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第32話 迷宮主、他所の迷宮へ

【通常配信】我が他者の迷宮を攻略する【迷宮ミモリ】


 配信画面の大半を、市販ゲームのタイトル画面が占めていた。右下にいるのは、いつもの迷宮ミモリのガワである。


 背後に本物のダンジョンはない。公式HPの攻略入口も、本日は閉鎖中だ。


「開門せよ、領民ども。我が迷宮へようこそ。迷宮ミモリである!」


〈今日は開門しないって書いてある〉


〈攻略入口、閉鎖中です〉


〈95%に負けた女〉


「負けておらぬ!」


 三森は、まだ引きずっていた。ダンジョン攻略をなくしてよいかと問えば、九十五パーセントから残せと言われた。廃止へ賛同したのは、一パーセント。


 その枠を決めたのは、前夜の食卓でのやり取りだ。ミラが大皿へ肉を積み上げ、鍋の火を細くして席へついた。三森は箸を持ったまま、皿の端の人参を裏返している。


「……我は、何を話せばよいのだ」


「食べながら考える奴があるかい」


「攻略をなくせば、九十五パーセントが不満を持つ。残せば、我の話は誰も聞かぬ。どちらを選んでも減るではないか」


 ノーラが端末を伏せて置いた。


「うちが言えるのは数字だけっす。攻略回は同接が出ます。ミモリ様が喋るだけの枠は、最初の二、三回はガチで誰も来ないっすよ」


「来ぬのか」


「来ないっす。それでもやります?」


 三森は答えない。その斜め向かいで、シルカが箸を置いた。


「んー、質問していい?」


「なんだ」


「昨日の配信、ミモリの顔、何分映ってた」


 三森が口を閉じ、代わりにラプラスが答えた。


『総配信時間九十四分のうち、迷宮ミモリが画面へ入っていたのは十一分。表情が判別できる大きさで映ったのは、三分四十秒だ』


「表情差分、十二個描いたんだけど」


 シルカは湯呑みを両手で持ち、少しだけ傾けた。


「使われたの、二個だけ」


「……それは、我の落ち度ではなかろう」


「だからぁ、画面設計の話。ミモリの迷宮、ミモリ映す場所なくない?」


 それだけ言って、シルカはまた食事へ戻る。議論する気はないらしい。人参を裏返す三森の手だけが、速さを増した。


「毎回、罠と守衛の説明をしておるのだぞ。あれは我の言葉ではないのか」


「あれは迷宮の説明だろ」


 ミラが玉杓子で汁をすくい、味を見た。


「あたしは難しいことは分からんけどね。同じ皿ばかり出してりゃ、うまくたって客は飽きる」


「ならば攻略を減らせと申すか」


「逆さ。あれは客の目当てだろ。目当てを下げる馬鹿がどこにいる」


 ミラは鍋の蓋を戻し、前掛けで手を拭いた。


「前の厨房でもそうしてたよ。肉を出す日と、汁を煮る日は分けるんだ。同じ膳へ全部載せるから、味が分からなくなる」


「日を、分ける」


「週に三度、門を開いておられます。そのうちの一度を、攻略ではない日といたしましょう」


 空いた皿を重ねながら、デミタスが続けた。


「題名も内容も、マスターがお決めになる枠でございます」


「我が決める……何をだ」


「何をお話しになりたいのか、でございます」


 三森は箸の先で人参を転がし、黙っていた。


「……あの者たちは、我の罠の話なら覚えておった。ならば、迷宮を歩かせぬ日を作ればよいのだな」


「りょーかいでーす。土曜の枠、題名だけ変えるっす」


 ノーラは端末を起こし、それから一度だけ手を止めた。


「言っときますけど、誰も来ないって話は撤回しないっすからね」


「構わぬ」


「で、何やるんすか。喋るだけの枠、初回で三十分持たないっすよ」


「……何をすればよい」


