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第31話 名前のある侵入者たち

 木曜日、午後八時。第一層の門前に、五体の冒険者アバターが並んでいた。


 先頭は獣人の盾役、石壁ロール。作戦は「命を大事に」。その肩越しで剣の柄を握り直すのが、人間の剣士、一番槍。作戦は言うまでもなく「ガンガン行け」。


 小柄な斥候の床しか見ない。エルフの回復役、薬草茶。どちらも「サポートの動き」だ。


 最後の一人だけ、列から半歩離れていた。革鎧の偵察役、表示名は帰還希望。作戦は「逃げろ」。


〈攻略スレの五人だ〉


〈表示名の時点で役割が分かる〉


〈帰還希望だけ始まる前から帰りたがってる〉


「侵入前から逃走を宣言する者を、斥候と呼んでよいのか?」


 三森が腕を組むと、門前の帰還希望が一歩後ろへ下がった。


『作戦に忠実な待機位置だ』


「まだ何も起きておらぬぞ」


 五体は、掲示板で決めた順番どおりに接続してきた。装備はどれも初期品。スーパーチャットによる追加はない。


 代わりに、配信開始前から所有者のコメントが途切れない。入場が始まるとハートも増えた。それぞれの攻略アバターへ、薄い補助光が重なっていく。


〈石壁ロール 耐久入った〉


〈床しか見ない 罠発見スキル確認〉


〈薬草茶 回復一回分たまった〉


〈一番槍 レベル二〉


〈帰還希望 まだ元気〉


「最後の者だけ、報告の中身が薄くないか」


『生存観測は継続中だ』


 門が開く。


 最初に動いたのは、一番槍だった。「ガンガン行け」のAIが、正面の通路へ飛び出そうとする。


 石壁ロールが、その肩を大盾で押し戻した。直後、床しか見ないが通路の石板へ小さな杭を立てた。


 杭の先が赤く光る。踏めば石弾の飛ぶ場所が、線で示された。


〈止めた!〉


〈初回と同じ失敗をしないAI〉


〈床しか見ない、ちゃんと床見てる〉


 石壁ロールが先頭へ出た。罠の射線へ盾だけを差し込み、石弾を斜めに受け流す。減ったHPを、薬草茶の回復光がすぐに埋める。


 一番槍がその横を抜けた。壁際のスライム型へ斬りかかる。防衛側も領民の防衛アバターだ。


 「命を大事に」のスライムは後退した。狭い通路では、距離を取れない。二度目の斬撃で、スライムが光になった。


〈第一撃破!〉


〈ゴリ子以外は倒せるんだ〉


〈モンスター側の人、次回復帰です〉


「浮かれるでない。まだ我が第一層へ足を踏み入れただけである」


 そう言いながら、三森は管理窓の一番槍を拡大していた。前へ出すぎれば石壁ロールが止める。傷を受ければ薬草茶が回復する。


 床しか見ないは戦闘へ加わらない。次の罠を探して、壁と床を調べ続けている。帰還希望だけは集団から少し離れ、常に退路の残る位置を選んでいる。


 所有者が直接動かしているわけではない。作戦と職業、送られた反応。それを材料に、五体のAIが互いの不足を埋めている。


「なるほど。石壁ロールを先頭へ置いたのは偶然ではないのだな」


〈名前覚えた?〉


「敵将の名を把握するのは迷宮主の務めだ」


〈さっきまで侵入者その一扱いだったのに〉


「一番槍、左の壁を見よ。そこは――」


 三森は言いかけて、口を閉じた。一番槍が踏み込もうとした左側には、壁から槍の出る罠がある。


〈今教えようとした?〉


〈DMが攻略側へヒント出しかけたぞ〉


「違う。罠へ誘導しようとしたのだ」


『発言内容との整合性が低い』


「ラプラス」


『記録を継続する』


 床しか見ないが、壁の継ぎ目を見つけた。石壁ロールが盾を構える。一番槍がわざと浅く床を踏んだ。


 飛び出した槍が盾へ当たる。薬草茶の回復が追いついた。五体は誰も欠けないまま、最初の小部屋を抜けた。


 前回なら、ここで三人がゴリ子と出会っていた。だが今は、奥へ続く通路が広げられている。


 ゴリ子の肩が扉を通らなかった。三森が工事を後回しにして掘った専用区画だ。


 大扉の向こうで、ゴリ子が待っている。女性型ゴリラの身体は、前回よりさらに大きい。


 最初の防衛三勝が功績へ加算された。腕は石柱のような太さだ。


〈ここまでは全員到達〉


〈第一目標達成〉


〈帰還希望、生きてる〉


「毎回それを確認せずとも見れば分かる」


 大扉が開き切る前に、石壁ロールが前へ出た。薬草茶の障壁が盾へ重なる。所有者のハートが、白い膜を何層も作った。


 一番槍は盾の真後ろで剣を構えた。床しか見ないは入口の横へ退く。帰還希望は、扉の外から中を覗ける位置で止まった。


 ゴリ子が踏み込んだ。拳が大盾へ落ちる。


 盾の表面が割れ、石壁ロールの両足が床を削った。HP表示が赤く染まる。残ったのは、わずか一。


 それでも、消えない。


〈耐えた!〉


〈第二目標!〉


〈ハート押せ押せ押せ〉


 薬草茶の回復が飛ぶ。一番槍が盾の横から滑り込み、ゴリ子の前腕へ剣を当てた。


 金属音がした。刃は皮膚を破らず、剣を握る一番槍の腕だけが跳ね返される。


 ゴリ子の頭上に、初めて細いHPバーが現れた。減少量は、画面上では判別できない。


〈当たった!〉


〈第三目標達成〉


〈HP出た、第四も達成〉


〈減ってない〉


 三森は身を乗り出し、HPバーの目盛りを限界まで拡大した。


『小数点以下で損耗している』


