないけどね」


「任命祝いの食事会にすればいいじゃん。配信後に料理枠も切り抜けるし」


「我の厳粛な式を宴会へ変えるでない」


「この祭壇、なし。ダサくない?」


 シルカが図面を指で弾いた。そのまましゃがみ、床へ白墨を引き始める。


「なぜだ!」


「金の髑髏、多すぎ。ゴリラより目立ってるし」


「権威の象徴である」


「守った記録を見せたいならぁ、後ろの戦績が読める方がよくない? 石と黒鉄。金は縁だけ」


 返事を待たず、シルカは線を一度消して引き直した。広い石段。中央に立つゴリ子。背後の壁を、登録日から現在まで光の文字が流れる。


 左右へ置くのは飾りの武器ではない。実際に防衛で使える巨大な盾だった。


「んー、石と黒鉄の方でよくない?」


「我の案がほとんど残っておらぬ」


「威厳は三割残した」


「七割どこへ行った!」


「ゴリ子の強さ」


 言い返そうとして、三森は床の線を見下ろした。悔しいが、誰が主役なのかは一目で分かる。


「盾の生成にはDPを使用しますか」


 デミタスが費用欄を確認する。


「装飾品ならば、我の土木魔術と現実の資材で作れる。戦闘能力は持たせぬ。これはあくまで表彰だ」


『弱体化を行わず、階層内の単体能力を制限する方法がある』


 ラプラスの単眼が輝いた。


『各階層へ、領民代理体一体が発揮できる能力上限を設定する。上限を越えた累積能力は削除せず、別個体へ分配する』


「別個体だと?」


『功績への報酬を、栄誉、領地、配下の三つへ分類する。栄誉は称号と戦績表示、領地は専用区画と配置権、配下は階層上限を越えた能力の分配先だ』


 第一層の上限を百とした図が、白墨の線の上へ浮かんだ。本体は百まで。超過した能力二十五ごとに、本体の四分の一ほどの配下が一体増える。


 二十五へ満たない端数は、次の配下が生まれるまで功績として保存される。


『ゴリ子の場合、生成される配下の外見は本体を縮小したゴリラ型になる』


「ゴリ子が増えるってこと?」


「ジュニアであるな」


 図の中で、小さなゴリラの影が石段の脇へ並んでいく。四つ、五つ。


 ノーラがPCから顔を上げ、三森とその影を見比べた。


「ナーフしたらゴリ子ジュニア増えるの、攻略勢キレない?」


「力は奪っておらぬ。集めすぎた力を、階層が耐えられる形へ分けるだけだ」


『同じ上限は冒険者側にも適用する。上限を越えた功績二十五パーセントごとに、AI制御のパーティメンバーを一人追加する』


「冒険者側も増えるのか」


『攻撃、盾、回復、補助、斥候などの役割は生成時にランダムで決定する。所有者が選んだ基本作戦をパーティ方針として共有し、各自の役割へ合わせて解釈する』


「ガンガン行け選んで、回復役が増えたら?」


『攻撃役を前進させるため、回復と強化を優先する』


「じゃあ一応、パーティとしては動くんだ」


 シルカは白墨を置き、石段の中央へ小さな丸を八つ描き足した。


『単独個体を無制限に巨大化させるより、処理と攻略の双方が安定する』


 ゴリ子の棒だけが枠外へ伸びていたグラフが、目の前で組み替わる。本体の力は階層上限で止まった。越えた分が小さな棒へ分かれていく。


 合計値は減っていない。


「よい。全領民へ共通の規則として実装せよ。ゴリ子だけを狙った制限にはするな」


『処理を開始する』


「ただし、配下が得た戦果を同じ配信中に再分配して増殖させるな」


『同一配信中の再帰生成は禁止する。戦果は配信終了後に集計する』


「それならばよい」


 ノーラは説明欄へ、大きく一文を書き足した。


 ――功績は消えません。栄誉、領地、配下として残ります。


「これならゴリ子を弱くしたんじゃなくて、頑張った分のごほうびを増やしたって説明できるっしょ。あと本人には聞きますよ。正体も本名もいらない。『領民番号一番のゴリ子』として表彰して、名前を出していいか。それだけ聞くっす」


「うむ。断るならば行わぬ」


 公式HPから、本人だけに確認が送られた。返事は早かった。


〈ゴリ子:いいよー〉


「軽い」


 何日も悩んだ結論は、四文字で受け入れられた。


「では、称号を決める」


『第一領民、最古参防衛者、階層主、門衛長、守護個体などが候補になる』


「最古参は登録順にすぎぬ。階層主では我と役目が重なる。門衛では、この功績に足りぬ」


 三森は白墨の線の中央へ目を落とした。誰もいない頃から迷宮を見ていた。領民が入れるようになると防衛側を選んだ。来た侵入者を一人で止めた。


「守護神とする」


「神まで行くんすか」


「我が迷宮を守り続けた者だ。それ以下の名では足りぬ」


 ノーラはしばらく笑いをこらえていた。やがて告知画面へ指を走らせる。


「じゃ、配信タイトルこれで」


 公開予約が、Poppiとチャンネルへ同時に表示される。


【緊急任命配信】ゴリ子を我がダンジョンの守護神とする!【迷宮ミモリ】


〈ナーフの話は?〉


〈なんで昇格してるの?〉


〈ゴリ子、神になる〉


〈攻略スレを見て何をどう決めたらこうなるんだ〉


 予約待機所へ、開始前からコメントが殺到した。三森が満足げにうなずく。


 その横で、ラプラスの管理窓に新しい処理が二件追加された。


 ――階層別単体能力上限・功績分配、実装準備中。


 ――上位クラス「守護神」、実装準備中。


---


迷宮運営記録


- 配信回:非配信回(直近:第64回)

- 次回配信:2026年6月14日(日)20:00・緊急任命配信

- チャンネル登録者:6,200人(+4,600人・定期配信6回分)

- スーパーチャットDP:+11,200DP(特殊間話2a・第64回分)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。