「ゲームっす。手が動いてれば、勝手に口も動くんで」


 シルカが顔を上げずに足した。


「背景、暗いやつでよくない? ミモリの色、飛ばないし」


「選ぶ基準、背景の暗さ? まあ、迷宮のやつなら暗いっすけど」


「というわけで本日は、ゲーム配信なるものを行う」


〈本当に普通の画面だ〉


〈右下にミモリがいるだけで安心する〉


「その感想は我を何だと思っておる」


 ノーラが選んだのは、『黒鉄迷宮の探索者』。一人用のアクションゲームだった。


 冒険者を操作して迷宮へ入る。罠とモンスターを突破し、最深部の宝を持ち帰る。説明だけなら、三森にも理解できた。


「つまり、我が他者のダンジョンを攻略するのだな」


「そゆこと。DMなら余裕っしょ」


 声だけで参加しているノーラが、軽い調子で答えた。説明書きの画面は、開いた三秒後に閉じられた。


〈チュートリアル読んで〉


「移動、攻撃、回避、道具。それだけであろう。侵入者側の動きなど、前世で嫌というほど見てきた」


『過去の観測と、入力装置の操作技能に相関があるとは限らない』


「ラプラスまで我を侮るか」


 ゲームが始まると、石造りの入口へ、剣と小盾を持った冒険者が現れた。


「……このゲーム、勇者殿も昨年に配信しておったな」


〈推しの話するじゃん〉


「敵情視察の一環だ」


 冒険者を少し歩かせ、すぐに止める。


「左右に篝火がある。だが燃料置き場も、火を管理する者の通路もない。これでは毎日、正門から補給せねばならぬ」


〈始まって十秒で管理側の心配〉


〈ゲームだから消えない火なんだよ〉


「消えぬ火なら入口ではなく重要区画へ使え。侵入者を歓迎してどうする」


 最初の通路へ入ると、床の途中だけ石板の色が薄かった。


「見よ。踏圧式の罠だ」


〈まだ何も表示出てないのに?〉


「同じ石を使えなかったのか、交換した箇所だけ摩耗が違う。壁の穴は射出口であろう。通路の幅からして矢ではなく――」


 三森が説明しながら前進キーを押し、冒険者が薄い石板を踏む。壁から丸い石弾が飛び、画面の冒険者を反対側まで吹き飛ばした。


〈自分で踏んだ〉


〈全部分かってて踏んだ〉


〈実演ありがとう〉


「今のは罠の威力を確認したのだ」


「回避ボタン、押し忘れてたくない?」


「ノーラ、静かにせよ」


 体力を半分失いながら、三森は先へ進んだ。小部屋には木箱が一つ置かれ、近づくと画面へ「開ける」の表示が出た。


「開けぬ」


〈なんで〉


「明らかに不自然だ。罠であろう」


〈最初の回復薬が入ってる箱だよ〉


〈体力半分だから取って〉


「罠でなかったとしても、他者の迷宮から物資を奪う行為ではないか」


〈今日は攻略者だぞ〉


〈いつまでDM側なんだ〉


「同業者の備蓄を奪わずとも攻略はできる」


 木箱は、蓋を閉じたまま残された。


 次の部屋では、痩せたゴブリンが二体現れた。片方は正面から短剣を振る。もう片方は壁際を回り、背後を取ろうとした。


「配置は悪くない。正面の個体で足を止め、側面から急所を狙う。だが待機所がない。こやつらは普段どこで食事をしておる?」


〈戦いながら福利厚生を気にするな〉


〈後ろ後ろ〉


「見えておる」


 振り向こうとした手が、カメラだけを回した。冒険者は正面を向いたまま、背後から三度刺された。


「なぜ身体が動かぬ!」


『視点操作と移動操作は別系統だ』


「そのような非効率な肉体があるか!」


〈人間も目を動かしただけじゃ体は動かないよ〉


〈DM知識はある、ゲーム知識がない〉


 慌てて回避を押す。今度は方向を入れていない。冒険者がその場で小さく跳ねた。正面のゴブリンが短剣を振り、画面が赤く染まって冒険者が倒れた。