〈減ってるんだ!〉


〈表示してくれ〉


『表示幅が足りない』


「よい一撃であったぞ、一番槍!」


 三森の声が、広い部屋へ響いた。一番槍が次の攻撃へ移るより早く、ゴリ子の手が剣士をつかむ。


 床へ叩きつけられた攻略アバターが、光へ変わった。だが今回は、そこで終わらない。


 石壁ロールが二発目を盾で受け、薬草茶が回復を重ねる。床しか見ないが戦闘補助へ回った。ゴリ子の足元へ、移動低下の杭を打つ。


 直接操作できないAIへ、所有者たちはコメントとハートを送り続けた。


〈石壁ロール まだ立てる〉


〈薬草茶 回復頼む〉


〈床しか見ない 足止め入った〉


 三発目で盾が砕け、石壁ロールが消えた。四発目は、杭を打ち終えた床しか見ないを光へ変える。五発目は、回復を撃とうとした薬草茶を消した。


 残った帰還希望は、戦闘が始まった時点ですでに大扉から離れていた。


〈逃げろAIだけ完璧〉


〈観測記録持って帰れ〉


〈後ろ、モンスター側のコウモリ来てる〉


 帰還希望の一人称画面が振り向く。通路の天井から、先ほど見逃したコウモリ型の領民が降ってきた。


 偵察役は戦わず逃げた。逃げた先には、石弾の罠が再装填されていた。


 光が一つ、通路で弾ける。


〈全滅〉


〈でも二分は超えた〉


〈前回の四目標、全部達成〉


〈ゴリ子のHPは小数点以下だけ減った〉


 暗くなった五つの一人称画面。三森は、石壁ロールから帰還希望まで順に見た。


 その目は、勝者のゴリ子ではなく、五人の戦闘記録を追っていた。


「ところで、領民ども」


〈なに〉


「我が本日の配信で、攻略以外に何を話したか覚えておるか?」


 コメントの流れが、目に見えて遅くなった。


〈石壁ロールが一発耐えた〉


「それは攻略の話だ」


〈一番槍がゴリ子を殴った〉


「それも攻略であろう」


〈帰還希望が帰還できなかった〉


「我が話した内容を聞いておる!」


 配信開始時、三森は専用区画を掘った苦労を語った。デミタスが用意した新しい茶にも、感想を述べた。推しの勇者が前日に公開した歌の素晴らしさも語った。威厳を崩さぬ範囲で。


 そのどれも、コメント欄から出てこない。


〈ごめん、自キャラの画面見てた〉


〈ハート押すのに忙しくて〉


〈罠の位置をメモしてました〉


〈ゴリ子のHPバーなら覚えてる〉


「誰も我の話を聞いておらぬではないか」


 三森はパイプ椅子へ沈み込み、肘掛けの継ぎ目を親指でなぞった。推しと同じ土俵へ上がるために始めた配信だった。勇者へ近づき、いつか言葉を交わすため。それでチャンネルを迷宮へ変えた。


 その迷宮の床を、今夜も領民が熱心に覗き込んでいる。三森の顔ではなく。


「次も来るがよい」


〈煽ってる?〉


「違う。次は、もう少し奥まで――」


 三森は止まり、咳払いをした。


「我が迷宮の恐ろしさを、さらに深く知る機会を与えると言ったのだ」


『当該五名は第一層で全滅している。現状、それより奥へは進めない』


「ラプラス。今は黙っておれ」


 配信終了後、五人の戦闘記録には同じ申請先が表示された。


 ――迷宮難度・防衛個体に関する要望。


 最初に送信ボタンを押したのは、帰還希望だった。


 その横で、三森はノーラへ一件の投稿を命じていた。


迷宮ミモリ @MeikyuMimori ・ 5月28日

【領民投票】

ダンジョン攻略なくしていい?


・無くすな

・無くしていい

・どちらでも


 一時間後、結果が確定した。


・無くすな 95%

・無くしていい 1%

・どちらでも 4%


「あはははは! ミモリ様、一パーしか味方いないじゃん! マジ、ウケるんだけど!」


 ノーラはソファを叩きながら、遠慮なく笑った。


『当然の結果だ。我が構築した観測参加型迷宮の優秀さが、客観的な数値として証明された。内訳を見よ、無くすなが九十五、どちらでもが四、反対は実質一パーセントにすぎん。ならば次は攻略階層の選択、装備の継承率、待機列の順序、いずれも投票で最適化できる。設問を追加する。今から追加する。三十分で用意できる』


 ラプラスは小さな身体を反らし、存在しない胸を張った。目玉のくせに、どう見ても鼻高々である。


「我の悩みに乗じて機能を増やすでない!」


「んー、今の全滅、切り抜きでよくない?」


 シルカが編集画面を三森へ向けた。盾を構える石壁ロール、殴られる瞬間の一番槍。


 三森の姿は、どこにもない。


「落ち込むなら食べてからにしな。冷めるよ」


 ミラが皿を机の端へ寄せた。


 三森は箸を取らない。投票結果を閉じ、五人の戦闘記録を開き直す。


 石壁ロールが一だけ残して耐えた場面で、指が止まった。


「……次は、罠の話をしてやる。あの者らが見ておるのは床だ。ならば床の話をすればよい」


「それ、次の告知に書いていいっすか」


「好きにせよ」


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迷宮運営記録


- 配信回:第57回

- 次回配信:2026年5月30日(土)19:00

- チャンネル登録者:1,364人(+216人)

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