 ――探索失敗。


 開始から、七分だった。


〈ゴリ子どころかゴブリン二体〉


〈他所のダンジョン強い〉


〈宝箱開けてれば回復できたのに〉


「物資を盗まねば勝てぬよう設計した迷宮主が悪い」


『攻略ゲームとして一般的な資源配置だ』


「侵入者へ回復薬を用意するな。だから攻略されるのだ」


 再挑戦しても、状況はあまり変わらなかった。罠の位置は見抜ける。敵がどこから現れるかも予想できる。次の部屋が休憩地点か挟撃地点かも、入口を見れば当てられた。


 しかし、分かった通りに冒険者を動かせない。回避しようとして薬草を使う。攻撃しようとして壁を調べる。地図を開こうとして、剣を空振りした。


 配信開始から一時間。到達率は二パーセント。地図に残ったのは、入口と二つの小部屋だけ。


〈解説量と進捗が釣り合ってない〉


〈入口だけで一時間話せるDM〉


「他者の領域を理解するには、それだけ慎重さが必要なのだ」


 それでもコメント欄は、ダンジョン攻略配信の時とは違っていた。


〈入口の明かりは重要区画に回す〉


〈罠には整備用の裏道が必要〉


〈宝箱の前だけ床をきれいにするな〉


〈ゴブリンにも待機所と食堂を〉


 三森は、三度目の探索失敗画面で手を止めた。


「領民ども。我が今、何を話しておったか覚えておるか?」


〈罠は強さより隠し方〉


〈守衛の生活動線がない迷宮は長持ちしない〉


〈侵入者用の回復薬を置くな〉


〈カメラを回しても体は回らない〉


「最後のものは忘れよ」


 流れていくのは、罠の隠し方。守衛の食事。明かりの配り方。自分の攻略アバターを生かすための報告は、一つもない。


 領民はゲーム画面を見ながら、三森の話を聞いている。そして、その中身へ返事をしていた。


 三森のガワが、画面の右下でわずかに笑った。


〈今笑った?〉


「笑っておらぬ。三度も同じ迷宮へ敗れ、機嫌がよいはずがなかろう」


「いや、めっちゃ口元ゆるんでるし」


「ノーラ!」


 その時、配信管理画面の端に通知が重なった。


 ――迷宮難度・防衛個体に関する要望、八十三件。


 ゲームの迷宮ではない。迷宮ミモリの第一層に関する申請だった。


〈ナーフ要望増えてる〉


〈昨日の攻略組以外も送ったのか〉


〈普通の配信中に現実のダンジョン運営が追ってくる〉


 三森の笑みが消えた。


「解せぬ。この迷宮を見よ。罠を踏めば体力を半分奪い、守衛は挟撃し、物資を盗まねば回復もできぬ。それに比べれば、我が迷宮は良心的ではないか」


〈ゴリ子がいる〉


「こちらには復活もある」


〈次の配信まで復活できない〉


「罠も見れば分かる」


〈見てもゴリ子は倒せない〉


「五人は攻撃を当てたであろう!」


〈小数点以下〉


 伸びた手が、右下のラプラスをつかんで画面の中央へ引き寄せた。


「ラプラス。答えよ。ゴリ子は本当に攻略できるのであろうな?」


 ラプラスの単眼に、計算窓が何枚も開いていく。


 必要人数。継続時間。装備価値。コメント量。ハートによる耐久補助。入場順。作戦構成。


 数字が高速で更新され、最後に一行だけが残る。


『計算上は攻略可能だ』


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迷宮運営記録


- 配信回:第58回(前半)

- 次回配信:2026年6月2日(火)20:00

- チャンネル登録者:1,582人(+218人)

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